挨拶回り D宅
Zという名前で呼ばれるようになった良信は、ホームレス達の家を訪ねろとAに促される。
個性溢れるホームレス達とZとの新たな縁が生まれ始める・・・。
まずは、Dさんの家から行くことにした。
Dさんの家は、周りの家からすると家の高さが大きめだった。
"一般的な家"は座って上が若干空間が空くぐらいの高さしかない。
「お、おはようございます。」
ビニールで作られた扉の前で、恐る恐る挨拶をする。
「んん?あぁ、おはよう・・・、何だ昨日の子どもか。」
中から眠そうなDさんが現れた。
「き、昨日はどうも、ありがとうございました。
僕は、あ、あの・・・、ゼ、ゼットという、な、名前になりました・・・。」
恥ずかしい名前だなぁ・・・。
「ゼット?あはは、そうか。ゼットか。あははっ!ゼットッ!クククッ!こりゃ、傑作っ!」
「・・・。」
「ああ、すまん、すまん。笑いすぎたか。ゼット・・・ぷぷっ。」
「・・・。」
ここまで笑われるとは思わなかったので、ちょっとムスッとしてしまった。
「・・・いやぁ、すまん・・・。まぁ、そうだな。ちょっと入るか?」
「・・・はい。」
家に入ると、この家が高かった理由が分かった。
ものすごいの量の本が、四方に積み上がっている。
本棚が無いため、行き場のない本が積み上がれるだけ積み上がっていて、家の壁のようになっていた。
「あぁ、これかね。まあ、全て古本なんだけどね。
子どもには難しいかな。こんな身になってもビジネス書は欠かせられなくてね・・・、あはは・・・。」
「ビ、ビジネス書ですか?」
「そうだよ。仕事をする人達向けに書かれた本だよ。」
「へぇ~。」
「今度分かりやすくて、ためになりそうな本を貸してあげよう。」
「えっ、ビジネス書・・・、僕に、よ、読めるかな・・・。」
「な~に、大丈夫さ、ほとんどが啓蒙書だかね。」
「けいもうしょ?」
「そうだよ。何て言うか、自分を磨くための本って事かなあ。」
う~ん、よく分からない・・・。
「そうだ。君の対人恐怖症なところとか、改善の余地があるんじゃないかな?」
「えっ!?」
自分の弱点を突かれたようで、驚いてしまった。
「そんな感じで、自己の弱点を直しながら、長所も伸ばす方法なんかを啓蒙書で探すんだよ。」
「そ、そうなんですか・・・。な、何で僕が、対人恐怖症だと思ったのですか?」
「そりゃ、昨日の君を見ていればよく分かるさ。自分から積極的に話さないし、おどおどしているしね。
今日も自分からじゃなくて、Aさんに言われたから来たんだろう?」
「あ・・・、え・・・、いや・・・。」
何だか、怖い・・・、この人・・・。
でも、温かく性格を見てくれているような気もする。
「あはは、Z君、これからだよ、君は。大丈夫、大丈夫っ、これからしっかりとした目標を持って生きるんだ。」
「・・・目標ですか・・・?」
「そうさ、何か目標がなければ、不安になってしまうよ。」
「・・・えっ!?」
目標・・・?
考えたこともなかった。
僕は何を目標にすれば良いんだろう・・・。
目標があれば不安が消える・・・?
この時の僕はよく分からなかった。
「あれ、これは参考書ですか?」
「そうだ。これも仕事をしていたときの名残かな・・・、あはは。」
何故、仕事を失ったのか分からないが、名残惜しそうにするDさんだった。
「そうだっ!君の歳だと勉強が仕事だよ。これを上げようっ!」
そういって差し出したのは中学校の参考書だった。
勉強は嫌いではなかったが、しばらく見ていなかった"もの"だった。
「役に立つと嬉しいんだが。」
「ありがとうございますっ!」
「うん、そうだ。明日も来なさい。少しぐらいなら勉強を教えてあげよう。」
「はいっ!ありがとうございますっ!!」
お礼を言うと、僕は外に出て行った。
僕は参考書をもらってとても嬉しかった。
しかも勉強を教えてくれるなんてっ!
この本、ボロボロだな・・・。
"役に立つシリーズ カリスマ塾講師 大月剛が書く、珠玉の参考書!"
借りた本には、こんな帯が付いていた。
・・・あれ、も、もしかして、Dさん?
取りあえず、参考書は、Aさんの家に置いて、次の家に向かう。
ちなみに次の日、予習しないで行ったら、こっぴどく怒られた・・・。
先に言って欲しかった・・・。