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吹き零れる程のI、愛、哀(仮)  作者: 詠ミ人知ラズ
8/11

血の褒償

 この城だけがそうなんだろうか。魔界の文化水準の高さにユーカは驚きっぱなしであった。

案内された露天風呂の浴槽には、見事な竜の彫刻が施され、対角にも大きな翼と蛇の尾を持つ双頭の獅子の彫刻がたっていた。それらの口から滝の様に浴槽へと湯を注いでいる。湯船はどう見ても沸騰していたので、ロロさんに40℃程度に調節してもらった。この辺りは魔界っぽい。蛇の尾の口から出るシャワーで髪を洗い、湯船へと浸かることにした。


 禍々しい空の色に慣れさえすれば、この景色は絶景だ。

右手を見れば、地平線の彼方まで続く海。左手には切り立った崖と、そこに打ち付ける荒波。どうやらマイヤーカルデロン城は崖から伸びた岬の先に聳え立っている様だ。城からは細い崖の道が伸びている。


 広い湯船で脚を伸ばしていると、誰かの足音が近づいてくるのを感じた。

姿を見せたのは一糸纏わぬユータロス王。傷一つない色白のカラダと無駄の一切ない筋肉美はまるで彫刻の様だ。


「キャッ!」思わず目を背けて、自分のカラダを隠す。もっとも湯船は乳白色に濁っている。ユータロス王は蛇のシャワーでひとしきりカラダを流すと、おもむろに私の隣へとに入ってきた。


「む、やや微温いかな?湯加減は良くって?ユーカ姫」

「こ、これくらいがちょうどいいんです!」


 魔界では混浴が普通なんだろうか?悪びれた感じもなく、湯加減を聞いてくる。






ビキビキビキッ


濁ったぬるま湯の中で、血が集まるのを余は感じた。

少し紅潮した肌、艶めかしい首から肩へのライン。今すぐその首元に牙を突き刺したい衝動を悟られないよう平静を保つ。


「ロロ!」

「はっ」


呼ばれたロロさんが赤ワインと思しき物とグラスを3つ持ってきた。

無駄のない手慣れた手つきで栓を開けると自らのグラスに液体を注ぎ、テイスティングを施す。残りのグラスにもそれを注いで私達に手渡した。


「地上では、お酒を飲む前に礼節の様な振舞いは行うかな?」

「「乾杯」と言い合って、グラスを合わせたり合わせなかったり…」

「ではそれでいこう」

「乾杯!」ツィン


 ワインは好きだが、飲むつもりはなかった。しかし、ロロさんの手捌きに魅せられている内にグラスを渡され、挙句自ら乾杯の音頭をとってしまった。仕方なく一口、口に含む。


「おい、しい…」


 一体どうなっているんだ。ハードルを低く設定はしているが、口にするもの全てが期待を上回る。おとぎ話で当たっているのは、今の所空の色くらいである。しかしだめだ、これは酔う。


「ロロ、もう少し温度を下げろ、それとユーカ姫にお水もお持ちしろ」

「畏まりました。お水は一応お二つご準備致します。」

「ふん。」


 よせよせ。朝から気持ちよくさせるな。ユーカは自分が裸なのを一瞬忘れてしまっていた。


 湯船に浸かりながら、私の趣味が音楽でピアノが得意であること、今度ロロさんとピアノ勝負が行われること、そんな取り止めのない話をしていた。話が盛り上がる内に逆上せそうになり、私は先に湯船を出ることにした。立ち上がって片足を浴槽の縁に上げたとき、自分が裸だったことに気づく。


-しまった!私裸だった!―


 慌ててどうしようと思っているうちに、目の前にポールが立っていて、そこに大きなバスタオルが掛かっていた。湯煙の中、ほんの一瞬カラダを晒すことになったが、すぐにタオルを巻き付けて、風呂場を後にすることとした。


 お風呂を上がると、シルクのような生地で仕立て上げられた真っ白でシンプルなネグリジェと、羽織が用意されていたのでそれ着た。

洗面所で化粧水と乳液と思しき物を使わせてもらったあと、玉座のソファーに案内された私は、またロロさんにお水を手渡された。


「他に何かご利用で?」


 あまり至れり尽くせりだったので、もう逆に意地悪を言ってみようと、肌を保湿するボティークリムをリクエストしたところ、何とも優しく仄かな甘い香りのクリームが入ったびんを手渡された。

この人は何処まで完璧なんなだろう。

 玉座には、オーフレイムさんとかなり年老いた老人が立っていた。老人がこちらを見ているのに気付いたので、思わず会釈する。


 玉座の大扉が開き、ユータロス王も戻ってきた。その瞬間、老人は跪き頭を地面に擦り付けた。玉座に向かう歩みに合わせて、老人はカラダの向きを器用に変えていく。ユータロス王が玉座に腰を下ろした所で、老人が年齢にそぐわない大きな声をあげた。


「べべと申します!この度は私の様な者をマイアーカルデロン城にお招き頂き、誠に有難うございます!崇高なるユータロス様の前にお伺いする事が出来、身に余る幸せに感謝の言葉が浮かびません。」


「べべよ。面をあげて、楽にせい」

「いえ、勿体ないお言葉」

「よい、楽にせい。3度は言わすな」

「大変失礼致しました。」


 そういってべべと名乗った老人は、片膝をついた態勢になり、王の言葉を一言も逃さんと聞き耳を立てている。


「この度の其方の行い、そして世への忠誠、大義であった。」

「勿体ないお言葉にございます!」


 べべが恐縮しながら声をあげる。


「ユーカ姫よ、其方が森で倒れていたのを見つけたのがべべである」


 突然自分の名前が呼ばれた事に驚いた。


「そうなんですか!?あの、本当に有難うございます」


「いえ、当然の事をしたまでです。」


 やや台詞と不敵な表情の差にユーカは若干の違和感を感じるも、ユータロス王の発言が続いた。


「人間と話をするという、数千年生きた余でさえ滅多にない機会をもたらした其方には、特別な褒美を与えてやらねばならん。」

「とんでもございません。」

「いや、其方の忠誠に余も報いよう」


 そういって王はロロにグラスを持ってこさせた。

グラスを手渡されたユータロス王は、グラスを持つ反対の拳をグラスの上に掲げ、その拳を強く握りしめた。


 真っ赤な血がグラスに注がれる。


「飲むがよい」


 そう言ってグラスを投げるとグラスは宙を舞い、べべの前に飛来した。

おぉ。魔界っぽい。最早少々の事では驚かなくなってきたユーカはそんな事を思っていた。

長年の経験で、質問に意味を成さないと感じたべべは、グイッと注がれた血を余す事なく一気に飲み干す。10秒程度だろうか、少しの沈黙の後べべは一瞬大きく目を見開くと、全身の血管が膨れ上がり、心臓を抑えながら苦しみでのたうち回った。


「何を飲ませたの?!」


 命の恩人が苦しむ様子を見て、ユーカは非難とともにユータロス王に訴えた。


「ふん。其方も見ていたであろう。余の血液だ」


 地面で暴れ回るべべのカラダに変化が生じはじめる。腰が折れ160cm程しかなかったカラダが一回りもふた回りも大きくなっていく。しわがれて骨が皮を被ったようだった肌は瑞々しく筋肉が隆起していく。顔もどんどん若返っていった。呻き、叫びのたうちまわっていたカラダは徐々に落ち着きを取り戻し始めている。

 数分前までよぼよぼの老人だった男は完全に平静を取り戻し、その場に立った。オーフレイムに並んでもほとんど見劣りしない程の長身になったべべは、手を握ったり開いたりして、新しい肉体の感触を確かめる。

 次の瞬間、ロロさんが私の前に手をかざすと、べべを中心に突風が巻き起こった。


「てめぇ!王の御前だぞ!!!」


 オーフレイムが声を荒げた。


「申し訳ございません。まだ余り調整が出来ないものでして。くっくっく」


 笑みがこぼしながら、べべは全員に頭を下げ直した。


「その肉体を用いれば、其方にとって多くの事が叶うだろう。まずは存分に新たな生を味わうがよい。そして今後とも余に報いよ」


「はっ!この身に余る幸せ!感謝致します!」


 それ以上の言葉は必要ない悟った様子で、べべはイソイソと玉座から出ていった。

やばいやばいやばい!やっぱり彼らは魔界の住人だ。酔いが覚め、恐怖を覚え始めるも、右も左もわからない世界の事を考えると、ユーカはもうどうしていいかわからなくなった。


ここまでお読み頂きましてありがとうございます。


なんとブックマーク数が3に増えました!ありがとうございます!

凄く嬉しいです!私の血であればコップに注ぎたいです(笑)


やっぱり一話3000文字くらいは最低でも必要そうです。

お読み頂いている方のためにもコツコツ書いて行きたいと思います。




詠ミ人知ラズ

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