プロローグ
鏡 昭一 23歳。
アパート暮らしの独身青年である。
容姿に関して聞いてはいけない。
地味。とにかく地味の一言。それだけで十分だ。
趣味はボランティア。偶に貰える賞状とかお裾分けがかなり嬉しい。
特技は特にない。強いて言うなら…掃除?
彼女なんて不可解な生き物は存在せず、自由に生きる、孤独戦士である。
仕事は児童擁護施設の職員をやっている。休みの日なんかは外に出て、趣味のボランティア活動に明け暮れる。
帰れば一人、パソコンを開いて投稿された漫画や小説を鑑賞し、ご飯を食べて風呂に入って寝る。
怠惰ながらも程よい生活を送る私だが、些細な目標がある。
自分が出来る仕事ならばなんでも請け負い、テキパキこなす。少しの給金でも構わない、誰かのためになれる明確な形を持った仕事をしてみたい。本当に些細な目標だ。
世間一般で言う夏休み真っ只中。
施設の無駄に広い庭の草むしりをしながら、昭一はそんな事を考えていた。
「鏡先生、少し休憩なさっては如何ですか?
始めてから2時間は経っていますよ」
施設昇降口から声をかけてくれるのは、この施設の施設長である。ダンディな髭を生やした、高身長の男性だ。子供たちからも人気で、良く遊んでいるのを見かける。
「いえ、まだまだ行けますよ。
なんせこれは、私の趣味ですから!」
「自分の体も、労ってくださいね。倒れてからでは遅いんですから」
「はいっ!あ、そうだ。食堂の棚に差し入れを置いておきました。宜しければ貰ってやってください」
「いつもすみませんね。有り難く頂戴します」
さて、施設長も居なくなったし、再開するとしよう。
ちなみに、偶に持ってくる差し入れは手作りのものが多い。子供たちの笑顔とか、たまらないんだよなぁ…。
普段は草むしりなんて出来ないし、行けるところまで行きたいね。半分くらい終わらせておこう。
「子供たちは親元に帰省中。今いる職員は私と施設長と…」
「鏡くん。二階の掃除、まだやってないの?
ソレ、どれくらいで終わるのさ。もう2時間経ってるけど?」
二階の窓から顔を出し、私へと声をかけてきたのは、滝本 浩二先生。
良く私へ仕事を回してくれる、女性職員にモテている先輩だ。
「はい。後4分程で片付けが終わりますので、終わり次第取り掛かります。お知らせ、ありがとうございます」
「ならいいよ」
あの素っ気なさも、女性にモテる秘訣なんだろうか?窓を閉める音が大きかったけど、何か心配事でもあったのかな?
「とりあえず今日はここまでにしておこう。
二階もサクッと終わらせて、夕食の準備しなくては」
ゴミ袋につまめ込んだ草が、夏独特の匂いを運んでくる。こうしていると、夏なんだなぁと感慨深いものを感じる。
軍手を外し、手ぬぐいで汗を拭う。
さぁ、もう一仕事だ。
「鏡先生はちょっと働き過ぎではないですかね?」
「え…」
終業時刻となり、あらかたの書類などを終わらせて帰り仕度を整えていた時、施設長に声をかけられた。
「ほかの先生たちは交代で開きを作って出勤されるのに、鏡先生は休みを取っていないでしょう?
仕事に熱心と言えばそうなんでしょうが、それではいずれ体を壊してしまいますよ?」
働き過ぎ…そうだろうか?
今日は図書室の整理と清掃、庭の草むしりに二階全体の掃除とワックス掛け…夕食の支度ぐらいしかしてないけど…
「やり過ぎですよ。気付いてください」
「しかし、せっかく滝本先生から回していただいた仕事ですし…」
「滝本先生…?」
「え?あ、はい。別の作業があるからとの事で」
「(体良く押し付けられたんじゃ…)」
「それに、草むしりの時に終わったかどうか確認に来てくれました。周囲を見るって、こう言う事なんだなって勉強になりますよ」
「…」
あれ?何かまずい事でも言っちゃったかな?
施設長、顔が暗い…。
「鏡先生。明日は休みを取ってください。
代わりの先生を手配します」
「え、それは…」
「滝本先生には私から話しておきます。
君は明日1日、ゆっくりと休んでください」
「しかし、庭の草むしりがまだ…」
「休んでください。いいですね?」
「わ、わかりました。それでは失礼します…」
急にどうしたんだろ?
施設長のあんな顔、始めて見た…。
私は何か間違った事をしてしまったんだろうか?
あ、まさか今日の差し入れがマズかったとか!?
でも美味しそうに食べてくれてたの見かけたし、二階の掃除に不備があったか…?
それとも…
一人悶々と考えながら、暗くなった帰路を歩いて行った。