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鋼鉄の獰猛、再び〜戦海の絆〜  作者: ソロモンの狐
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雪風せんせーと明石せんせー(酸素魚雷編)

「それじゃ頼んだぞ」


そう言い残して平賀所長は出掛けてしまった。

事務所の小さなキッチンで宅配食の食器を洗い終わった雪風ちゃんと明石さんに連れられて、僕は再び雪風の甲板に立っていた。


「それじゃ基本的なトコからいきますね〜」


なんだか雪風ちゃんは妙にハイテンション、でも『荒ぶる』方じゃなくて嬉しそうにハイテンション。

艦橋横から上がって、先ずは舳先の方へ連れて行かれる。


「まずは主砲です、12,7センチ連装砲、正式名称は50口径三年式12,7センチ砲と言います。12,7センチと言うのは主砲弾の直径で50口径とは砲身の長さが弾50個分という意味です」


雪風ちゃんがそう言うと、今までボクが大砲と呼んでいたものが上下左右に動く。


「この上下している筒状のものが砲身、砲身とか給弾装置とか色々がワンセットになっているのが砲塔です。砲身が二つなので連装砲と呼ぶのです」


「雪風ちゃんの主砲は『平射』つまり水平方向への発射速度で毎分十発でかなり優秀だよ、ただし」


さすがは工作艦の明石さん、説明も専門的だ。


「ただし?」


「ただし、平射の時だけね。角度をつけるとそんな速さじゃ撃てないし、仰角は44度までだよ」


「そうなんです、だから対空戦闘は苦手です、航空機さんは嫌いです」


そうなんだ、あれ?でも今日は見事に飛行機撃ってなかったっけ?


「今日は上手に飛行機撃ってたよね?」


「あれは・・・好条件が揃っていたからのまぐれです、実際至近弾で命中は出てませんから」


「まぁ、低空飛行で一直線に飛んで来てくれれば当たるかもしれないけどね、雪風ちゃんの主砲は対空じゃなくて対艦だね」


明石さんが主砲塔をペシペシ叩く。

黒く光る砲身と濃いグレーの砲塔は存在感も威圧感も圧倒的だ。


「対艦用かぁ。でも凄いんだね、これならどんな相手でも一撃だよね」


「お言葉ですが、アサヒ艦長。私の主砲は駆逐艦同士なら良いですけど、それ以上のクラスにはあてになりませんよ?」


え?こんなに大きいのに?こんなのがあと二つもあるのに?謙遜だよね?


「陸軍だと立派に重砲らしいですけど、軍艦だと豆鉄砲ですよ、撃ち合うのは軽巡つまり軽巡洋艦クラスまでにして下さいね」


こんなに立派な主砲でも通用しないなんて意外だなぁ。


「それじゃ、その軽巡ってクラス以上の船には勝てないの?」


「そうおっしゃると思ってました、どうぞこちらへ」


雪風ちゃんに先導されて、艦橋の後ろ艦の中央部へやってきた。


「私の必殺兵器、92式61センチ四連装魚雷発射管です!」


艦の前後を向いていた大きなパイプを四つ並べた装置がこっちを向いた、パイプの中には黒くて丸い先端をした直径60センチ程の物体が顔をのぞかせていた。


「なにこれ?これが飛んでいくの?」


「飛んでいきませんよぉ、魚雷ですから海中を進んでいくんです」


「直径61センチ、全長9メートル、重さは2,8トン。当時の世界では珍しい純酸素を使う通称『酸素魚雷』だよ」


2,8トン!こんな巨大なものが海中を進んでいくんだ。


「アサヒちゃんには、特に覚えておいて欲しいのがこの魚雷の特徴。この魚雷は電池とモーターじゃなくて、内燃機関でスクリューを回して進むんだ」


「内燃機関というとエンジン?」


「そうそう、内燃機関を動かすのに必要なのが燃料と、もう一つは?」


「空気、ですか?」


「惜しいね、空気じゃなくて空気の中に含まれる酸素なのさ」


燃焼と酸素の関係についてはスクールの授業で教えて貰った記憶がある。実験は危ないからと、VRで見ただけだけど。


「燃焼に必要な酸素は空気中に二割しか含まれてないの、逆に言うと残りの八割は無駄で邪魔なわけ」


大気組成についてはスクールで習った、窒素が八割弱、酸素が二割程度、そのほかにアルゴンや二酸化炭素が若干だったはず。


「普通のエンジンなら空気はそこらへんにあるけど、魚雷の場合は?」


「あ、そうか!魚雷は水中を進むから空気がないんだ」


飛行機や自動車のエンジンは空気吸い放題だけど、水中の魚雷じゃそうはいかない。魚雷本体内に空気を積んでおかなきゃいけないんだ。


「忘れがちだけど空気にも重さはあるし、ただ空気を圧縮してボンベに入れても八割は無駄なものを積んでるわけだよ、そこを純酸素にすれば無駄はないしハイパワーになるし、ボンベを小さくしてハイパワーにした分、炸薬もたくさん積んで、つまり威力もあげられるんだよ」


良い事尽くめじゃないか?


「しかも、燃料と酸素だけが燃えるから、排気されるのは二酸化炭素だけなんだ。二酸化炭素は窒素より水に溶けやすいの、だからこの魚雷は航跡が見えにくい」


「航跡が見えにくくて、遠距離から高速で襲いかかる威力抜群の高性能魚雷、それがこの93式魚雷ちゃんなのですよ」


えっへん、と腕を組んでふんぞり返る雪風ちゃん。


「確かに凄いよね良い事だらけだよ、雪風ちゃんの必殺兵器だね」


褒めて褒めて、もっと褒めてと雪風ちゃんの反り具合が半端じゃない、このまま褒めたらブリッジしちゃうんじゃない?手をつかずに。


「あ、でもそんな高性能なら他の艦も搭載してるから条件は一緒?あれ?でも明石さんが『当時の世界では珍しい』って言ったよね?」


当時の日本だけが異様に技術進歩してた?そんなはずない、スクールで習った歴史じゃ当時の日本の技術力はお寒い限りだったはず。

自分達のルーツを大事にする風潮から、自国の歴史は客観的かつ中立的に教えられる。だからボクでも当時の日本の、世界の流れは知っている。


「それには大まかに三つ理由があるんだ。まず、当時の日本は仮想敵のアメリカより主力艦が少なく制限されていたんだ」


それもスクールの歴史で習ったね、確かワシントンで主力艦、ロンドンの軍縮会議で補助艦に制限がつけられたんだよね?主力艦と補助艦、どんな制限だったかまでは知らないけど。


「私の93式魚雷ちゃんは戦艦の主砲射程より長いんですよ〜、夜戦なら高速で近づいてドカンです」


戦艦の主砲より長い射程で夜中に高速で接近、航跡の見えない魚雷を撃ってくるって怖すぎる。


「主力艦の穴埋めの為にも高性能魚雷が必要だったわけさ、漸減作戦って言ってね主力艦同士の砲撃戦する前夜に補助艦で夜襲かけて、敵主力を凹ませるって都合の良い作戦考えていたしね。だから日本海軍の魚雷愛はちょっと異常なのさ」


負けるときって、そんなもんなんだよね。


「次に魚雷の仕組みが特殊でね」


「凝ってますよね〜、駆動部もメンドくさいですよね〜」


雪風ちゃんも心底面倒そうな表情、あの表情は本当に面倒なんだね。


「今の魚雷はメンテフリーだし、命中判定と同時に自壊して何も残らないから、整備なんかしなくても良いのにね〜」


へ〜、そうなんだ。確かにそうなると面倒なだけだよね。


「それは置いといて」と両手で箱を横に置く仕草をする明石さん。


「魚雷愛が異常な日本以外は開発に成功しなかったってのもあってね」


あ、やっぱり日本の技術って凄かったんだ。


「他国が失敗した原因は、最初っから純酸素で機関を動かしたから爆発したんだよ。その点、日本海軍は始動は空気でやって徐々に純酸素に切り替える方法をとったのさ。このおかげで実用化に成功したわけだよ、ちなみに起動方法も酸素を使ってる事も、当時のトップシークレットだったからね」


「だから、その名残で今でも酸素のタンクに『第二空気』って書いてあるんですよね〜」


第二空気で偽装してたんだね、それにしても機関始動で爆発するの?それマズイよね。


「最後の理由が、さっきも言ったけど酸素の特性なんだよ」


酸素の特性?機関始動で爆発する程危険って事かな?


「純酸素ってのは物凄く取り扱いが難しくってね、ちょっとした事でドカーン、パイプに有機物がついてただけで爆燃してボーンってね」


そんな危険な純酸素に炸薬積んだ魚雷・・・それって完全に危険物じゃない?

でも戦争してるんだから仕方ないのかな?


「まぁ、当時も誘爆で大被害出したって記録があったらしいし、今でも危険物の判定ついてるから、そこで頭抱えてる子みたいな事もあるんだけどね」


さっきから妙に静かだと思ったら、雪風ちゃんが頭を抱えてブツブツ言ってる。


「あの零戦は頭おかしかったんです、60キロ爆弾避けたからって、20ミリ機関砲で魚雷発射管狙ってくるなんて・・・こっちは35ノットで突っ走ってたのに・・・桜の零戦はキ○ガイです、変態です」


頭を抱えてガタガタ震えてる。


「その子、ずっと前の海空戦で手練れの零戦に発射管狙われて、発射直前の魚雷に命中して誘爆轟沈判定受けてからちょ〜っとね。トラウマっていうかPTSDっていうかね」


頬っぺたをポリポリ掻きながら見守る明石さん。


「こうなっちゃうと、しばらく帰ってこないから、ほっといて先行こ、先」


ブツブツ言ってる雪風ちゃんを置いて行こうとする明石さん、良いのか?それで良いのか?

そもそも男の子大嫌いな明石さんと二人っきりって、難易度高過ぎるんですけど⁉︎


「あらら〜、みなさんどこですか〜」


良く言うと朗らかな、悪く言うと間の抜けた声がドックに響く。


「お?間宮さんが帰って来たみたいだね」


間宮さん?あぁ、平賀所長が言ってた人だね、夕飯の買い出しに行ってるとか言ってたよね。

トラウマスイッチの入った雪風ちゃんを放置して、明石さんと二人でひょっこり舷側から顔を出すと、ドックの入口に白い大きなエプロンをした和装の女性が佇んでいた。







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