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心と絆本舗  作者: ゲーカー
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第四章

第四章 阻止する猫


「どうやら、この家みたいね」

地図を片手に持って、もう片方の腕でタマを抱いている、ネコ。

晴れ渡った空と突き刺さるほどの日差しを見て、またもや外出を嫌がっていたタマを、マタタビで誘惑して連れて来た。それは今回の依頼者のペットが猫だからだ。

どうやら今回は出番が少なそうなクロは昨日の名誉挽回を、狙っている。

俺は、今日は不足の事態が起こらないようにと、願っている。

「あんたが責任者なんだから、チャイム鳴らして最初に挨拶しなさいよ」

ネコはこう言う所も細かい。しぶしぶ俺は、玄関の手前にある門柱に付いているチャイムを鳴らした。

怖いおっさん出て来ませんように、と願いながら。

すぐに小さな返事が聞こえて、玄関の扉が開いた。

空には眩しい太陽が輝いているのに、玄関から和服を身に纏ったもう一つ太陽が顔を覗かせた。

ま、眩しい……和服美人最高!

「こんな炎天下の中、わざわざお越し頂いて有難う御座います。どうぞ、冷たい物をお出し致しますのでお上がり下さい」

「あ、はい! お邪魔します!」

「ちょっと、あんた。なに鼻の下伸ばしてるのよ。仕事で来たんでしょ、しゃきっとしなさいよ。ほんとに……」

「な、なに言ってんだよ。鼻の下なんか伸ばしてないから。声がでかいよ、依頼主さんに聞こえるだろうが」

――こいつ、ほんとにうるさい。

俺達は、お座敷に通され冷たい麦茶を頂いた。

さらに、クロとタマにまでミルクを出してくれるなんて、なんて心の優しい女性だ。

昨日と同じ様に、依頼者から情報を聞き出しネコがカルテを作っている。俺は、ネコの質問に答えている彼女の横顔をうっとりと眺めていた。

一通り質問が終り内容を確認すると、彼女が心配しているのは、ここ最近飼い猫のトムの行動がおかしいとの事だった。トムはこの家で飼われてから九年が経過している。

まぁ、こんな大そうなカルテなんか見なくても、タマに頼んで話しを聞いて貰えば、問題解決なんだけどね。

でも、それでは重みがないやらなんやらネコに愚痴られるし、今回はこんな和服美女が相手だからのんびりやりますか。

「なるほど。ところで、トム君の異常行動と言うのは具体的にどういった行動なのですか?」

「それが……一週間ほど前からでしょうか、私が家にいる時は今までと何も変わらないのですが、外出しようとするとそれを阻止しようとするのです。最初は纏わり付いてくるだけだったので、寂しいのかと思っていたのですが、最近では爪で引っかいてきたり、前に立ち塞がり牙を剥いてくるのです。もしかしてと思い、家の周りを父に見回って貰ったのですが、特に不審者らしき人もおらず、トムが何故そこまでして外出を止めようとするのか……」

瞳を潤ませながら、彼女はそう語った。

トム、こんな素敵な飼い主さんを悲しませるなんて、理由はどうであれ男としてどうかと思うぞ。

「先生、それではさっそくトム君を呼んで頂いて、タマに聞いてもらいましょう」

ネコは、無表情でそう言った。

――あ、あの、ネコさん? ちょっと早いのではないですか? まだ、三十分ほどしか経ってないし、昨日は重みがとかなんとか言ってた癖に。

まぁ、ネコに逆らうと後が怖いからそうしましょう。

「では、トム君を連れて来て頂けますか?」

そう言って、ちらりとネコを見たがやはり無表情。仕事なんだから愛想振りまけっての。

了承した彼女は、部屋を出るとすぐにトムを抱いて戻ってきた。

おぉ、和服に猫って言うのもなかなか良い物だ。

「ではタマ君、何故外出を阻むのかその理由を尋ねてくれるかい?」

「はいよ、確かお名前はトムさんでようござんしたね。あっしは風来坊のタマと申します。あっしはこの方にちょっとした恩義がありやして、こうして仕事の手伝いをしてる次第でして。ぶしつけで申し訳ありやせんが、飼い主さんの外出を阻む理由を教えちゃあもらえやせんか?」

タマは、前足を揃えお辞儀をしている様な体勢で、そう言った。

てか、風来坊って……完全に飼い猫だし。

恩義って言ってるけど、マタタビの為だろうが。

ま、手伝って貰っているのは事実だから黙っといてやるけど。

「ほほう。第六感って奴ですね。そいつは困ったな。具体的な理由がわからねぇとなると、どうしたもんですかねぇ。たっちゃん、トムさんが言うには、一週間前から飼い主さんに何か起きそうな、嫌な胸騒ぎがするそうで。ただ、それがいつなのかまではわからねぇから、トムさんは彼女の事を心配して、ここん所毎日外出を阻止しようとしているらしいぜ」

また、難しい内容だなぁ。これを話した所で、それは解決になるのか? 

仕方ない、ネコと相談してみるか。

「ちょっと、席を外してもらっても宜しいですか?」

彼女にそう伝え、頷いた彼女はトムを抱いて座敷を出て行った。

「ネコ、どうやらトムは動物が持つ第六感的なものが働いていて、近々彼女の身に何か起こりそうな予感がするそうだ。それで、彼女の外出を阻止しようとしているらしい。しかし、こんな曖昧な答えでいいのかな……」

「仕方ないんじゃない? だって、それ以上どうしようもないじゃない。あんたが、一人で彼女を警護したいならそう言えば?」

「は? なこと考えてないよ……」

「じゃあ、それを彼女に伝えて出来るだけ気を付ける様に進言して帰りましょ。じゃ、依頼主さん呼んで来るわよ」

――あいつ、なんでさっきから怒ってるんだ?こいつの思考回路は複雑だから理解に苦しむな。いや、逆か。俺の思考回路が単純過ぎるのか?

その単純な頭脳で考えてはみたが、特に名案が浮かぶ事はなく、彼女はトムを抱いて座敷に戻ってきた。

もうお別れだ、名残惜しい。

「まず、トムの異常行動についてですが、動物には人間よりも優れた第六感的なものが備わっています。例えるなら、地震前のなまずであるとか昆虫の移動等ですね。どうやらトムはその直感で、近々あなたの身に何かが起こりそうな気がしているみたいです。それで、外出を阻止していたみたいですね。ただ、だからといって外出をしない訳にはいかないでしょうから、その時はトムの気持ちを組んで、出切る限り気を付けて下さい」

「そうだったんですか。トム、心配してくれてありがとう。外出する時は必ず気を付けるからね」

そう言って、彼女は何度もトムを撫でてあげた。トムも自分の思いを飼い主に知らせる事が出来て目を細めて喜んでいる。

どうやらトムも納得したようだし、一件落着ですかね。

今回も初回なので料金は要らないと言ったのだが、トムの気持ちを教えてもらい大変感謝しているとの事で、紹介者と同じ料金を封筒に入れて渡され、笑顔の彼女とトムに見送られ玄関を出た。

その帰り道、何故かネコとクロは一言も喋らなかった。ネコが喋らないと非常に空気が重く感じられる。クロに関しては、昨日に引き続き今回の仕事でも全く活躍出来なかったのが理由だろう。クロは褒められるのが大好きだから。

ネコは良く分からない。昔から天邪鬼な所があるし。

まぁ、今回の仕事も感謝された訳だし良しとするか。


次の日、出社時間の九時に事務所に着くと、既にネコはパソコンに向かっていた。神様お願いします。ネコの機嫌が良くなっていますように、と願いながら一声。

「ネコ、おはよう! 今日も早いね!」

「あんたと違って、私にはやる事が沢山あるの。おはよう、今日も暑いね」

ネコは笑顔でそう答えた。

神様ありがとう、そう心の中で呟いた。

「ネコさんと結婚したら、絶対尻に敷かれるね」と、クロ。

「な訳ねぇだろ、何言ってんだよ!」

「なに、なに、なんの話ししてるのよ。私にはクロちゃん達の言葉が聞こえないんだから、内緒話しはやめてよね」

笑顔のネコは凄く可愛い。いつもこうだったら良いんだけど、こいつはどこでキレるのか分からんからな。

そう言えば、小学校の頃もいきなりキレてぶん投げられた事が何度もあったな。

何に気を付ければ良いのか分からんが、気を付けよう。

準備を済ませた俺達は午前中にチラシ配りに行き、汗だくになり事務所に戻ると電話が鳴っていた。

「さっそく依頼の電話じゃない! はい、お電話有難う御座います。心と絆本舗で御座います。あ、先日は有難う御座いました。ええ……はい……はい……直ぐにお伺い致します、久本動物病院ですね!」

ネコの表情は緊迫していた。クロもタマも固唾を呑んで見守っている。

「みんな、急いで準備して。トムが車に引かれたらしいわ。今からトムの病院に行くから!」

直ぐに駐車場に行き車に乗り込んだ。俺は、ハンドルを握り締め前の車のテールランプを凝視したまま、助手席のネコに聞いた。

「なんで、こんな事になったんだろう……」

「詳しい理由までは聞けなかったけど、昨日の事と関係があるのかも知れないわね……」暗いトーンでネコはそう答えた。


トムは、手術台の上で短く息をして時折かすれた小さな鳴き声をあげていた。彼女はトムの横で泣き崩れている。

俺達の存在に気付いた彼女に詳しく話しを聞くと、今日はいつにも増して彼女が外出するのを阻んだようだ。彼女は仕事の打ち合わせに遅れそうだったので、なんとかトムをなだめて家を出た。

駅前の交差点で歩行者用の青信号が点滅していたが、その交差点は時差式になっており、中央迄渡り切ればその先の信号はまだ青信号のままなので、彼女は急いで渡り始めた。

交差点の中央に差し掛かった時に、背後から猫の怒声が聞こえて彼女が振り向くと、トムが彼女に向かって駆け出していた。

トムが渡りだした車線の信号は既に赤に変わっていたので、彼女はトムを助けようと駆け出したが間に合わなかった。

愕然とする彼女の後方で、けたたましいブレーキ音がして振り向くと、歩道のど真ん中に大型トレーラーが煙を吐いて停車していた。

その時の歩行者用信号は、まだ青のままだったのだ。

トムは彼女を助ける為に、身代わりになったとしか考えられない。

獣医師の許可をもらい、タマが手術台の上へ登った。

「トムさん……あんた、たいしたもんだよ。いくら恩義があるとはいえ、とても俺には真似できねぇ。まだ今は、飼い主さんも自分を責めちゃいるが、トムさんの心意気を必ず理解してくれるはずだ。心残りな事や伝えたい事があれば、言っておくんなせぇ。あっしが責任を持ってお伝えしやす」

タマはそう言って、悲しそうにトムの顔を何度も舐めている。

俺はタマから聞いたトムから彼女へのメッセージを、出来る限り間違わずに伝えたかったから、ノートに書き出しそれを彼女に渡した。


『トムからのメッセージ』

今まで本当にありがとう。かすみちゃんと暮らした時間は僕の宝物です。

かすみちゃんは、僕の命を二度も救ってくれた。

一度目は、公園に捨てられていた、生まれて間もない僕を自宅に連れて帰り、反対したお父さんに口答えをして頬を何度も叩かれたのに、それでも諦めずに頼んでくれた。

二度目は、飼ってもらってから二年近く経ったある日、僕は不注意で車に跳ねられて深い溝に落ちてしまった。足を骨折していた僕は、助けを呼んだけど誰も気付いてくれず、二日が過ぎて意識が遠のいていた。

かすみちゃんは、僕を探し出して直ぐに病院に連れて行ってくれたよね。その時の先生の言葉が何となく理解出来たんだ。たぶん、もう少し発見が遅れていたら手遅れだったと言っていたよね。

いつか、かすみちゃんの身に何か起こった時は、絶対に僕が命を賭けて助けようと決めていたんだ。だから僕は、かすみちゃんを守る事が出来て嬉しいんだ。

お願いだから、自分を責めたりしないで下さい。そしてこれからも、元気でいて下さい。


彼女は、トムからのメッセージを読み、何度も何度も、「ありがとう」と、トムに言った。

彼女の言葉に見送られ、トムは安らかに永遠の眠りについた。  

帰りの車内では誰も言葉を発する事はなく、ネコは窓の外をずっと眺めていて、クロとタマは後部座席で横になり静かに目を閉じている。

もしかしたら、みんな俺と同じ事を考えていたのかもしれない。

もっと他に、俺達にしか出来ない何かがあったのではないか、と。


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