ある橋の下で
頼りにしていた児童養護施設はすでに無くなっていた。
どうすることも出来なくなってしまった良信の行き着いた先とは・・・。
一体どこをどう走ったのか覚えていない・・・。
自分の意識が無かったということは、この時も別人格だったのかもしれなかった。
そう思うと、また恐怖に襲われてしまう・・・。
精神科病院での縛られた生活・・・。
思考を薄弱にする薬の数々・・・。
僕を全く聞いてもらえない人達・・・。
「あんな場所だけは戻りたくないっ!」
そんな気持ちが僕を動かしていた。
だけど、頼りにしていた施設もなくなっていて、僕は途方に暮れるしかなかった。
「か、香織さん・・・、僕はどうしたら・・・。」
しばらくすると、小さな橋が見えてきた。
行く宛てもない僕は、橋の下でうずくまる。
膝下ぐらいまでしか深さがない川、その流れは日に照らされて、キラキラと光が揺らめいて、とても綺麗だった。
そんな時、誰かが僕に話しかけてきた。
「おい、どうしたんだ、ボウズ?」
ふと見上げると男の人が上から覗いていた。
「こんなところでどうしたんだ?大丈夫かよ・・・。震えているじゃないか。」
見知らぬおじさんが、もう一人、こちらにやって来た。
「Aさん、何だ?どうしたんだ?・・・何だ、子どもかよ・・・。」
「Dさん、こいつ震えているぜ。なあ、ボウズどうしたんだよ?」
「何かあったのか?」
「いえ・・・。」
「何だ?家出か?」
家出・・・。
「家・・・出・・・、そうかもしれません・・・。」
家・・・、家・・・、僕にとって家ってどこにあるんだろう・・・。
落ち着ける場所
安らぎのある場所
帰るべき場所
帰りたい場所
多分・・・、怖い場所なんかじゃないっ!
「何だ家出かよ・・・。こんなところいてもしょうがないぜ?家に帰れるか?」
「家・・・、家・・・、ぼ、僕には・・・家なんて・・・。ううぅぅ・・・。」
どうして良いのか分からず、涙が出てきてしまった。
「あぁ、もう、仕方ないっ!ちっと、こっちこいっ!」
「おい、Aさん、連れて行っちゃうの?大丈夫かなぁ・・・。」
「でも、家がないとか普通じゃないぜ?」
「う~ん、まあ・・・。」
「さぁ、行くぞ、ボウズッ!」
僕は、この知らないおじさん達の後を追って行く。
そして、たき火が炊かれている場所に案内された。
その暖かさとおじさん達の優しさで、また涙がどっと出てきてしまった。
「お、おいおい・・・。」
彼らはいわゆるホームレスでこの橋の下を住居にしていた。
「な、何だって?それでここに来たのか。」
「そりゃ、酷い話だな・・・。だが、どうしたもんか・・・。」
もう一人、このたき火に集まってくる。
「Aさん、Dさん、どうしたんだい?あれ、子どもかい?」
「おう、Jさんか、コイツが迷っていてね。」
「はぁ、家はどうしたんだい?」
「それがさ・・・。」
彼らは自分たちをアルファベットで呼び合う。
自分たちの過去を思い出さないようにするため、本名を名乗らない決まりらしい。
順番にAから名前を付けたようだったのだが、何らかの理由でここを去る人がいると"間"が抜けるらしい。
今いる人は、Aさん、Dさん、Jさんだった。
あと、Hさんと、Kさんがいるのだが、今はここにはいないようだった。
「おい、ボウズ、しばらくここにいな。」
「お、おい、Aさん、そりゃ、不味いって。警察につかまるって。」
「Jさん、良いじゃないか。そうなったら刑務所で良い飯が食えるってものだよ。」
「あははっ、そりゃイイや。そうしようよ。」
「あちゃ~、でも良いかぁ!」
こうして、僕とホームレス達との不思議な生活が始まる。