新しい家がもたらしたもの
ついに母親に会いに行くZ。
ホームレス達は、彼に案内されてZの家に着く。
これが終わりであり、始まりであった・・・。
翌日、とても良く晴れた日で、僕の心とは真逆だった。
自分の最寄り駅を降りると、ホームレス達は、僕の案内で母親の住む家に向かう。
みんなはいつも適当な格好をしているが、今日はスーツ姿になっている。
どこにこんな服があったのか、僕は全然気づかなかった。
Hさんに至っては、袈裟衣を着ていて、これからみんなでお葬式にでも行くかのような感じだった。
確かに僕にとってはお葬式みたいな感じなんだけど・・・。
「う~ん、ああ、ここかぁ?」
「は、はい・・・。」
「汚いアパートだなぁ。」
いや、みんなの段ボールの家も相当だったんだけど・・・。
「何だ、やっぱ会いたくないか・・・。」
「・・・。」
ピンポーン。
「あぁん?誰だよ。」
僕は、この声に背筋が凍り付く。
日曜日はさすがに母親は家で休んでいると思った。
案の定、声が聞こえて玄関の扉が少し開く。
そこには、ムスッとした母親がいた。
「えっと、息子さんについてお話ししたいことがあって来ました。」
「なんだよ。知らないよ。今は行方不明なんだ。」
「おい、来な。」
僕はビクビクしながら母親の視界に入った。
「お、お前・・・。お前、逃げやがって、せっかく金をもらったのに、返す羽目になったじゃないかっ!!!」
「い、いえ・・その・・・。」
「くそ、早く来いよっ!」
僕はまるで蛇に睨まれた蛙だ・・・。
何も言い返せないし、ビクビクするだけだ・・・。
「はい、そこまで。」
Aさんが話を遮った。
「奥さん、息子さんですが、私に預けて頂けませんか?」
「はぁ?何言ってるの。コイツは病院に送るの。」
「それはあなたがお金をもらうためですよね。」
「ふん、そんなことはどうでも良い。コイツは私の息子なんだから、さっさと置いて帰ってくれっ!!」
「自分の息子が帰ったというのに、第一声が、それですか、まったく・・・。上がらせてもらいますよ。」
「お、おい・・・。」
ずかすかと、五人のホームレス達が、家に上がっていく。
さすがの母親も五人もいるとは思わなかったのか、ひるんでしまっていた。
Hさんは、声は出さないものの、ひたすら念を唱えているように見えた。
そのお陰か羊顔の奴も今はいない。
掃除係だった僕がいなくなったため、部屋は荒れ放題だった。
捨ててないゴミに、食べあとの弁当に、カップ麺、洋服も散らかしたままだった。
台所にはゴキブリが這い回っている。
ホームレス達は、こんな部屋でも全く気にしない、ある意味で強い人達だ。
居間に行くと、ゴミを押しのけて、ドシンと座って、話し始めた。
「あのですね。息子さんの育児を放棄した状態でしたよね。」
「ふん、こんな恐ろしい息子は育てる意味が無いんだ。知ったことか。」
「行方不明とおっしゃっていましたが、捜索願などを出したのでしょうか?」
「だ、出したよ。当たり前じゃないか。」
「ですが、警察に問い合わせてみましたが、捜索願は出ていないとのことでしたよ?」
「な、何を、そ、そ、そんな訳は・・・。」
「いや、息子さんを大事にしていないのは、よく分かりました。ですから、私に息子さんの育児を任せて欲しいのです。」
「ふ、ふざけるな・・・。」
「今、息子さんをお渡ししても、病院に送るだけですよね。お金がもらえるとか先ほど話していましたし。」
「あ、あぁ、確かにお金がもらえるとか言っていたな・・・、だけど、お前たちと関係ないだろっ!!
そ、そうだ。息子を育てるというのなら、金をよこせ。」
「ああ、恐喝ですか?お金をよこせと。」
「きょ、恐喝じゃないよ。そ、そう、交渉だよ。」
「よく分かりました。と、言うことだそうです。弁護士さん。」
「はぁ?」
もう一人、そう、もう一人、弁護士が付いてきていた。
Aさんの昔の会社で知り合った方だそうだ。
彼が、一緒にきてくれていた。
「奥さん、育児放棄と、恐喝と、よろしくないですね。今の内容はこれに保存させて頂きましたよ。」
Kさんが予めスマホでボイスレコーダーのアプリをインストールしておいて、それに保存していたのだ。
「な、な・・・。」
「今、ご自分で育児を放棄されたと証言されましたよね。後日、家庭裁判所から通達があると思います。」
「ふ、ふ、ふざ・・・。」
「もう、止めましょうよ。奥さん。息子さんの幸福を願ってあげて下さい。」
「・・・ち、畜生・・・。」
悔しがる母親を見て、何故か僕は哀れに思えた。
僕の事なんて考えた事は、なかったかもしれないが、それでも母親。
「お、お母さんっ!」
「な、なんだよっ!」
「今までありがとうございましたっ!」
「・・・。」
そう言うと、力が抜けきったように、母親はその場に崩れ落ちた。
「皆さん、先に帰って下さい。」
「うん?あぁ、分かった。」
みんなは、何かを悟ったのか、これ以上は何も言わず外に出て行く。
僕は掃除を始めた。
母親も何も言わず、下を向いたまま座っている。
汚くなった部屋に散らかっていたカップ麺などをゴミ袋に入れる。
洗っていない洋服は洗濯機に入れて洗濯した。
台所の洗っていない皿を全て洗った。
そして、唯一の安らぎ場所だったお風呂も綺麗に掃除した。
その掃除は2時間ほどかかった。
「それでは、お母さん、お元気で・・・。」
「・・・。」
気のせいか、泣いているようにも見えたが、それ以上は何も話さず、そっと家を出て行った。
後日、Aさんや、弁護士が話し合って、家庭裁判所で母親の育児放棄が立証されることになる。
僕の養育権は、Aさんに変わった。
そして、Aさんの本当の名字を付けて、晴れて僕は、「池上 良信」となった。