狂演
―あのべべとかいう老人…
ロロはさっきの血の褒賞を思い出していた。あの程度の者でもユータロス様の血を飲めば、あれだけの力を得るというのか。ただ…よくもまぁ生き残れたものだ。ほとんどはユータロス様の血の暴走に耐え切れず、苦しみの中で死んでしまうだろう。それに耐えられた者だけが魔神の力を授かる事が出来るのだろう。まぁ、伊達に長く―
「ロロさん。」
ユーカ姫に呼びかけられて、思考が止まる。
「どうされましたかな?ユーカ様」
「あの、魔界の事を教えて欲しいくて」
「何でもお聞きになってください」
その後ユーカは、城の外の崖を抜けた所には街があること。彼らがバンパイアであること。ユータロスがそれらを束ねる王であること。この魔界で最も力を持つ覇者であること。そしてそんな偉大なる魔王様でも、意外な事にそんなにお酒が強くない事を聞いて少し笑ってしまった。
「随分楽しそうではないかロロ?ん?」
「いえいえ、ユーカ様に魔界の事を教えて差し上げていたまでですよ。他意はございません。」
「ふん…次はないと思え。」
「は!」
悪魔的な凄みにユーカは少し驚いたが、それ以上に、冷静なロロさんが狼狽している事にも驚いた。
「この話はユータロス様にはくれぐれも内密に。また、王がお酔いになられてもくれぐれもご指摘なさらないように。私は過去何度か死にかけています。」
―最も、貴女の命は今夜までかもしれませんが。
耳打ちの体勢でユーカに話し掛けたロロが不敵に口角の片側をほんの少し吊り上げた。
「さて、私はそろそろ夕食の準備にかかりましょうか」
「あ!それ私も手伝います」
「ふん。随分懐かれたものだなロロよ。準備を終えたら城の上に来い。食事の前の準備運動だ。」
「お、お戯れを…!?」
「何ぃ?!ロロばっかりずるいんじゃねぇか?!」
「ふん。お前の言う通り此奴は小狡い悪党よ。少々懲らしめてやらねばならん。そう言えば…ベベを見定めた其方にも褒美を与えてやらねばならんな。よかろう。2人一緒に相手をしてやる。」
「ははぁ!有難き幸せ!」
「但し、今日の余は手加減加減をしらん。死んでもしらんぞ?」
ユータロス王の凄みに、オーフレイムは期待と恐怖を感じた表情を見せ、ロロは苦い表情のまま片手を頭に当てて項垂れた。
―数時間後。
ユーカは玉座の大扉の両脇にある階段を上がり、テラスへと出た。空を見上げるとユータロス王、ロロさんが宙に浮いている。オーフレイムの背中には翼が生えており、その翼で空を飛んでいた。
「さぁ、どこからでも来るがよい」
ユータロス王は構えるでもなく、仁王立ちのままそう言った。
気合の咆哮とともに、オーフレイムを中心に大気が震えた。目にも止まらないスピードでユータロス王に突撃し、勢いそのままに剛腕を振り抜く。大迫力の右ストレートを事もなげに避けるユータロス王。続けさまにオーフレイムがラッシュをしかけるも、避ける避ける避けるユータロス王。
すると突然、二人が脈打つ様なリアクションを見せた後、動き止めながら少しずつ地面へと押し付けられる様に降下していった。
「ロロ、てめぇ俺ごと…」
「発動位置の調整に気を回していれば、ユータロス様の動きは止められませんからねぇ。」
周囲の重力を何倍にもする魔法に全力をかけるロロ。左手を添えるもなお震える右腕に全力を込める。ロロのこめかみを汗がつたい落ちた。
「ふん。今日の貴様は本当に小悪党よの。」
凄まじい圧力の中でも、どこか涼しげなユータロス王をよそに、押しつぶされまいと踏ん張っていたオーフレイムが、突然数メートル宙に浮いた。ロロが範囲操作で重力をユータロス王だけへと絞り、オーフレイムは元の重力に戻った。意図を察したオーフレイムがニヤリと笑う。巨大な両手斧が空間から引き抜かれ、全力でそれを振り下ろした。ロロはもう一度オーフレイムも重力魔法の範囲に含めなおした。
ジャキィィィーーーン!!!!!
金属音が響き渡る、二人を中心に当たりの地面が津波のように盛り上がった。
「余に抜かせるとは、大したものではないか。ベベの変身を見て焦っておるのか?」
禍々しく巨大な鎌をかざし、刃と柄の交差部分でオーフレイムの斧を受け止めている。鎌で斧を払い上げ、今度は鎌を天高く放り投げた。
「血の涙」
回転した鎌は赤い雨の様なものをまき散らしている。それらは無数の赤い針となって周囲に降り注いだ。ロロは堪らず重力魔法を解き、自身の周囲をバリアで覆った。オーフレイムは斧の刃で身を守ろうとするも、全身に傷を負っている。おびただしい数の連撃になんとか堪えたロロは赤黒く覆い隠されたバリアの向こう側から、死神が忍び寄ってくるのを感じた。ユータロスが鎌を振りかぶりそこまで接近している。
「鉄の処女!!!」
ロロの後ろから不気味な棺桶の様なものが、観音開きをし、ロロを吸い込むとまたすぐに扉を閉めた。王の鎌が鋼鉄の棺桶に炸裂するも、それはビクともしなかった。
「ふん。」
ユータロス王は不満げな顔を見せると、今度はオーフレイムに襲い掛かる。先程とは反対の構図で、大鎌を叩き付けるも、オーフレイムは横っ飛びで間一髪かわすことが出来た。勢いそのまま空中に舞うも、今度はユータロス王の巨大な斬撃がオーフレイムを襲う。巧く交わすとその斬撃は分厚い雲を切り裂いた。今度はそれを連続で浴びせる。続く猛攻に、避けきれなかった一撃を斧でそらそうとするも、威力は抑えきれず、避けそこなった斬撃がオーフレイムの翼を切り裂いた。海へと落下をし始めるオーフレイム。そこを狙ってユータロス王がとどめの一撃を振るうべく突進しながら鎌を左へと大きく振りかぶった。オーフレイムはギリギリまで引き付けた所で両手を交差させると、今度は大きく見開き大の字になった。
「剛魔滅殺塵」
凄まじい爆発と粉塵が当たりを包み込む。押された海水が津波の様に戻ってきて切り立った崖へとぶつかっていく。爆発と波の衝撃を受けた崖が崩れ落ちていた。
鎌の柄から突き出た槍の部分にオーフレイムの首根っこの衣服をかけ、ユータロス王は巻きあがる煙の中から闊歩して出てきた。力を使い果たしてオーフレイムに対して、ユータロス王は全くの無傷である。城に爆発の影響がほとんどなかったのは、爆発と城の延線上にユータロス王がいたからであった。
「其方、やりすぎだぞ。」
「どっちがですか…」
全身血だらけのロロが棺の中から出てきた。開いた棺の扉にある針状の突起からは血が滴っている。
「ほう。其方、随分とマゾヒストなかわしかたをしたものよな。」
「首から上どころか上半身が消し飛ぶよりはマシですよ。」
そう言って悪態をつくと、さらに吐血した。本来、対象を棺の中の亜空間に閉じ込め、串刺しにする呪術にも似た空間掌握の攻撃魔法だが、それを自身にかけ、外界からの干渉を許さない事でユータロス王の一撃を避けたのだ。
大鎌からオーフレイムを下すと、ユータロスは二人の方へ手をかざし、一瞬瞑想して呟いた。
「死神の林檎」
とても回復呪文には見えない鬱蒼とした雰囲気が二人を包むと、ロロの傷は塞がり、燃え尽きて焦燥していたオーフレイムが意識を取り戻した。傷一つないユータロスの姿を見て、一瞬ホッとした様な表情を見せたかと思うと、悔しさを隠しきれない顔へと変わった。
「クソう…」
「見事であった。」
ユータロス王はオーフレイムの健闘を称えた。
「ロロ、食事にするぞ。」
ユータロス王が事もなげに言う。
―悪魔だ…。
人外の戯れ方に、ユーカだけでなく2人の魔界の住人も愕然とした。
いつもお読み頂きまして、有難うございます。
闘ってみました。難しいもんですねぇ。
次はいよいよ夜這い!…かもしんないです。
それではまた!