エルンストの工房
エルンストは朝から怒声を上げながら、工房の奥の窯の前で忙しく歩き回っていた。
「アレクもっと早くできんのか!もっと窯に火をクベやがれ!
圧が足りねーじゃねぇか!日が登り切る前に終わらなかったらてめぇの飯は抜きだぞ!」
「ヘイ!親方!」
アレクは親方が「窯」呼ぶどでかいレンガ造りの塔の小窓に太い薪を勢いよくクベる、クベては閉めてクベては閉める。その横で、もう一人の男が巨大なフイゴを全身の体重をかけて足で踏んで動かし続けている。
薪をクベる度に小窓から吹き出す炎は白い。
アレクは薪をクベ終わると、額の汗を拭う。
「休んでんじゃねぇ!時間勝負だぜ、遅いんだったら誰にでもできるんだよ!次、加工室だ!」
「へ、へい!親方。」
工房と呼ばれるこの建物には沢山の真鍮製のパイプが壁や天井を這っている。
エルンストはあるきながらもパイプについているバルブを一つ一つ少し緩める。
薪の燃え盛る音が窯の外にもゴーゴーと低く唸り声のように響いている。
周りの空気が揺らめくほどの蒸気をはらんだその部屋から先に進み、「加工室 〜勝手にあけんなよ!〜」と札のかかっている鉄の扉を開けて中にはいる。
アレクが後に続いて部屋に入る。
加工室は密閉されているのか、外の騒音が全く聞こえない、森のような静けさで、かえって耳がキーンと鳴る。
エルンストは白い立派な顎髭を蓄えた屈強な腕っぷしの初老の男で、この工房をしきっている。
背は低く、総白髪の小柄な体型はまるでドワーフだ。
ここ、カーク市の工業地帯はアール国でも最も進んだ技術を誇る職人が沢山いる。その中でもエルンストといえば伝説級の男である。
エルンストの加工した金細工は全く歪みがなく、彫り出す彫金はどの細工よりも精密に出来ている。目がいい。この男の目はチリ一つクスミ一つ見逃さない。
そのエルンストはまた今日も秘密の作業を始めようとしている。
「アレク、バルブを並べろ。」
「ヘイ。」
アレクは鉄で出来た作業台に、大きなボルトで据え付けられている金属製の加工機器にバルブと呼ばれたガラスの筒を固定し始めた。
ガラスの筒は、2つあり一つは赤いガスが充填されていて、蝋のようなもので片方の出口を封してある。もう一つは空で、こちらは円筒の片側は小さな穴が空いている。もう反対側は丸く膨らんでフラスコのような形をしている。
2つのバルブを水平器を使って真横に並べる。蝋のついている方に、もう一つのバルブの小さな穴をくっつける。
エルンストは引き出しから油紙に包まれたシルクの糸の束を取り出して機械にその端を固定する。
現代人であればまるでミシンに糸をセットしているように見えたかもしれない。
だがその糸はよく見ると白銀の糸だということがわかる。
いや、これを白銀だと見てわかる男はエルンストしかいない。
普通の視力の人間では、この細くて周りの景色を映し出すほど磨かれた白銀の糸は目に映らない。
「ったく、魔導士のじょうちゃんも無茶な注文しやがるぜ。」
言葉は乱暴だが声は誰にも聞こえないほど小さい。
散々怒鳴り散らしていたその声は、赤子をあやすささやき声のように、空気を震わせない程小さくなっていた。
エルンストはアレクの方を見る。
「午前9時3分、温度2900、圧力4!」
「よし、始める。」
そういうとエルンストは丸太のように太い足で足元のペダルを操作し始める。
ペダルをそっと軽く操作すると、機械から僅かにカチリ、と音がなった。
一瞬で赤いバルブの中に高熱の蒸気が注入され、赤い色が金色に変わった。その瞬間エルンストは機械をもう一度操作すると、白銀の糸が2つのバルブの間を2mmほど移動して止まった。
エルンストは動いた糸をじっと見つめている。
わずかに糸が金色に染まる。
「上出来だ…。次だ。アレク、次をさっさとつけろ。」
外での怒声とはうって変わり、エルンストの声は理性的で且つ鋭いものにかわっている。
バルブをセットし直して同じ作業を繰り返す。
3回繰り返したところで、エルンストは舌打ちする。
くそう、目が限界だぜ。こんなコマけぇもん一体何に使うってんだ。この糸は、20本束ねてやっとおれの髪の毛ほどの太さだ。
この糸を作るだけでも神業だが、おまけのこの作業はシビれるぜぇ。やっと6mmかよ。
エルンストは心の中で毒を吐きながらも、この作業ができる自分を評価し励ましつつ黙々と作業に耽っていた。
1時間してエルンストはアレクと加工室から出てきた。
パイプのバルブを閉めながら窯へ向かい、またバカでかい声で指示を出し始めた。
「終わりだー!窯の火を消すんじゃねぇぞ!フイゴの口を替えておけ!アレーク!どこだ!?」
「まったく、こんな手間のかかる作業一日1時間しか進めやしねぇ。たったの10cmかよ。
これを10m作れって、ホントあきれるじょうちゃんだぜぇ。」
だが手抜きはできねぇ、又あのじょうちゃんにカチこまれたらたまらんぜ。
エルンストは昔の事を思い出しながら工房の壁に目をやり目を細める。
そこには、破裂した金属の筒やひしゃげた鍋など、いくつも釘で打ち付けてあった。
エルンストは頑固な職人で、出来ないことは引き受けない。自分の名前を賭けて作った作品に失敗をゆるせない性格が、この男を名匠へと育ててきた。
しかし、この初老の職人は、今自分の失敗作をみて闘志を燃やしている。
「おれ以外の誰にも出来るわけがねぇぜ。やってやるぜっ」
アレクを探して周りをみるとアレクが木箱を抱えて奥の倉庫から出てきた。
「親方、馬車が来た!昨日の別注品、梱包終わったから封印お願いします!」
「おう、そうだった。まったく、こっちの白銀の糸はまだマシだったぜ。」
エルンストは箱の中を開け、昨日完成した白銀の糸を目で確かめる。
「よし。」
封印をしてエルンストの印を彫刻刀で彫る。
”Ernst Ludendorff”(エルンスト・ルーデンドルフ)
木箱を持って馬車まで運んだ。
「エルンストさん、白銀の魔導士邸行です。」
「おう、わかってるよ。ガタガタ揺らすんじゃねえぞ、そいつは絶対横にするのも禁止だ!」
「分かってますって、、、毎度のことですよ。お任せください。」
「まったく、」
”まったく”というのはエルンストは口癖のようになっていた。
「魔導士のじょうちゃんの仕事は報酬もどでかいが、骨が折れるぜ。俺の目もこのままじゃぁ長く持たんぜぇ」
「そしたら、アレクサンダー坊っちゃんの出番ですね。」
「え?冗談じゃねぇ、あいつはまだ早い!ったく、くだらねぇこと言ってねえでさっさと行きやがれっ。落っことすんじゃねえぞ!」
「へいへい、わかったよ。行ってくる。」
エルンストは馬車を見送ると、工房の入り口のベンチに腰を掛けた。
アレクがジョッキに飲み物をもって来てくれた。
エルンストはやっとアレクに笑いかけ、ジョッキを受け取りながら、すまねえな。と言ってゴクリと一口飲んだ。
「ブフォ!」
っと吹き出しながらエルンストはまた叫び始めた。
「水じゃねぇか馬鹿やろう!!ビールもってこいってんだよ!今日はもう終わりだー!」
「へい!」
アレクが厨房に向かって走り出す。




