閑話休題、終戦記念日によせて
戦争に関する物語を描いていると、どうしても色んな思いが浮かんできてしまうのが8月15日です。
当たり前ですが、これは全て物語です、フィクションです。
ですが、作中の特攻兵器は全て実在したものです。
二度とこのような悲しい兵器が生まれることのない世界が訪れますように。
1945年8月15日-----
「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び・・・」
正午に重大放送があるからと作業を中断して机の上に置いたラジオに耳を傾けていた。
音質の悪いラジオから聞こえる声は、恐らく今上天皇陛下のお声なんだろう。
お声を聞くのは初めてだから『多分』だけど。
「帝国政府をして米英・・・共同宣言を・・・」
雑音混じりの上に音質が悪過ぎてお言葉の意味がサッパリわからない、まぁ多分戦意高揚とか徹底抗戦とかの内容なんだろう。
現状、日本には打つ手は無い。
国民の大多数が薄々気付いてる。
軍部のほぼ全員が分かっている。
圧倒的物量のアメリカに対して、日本にはもう資源も人材も何も無い。
鉄が無い、アルミが無い、銅が無い、石油も無い。
まともな食い物すら無い有様だ。
熟練工なら鼻歌混じりに作れるモノも、勤労動員の婦女子には作れない。
六角ナットを手配したら、届いたのは『六角ナットっぽい何か』で六角ナットの用はなさなかった。
別に勤労動員の子達が手を抜いているわけじゃない、彼女らも必死だったんだ。
悪いのは熟練工すら戦地に送り込んだバカな戦争指導者達だ。
大型艦の図面なんて久しく引いていない、この前仕上げたのは『震洋』とか、もっともらしい名前のベニヤ板で作る自爆モーターボートだった。
俺なんかまだマシだったと分かったのは、同期の通夜に行った時だった。
その同期は魚雷の開発研究に心血を注いでいたらしい。
「俺はいつか百発百中、一発必中の凄い魚雷を作ってみせるぜ!」
そう意気込んでいたアイツが作り上げた・・・いや、作らされたモノは若干の命中率向上と引き換えに一人の人命を確実に奪う狂気の兵器だった。
93式酸素魚雷は確かに高性能な兵器だった、しかしその誘導装置に人間を組み込んだのは『狂気』の一言で済ませて良かったのだろうか?
この国は既にまともな思考すら出来なくなっていたのではないか?
いや、世界大戦なんてやってるこの星にまともな思考なんて残ってなかったな、勝ってる国が都市に新型爆弾を落とすなんてマトモな思考が残っていたら考え付くわけがない、実行なんてなおのことだ。
そう、世界中が狂っていたんだ・・・
世界が狂っていた俺も狂っていた、狂っていたから『震洋』なんて図面を描けたんだ。
『我、回天ト共ニ英霊達ノ元ヘユカン』
そう遺書を残し、自らが作り上げた人間魚雷『回天』の操縦席で拳銃自殺した同期は、果たして英霊たちに出会えたのだろうか?英霊たちに詫びれたのだろうか?英霊たちは同期を許してくれたのであろうか・・・
回天で、震洋で、逝った彼らは何を思って逝ったのだろうか。
天皇陛下万歳と叫び逝ったのだろうか。
愛する人を思い、名を呼びながら逝ったのだろうか。
故郷の父を母を思いながら逝ったのだろうか。
この国の未来を信じながら逝ったのだろうか。
それとも、絶望と怨嗟の声を残して逝ったのだろうか。
こんな兵器を設計した俺達を恨みながら逝ったのだろうか。
そんな重圧に同期の精神は耐えられなかったらしい、書斎の本の間に隠されていた『本音の遺書』にはそういった内容が綴られていた。
「おう、御剣いたな」
ノックもせずに入ってきたのは同期の綾風だった。
「いるさ、俺の居場所はここしかない」
九日前の朝だった、俺の実家は俺の家族全てと共に新型爆弾が消し去った。
「終わったな・・・戦争」
俺の研究室に入ってくるなり呟いた。
「終わった?戦争が?」
「なんだ、聞いてなかったのか?」
どうやらさっきのラジオ放送は戦争の終結を告げるものだったらしい。
「そうか・・・終わったのか」
ふと、全身から力が抜けた。
それにしても、この男。
『終わった』か・・・
『負けた』んじゃないんだな。
「終わったんだな」
「あぁ、終わったんだ」
開け放ったドアの桟にもたれ掛かった綾風が繰り返す。
「『負けた』とは言わないんだな」
綾風は少し驚いた表情をする。
「貴様、勝つつもりだったのか?」
コイツは・・・こんな調子だから航空本部からこんな閑職の研究室に飛ばされてきたんだな。
「勝てる・・・なんて思ってなかったさ、ここまで酷い負け方するとも思わなかったがな」
開戦劈頭、真珠湾を襲い主力戦艦群を沈めインド洋を暴れまわった栄光の機動部隊ははるか昔にミッドウェーの海の底、そこから後は坂道を転がり落ちるかのような負け戦、南方との海上交通を断たれ干上がる本土、連合艦隊の誇りと共に戦艦大和も坊ノ岬沖にその身を横たえた、そしてとどめの新型爆弾二発。
俺は立ち上がって、閉じられていた窓を開け放つ。
夏の日差し、そして熱気をはらんだ風が一気に部屋を吹き抜ける。
机の上にあったタバコ『桜』を手に取り火をつけ、胸いっぱいに吸い込む。
「ふ~~~っ・・・終わったか」
紫煙を吐き出し、胸の中のつかえも一緒に吐き出す。
「あぁ、終わったんだ」
いつの間にか綾風のヤツもタバコをふかしていた。
―――――その日の夜、中庭―――――
「よう、貴様もか?」
書類やら図面やらを抱えて中庭に出ると先客がいた、綾風だ。
「あぁ・・・こんなもの、燃やしてしまうに限る」
燃え盛るドラム缶の中に次々と書類を投げ込んでいく綾風。
「そうだな・・・貴様のトコは特攻機だったか?」
「あぁ、コイツは『梅花』、コッチのは『神龍』、先に燃やしてやったのが『タ号』さ」
御剣の命じられていた開発機体は、既存の航空機に爆弾搭載して突っ込ませる機体じゃない。
純然たる特攻機、最初から自爆特攻を目的とした機体だった。
『タ号』は木製羽布張りという代物、エンジンこそ当たり前で金属製だがあとは木と合板と布で出来ている。こんなモンに500キロ爆弾積んで沿岸の艦船に突っ込ませようと言うんだから、襲撃に会う米兵よりも先に俺たちの方が驚いた。
『神龍』は火薬ロケット式の人間誘導弾とでもいうべき代物だ、こんなのを航空機と呼んだら末代までの恥になる。
『梅花』はパルスジェットエンジン装備の機体だ、機体の上に大きなパルスジェットエンジンを一基載せていて見た感じには航空機に見えなくもない、だが機首に250キロ爆弾を装備して250ノットで飛ぶ、これも人間誘導弾だ。ドイツはコイツでロンドンを爆撃していたらしいが人間は乗っていない、乗せたのは日本だけだ。
それにレシプロ機より遅いジェット機になんの価値がある?
松根油でも動くから?
石油がない時点で戦争なんか出来る訳がなかったんだ。
「貴様の方は?確か水上特攻だったよな?」
俺が持ってきたのは『震洋』と『マルレ』の設計図と計算書やなんやの資料だ。
どちらも自爆特攻モーターボートだ、250キロの爆薬を積んで敵艦船に突撃する。
一応舵輪固定装置を組み込んで、乗員は針路固定後に救命胴衣を着て逃げるようになっていたがそんなもの、回収される見込みがない状況で脱出してどうしようというのだ、周りは迎撃の砲弾が荒れ狂う海、しかも仲間を攻撃されて頭に血が上った敵軍の真っただ中だ、
戦場で理性的な対応と博愛精神あふれる保護を求めるくらいなら、砂漠で米粒一つを見つける方がまだ望みがある。
コイツは実質的な自爆特攻艇だ。
「俺、どれくらい殺したのかな?」
書類をドラム缶に投げ込みながら尋ねた。
「さぁな、千か二千か・・・大本営発表なんぞ信用出来んからな」
「違う、そうじゃない。俺が殺した味方の数だよ」
震洋は二人乗りだ、一艇出撃すれば二人の人間が死ぬ。
重い沈黙が流れる、書類が焼ける音だけが響く。
「飲むか?」
綾風は傍らに置いていた洋酒を湯呑に注ぎ差し出した。
「・・・酔えるとは思えんが貰おう」
琥珀色の液体が揺蕩っていた。
「英霊たちに・・・」
「英霊たちと同期に・・・」
二人で一気に飲み干す。
相当に強いアルコールが喉を焼く。
「良い酒だな、秘蔵のか?」
綾風のヤツ、こんな良いものどこで手に入れた、俺が来なかったら一人で飲んでしまうつもりだったのか。
「あぁ、所長のな・・・あの野郎、キャビネットの奥にこんな上物隠してやがった」
ギンバイか・・・コイツもよくやるよ。
「あの野郎、さっさと逃げやがった。昼間、貴様の部屋に行った後で覗いたら、軍刀も軍服も全部放り出して金目のモンだけ持ってトンズラさ」
なるほどな、あの所長らしいな。
「御剣・・・貴様、これからどうする?」
これから・・・か。
親兄弟は新型爆弾で消し飛んだ、一瞬のうちで苦しまなかっただけが唯一の救いなんだろうが、その代わり骨の一つも残っていない。
「そうだな・・・天涯孤独、俺一人だけだしなんとかなるだろ」
そう考えれば気楽なものだ。
「貴様は?綾風」
こいつはご両親も健在だし、この春に細君を娶ったばかりのはず。
これからの生活を考えるとそんなに余裕は無いはずだ。
「そうさなぁ・・・今は分からんが、いつかまた俺の翼で空を飛ぶ」
近所の悪ガキが模型飛行機を飛ばしていた頃の顔だ、こいつは昔っからそうだったんだよな。
「そんなこと言っても、俺達日本人が空を飛べる日がくるのか?」
世界中相手に戦争したんだ、しかもアジアじゃ唯一航空機を自力で開発して製造した国なんだ、第一次大戦後のドイツの事もある、米英が日本の再軍備に繋がる航空機開発と航空機の運用をそうそう許してくれるとは思えない。
「俺の生きているうちは無理かもしれん、だが俺の子が、俺の孫が、俺の子孫がきっとやる」
綾風は空を見上げる、そこには満天の星空が浮かんでいた。
「この地球上じゃなくてもいい、遠い未来この星じゃないどこかで、俺達が本当に作りたかった航空機で純然たる腕の競い合いをする、それも良いじゃないか」
ドラム缶で焼けた紙の火の粉が空へと舞い上がる。
「そうだな、そういう未来も良いかもしれん」
綾風が再び酒を注ぐ、見れば傍らにはまだまだ未開封の酒瓶が転がっている。
「戦争が終わったからこそ、未来が語れるというのも皮肉なもんだな」
今朝まで敵も味方も殺す兵器を考えていたとは思えない不思議な感覚だった。
「あぁ・・・生き残った者の特権であり」
「生き残った者の義務でもあるな」
綾風も湯呑の酒を飲み干す。
「俺達はこの国の為に逝った者たちのために、恥ずかしくない未来を目指さなきゃな」
「そうだな・・・先に逝ったアイツの為にもな」
少し酔った二人の視線の先には満天の星空と共に、無限の可能性を秘めた未来が見えていたのかもしれない。
1939年9月ドイツ軍のポーランド侵攻に始まり、1941年12月8日の真珠湾攻撃で二度目の世界大戦へと拡大したこの戦争はこの日ようやく終わりを告げた。
全世界で8500万人ともいわれる犠牲者を出し、全人口の2.5%が被害者になったこの狂気の戦争は終結後も様々な問題の遠因ともなった。
人類にとって本物の『黒歴史』であったが、この問題を避けて通る事は出来なかった、許されなかった。
人類同士で争うことの愚かさ、虚しさ、悲しみを知る上で大変重要な『歴史的事実』として“現在”でもスクールでは必須科目として大幅に時間を割いて学んでいる。
ただし、一方的に“善と悪”に分ける安易な結論へは絶対に向かわないように充分に注意されている。戦争とはどちらかが悪でどちらかが善と言うものではない、どちらも言い分があって戦争へ至る歴史は後世の人間だからこそ検分可能だからだ。
『あの時こうしていれば』と言うのは『ジャンケンの後出し』『昨日の天気予報』で、結果を見た後ならいくらでも最良の策は出てくるからだ。




