青い空、青い海 (海中も)
「うぅ・・・酷い目にあった」
シェイクされた内容物を、文字通り全て『吐き出した』僕はよろめきながら再び二人の居る艦橋の最上階に戻った。
「どこに行っとったんだ?」
「デッコーですよ、平賀所長。甲板は汚してないから大丈夫です。船体にちょっとかかりましたが、さっきの波で綺麗になりました」
デッコーの意味は不明だけど、さすがは船霊の雪風ちゃんにこの艦内で隠し事は出来なさそうだ。
「なに?デッコー?御剣候補生、貴様この程度で酔ったのか?それにしても顔が真っ青だぞ?」
この程度って、最大戦速で波切って走れば2000トンクラスの船がどれだけ上下してたと思う?
舳先が空を向くレベルだよ!
一緒に艦橋も上下するんだよ!
高い位置、重心から離れた位置ほど振幅率は上がるんだよ!
「まぁ、仕方ないかの。酔った時はな、身体を出来るだけ甲板なんかに接する形で横になって遠くの水平線でもみてろ。手前ばっかり見てると酔うんだ」
初めて平賀所長から実用的なアドバイスを貰った気がする。
それが船酔いの対処法だというのは情け無い限りだけどね。
「はい、では失礼して・・・」
「こんなトコで寝るんじゃねぇ、ここは戦闘する場所だ。寝るんなら上甲板でも行きやがれ」
寝転がろうとしたら、速攻で怒られた。
「ここは重心から離れてますからね、上甲板の方が楽になれますよ」
そう言う事か、なるほどね。
「それに上甲板なら掃除も楽ですし」
あ〜、そういう事でもあるわけね。
「というのは冗談です。もし上甲板で横になって、それでもダメなら言って下さい、医務室か艦長室のベッドをご用意します」
「うん、わかった。ありがとう雪風ちゃん」
のそのそと、僕は再び艦橋の右舷側上甲板へ行き、そこで頭を舳先に向けて仰向けに横になった。
「しようのねぇヤロウだぜ、この程度で船酔いとはよぉ。雪風、3ノットまで落としてやってくれ」
「了解です、雪風3ノットまで減速します」
「あんなので大丈夫かのぉ、雪風」
「大丈夫ですよ、あの御剣提督の曽孫さんですもん」
「だがなぁ・・・アレでは先が思いやられるぞ」
「そんなことありませんよ、それに・・・」
「それに?」
「凄く優しい方です、凄く良い方です」
「・・・だな、大和を頼む」
「了解です、なにがあってもお守りします」
「ふんっ、幸せモンだぜ。アイツは」
大分減速してくれたお陰で揺れも収まってきた、ぐったりとしながら空を仰いでいたけど水平線を眺めているほうが良いというアドバイスを思い出し、顔だけを横に向けぼーっと水平線を眺めて過ごす。
十分ほどそうしていたら、確かに気分が良くなっていた。
青い空、白い雲、そして上空には一機の飛行機がのんびりと飛んでいた。
「なんか・・・いいな、こういうのも」
初めてリアスに降り立った時は、ここの空気に馴染めそうになかった。
埃っぽい空気も潮風も。
でも、たった半日ほどなのにもうこの潮風を心地よく感じ始めている。
曾祖父も、『御剣・三笠』もこの風を感じ、この光景を眺めていたのだろうか。
そんなことを考えていた時だった、僕の視界に動くものがあった。だいたい50メートル程向こう?
「え?海面からなにか生えてる」
凪いだ海面から、なにか黒い棒状のモノがニョッキリと突き出ていた。
それはあたりをキョロキョロと見回すように動き、こちらを向いて止まった。
なにあれ?魚?
でも、魚とか海洋生物じゃなさそう。
ジーッとその棒と目があった気がした。
ジーッとこっちを見て・・・あ、引っ込んだ。
チャプンと小さな飛沫を上げて、その黒い棒は出てきた時のように唐突に消えた。
「なんだったのかな?動いているこの船と並走していたような・・・」
その時だった、艦橋から雪風ちゃんの少し慌てた声が響いた。
「水測に感あり、右舷側距離は近過ぎて測定不能です」
ん?右舷ってこっちだよね?と起きがって海を見ようとした瞬間だった。
海が、海面が盛り上がった。
「右舷、至近に敵味方不明艦・・・浮上しますっ」
盛り上がった海面を割って、物凄く巨大なモノが海中から現れた。
とんでもない量の飛沫を上げて海面から突き出たそれを見て、僕は初めて“それ”が船だと理解した。
「デカイ、物凄くでっかい」
この船、雪風より巨大な船が海中から躍り出てきた。
その余波は凄まじく、さっきまでの縦揺れと同じくらいの、今度は横揺れが雪風を襲う。
「お?おおぉぉぉ?」
立ち上がろうとしていた僕は、山の様な盛り上がりの反動で先ず左側に振られて艦橋にぶつかりかけた。
「危ないなぁ、なんなんだマッタク」
と、今度は揺り戻しで右側に大きく傾く。大きくタタラを踏んだ僕はバランスを崩して船の縁まで一気によろめいた。
「危ないっ、大和さん掴まって下さい」
艦橋の出入り口から飛び出してきた雪風ちゃんが必死に手を伸ばす、僕は反射的に思いっきりその華奢な腕を掴んだ。
助かった、と思ったのも束の間。
今度はまた揺り戻しの波で、僕の身体は雪風ちゃんの方へよろめき、今度こそ倒れ込んだ。
「ふにゃっ」
「あ、あのっ、ごめん」
とっさに両手をついて、雪風ちゃんを押し潰す事は免れたが・・・
「ふぇ?あのっ、あのあのあの」
僕の顔の至近距離、具体的には唇の距離3センチ以内に雪風ちゃんの真っ赤になった顔がある。
押し潰すのは免れたけど、結果的に押し倒してるね・・・うん、言い逃れは出来ない。
「どうした!なにがあった!」
ドタドタと階段を駆け下りてきた平賀所長と目が合う。
「・・・なにやっとるんじゃ〜〜、貴様は〜〜っ」
あ、平賀所長の顔も真っ赤だ。
襟首をむんずと掴まれて、そのまま宙を舞う。
凄いな〜、平賀所長ったら片手で僕を放り投げちゃったよ〜。
空が青いな〜海も青いな〜。
なんて思いながら、僕は無事そのまま着水した。
背面着水した衝撃で、肺の中の空気が一気に吐き出される。
さっきは半固形物で今度は気体か〜、今日は吐いてばっかりだな〜
背面着水の勢いのまま、僕の身体はどんどん水面から離れる。
あ〜、海って中も青いんだ〜。
そういえば僕って泳げるのかな?
地球じゃ泳いだ事なんてないから、やっぱり泳げないのかな?
キラキラと水面から光が差し込んできて・・・
き、れ、い、
だ
な
水中ってどうやって息するんだっけ?
水中から見た世界って・・・こんなに
アレ?
誰かが呼んでる?
あれは、ひいおじいちゃん?
僕と同じ白い制服着てる・・・
待ってよ、僕も連れて行って・・・
・
・・
・・・
ゲホっ
がはっ
うえぇぇ
あ〜苦しかった。
空気って素晴らしい、呼吸って偉大だ。
気がつけば、僕はびしょ濡れで甲板に横たわっていた。
「大丈夫か?」
心配そうに僕の顔を覗き込む人がいた。
あれ?初めて見る人だけど、雪風には僕と平賀所長と船魂である雪風ちゃんしかいないはず。
誰だ?この人?
「大丈夫なわけないでしょう、三途の川渡りかけてたんだから。主に貴方のせいで」
「痛って〜っ、痛い痛い。反省してます、マジ反省してますからっ」
よく見るとココは雪風じゃない、甲板上だけど雪風のどの部分でもなさそう。
「ココはどこ?あなた方は?」
「おう、ベタな返しをありがとよ」
誰?僕を覗き込む二人、一人は僕と同じ白い制服を着た青年、もう一人は雪風ちゃんとよく似ているけどちょっと違う制服っぽいのを着た女の子だった。年齢は青年が二十歳前後、女の子は雪風ちゃんよりは年上だけど、多分中等部二、三年生って感じかな?
「ココはイ-402潜水艦の後部甲板上です。私はこのイ-402の船霊『紫音』です。で・・・」
そこまで言って、隣の青年の頭を鷲掴みにする。
「迷惑千万なこの人が、不本意ながら本艦の艦長。
中村・T・乙二中佐であります」
「俺の事はタナトスって呼んでくれ!」
ニッコリと笑い白い歯をキラリと光らせ右手親指を立ててる、どういう人なんだ?この人。
タナトスってどこから出て着た?Tのトコか?
いきなり愛称で呼べと言われても・・・
ここは無難に呼ぶことにしよう。
「そういうわけには・・・中村中佐」
「あん?んだと、ゴラァ」
あ、すっごい顔で睨まれた。
と、同時に首が九十度以上廻った、ゴキって鈍い音と共に。
「あだだだだ、死ぬ死ぬ死んじゃうからっ、紫音さん?コレ、人体が曲がっちゃいけない角度ですっ」
「これ以上、本艦上で恥の大安売りはご遠慮下さい、タナトス中佐」
「わかりました、承知しました、了解しました」
その言葉に紫音さんがパッと手を離す。
やっと解放されたタナトス中佐が首を労わりながら立ち上がった。
「すまなかったな。この通りだ」
そのまま深く腰を折って謝られた。
「いえいえ、僕の方こそ助けていただ・・・んですよね?」
僕も立ち上がってちゃんとお礼を言おうとして、その辺の記憶は曖昧なんだよね。
で、改めて周囲を見渡すと今いるイー402潜水艦の後部甲板のすぐ隣には雪風の後部甲板が見えていた。
二隻はギリギリまで接近して停止している様子だった。
ただ、ちょっと気になったのは・・・
公試中キチンと真後ろを向いていたはずの大砲が。
雪風の後部甲板上にある大砲が二つとも、この潜水艦の方を向いている事だった。