第16話 魔法の授業
魔法についてワンワンが学んだ、その日の夜。
「くぅ……くぅ……わふぅ……」
小さな寝息を立て、ぐっすりと眠るワンワン。その寝顔を見てナエは頬を緩ませた。
「えへへっ、ワンワン可愛いなぁ……」
「ナエちゃんっ、ワンワンくんを起こしちゃ駄目だよ」
「分かってるよ。そんじゃ、ワンワン行ってくるぜ」
「わうぅっ…………すぴぃ……くうぅ……」
ワンワンの顔にかかっていた髪をナエは優しく払ってやると、クロとともに小屋を出た。
ワンワンに魔法を教えると決めた日のように、ジェノスの小屋へとナエとクロが向かう。目的は魔法の勉強だ。昼間にワンワンと一緒に魔力の使い方を学んだが、ナエとクロは魔法を習得する段階へと一足先に進む事になったのだ。
その理由は、二人にはワンワンには教えない魔法を覚えて貰う為だ。教えない魔法……それは誰かを攻撃するなど、人を害する恐れが高い魔法だからだ。
そのような魔法をワンワンに教える事はエンシェントドラゴンは望んでいないだろうとジェノス達は考えた。当然ジェノス達もそれを望んではいない。
だが、いずれワンワンを守る為には必要になってくるかもしれない。だからこうしてワンワンを除いたメンバーで覚えようという訳だ。
「来たな……ワンワンは寝たな?」
やって来た二人を見ながら念の為にジェノスは尋ねた。
「ああ、魔力をいつもより使ったからかぐっすりだぜ」
「そうか……泣き疲れたってこともあるだろうな」
ジェノスの言葉に自然と二人の視線はクロへと向けられる。視線を向けられて居心地悪そうに、彼女は体を小さくして視線を床に落とす。
「ううっ、反省してるよ……」
あの後、散々ジェノスとナエに叱られたクロは心の底から反省しているようだった。特にワンワンに嫌いと言われたのが効いたと思われる。拒絶された事がショックのあまり意識を失ってしまったほどだ。
もう二度とあのような考え無しに行動する事はないだろう……少なくともワンワンに関する事は。
「さて、そんじゃあ魔法の勉強をするか」
充分にクロが反省をしているのを見て、ジェノスは早速始めようとする。昼間の勉強と同様にジェノスが講師役だ。ワンワンが回収した魔法書を読み漁った事で、ジェノスは魔法に関する知識を充分に身に付けている。
それにしても、この場にジェノスがいなくては誰も魔法を学ぼうなどと考える事すらできなかっただろう。それに魔法書を読むには古い文字を解読するところから始めなくてはならなかった。彼のような頭が回り、根気強い人物でなければ、目の前に知識が揃っていようと、それを理解し自分のものにする事は難しい。
ワンワンがジェノスを回収できたのは僥倖な巡り合わせだった。
「比較的危なくないものから教えていくつもりだが、気を引き締めてやれよ?」
ジェノスが始める前に注意をすると二人は素直に頷いた。
「ナエちゃん、頑張ろうね」
「おうっ、頑張るぜっ! ……ところでオッサンは幾つか魔法を覚えられたのか?」
「……まあ、少しな。魔法書を読み漁った割には少なかったが……」
ナエの質問を受けて、ジェノスはワンワンが回収した本の山に視線を向けた。
回収された本の中に魔法書は数十冊。そして、そこに書かれた魔法は五百以上。その中からジェノスが使えるようになった魔法は八つだった。
その事を告げると、ナエはそれだけしか覚えられないのかと落胆するが、クロは真逆の反応を見せた。
「魔法なんて覚えていない人の方が断然多いし、それだけ覚えられれば充分じゃないかな? 私がこれまで出会って来た人達の中で、使える魔法は多くて十個くらいだったよ」
魔族と共に戦って来た者には魔法の使い手も多かったのだろう。実際に見てきたクロの言葉には信憑性がある。そうなると八つというのは、それなりに魔法が多く使える方である事をジェノスとナエは理解した。
「それでオッサンはどんな魔法を使えるようになったんだ?」
「そうだな……同じ魔法を覚えられるか分からんが、実際に見せた方が分かり易いだろう。よし、見てろよ……《ソンブル・キャドー》」
「うわっ! な、何だこれ!?」
「何も見えないっ! 真っ暗だよ!」
ジェノスが魔法を唱えた直後、ナエとクロの顔が黒い靄に覆われて視界が塞がれてしまう。
どうやらこれが《ソンブル・キャドー》という魔法らしい。その効果は目眩ましのようで、いくらナエやクロが動いたり、靄に触れようとしても、靄は動かず視界は塞がれたままだった。
「どうだ?」
「どうだ? じゃねえぜ! 何が起こってんのか分かんねえよ!」
「そうだよ! あ、でも…………ふんっ! あ、見えた」
クロは魔力を放出させる事で靄を打ち消して見せた。自分の魔法が簡単に打ち消された事に対し、ジェノスは唸り声を上げる。
「ううむっ……クロは魔力の扱いには慣れてんのか?」
「魔力の扱い? ええっと……なんとなく? 戦ってるうちに魔法を魔力で防いだりはできるようになったんだよ」
どうやら実戦から魔力の扱いを身に付けたらしい。ちなみにクロが今行ったのは魔法に使用されている魔力を遥かに上回る魔力をぶつける事で、その魔法を打ち消すというものだ。ジェノスはそれを魔法書と一緒に回収された本の中に記されていて、それを読んで知った。
実戦を通して自分で気付いたクロに、ジェノスは素直に感心する。
「さすが勇者といったところか……ところで、あの魔法は初めて人に使ったんだが、どうだった? ちゃんと見えなくなってたか?」
「いきなり視界が真っ暗になったよ。あれは戦場でいきなり使われたら、ゾッとするね……ああ、こんなふうになっていたんだ」
ナエの顔が靄に覆われているのを見て、先程まで自分もこのような状態になっていたのかと理解する。
「おいっ! いい加減魔法を解いてくれよ!」
「ああ、悪い……ほらよっ」
ジェノスが黒い靄が消えるよう意識すると、すぐにナエの顔を覆っていた靄は消えた。
それから《ソンブル・キャドー》を詳しく二人に説明するのだった。そして実際に使ってみようと唱えてみるが、まるで発動する気配はない。
この場合、魔法のイメージが足りないか、適性がないのかのどちらかだ。また、仮に適性があったとしても、すぐに完全に使えるとは限らない。魔力だけが減ったり、数段劣る魔法が発動する。何度も使う事で本来の効果が発揮できるようになるのだ。
ジェノスは一つの魔法に掛ける時間はとりあえず三十分までとし、これから夜は四つずつ魔法を教えると告げた。
こうして三人の魔法の授業・夜の部が始まるのだった。
そして翌日の魔法の授業・昼の部でも魔法を教えるようになった。足止めや拘束するなどの身を守る為の魔法を教えていく。
――それから魔法を覚え始めて、数日が経過した頃。
本日の魔法の勉強を終えて、ワンワンは日課である【廃品回収者】の一覧を確認し、回収をしようとするのだが、いつものように一覧を見てある事に気付く。
「あっ!」
「ん? どうしたワンワン?」
たまたま近くにいたジェノスが声を掛けると、笑顔で「レベルアップしたの!」と教える。
すぐに【廃品回収者】のレベルが上がったのだと理解する。何か回収できるものが増えたのかジェノスは問おうとすると、ワンワンは「前に回収した本と同じ文字だよ!」と言うのだ。
その言葉がどういった意味か分からなかったジェノスは回収可能一覧を見せて貰う。
「こいつは……」
確認すると、一覧には普段の誰もが読める文字とは違い、魔法書に書かれていた古い文字が浮かび上がっていたのだった。
読んでくださり、ありがとうございます。
ワンワンはちなみに一度寝たら朝までぐっすり寝るのがほとんどなので、ナエたちは安心して魔法を学んでいます。
何か不安なことなど気になることがあれば、眠りは浅くなるので注意が必要です。
ちなみに作者は、最近は目覚ましを2〜3回鳴らして、ようやく起きます。