水難、次は女難?
あ~ぁ・・・やっちゃった、やっちゃったよこの人達。
猛然と火を噴いた雪風とイ-402の大砲と機関銃は警告もなしに、バッチリ二機の飛行機を捉えた。
雪風の大砲から撃ち出された砲弾がはじけて二機の進路上に黒い花を咲かせる、そして雪風とイ‐402の機関銃から伸びる火箭がその中へ消えてゆく。
これは・・・殺ってしまったかもしれない。
しかし、二人とも超低空を高速で接近してくる飛行機に対して、凄いなぁ。
二人ともスキル高いなぁ・・・
なんて感心して現実逃避してる場合じゃない!
逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ。
前年公開された発掘データの主人公になりかけちゃった。
アレ面白かったんだけど結局結末がいくつも発見復元されて、ストーリーも分岐してたり色んなバージョンがあったりと解釈が別れて、最終的には学会で大論争にまで発展したんだよね。
結論はまだ出てないみたいなんだけど・・・
付いたあだ名が『21世紀のシェイクスピア』だったっけ?
って、また現実逃避しちゃってた。
マズイ、非常にマズイ。
慌てて飛行機のいた方を見る、どうか無事に飛んでいますようにと祈りながら飛行機を探す。
すると、二機とも無事に空を飛んでいた!
一機は軽快に空を飛んで旋回していた、もう一機大きい方はいつの間にか上空へ退避してのんびりと一直線に飛んでいた。
そういえば、雪風の砲弾が進路上に炸裂する直前に手前の飛行機は急旋回して逃れていたようにも見えた、後続の飛行機も直撃を受けたようだったけどなんとか回避したのかな?
「よ、よかった~・・・殺人犯にならずに済んだ~」
思わず脱力する、あの距離で大砲と機関銃の弾を雨あられとぶち込んだんだ、墜落されててもおかしくはない。最悪墜落して人員や機材に被害を与えていたらと思うとゾッとする。
「雪風ちゃん、紫音さんも!いったい何考えてるんですか!」
脱力した反動で思わず声を荒げてしまった。
「ごめんなさい」
「すいません」
さっきの騒動で毒気を抜かれたのか、二人は素直に謝る。
「ごめんなさいじゃないよっ!いきなり大砲撃ち込むなんて、雪風ちゃんはなに考えてるの!」
僕の剣幕に雪風ちゃんがシュンとなる。
「紫音さんもですよっ!艦長の指示も無しに戦闘行為しちゃうなんて、非常識ですよ!」
まぁ、その艦長さんはあれだけの騒動があっても、まだ甲板でイジイジしてる。
「はぁぃ、申し訳ありませんでした」
紫音さんまでシュンとしちゃった。
・・・ちょっと言い過ぎたかな?
「で、でもまぁ・・・おふたり共、あの咄嗟の状況でよくあれだけの反応が出来ましたね。あれだけ高速で接近してくる飛行機、それも真横からの目標によく対応しきれましたよ、正直凄いと思います」
信賞必罰、叱るべきは叱り褒めるべきは褒める。
すると二人は俯いていた顔を上げてパァっと笑顔になる。
「「えへへ、それほどでも」」
ハモった完璧にハモった。この二人、実は相性良いんじゃない?
「咄嗟に主砲弾で進路と視界を塞いで、そこに機銃をお見舞いするとは・・・貴女もやりますね」
「私の主砲より取り回しが早いとはいえ、あの反応速度。そして『新司偵』に致命傷を与えたのは貴女の第二銃座の銃弾ですね・・・お見事です」
・・・反省してる?ホントにお二人とも反省してますか?
なんだかお互いの健闘を称えあってるようにも見えますが?
「でも零式戦闘機には逃げられちゃいましたね」
「まだまだ精進が足りません」
絶対反省してないでしょ、反省するトコロ間違えてますよね?
なんだか頭が痛くなってきた、そういえば僕って海に落ちて濡れたままだったんだ。
「雪風ちゃん、そろそろ帰ろうよ・・・僕ちょっと寒いんだけど」
「そうですね、ラッタルを下すので気を付けて帰って来てください」
雪風の右舷から梯子みたいな階段が下りてきて、ちょっと距離はあるけどイ‐402の甲板と行き来できそうになった。
「それじゃ、紫音さん・・・お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。中佐には、あとでしっかりお説教しておきますのでご勘弁のほどを」
紫音さんに見送られて僕は雪風の艦上に戻った。
紫音さんはまだ使い物にならないタナトス中佐をハッチから蹴り落して艦内に仕舞うと、僕たちに丁寧にお辞儀をして艦内に戻っていった。
双方の船が動き出し、徐々に離れていく。
そして充分離れてからイ-402は少しづつ舵を切り、そして海中へ消えていった。
「おかえりなさいです、御剣艦長」
あれ?そんな呼び方だったっけ?
「艦長?僕が?」
「はい、先ほどの対空戦闘で私とイ-402と零戦で共同撃墜が認められました」
え?やっぱりあれって戦闘行為だったんだ、そして撃ち落としちゃってたんだ。
「おめでとうございます、初戦果でありますっ御剣艦長」
キッチリと背筋を伸ばし敬礼する雪風ちゃん、でも僕はどう返していいのか判らないし、敬礼の仕方も分からない。
非常に情けない気持ちでいっぱいだ、初戦果と言われても僕はなにもしていない。
雪風ちゃんと紫音さんの言い争いを止めることすら出来なかった。
僕はもっと学びたいと思った。
《戦海》とはなんなのか、戦闘艦のことも知らない、ちょっとした用語も分からない。
《戦空》とはなんなのか、飛行機の事も分からない、機種も特徴も何も知らない。
タナトス中佐はいい加減な人のように見えた、でもそんな事はないはず。
あんな巨大な潜水艦を乗りこなして、紫音さんと幾多の戦場を潜り抜けてきたはずなんだ。
一方の僕は知らないことだらけだ、何も知らない何も出来ていない、このままじゃダメだ。
知りたいと思った。
海の事を、空の事を、このリラバウルの事を・・・
「雪風ちゃん、僕に教えて欲しい、僕は全てを知りたいんだ」
深々と頭を下げた。
「艦長・・・ハイっ喜んでっ、私の、私達の自慢の艦長になって下さい、その為ならなんでもしちゃいます」
顔をあげると薄っすらと涙を浮かべた雪風ちゃんの顔があった。
「よろしくお願いします、雪風ちゃん」
「と、まぁいい雰囲気なのは良いんだけどな、儂はいつまでこの状態なんだ?」
忘れてた、この船にはもう一人いたんだった。
「艦長を海に放り込んだお仕置きです、もうしばらくそこで反省していてください」
ワイヤーで簀巻きにされて艦橋の後ろで吊るされている平賀所長だ。
「ふんっ、今日は踏んだり蹴ったりだわい」
そんな平賀所長を吊るしたまま、雪風ちゃんに初めての号令をかける。
命令は好きじゃない、それにまだ命令を出せる程でもない、だから号令だ。
「雪風ちゃん、リラバウル港平賀造船ドックへ帰港、進路調整、港内まで巡航速度」
本来の命令と全然違うのは分かっている、でも今の僕の知識ではこれが精いっぱい。
「滅茶苦茶だが、さまにゃぁなってるじゃねぇか。それで良いんだよ、御剣艦長」
平賀所長のそんな呟きは、はたして僕には聞こえなかった。
それから僕は雪風ちゃんに乾いたタオルを出して貰って、艦長室でで全身を拭いていた。
でも、これどうすればいいんだ?
僕の着ていた服はびしょ濡れ、当たり前だ海に落ちて『正確には海に投げ込まれて』三途の川まで渡りかけたんだ、制服はおろか下着まですっかり濡れていた。
身体は乾いたタオルで拭いたから良いんだけど、着替えの入った鞄は平賀造船のドックにおいて来ちゃってるしなぁ。
つまり、今の僕は全裸でバスタオルを腰に巻いた状態なのだった。
脱いだ制服は絞って水気を切ろうとしたら、雪風ちゃんに全力で止められて没収された。
「そんな事したら生地が痛んじゃいます、これは後で真水で洗って乾かしますから」
なんて言われて持っていかれた、だから手元にあるのは濡れた下着と全身を拭いた後、交換してくれた乾いた白いバスタオルだけ。
雪風ちゃんは下着も持っていこうとしたんだけど、それは丁寧に全力でご辞退申し上げた。
僕にだって譲れない一線はある。
ちなみに雪風ちゃんは僕の身体を拭いてくれようとしたんだけど、それも丁重に全力でお断りした。
僕にだって一応日本男児だ、いろいろ守らなきゃいけないものもある。
このまま艦長室でドックに帰り着くまで籠っておくのもなぁ。
さっきの覚悟はどうすれば良い?
入港指示も出来ない艦長って恰好使いないでしょ。
かと言って、全裸にバスタオルで入港指示だしてたらただの変態だし・・・
「御剣艦長、着替えがあったのでお持ちしました」
ノックをして雪風ちゃんが入って来た、手には丁寧に折り畳まれた濃紺の制服があった。
「ありがとう、でもよく着替えがあったね」
ひいおじいさんには会ったこともないし、フォトデータも見た事無いから背格好とか分からないけど、今の僕よりは大柄なはず。
僕は身長15Xセンチと16歳にしては“ちょっと”小柄。小柄なだけ、まだ成長期だもんこれから伸びるんだもん。
「ハイ、サイズは大丈夫なはずです」
ん?なんだか妙にハイテンションだね。
その割に、手にした制服を渡すのを躊躇ってるみたいな・・・
「その・・・コレ、水兵用の制服で、私のと一緒で、ゴニョゴニョ」
あぁ、そんな事を気にしていたのか。
「別に構わないよ、雪風ちゃんと一緒の水兵用って事はお揃いかぁ、僕にも似合うかな」
「似合います、似合うはずです絶対お似合いです、間違いありません!」
ふんすっと鼻息も荒く胸の前で両手でガッツポーズをとる雪風ちゃんが一段と目を輝かせる。
うぉっ、なんだ?何なんだ?凄い喰いつき様だ。
そして半ば強引に雪風ちゃんから濃紺の制服を押し付けられた。
「それじゃ着替えるから・・・」
雪風ちゃん、僕の着替えを見守るつもりじゃないよね?
「え?あ・・・はい、それでは失礼します」
雪風ちゃんは敬礼して名残惜しそうに退出して行った。
なんだったんだ?
「さてと、着替えようか」
備え付けの小さな机に制服を載せる、制服の一番上には[ゼ カ キ ユ 艦 逐 駆]と金文字の刺繍の入った帽子もセットされていた。
下着、どうしよう・・・せっかく乾いた制服を持って来てくれたのに、濡れた下着を着るのもなぁ。
仕方ない、背に腹は変えられないから・・・って思ってたら、なんだ下着っぽいものもある?
折り畳まれた制服を検分していると、ビニールパッケージされた新品の下着が入っていた。
「用意良いなぁ、雪風ちゃんも」
僕はそのパッケージを破いて広げてみる。
滑らかな手触り、これってシルクかな?
うんうん、真っ白で清楚な感じで、でも控え目ながらレースの縁取りもあって・・・
って、これ・・・
女性用・・・じゃないか?
チョットマテ、ドウイウコトダ?
ベッドに着替えを広げてみる。
・・・上着はまだ良い、というよりも上着しか『まとも』じゃない。
ランニングシャツとは絶対言い切れないキャミソール、ズボンの代わりにスカート、靴下は真っ白なニーハイソックス。
これはダメだろう。
なぜか、本当になぜかサイズはぴったりなんだよなぁ、困ったことに。
思案していると、ドアの向こうから雪風ちゃんの興奮した声が響く。
「御剣艦長、サイズはいかがですか?ちゃんと着れましたか?お手伝いしましょうか?」
ダメだこれ、絶対確信犯だ。
十五分後、ドアの向こうから雪風ちゃんに執拗に急き立てられ、仕方なく雪風ちゃんが持って来た制服に身を包んだ僕は、涙目で艦橋の最上部に立っていた。
もう、泣きたい。