出会い
懇親会の後、二つの複縦陣になって特攻艦隊と帝国艦隊はリラバウル港へ向かい、港内で各々の停泊地やドックへと分かれて解散した。
ボクの乗艦である雪風と間宮さんは、特攻艦隊の最後尾について行って、港内で分かれて平賀造船のドックへ向かった。
「あれれ?知らない艦がいますよ?」
平賀造船のドック前に見たことの無い艦が一隻停泊していた。
その艦は雪風ちゃんの様に、濃い灰色のいわゆる軍艦色だったけど、船の形としては間宮さんに近かった。
「どなたでしょう〜?艦の形からすると〜、私や〜、明石さんの様な〜、特務艦で〜しょうか〜?」
大きさ的には軽巡クラスかな?
でも、武装っぽいモノはほぼ見当たらない。
「え〜っと、艦尾に艦名が・・・『のしか』って書いてますね」
ってことは、『かしの』だね・・・
確か今朝、平賀所長が明石姉様と新造艦の調整に立ち会うとか言ってたけど、あの艦がそうなのかな?
「とりあえずドックに入ろう」
明石さんに頼んでタグボートを出してもらい、雪風・間宮の順でドックへ押し込んで貰った。
ドックから出て突堤の先端まで行くと平賀所長と明石さん、そして小柄でがっしりした体格のおじさんと、ライトグレーのツナギを着たこれまた小柄な女の子が『かしの』の方を向いて立っていた。
「おじいちゃん、ただいま〜」
「ただいまなのです〜」
「ただいま〜です〜」
ボク達が声を掛けると四人はこちらに振り返る。
「おぅ、遅かったな」
「おかえり、アサヒちゃん」
にこやかに微笑む所長と明石さん。
「この子がさっき言ってた降って湧いた孫娘か?」
小柄でがっしりした体格のおじさんがボクを見てた言った、一体どんな説明をしたんだか・・・
「初めまして、平賀アサヒです」
「ワシは隣でカシオ造船所ってのをやっとるカシオだ、よろしくな」
そう言って挨拶してくれたカシオさんは、ボクより少し背が高いくらいで、女の子と同じライトグレーのツナギに黄色いヘルメットを被り、捲り上げた袖から伸びる剛毛の生えたぶっとい腕でデッカいスパナを持っていた。
なんか古代異世界小説に出てくる『ドワーフ族』みたいだ。
「そんで、コイツは給兵艦の『樫野』だ」
カシオさんの隣でモジモジとしていた少女、ってことはこの子は船霊さんなんだね。
「は、はじめまして!給兵艦の樫野でっす。若輩者ですが頑張りますので、御指導御鞭撻の程よろしくお願いしましゅ」
あ、最後に噛んだ。
思いっきり胸を反らせて敬礼してる樫野ちゃん、目をギュッと閉じてプルプルしてる、雪風ちゃんとはまた違う可愛い子だね。
「今朝言ってたカシオんトコの新造艦だ、明石と調整済ませて来てな、さっき港内を試運転して来たんだ」
やっぱり!
朝食の時にカシオさんの手伝いに行ってくるって言ってたけど、この子のことだったんだね。
「ところで、給兵艦ってどういう艦なの?」
聞き慣れないどころか、初耳の艦種だ。
「給兵艦ってのはな、平たく言えば運送艦・輸送艦って事だ」
あぁ、だから武装が少なくてクレーンが何基もあって、間宮さんみたいな艦容してるんだ。
「タダな、樫野はちょっと特殊でな、普通の給兵艦には出来ない事が出来るんだぜ」
ドワーフ・・・じゃなかった、カシオさんに促されてボクはタラップを登って給兵艦・樫野に乗艦して、そのまま艦橋へと案内された。
「見てみな、アレが樫野の第一ハッチだ。長さ19,2メートル、幅11メートルある」
カシオさんが指差す方を見下ろすと、艦橋の前に長方形の巨大な穴が空いていた。
通常では考えられない大きな開口部、そりゃ広い方が出し入れし易いだろうけど、これはちょっと・・・いや、かなり常軌を逸しているよ。
「これで驚いてちゃいけねぇよ、コッチも見てみな」
「な、なにこれ・・・」
艦橋後部の窓から見ると、そこには丸い巨大な穴が二つも開いていた。
この艦、モノを積む事に特化し過ぎてるよ。
「第二ハッチは幅12,5メートル、長さ13,6メートル。第三ハッチは一番デカくてな幅14,8メートル、長さは15,7メートルだ」
具体的な数値よりも、目の前のハッチの巨大さに度肝を抜かれた。
船体の最大幅が20メートル程しかないのに、16メートル近い大穴がぽっかり開いているのは結構怖い。
「これで、あいつの修理が捗るってもんだ!」
カシオさんは上機嫌だ。
ところで、『あいつの修理』ってなんだろう?
「はひっ、粉骨砕身努力すりゅです」
緊張し易いのかな?
また樫野ちゃんが噛んじゃってるし。
幼さが残る樫野ちゃんは、さっきと同じく目をギュッと閉じてプルプルしながら敬礼しちゃってる。
なんだこれ、可愛いにも程があるぞ?
「おう、これからよろしくな。樫野」
ヘルメットの上から樫野ちゃんの頭をグリグリと撫でるカシオさん。
「すっかり世話になっちまったな、平賀所長」
カシオさんは樫野の艦内を事細かにボクを案内してくれた、どうやらせっかくの新造艦だったから誰かに見せびらかせたかったのもあったらしい。
ボクが連れ回されている間に、間宮さん達で樫野ちゃんの歓迎パーティーの準備をしていたらしく、そのままパーティーになった、結局みんなでどんちゃん騒ぎになって気がつけばもう深夜になっていた。
「良いってことさ、ワシも良い経験になったしな。何より、これであいつの修理が出来るようになるからな」
丁寧にお礼を言うと、カシオさんは樫野に乗って帰って行った。
翌日、ボクは朝からずーっと平賀造船の事務所で間宮さんと雪風ちゃんに水雷戦の基礎を叩き込まれていた。
昨日、帝国艦隊の社長さんに誘われた合同演習に向けて、二人が俄然ヤル気を出してしまったのが主な原因だった。ちなみに所長と明石さんは樫野さんの公試に出掛けている。
お昼ごはんを挟んで、時刻は既に16時・・・
「そう言えば〜、アサヒちゃんの〜着替えを〜、受け取りに〜行ってくるように〜言われてましたね〜」
あ、すっかり忘れてた。
今朝、樫野さんの公試に出掛ける前に、昨日所長が注文しておいてくれた新しい士官制服を受け取りに行ってくるように言われてたんだった。
「それじゃ、教練はこれくらいにして、私とアサヒちゃんで受け取りに行って来るです」
何故か伊達メガネを掛けて、ホワイトボードを使って講義してくれていた雪風ちゃん。
「わたしは〜、晩ごはんの〜用意をしておきますね〜」
間宮さんは残って晩ごはんの支度らしい。
間宮さんに目的地までの簡単な地図を書いて貰い、制服の引き換え券とボクの携帯端末、そして所長から『お小遣い』として貰った現地通貨の入ったおサイフを持ってお出かけの準備は出来た。
「それではイッテキマース」
「いってきます」
ボクと雪風ちゃんは造船所から表通りに出て、ちょうどやって来た路面電車に乗車した。
「結構混んでるね」
「ハイ、この時間は運行本数が少ないので中央本町行きは混み合うのです」
座席は全て埋まっていて、立っている人も多い。
ボクも雪風ちゃんも吊革には手が届かないので、二両編成の車両の連結器付近に立っていた。
立っていた。
立っていたんだけど・・・
なんだか、さっきから・・・
ボクのお尻に違和感があるんですけど。
途中の電停からも乗客が乗って来て、車内は既にギュウギュウ詰めで、身動きがとれない状況なんだけど。
偶然何かが当たってると思ってたんだけど、電車の揺れとは全然違うタイミングでボクのお尻に触れている。
それは恐らく男性の手のひらだと思われた、太短い指と分厚い手の平、そしてねちっこい動き。
『ひぃぃぃ、こ、これって痴漢とかいう低脳犯罪行為?』
地球では絶滅して久しい犯罪行為として、知識はあったけど、実際自分が経験するとは思わなかったよ。
それに、痴漢行為って低脳な男性が女性に対して行う犯罪で、男のボクのお尻撫でまわすって犯罪行為と言うよりタダの変態行為じゃないか!
ボクは得体の知れない恐怖と恥ずかしさで、声も挙げられず、俯いて震えながら耐えるしかなかった。
「ん?アサヒちゃん?どうかしたのです?酔っちゃったです?」
ボクと向かい合わせに立っていた雪風ちゃんがボクの異変に気付いてくれた、でも男の子なのに痴漢されてるなんて恥ずかし過ぎて言える訳がないよぉ。
「う、違うんだけど・・・」
ボクがモジモジしながら躊躇していた時だった、ポイントでも渡ったのか、電車が大きく横揺れした。
そのせいでボクの身体も大きく揺れて、ボクのお尻を撫で回していた不届きな手が雪風ちゃんから見える位置にズレた。
「アサヒちゃん?もしかして・・・」
「うん・・・お尻触られた」
痴漢に遭ったのも恥ずかしかったけど、それ以上にその事を雪風ちゃんに知られてしまったのが恥ずかしかった。
ボクの視界が涙で歪む。
そして目の前の雪風ちゃんから『プチッ』と何かがキレる音がした。
「こんのぉ、腐れ外道がぁぁぁぁぁ」
雪風ちゃんは混雑する車内に響き渡るくらいの大声で罵倒すると、ボクのお尻を撫で回していた手を思いっきり掴んだ。
手首を掴まれたのは、ボクの背後に立っていた如何にもゲスっぽいくたびれた感じのするおじさんだった。
「何するんだ!ワーカーロイドの分際で!」
「あなたこそ何してるんですか!痴漢は立派な犯罪なのですよ!」
ギュウギュウ詰めの車内で、ボクを挟んでの押し問答が続く、そうこうしている間に電車は終点の中央本町に到着して、ボク達以外のお客さんが下車していく。
「ちょっと触っただけだろう?良いじゃないか、所詮ワーカーロイドなんだし」
「そうだそうだ、ワーカーロイドごときが偉そうにしやがって!」
ボクと雪風ちゃん以外で車内に残っていたのは、痴漢犯罪者のおじさんと似たような感じの男性が二人のだった。
そしてさっきの発言はその二人組が発した言葉だった。
「酷い・・・」
あまりの言い草に、ボクは得体の知れない恐怖を感じた。
「もう完全に頭にきました!鉄道公安官に突き出してやるのです!」
怒った雪風ちゃんが変態の手首を掴んで、ホームに引きずり出す。
ボクはオロオロするばかりで、当事者なのにその光景を黙って見ているしかなかった。




