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深層web都市伝説『passport are us』白い未亡人


 彼はロンドンのハックニー地区にある、自宅脇の路地でゴキブリの模写をしていた。

 夜も更けて、中心街で飲んだくれて帰ってきた若者たちの発する奇声が響き、酸素や窒素に混じってアルコール臭さが蔓延するこの街の片隅で、彼は人を待っていた。

 売れない画家、彼の描いた絵はいつもこう言われた。

「まるで、写真みたいだ。しかし、それだけだ」

 彼は絵が上手かったが、芸術的では無かったのだ。

 実際彼の模写はとてつもなく上手く、描き終えたゴキブリの絵を道端に置いておくと、酔っぱらいの夜目には本物と見分けがつかない。奇声の一つはそんな風にしてあげられた。

 マリファナでラリッた男が踊り狂うそんな街に、一人の女性が現れる。

 黒の衣服を身に纏い、瞳だけを覗かせて、彼に声をかけた。

「あなたが、トレーサー?」

 彼はその女を認めると、鉛筆を置き、ペンに持ち替えた。

「そうだ、話を聞こう」

 そう言って彼はくいっと後ろにある一つの部屋を指さした。



-- passport are us --



「私がナタリー、、、ナタリー・ウェイ・フェイブよ。あのホームページを見て連絡したのは私で間違いないわ」

 彼は画家としての稼ぎだけでは到底食っていけない為に、闇の副業を営んでいた。それは偽造文書の作成、偽札の原稿作り、そして、偽のパスポートの作成だった。インクや印刷に特化した知人数人とグループを作り、その仕事の募集をインターネットで行っていたのだ。

「早速だけど、私と子供三人分の偽のパスポートが欲しいの。お金は……そうね、そんなに無いのだけど、おいくらかしら」

「基本的にパスポートの作成には三人のチームで取り掛かるが、四冊なら五日はかかる、そうだな、五千ポンドってところか」

「そんなにお金は無いの、もし出来る事があれば、なんでもするけど」

 そう言って彼女は服を脱ぎ出した。

「残念だが、俺は女には興味がないんだ。だが、俺こんな仕事をしてるのは食い扶持の確保と他に、面白い話が聞けるチャンスが多いからだ。こんなものが必要になるなんて窮地に立たされているやつの話は大抵面白い、面白い、が、本人たちはそうは思ってねぇ、およそ話したがらない。そこでだ、もし、あんたがここに来るまでの経緯を話してくれるんだったら、チームの分配の内、俺の利益に割り当てられている分ならどうにでも出来る、残りの二人の分はきっちり払ってもらわなきゃなんねぇから、三千五百が限界だな」

 ナタリーと名乗った女は少し考える素振りを見せたが、背に腹は代えられぬといった面持ちで事の顛末を話し出した。

「私の夫は、四年前の……2005年のロンドン同時多発テロの実行犯の一人よ」

 彼は思わず生唾を飲み込んだ。これは面白い話が聞けそうだ、そう呟いて続きを待った。

「夫と私はイスラム教を信仰していて、アルカイダと呼ばれる組織に名前を連ねているの。夫はもう木っ端微塵に吹き飛んでしまったけれど、その意志は私の中で息づいてる。私たちの信じる神の為に、私はアフリカに行かなければならない。アフリカにいる同志達を集めて、正しくない世界と戦わなければならない。だけど、夫の起こした事件は私の行動を縛ってしまうほど、重大なモノだったから……あなたの所に依頼に来たってわけ」

「ふむ、それでアフリカに行って具体的に何をするんだ?」

 女は肌を隠す黒いマスクの下でふふと笑った。そう美人ではないだろう彼女の笑いに、女に興味がない彼でなくともそそられる事はないだろうが、何か企んでいる様子の微笑みだった。

「それは、実際にニュースで聞いた方が楽しいんじゃなくって?」

 彼は、確かにそうかもしれない、と思った。

 それになにより、この女が真実を話しているかどうかはわからないが、もし仮に、全てが偽りなく口にされている場合、あまり突っ込んだ事を尋ねてしまうと、彼女の起こす事件をニュースで見るより先に、地元の新聞紙の端に自分の変死の記事が書かれるかもしれない。と思ったのだ。

 だから彼は、片方の口角をにやりとあげて、一つ鼻息を吐くに留めたのだった。

 それから彼は、五日後にモノを取りに来るという黒づくめの彼女を見送って、爆破されたゴキブリの絵を一枚描いてから寝た。その絵はいつもより少し芸術的みたいだ、と、彼は思った。


 五日後、彼女は同じ黒の服で体を隠して現れた。暗殺を危惧してこちらも防護用の拳銃を持った仲間を一人呼んでおいたが、幸いその銃口が火を噴くところを見る事は無く、全ては平和裏に行われた。

 彼女は別れ際にヒント、と書かれた手紙を彼に渡して去っていった。

 その手紙には『二年以内ケニア、四年以内ケニア、八年以内ケニア』

 と書かれていた。

 彼は「爆破されたゴキブリ」の絵でロンドンのギャラリーで評価を得たが、それ以降鳴かず飛ばす。

 そんな彼が二度ほど世に出たのは。

 2011年、ケニアのテロ未遂事件が起きた直後の「死に損ねたパエトーン」を描いた時と

 2013年、ケニアのショッピングモールで行われた大量殺戮の直後の「壊された平行未来人」を描いたときだ。

 それらは、二年以内ケニア、四年以内ケニア、に当てはまる事から、八年以内ケニアの事件を彼が心待ちにしているのは間違いないだろう。



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