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ある親子の話

作者: 星斗

 中学校の卒業式を終えたその日、卒業生一同は体育館に集められていた。どうやらこれから大事な話があるとかで、多くの生徒たちは心踊らせていた。

「何だろな、大事な話って」

「どうせあれだろ、卒業おめでとう的なあれだよ」

「そうかなあ。それにしては先生たちが慌ただしいだろ。何か顔も険しいし」

 A男は隣の椅子に座る友人と小声で話したが、妙な胸騒ぎがするのはどうやらA男だけのようだった。

 教師たちは厳重に体育館に鍵をかけ、音が漏れないように窓まで閉め切っていた。さらにはカーテンまで閉めてしまえば、昼の体育館は夜のように薄暗くなった。

 壇上の照明がつき、そこに歩く校長を捉えれば、生徒たちは自ずと口を結んだ。

 今日は何しろ卒業式であったから、A男たち卒業生は朝から幸せな気分に浸っていた。親に至っては泣きながら、「よくここまで大きくなって。愛してるわ」などと、大袈裟な言葉を吐き出す始末だった。

「卒業生諸君」

 マイク越しの校長の声は、卒業式の時とは違い若干低く、抑揚がない。今から話されることが明るいものではないことを、この場にいるすべての生徒が瞬時に理解した。A男も例に漏れず息をのみ、校長の言葉に耳を傾けた。

「今から話すのは、約百年前に施行された少子化対策に関するものだ」

 体育館内がざわついた。「少子化対策?」「俺たちと関係あるか?」

 ざわめきは、校長の咳払いによって掻き消される。再び生徒たちは校長を凝視する。普段なら校長の話など真剣に聞かないが、今日だけは違った。鬼気迫るものがあったのだ、校長の目に、教師たちの無言に。

 校長はすっと息を吸い込み、吐き出す。そして、なるべく感情を込めないように言葉にした。

「この先、大人になった君たちには『妊娠・子育て法案』のうち、妊娠出産の義務、少子化対策税納税の義務が発生するだろう」

 いくら中学三年生とはいえ、いささか不条理な法案だということはうっすらと理解できた。だが深く理解はできなかったようで、みなぽかん、と固まった。文字から察するに、妊娠と出産を義務化した法案、それから、それを支えるための税金。

 次第に理解するにつれ、生徒たちから声が漏れる。「どういうことだよ」「妊娠が義務?」

 だが校長は続ける。

「二十歳から三十五歳までの女性には、夫婦間ないし体外受精による代理母妊娠と出産を、最低三回義務付けられ、同じく男性には年に数回、精子提供および所得に応じて妊娠出産、子育てのための税金を納める義務が生じる」

 校長の言葉は生徒のざわめきでよく聞き取れない。だが、そんなことを気にする生徒はいなかった。

 A男もまた、校長の話を話し半分に聞いていた。これが本当のことだとすれば――

「静かに!」

 ここに来て、校長が初めて声を大にして生徒をいさめた。しん、と静まり返る体育館に、マイクの音がキン、と響いた。

「ここからが本題だ。妊娠出産の義務があるとはいえ、産みの親が子育てを出来る状態にあるとは限らない。結婚していない場合でもこの義務が生じる。つまり夫婦間に生まれた子でも里子に出されることもあるし、結婚してない女性の場合、体外受精の代理母出産とういことになる」

 空気が凍りつくというのはこういうことなのだろう、A男はぼんやりとそんなことを考えた。

「とはいえ、この法案が施行されてから、結婚年齢はぐんと下がった。だが、子育てをするには、国が定める基準をクリアしなければならない。経済、精神状態など多種の項目を満たす必要がある。国の基準をクリアした夫婦だけが、子育てを出来る。夫婦間の子供であれ、体外受精の血の繋がらない代理母の子供であれ」

 凍りついた空気は相変わらずで、生徒たちは言葉を失っていた。無理もない、今までの人生を否定されたと同じくらいの衝撃であるはずだ。

 そして校長はだめ押しするように、ゆっくりと、はっきりと言葉にする。この場のすべての生徒がすでに察しがついているであろう、残酷な事実を。

「つまり、君たちの親が、必ずしも産みの親とは限らない、ということだ」

 なぜこんなめでたい日にこんな話をするのだろうか。先ほどまで嬉し泣きしていた生徒たちは、たちまち悲しみの涙を流し始めた。

 A男もまた、頭に石を食らった思いで、頭の中がまとまらなかった。まとまらないなりに、考えを巡らせた。

 確かに自分と親は似ていない。見た目も性格も。それに、A男の両親は四十を過ぎてからA男と兄弟を授かったと聞いていた。四十を過ぎて三人の子供を産むのはリスクが高い。もしかしたら授かったのではなく、里子として引き取ったのではないだろうか。

 とはいえ、愛情をかけてくれなかったことはない。むしろ愛情は溢れんばかりに与えられた。

 ここで、思い出す。A男の親が、今朝は泣きながらA男を見送ったことを。単に卒業を喜んでいただけかと思ったが、今思えばあれは、不安から来る涙だ。A男が真実を知ったとき、どんな反応をするのか。今までの関係に亀裂が入るのではないか。

 つまりそれは、A男と両親に血の繋がりがないことを証明するには十分だった。

「おいA男。お前黙りこんで大丈夫かよ」

「ああ……たぶん俺、親と血の繋がり無いわ」

「……マジか……」

 A男の隣にいた友人は、幸いにも親との血の繋がりに疑いはないらしく、A男ほどのショックは受けていないようだった。

 周りを見渡せば、A男と同じように落胆する生徒は半数以上で、それだけがA男にとって唯一の救いであった。


 詳しい話を聞き終えて、足取り重く家に帰れば、玄関先に両親の姿を見つける。A男は言葉が見つからず、うつ向きながら両親の元まで歩く。

「お帰りなさい、A男」

「よく帰ったな」

 そんなA男を、両親は優しく抱き締めた。

 込み上げる思いに耐えきれず、A男は堰切れたようにわんわんと泣き出した。中学を卒業したばかりの、来月から高校生になる男児が、だ。

「母さん、父さん。俺って本当の子供じゃないの?」

「……そうだな。家でゆっくり話そう」

「そうね。だけどA男、私たちはあなたを愛してる、それは変わらないから」

 やっぱりか。思いながらも、A男は先程よりは落胆はしていなかった。A男ももう半分大人に差し掛かった年頃だ、両親も苦しいことを理解していたし、なにより、少子化時代について散々授業を受けてきたため、今この少子化を抜け出した時代を生きることがどれだけ幸せかを知っていたのだ。


 A男はやはり、両親と血の繋がりはなかった。だが、A男の両親は、今まで撮り溜めたアルバムを見ながら、〇歳のA男はこうだった、一歳のA男は、二歳、五歳、十歳の時は――

 まるで昨日のことのように思い出を語る両親を見て、血の繋がりなど些細なことだと思い知ったのだ。

 この先、自分が両親と同じ経験をすることがあったとして、きっと自分も両親と同じように生きて行けるだろうという自信さえついた。

 そうしてA男は、両親との血の繋がりについて深く悩むことなく、高校へと進学した。


 高校生になってから一年と数ヵ月、家路を歩くA男の前に一人の女性が見えた。A男よりだいぶ年上の女だった。

 女性はどうやら誰かを訪ねてきたらしく、キョロキョロと辺りを見渡していた。A男はなるべく関わりたくない、と思いながらも女性の行動が気になってしまう。横目で女性を見ながら家に向かえば、女性はA男の家を訪ねてきたようで、A男の家の前で足を止めチャイムを鳴らした。

 A男は女性の数メートル後ろで、女性を見つめた。見覚えのある顔だった。どこでだったか。

 ガチャリ、家からA男の母親が出てくる。そして、母親は女性を見て体を強ばらせた。

「お母さん、私……私、あなたの子供だよ?」

 女性の言葉にハッとしてA男は咄嗟に物陰に隠れた。

 見覚えがあって当たり前、その女性はA男の母親に生き写しだった。

 だがそんなことどうでもいい。A男は自分の浅はかさに目眩すら覚えた。

 妊娠出産の義務、それはA男の両親にも当てはまること。つまり両親が生んだ血の繋がりのある子供がこの世に存在するのは当たり前。その当たり前がすっかり頭から抜け落ちていた。

 本当の子供を目の当たりにした母親は、右の目からポツリ、涙をこぼした。

 妊娠出産の義務が定められた現在、代理母の身元、里子に出された子の産みの親の身元を知ることは実質不可能だ。そういうシステムが整えられた。そうでなければこの社会は破綻する。

 だが、いつの時代にも法の目をかいくぐる手段は存在するものなのだ。

 ふっとA男の胸の中が軽くなる。ああ、自分の本当の親はどんな人間だろうか。会いたい……会いたい。

 今まで興味すらなかったことが、頭の中を支配した。

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