百鬼夜行
「カーネルの手当を。」
「はい、すぐに。」
「魔導士様、こちらへ」
シングはメイドへ指示を出すと、カオリを邸宅の二階の部屋へ案内した。
そこには、血の匂いと灰色オオカミの残り香が漂っている。
香りというよりは魔力か。
薄暗いその部屋には太い鎖が柱にくくりつけられていた。
その鎖はちぎられている。
「魔導士様、先程の狼は私の息子、マーナなのです。」
「続けて」
カオリは驚かなかった。
「マーナはまだ10歳になったばかりの病弱な息子でした。私達の家系は男子は病弱なことが多いのです。それで私達は空気のきれいなこの土地へ移り住みました。」
カオリは、金のネックレスを薬指でなでながら、シングとは目を合わさずに耳を傾けている。
「ここにきてから、私たちはとても順調でした。この土地の改良を行うために地脈の改善をしました。地脈の改善は私達先祖代々のお墓をこの土地にある規則に従って作るというものです。」
「どこでその方法を身に着けた?」
カオリが鋭く問いただす。
「私たちウェールズ家に伝わる手法です。私たちは先祖代々、荒れた土地を移動する民族だったとつたえられています。」
「なるほど。ウェールズはグレイウルフの一族の末裔でしたか。」
「はい、その通りです。その地脈の改善が功を奏し、作物が潤沢にとれるようになったのが約10年前です。マーナはそのころに生まれた子で、きっと健康に育ってくれるだろうと思っていました。」
「生まれたとき、何か異常はなかったかのですか?」
「…ありました。生まれたとき、マーナは全身を灰色の毛でおおわれていました。」
「それで、そのまま育てたのだな?シング殿は」
「はい」
「それは違法と知ってか?」
獣人はまれに生まれてくる。魔導士の素質を持つ人間が稀に生まれてくるように、大昔の獣人の血が現出した例は過去に何度かある。そのいずれも悲惨な結果に終わっているが、、、
「何も問題がなかったんです!マーナは生まれてから1か月ほどで灰色の毛は抜け落ち、普通の赤子のように戻ったのです。」
「ところが、マーナが10歳になるころ、今日のように月の大きい日に、町のどこかでオオカミに人が襲われる事件が起きました。人々は大きなオオカミの化け物が出た。といって恐れ始めました。」
「それがマーナだったのだな?」
「はい、そうです。私は、マーナが警察隊につかまることを恐れて、この屋敷に閉じ込めていたのです。そして、ある日、悲しい出来事が起きました。」
シングはすすり泣きながら話を続ける。
「妻のカレンが、いつもマーナがかわいそうだと言って、マーナに本を読んであげていました。しかし、5日前の晩、マーナは急に暴れだし、鎖を引きちぎりカレンを噛み殺してしまったのです。異変に気付いた私は、マーナを止めようとしましたが、マーナはオオカミの姿のままカレンを口にくわえ外へ逃げ出しました。」
「そなたの背中の傷はその時のものであったか。」
「はい。しばらくして、人の姿に戻ったマーナは、一人で家に戻ってきました。カレンがどこに行ったのかは分からないのです。マーナはオオカミになっているときの記憶がないのです。」
「案ずるな、カレンもマーナも取り戻してこよう。」
悲しい結末に変わりはないが、仕方のないことだ。カオリは毅然とシングに伝えた。
カオリは、話を打ち切り、席を立った。
「シング殿、皆と一緒にここでお待ちください。ここからはあなた方は危険ですから。」
カオリは一人で邸宅の外へでると月はひと際大きく輝いていた。
シングを置いてきたのには訳がある。
彼も同じ血を引く男、背中の灰色の毛はマーナと同じ色だ。
万が一シングの血も目覚めたときには、2対1では分が悪い。
「傘、シングを見張れ」
この傘はカオリの言葉を理解する特別な傘で、
レナ様から頂いたカオリの身を守る仕事道具の一つ。
カオリは傘を置いて公園へ向かった。
傘は大きな月の魔力を浴びてその身に鋭い魔力を迸らせて立っている。
マーナの居場所はおそらく公園であろう。
魔力を感じるし、何よりマーナの声が聞こえる。
公園の方から悲しげな遠吠えが響いていた。
公園は緑の草原が中心にあり、小さな池と子供がくぐって遊ぶためのトンネルが掘られた丘がある。
その丘の上にひと際大きな灰色オオカミがうずくまっていた。
月の光に照らされて、その体は灰色より白に近い色に輝いている。
白銀の魔導士は手に金のネックレスをもって、オオカミの前に立っていた。
気配を立てずに近づいてくる魔導士に、オオカミは素早く立ち上がりその毛先一つ一つから、強力な魔力を放ち警戒する。
オオカミの寝ていたそこには、青白い肌のきれいな女性が横たわっていた。
カレン、、、の亡骸か。
「マーナ、私の話を聞いて。あなたは、とても大きな力を持ってしまったのね。グレイウルフの先祖の魂があなたを混乱させているのよ。何も分からずに人を傷つけてしまったのね。あなたは悪くないわ。だからいい子、一緒に帰ろう。」
カオリの優しい態度は変わらない、とてもやさしく話しかけた。
ミッドナイトブルーのスーツは、月の光で銀の装飾がひと際明るく輝いている。
その光は、オオカミの視線に合わせて、ゆっくりと揺らいでいるように見える。
カオリが仕事着と普段着を使い分けるのには訳がある。
この仕事着のスーツには、強力な防衛機能が織り込まれている。
それは、古代の魔法使いの強力な魔法によって作られたもので、現代の魔導士では作り出すことも、模倣することもできない高度なシステムだ。
主に敵意を込めて近づく者には、強力な魔術が発動し、あらゆる手段を講じて主を自動的に守る。
カオリは、このスーツを着るときは、決してミスをしない。
ミスをして窮地に立てば、このスーツは自動的にカオリを守り、相手を滅ぼしてしまうから、カオリはミスをしないと誓っている。
金色のネックレスを両手で広げ、オオカミに差し出す。
ただならぬ魔力を感じた灰色オオカミは、刹那、カオリに襲い掛かった。
牙をむき、その眼光はカオリの体を鋭く射抜く。
輪郭が揺らぎ、灰色の霧はカオリに覆いかぶさったかのように見えた。
しかし、その首には金色の鎖が巻き付き、灰色オオカミは首を地面につけたまま動かなくなった。
金のネックレスは鎖と化し、まるで生き物のように、自ら灰色オオカミの首と足に巻き付き、締め上げている。
「ごめんねマーナ、苦しいよね。でもこの鎖、グレイプニールからは逃げられないわ。あなたを傷つけないためよ。わかって。」
オオカミは低いうなり声をあげて、カオリを睨みつけている。
カオリは目を細め、遠くをみるようにしてマーナに話しかける。
「私、あなたの故郷を知っているわ、そうね、あなたの住んでいた森、グレイウルフの森はとてもきれいな森よ。でもね、今はもうないの。それは2000年も前になくなってしまったのよ。」
灰色オオカミは、動かない。グレイプニールの魔力により、灰色オオカミの魔力も筋力も押さえつけられている。
カオリは、白く細い指でジャケットのボタンをはずし始めた。
そして自分の身を守っている魔法のスーツを脱ぎ始めた。
ジャケットを脱ぎ、スカートを脱ぎ、下着もすべてを脱ぎ捨てて裸になった。
銀色の月に照らされた少女の白い肌は、まぶしく光り輝いている。
その輝きは、首筋から胸、腰に掛けて光り輝き、細い両手両足もすべてを包み込んで輝いていた。
いや、その光景を間近で見ている灰色オオカミには、輝いているのは、その肌にうっすらと生える白銀色の産毛であることが判るだろう。
「見て、あなたと一緒よ、私の身体もあなたと同じ。ねぇ、お友達になりましょう?マーナ。何も怖がることは無いわ。」
カオリの言葉は優しく囁かれているが、灰色オオカミは終始おびえていた。
白銀の魔導士の着ていた服は、灰色オオカミの瞳を見つめ返していた。実際に目は見えないが何かが自分をねらっている。
灰色オオカミの本能が警鐘を鳴らし続ける。
全身に魔力をたぎらせ威嚇してもその服は平然と受け止め、間合いを外さなかった。
しかし、今、目の前の光り輝く少女がその身体に帯びている白銀色の光は、それ以上に恐怖を与えていた。怖い…。そうマーナは感じていた。
カオリは怯える灰色オオカミに覆いかぶさり、そっとたてがみをなで始めた。
灰色オオカミはその身を震わせて、目をそらす。
「駄目よ、そんなにおびえては、男の子でしょう?しっかりして。今は身体も丈夫ね。
でも、ここにはあなたの住める場所は無いの、残念だけれど。
そうね、あなたの住む場所を私が与えるわ、そこにお母さまのお墓を作りましょう。そこではあなたを傷つける人もいないし、あなたの住んでいた森のように居心地の良いところよ。きっと気にいるわ。」
カオリの優しい言葉は魔力の弱った灰色オオカミにやっと届いたようだ。
灰色オオカミは、小さく鳴くと、その姿は小柄な少年の体へと戻っていた。
シングと同じ灰色の髪をした少年、マーナだ。
マーナは魔導士を一瞥すると、目を閉じながらつぶやいた。
「ママぁ…」
「いい子ね、マーナ。少し眠って。」
~~
マーナはベッドで寝ている。
その腕には、白銀色の腕輪がはめられている。
これは、カオリがマーナに付けた物だ。
「シング殿、奥様のことは残念でした。」
「いえ、魔導士様、このようにカレンもわが家へ帰ってきてくれました、マーナももとに戻り、カレンもきっと喜んでいるでしょう。」
「あなた方の地脈の改善方法は、とても危険なものよ。今後は控えたほうがいいわね。」
「かしこまりました。」
「先祖の亡骸を触媒に、月の魔力のコンジットを地中の水脈を伝って作り出す。地下水脈の誘導と魔力のたくわえを同時にこなす古代の魔法の一つね。だけど、この地脈に沿って流れる魔力には、人の思いが強く出すぎるわ。」
灰色オオカミの一族に伝わる地脈改善はその魔力により、このあたり一帯がいわば霊の通り道となっていた。
マーナはここで生まれるときに、ワーウルフの灰色オオカミ(グレイウルフ)一族の魂が寄り付きその血を呼び起こしたのね。
「ところでシング殿、あなたは内閣府から受け取った面会状を本当はお持ちですよね?」
「え、あ、はい、、、確かに受け取りました。しかし、破いて捨ててしまいました。どうしても、我が子を捕獲するということが法律では避けられないと、政務官の方から聞いたもので、この面会状にはきっと魔導士様にマーナをつかめて捕獲するようにと依頼が書かれているのだと思いました。このままではマーナが処分されてしまうと思ったのです。」
「もう、まったく。私に仕事を依頼するなら素直にありのままを話してほしいものだわ。仕事には信頼関係が必要よ。私を誰だと思っているのよ。」
カオリは事件を解決したせいか、やっと緊張がとけ、思わずシングに本音を吐露した。
「申し訳ございません」
「ところで、シング殿、一つ提案があるの。マーナを私が引き取らせていただこうと思うの。」
「え?」
「マーナはこのままでは法律上、外で自由に生活することはできないわ。また地脈の影響で自我を忘れないとも限らない。今までの獣人の現出の事例もマーナに対する国の目は悪い方へ働くわ。だけど、私の邸宅で私の身内としてなら自由に暮らすことができるわ。いかがかしら?もちろん、いつでも会いに来て結構よ。」
「なんと、ありがたいご提案。何から何までありがとうございます。」
シングは、カオリの提案を受け入れ、マーナは翌日カオリと一緒に白銀の魔導士邸へと向うこととなった。
すでに夜は明け始め、東から太陽が昇り始めた。
月は、いまだに大きく輝いており、その強力な魔力を降り注ぎ続けている。
地面から立ち上る仄かな冷気は、様々な心の揺らぎを持つ地脈の魔力とともに、明けていく空へと消えていく。
「百鬼夜行か…」
カオリはそうつぶやき、ポシェットからハンカチを取り出した。ハンカチの中からクッキーを一枚取り出し、ひとかじりする。




