出会いと別れ
ハルゼー審査官から差し出された本を、僕は渋々受け取った。
僕がリアスへ来たのは単なる事務手続きの為だけなんだもの、移住申請してリアスの住人になったのもその手続きに住民権が必要だから。
本当はさっさと済ませてさっさと帰りたかったんだけど、次の地球行き直通便は一週間後、三日後に他の星系を経由して地球に向かう便があるんだけど、地球到着は三週間後になるんだって。
それなら一週間後の直行便の方が三日早く地球に到着する。
一週間後の直行便の方が楽そうなので帰りの便も直行便にした、僕がこの制服を着ているのも一週間だけ、ちょっとした手続きとたった一週間の為だけに仕立てた仮初めの制服。
ちょっと勿体無いけど、これもまた手続きに必要不可欠なので仕方がない。
そんなことを考えていたら、なんだか表が騒がしい事に気付いた。
「わかっとるわい、急かすなジジイ」
僕が来た時のようにハルゼー審査官が窓から頭を出して吠えている。
パタパタと巫女装束の綾風さんが出入口から外へ駆け出して行く。
僕もつられて出入口へと向かうと、そこには小さめの機関車と客車が一両その後ろには貨車が二両連結されていた。
「なんだ・・・コレ」
機関車と客車は地球の資料VRで見たことがある、軽便鉄道と呼ばれる輸送機関の蒸気機関車というタイプだったと思う、確か石炭を燃やしてボイラーで湯を沸かし蒸気圧でもって走行する、なんとも面倒な機構を持った輸送機械だ。客車は木造でこげ茶色の塗装をされている定員は20人も乗れば満員といった感じだ。貨車ももちろん木造で無蓋車と言われる車輪の上に、板が張ってあるフルフラットの貨車だ。
僕が驚いたのは機関車や客車だけじゃない、その貨車の上に載せられてるモノだった。
主翼もプロペラもない飛行機の胴体、キャンバスに覆われていて細部までは見えないけど、コレって確かレシプロ戦闘機ってヤツだ。
何年か前に地球で開発されて人気を博したVRゲームのコマーシャルで見た覚えがある、実物ってこんなのなんだ。
でも・・・なんで?
埠頭の横には簡易飛行場(離着陸出来て給油するだけの草原)があるんだし、そこから飛び立てば良いんじゃないかな?実際その為の簡易飛行場なんだし、飛行機って分解して運ぶものなのかな?
「なんじゃ、お嬢ちゃんは陸軍機乗り・・・」
少し落胆の色を滲ませながら、ハルゼー審査官が呟きかけ、そして息を飲んでいた。
「じゃねぇ、なんだその機体は!?」
ドタドタと音を立ててハルゼー審査官が窓から僕の隣に走って来た。でも僕なんか眼中にない、ハルゼー審査官の視線はさっきから貨車の上に釘付けだ。
「こいつは・・・まさかこ「ポーーッポッポッ」」
ハルゼー審査官の搾り出すような呟きは後続列車の汽笛にかき消された。
「すいませぇぇぇん」
綾風さんがまたお辞儀してる、後続列車の運転士さんに向かって。
そして慌ただしく・・・なぜか綾風さんは客車じゃなくて機関車に乗り込むと、すぐに汽車は動き出した。
ガタンガタンと徐々にスピードを上げて、僕の前を通り過ぎて行く列車。
焦げ茶色の客車、結局誰も乗ってない。
飛行機の胴体が載った貨車、そして二枚の主翼が載った貨車が続く。
「お嬢ちゃん、気をつけてな」
ハルゼー審査官が吠える。
「ありがとうございます、ハルゼーおじさまもお元気で」
機関車の窓から頭を出して手を振る綾風さん、僕も小さく手を振った。
「今度は海で会おう」
ん?ハルゼー審査官がなんか妙な事を口走る。
「ん?んんっ?そのマーク・・・」
最後に通過していった貨車のキャンバスは固縛が緩かったのだろう、風に煽られキャンバスが少し捲れた。
そこから見えたのは、濃い緑色の主翼の表面に描かれたマークだった。本来国籍マークとして、白で縁取りされた赤い丸が描かれているはずの場所には白で縁取りされた桜のイラストが描かれていた。
「アレは、さくらの・・・そうか、ヤツ“も”帰って来たのか」
ハルゼー審査官の顔付きがまたあの物騒な表情になってる。
「さて、面白くなってきたな。貴様もそう思うだろ?」
ニヤリとこっちを向いてハルゼー審査官は話しかけて来た。
絶対この人ただの審査官じゃない、只者じゃない。ほんの一瞬なんだけど何度も何度も修羅場を潜り抜けて来たような殺気を感じる、地球では絶対にありえないその風格すら感じる殺気はどこから来るのだろう。
「で?貴様はいつまでそこで突っ立っとるつもりだ?儂はこれから忙しくなるでのぉ、今日はもう宙航船の入港もないし業務終了なんだが?」
つまりさっさと出て行け、って事だね。
僕としても、次の手続きへ向かわなければならない。
「平賀造船ってご存知ですか?そこに曽祖父の船が預けられているそうなんですが」
「平賀のトコなら、すぐ先の電停から路面電車に乗って五つ先の[ドツク前]って電停で降りろ、目の前じゃ」
いそいそゴソゴソとカウンターに戻って後片付けをしながらハルゼー審査官は親切に教えてくれた。
「あ、しまった」
カウンターの中で、しゃがんで片付けをしていたハルゼー審査官が立ち上がって僕の方になにかを放り投げた。
「ほれ、貴様の登録証じゃ。別名ドックタグとも言う。超硬質チタンとテクノタイトポリマー樹脂製でイオン電池と記憶回路やらなんやらが組み込まれておる。戦海士と戦空士には必要不可欠なモンじゃ。肌身離さず持っとけよ」
いや、そんな大事なもの放り投げないで下さい。
そんな大事なもの渡し忘れてませんでした?
綾風さんに渡しました?
今、しまったって言いましたよね?
渡し忘れましたよね?
その登録証は幅3センチ長さ5センチ程の薄い金属製で細いチェーンがついている、さっきの戦闘機と同じ深い緑色、表面には[Yamato Miturugi]と刻印されていた。
「失くさないように首から下げとけよ」
「あ、はい」
僕は素直に首からそのタグを下げた。
そてにしても・・・
コレってどこから出て来たの?
用意されていた訳じゃないよね?
「あのぉ、コレってどこから出したんですか?」
どう考えてもおかしい、コレって材質からしてニューテクノロジーの塊だよね。
「うん?それか?それならここにじゃよココ」
ハルゼー審査官はカウンターの下を指差す。
どうやらこちら側から見えない位置にニューテクノロジー機器を設置しているようだ。
僕はさっきのことも踏まえてジトッとした目でハルゼー審査官を見る。
「そっち側から見えたら興醒めじゃろ?だから隠してある」
なるほどそういう事か、ん?でも待てよ?
「って事は、僕の持って来たチップも使えたのでは?」
「いや、ありゃ本当に使えん」
速攻で断言された。
どうやらホントに使えないらしい。
「それより、平賀のところに顔出すなら早い方が良いぞ。今日は確か公試に出るとか言っとったぞ」
公試って言うのが何かわからないけど、出掛けられたらこちらの用事が済ませられなくなる。
時間はあと六日あるけど、厄介ごとは先に片付けてしまうに限る。
先延ばしにしてはロクな目に合わない。
「そうですか、ありがとうございました、ハルゼー審査官」
どうせ来週には出星手続きでもう一度顔を合わせるんだろうけど、シフトが違ったりしたらもう二度と会わないかもしれないんだよね。
「あぁ、貴様も気をつけてな」
お辞儀をして旅客ターミナルを出る、少し歩くとハルゼー審査官の言った通り路面電車の停留所があった。
時刻表と路線図を見つけて経路と運賃を確認する、左手の腕時計型のウェアラブル端末を見とハルゼー審査官の言った通りもう二・三分で路面電車は来るようだった。
路面電車はすぐにやって来た、白にブルーとオレンジのラインが入った可愛らしい車両で、男性運転士と大きなガマ口鞄を肩から下げた若い女性車掌が乗務していた。
車内には四、五人しか客はおらず僕は車掌さんのいる後ろの乗降口近くに腰かけた。
モーターの唸る音と共に徐々に加速する路面電車。
僕は窓の外を流れてゆくリラバウルの街並みをぼんやり見て考えていた。
僕のリアスでの用事の半分は片付いた、後の半分も今日中には片付けられるだろうと。