嬉しさと不安と
順調に生活を始めたZこと良信に対して、ある日、Aは驚きの提案を行う・・・。
ホームレスとの生活が数ヶ月過ぎた時、食事が終わったあとに、Aさんから少し離れた場所に呼び出された。
それは驚きの提案だった。
「おい、Z。お前、中学校に通えよ。」
「えっ?中学校・・・ですか・・・。」
「そうだ。学校だ。みんなで考えたんだけど、やっぱ、お前はまだ若いからさ。学校に行った方が良い。」
ちゅ、中学校に通う・・・。
買い物をしている時に見かける同じ年代の中学生達。
彼らとは別世界にいたから、関係の無い話だと思っていた。
だけど、このままどこに行こうとしているの分からない自分もいて、不安と焦燥が僕の心から離れなかったのも事実だった。
「えっとだな、そこでまずは、お前をアパートに住ませることにする。」
「えっ?」
「学校に行くのに、ここから通うんじゃ、不味いだろ?」
「え、えぇ、まあ・・・、そうかもしれませんが・・・。」
「日雇いで行っているバイト先のおばあさんが、アパートをやっているんだけどさ、誰も住んでいないし、
さみしいから誰でも良いから住んで欲しいんだってさ。
お前のことを話したら、喜んで住んで欲しいとよ。」
この提案にも驚いてしまった。
確かにあの段ボールの家では、恥ずかしいかもしれないけど・・・。
「でも、家賃が・・・。」
「まったく、ガキのくせに金の心配しやがってっ!大丈夫だ。タダで住まわせてくれるとさ。」
「そ、そうですか。で、でも皆さんは・・・。」
「なあに、俺達のことは心配するな。今までも何とかやってきたんだしな。」
「だ、だけど・・・。」
「あのなぁ・・・。お前には、俺達みたいになって欲しくないのよ。」
「そんなこと言わないで下さいっ!僕は皆さんのようになりたいですっ!!」
「馬鹿野郎っ!いくら俺達から学んだって、実践する場がないんじゃ意味が無いんだよっ!」
突然怒りだしたAさんに驚いてしまった。
だけど、みんなのことを否定することは許せなかった。
「は、はい・・・。でも、皆さんは、とても素晴らしい人達です。それは否定出来ませんっ!」
「分かった・・・、分かったよ・・・。全く、引かねえな・・・。」
「はい。」
「だけど、学校には行ってもらうっ!これは俺達全員の意見だ。」
「・・・。」
「ともかく、四の五の言わず、子どもは親の言うことを聞くもんなんだってっ!」
「はい、分かりました・・・。」
学校に通えと言うAさんは、付け加えるように大事なことを話した。
「それと・・・。」
「はい?」
「お前、駄目母親とは縁を切ったんだろ?」
「・・・はい、まぁ・・・。」
そしてAさんは、コホンと咳払いをすると、意を決したような顔をして話した。
「お前、お、俺の息子になれ。」
「えっ?!」
「・・・何だ嫌か?」
「嫌というか・・・、僕がAさんの息子?」
「そうだ。お前は俺達の子どもだったが、学校に通わすには、誰かが保護者にならんといかんからな。
お、俺が・・・、その・・・、お前の・・・、ち、ち、父親になってやるんだっ!」
「僕のお、お父さんに・・・。」
「そ、そうだ。」
Aさんは、自分の照れを隠すように目をそらして鼻を掻いている。
だけど、息子にするってそんなに簡単なんだろうか・・・。
「そんなに簡単にAさんの子どもになれるのですか?」
「まあな、特別養子って奴だ。お前は、もうすぐ俺の息子になるっ!」
「そのためには、お前の母親と話を付けないといかん。」
「はい・・・。」
「自分ちの家ぐらい覚えているだろ?今度の日曜日、俺達をお前の家に案内しろ。」
「・・・。」
正直、またあの母親に会うのは気が進まない。
はっきりって、会いたくない。
また病院に送られてしまうのではないかという恐怖が募る・・・。
「嫌なのは分かるが、前に進むためだ。」
「はい・・・、でも・・・Aさん・・・。」
「何だ、まだ何かあるのかよ。」
「う、嬉しい・・・です・・・。」
「あん?小さくて聞こえない。」
「とても嬉しいですっ!ありがとうございますっ!」
「そ、そうか・・・、そ、そりゃ、そりゃ、良かったっ!お、お、俺も、う、う、う、嬉しいぞっ!!」
今日は少し早めの夕食だった。
まだ落ちきっていない夕日は、新しく生まれる親子の心を暖めてくれていた。
そして、遠くからは他のみんなもこの光景を温かく見つめていた。