小さな逃げ道
地獄に落ちた戸越に対して、悪魔は文字通り地獄のような折檻を繰り返し行っていた。
だが、そんな苦しい状況の中、戸越は一条の光を見つける。
そして、その先に向かうのだが・・・。
痛みと苦しみが永遠と続いていた・・・。
「痛い、痛い・・・、嫌だ・・・、もう、嫌だ・・・。ハァ・・・ハァ・・・。」
痛みで声も出せなくなり、何も考えることが出来ない・・・。
腕、足、身体、こいつは笑いながら、私を滅多斬りにした。
「グッ・・・、あぁ・・・、ぎゃぁ・・・。ぐぁぁ・・・。」
何度も、何度も・・・。
「ククク・・・、ひゃひゃひゃ・・・、おら、おら、どうするんだぁぁぁっ!!!」
「や、止めろ・・・。」
だが、あるとき、こちらでの"死"の瞬間に、か細い光が一瞬だけ見えた。
その光に手を伸ばした瞬間だった。
「あ、あれは、な、永原君・・・じゃないか・・・。」
ここは、私のいた別荘地・・・。
私がいなくなってペンションごと無くなった跡地だった。
「助けてくれ・・・、助けてくれ・・・。
か、身体・・・、そうだ、身体があれば・・・!
か、身体を・・・、くれ・・・!!!」
苦しさから逃れるため、私はわらをもつかむ思いで永原君の身体を乗っ取るしか無かった。
「ハァ、ハァ・・・、や、やったのか?!」
だが・・・。
「よぉぉぉしぃぃぃ、よぉぉぉくやったぁぁぁ、戸越ぃぃぃっ!!」
「ひぃっ!!な、なんでここに・・・。し、しかも何人も・・・。」
逃げたと思ったあの不気味な声が僕のみ耳とで聞こえ、全身が震え上がった。
「お前が、永原って奴の身体を乗っ取るのを待っていたぁぁぁっ!」
「な、なにを言って・・・?」
「愛那とかいうガキと永原が出会って、永原がまっとうになっちまって、操れなくって困っていたんだぁぁぁ。」
「・・・ま、まっとう?」
「まあ、ちょっとした善人になっちまったって事だぜぇぇぇ。」
「・・・ぜ、善人になったからって、操れなくなっただって・・・?」
「だからよぉぉぉ、お前を媒体にして操るんだぁぁぁっ、クククッ・・・!」
「ば、媒体・・・?」
「お前を通せば、楽に操れるぜぇぇぇっ!!」
「さ、最初から、これを狙って・・・。あぁ・・・、あぁ・・・。」
この悪魔は私が逃げる隙をわざと作っていた。
しかも、永原君の身体を私が奪うと分かっていたのだ。
自分で出来なかった憑依を僕を通してやってしまったのだった。
「お前はぁぁぁ、引っ込んでろぉぉぉ。心配するな、俺がお前の"フリ"をしてやる・・・。クククッ・・・。」
この悪魔は、どうしてここにいるんだ・・・?
私を苦しめていた悪魔とここにいる悪魔は、顔も声も同じだった。
同じ時間に存在していたということだった。
だが、そんなことは、どうでも良かった。
私は、逃げ切れなかった・・・。
その事実は、私に絶望と恐怖を突きつけるのだった。
「だ、駄目じゃないか、永原君・・・。何で良心に目覚めちゃったりするのさ・・・。
僕に散々、酷いことを言ったのに・・・。ブツブツ・・・。」
私の代わりに悪魔がしゃべる。
私とまったく同じ声、話し方だった。
だが、それがとても恐ろしく感じる・・・。
「と、戸越、お、お前・・・。くっ、身体が動かない・・・。」
永原君は、自分の身体から半分ずれたような状態だった。
(永原君・・・、こ、これは私じゃ無い・・・、私じゃ無い・・・。)
私はこの時、奇策を考えていた。
「永原君、君の身体・・・、そうか、すでに君も、ヘッドギアの生け贄になっていたんだね。
どおりで操りやすいはずだ。いつ身体を失っていたんだい?・・・まぁ、どうでも良いことか。」
「戸越、止めろ・・・。」
(今だっ!)
その一瞬、私は気力を振り絞ってヘッドギアを使った。
<<DARK MATTER!!!>>
「戸越ぃぃぃっ!お前ぇぇぇっ!!何をしたぁぁぁっ!!!!」
最後に、しずくと出会って、魂や霊体について実感できた時に、ダークマターの存在について思い出していたのだった。
もしかして、この宇宙自体も霊体であり、銀河系、太陽系も、惑星も大きな霊体ではないのか、それを秩序立てているのは、ダークマターではないのかと。
その仮説は正しかった。
私の奇策は成功して、自分を中心にして、ダークマターが、放射線状に広がって、全ての霊体を追い払うことが出来た。
(や、やったっ!せ、成功だっ!!!)
だが、少し奇妙な感覚を覚えた。
自分が経験したことも無い記憶が頭に浮かんでくるのだ。
(こ、これは何の記憶だ・・・?)
私は池上君とは知り合いでは無かったのに、彼を罵倒したり、殴りつけたりしている記憶が浮かんでいた。
しかも、この池上君は、とても幼いじゃないか。
悪魔達と私は、少しの時間だが、一体となったため彼らの策略、計略、陰謀が分かってきたのだった。
それは、記憶の共有に近かった。
悪魔達は、池上君の幼少時から付きまとい、彼を苦しませていた。彼を邪魔していたのだった。
池上君は、それに打ち勝つように努力したことも分かったのだった。
(・・・い、池上君・・・、君はどうしてここまでされて生きてこれたんだ・・・。)
私は彼の生き方、彼の忍耐力、彼の努力が理解できなかった。
酷い仕打ちを受けている姿が目に移った。
孤独に苦しんでいる姿も目に映った。
精神病棟に閉じ込められている姿も目に映った。
だが、どうして?
どうやって?
うちのような偏差値の高い大学に入学できたのか。
私は科学者として・・・、いや、一人の人間としても、彼の生き方について、知りたくなってしまったのだった。
そして、同時に嫉妬していた。
自分の孤独な生き方と比べていた。
同じ孤独さを味わいながら、私は地獄で苦しみ、彼は色々な人から愛されている。
何故・・・、何故・・・、何故・・・・、何故・・・、何故・・・、何故・・・、何故・・・、何故・・・。
嫉妬は怒りに変わり、憎しみに変わり、彼に再び同じ苦しみを味あわせてやりたいと考えていたのだった。
この時の私は、分かっていなかった。
この感情は、自分を苦しめていた悪魔と同じだったということを。
結局、自分も奴らと変わらないということを。