ただ逃げるだけ
洗足香織の協力で病院から抜け出した良信。
小さな紙に希望を託して、ひたすら逃げ続ける彼に待ち受けていたものとは・・・。
僕は朝が来るまでひたすら歩き続けた。
入院していた僕は体力が無く、かなりクタクタになっていた。
だけど、この小さな紙に希望を託して、ひたすら歩き続けるしかなかった。
この紙には、住所と児童養護施設の名前が書いてあった。
大田市大田町 x-x
児童養護施設 みどりの家
何度も何度も紙を見ては、頭に焼き付けた。
この場所にあるのは、希望、それとも、絶望?
ただ、今の生活に比べたら、天国のような場所に違いない。
そう思い込むしかなかった。
香織さんの優しさに答えたい。
そんな決意が僕の背中を押してくれていた。
朝日が昇る頃、電車が動き始めた。
僕は近くの駅に向かったのだが、電車を使うにしても目的地に行けばいいのか分からない。
親は僕をどこにも連れて行ってくれなかったため、僕は電車に一人で乗ったことがないからだ。
切符を買うことにさえ、とても緊張する。
ともかく、どこに行けば良いのか分からない状態だから、僕は恐る恐る駅員に聞いた。
「こ、この場所に、い、行きたいのですが・・・。」
「ああ、これならここで乗り換えて・・・。」
こんな質問は、些細なことではあるかもしれないが、僕は、震えて、そして冷や汗が流れた。
僕はいつの間にか対人恐怖症になっていた。
「わ、分かりました・・・、あ、ありがとうございます。」
何とか切符を買って、目的の駅に向かう。
電車から見える見知らぬ町並み、見知らぬ人達。
みんなそれぞれに、その場所に住み、学校や、仕事をしている。
それに比べ、僕は一体何をしているんだろうか・・・。
そんなことを考えながら電車に揺られていた。
「バカね、頑張りなさいっ!」
香織さんの声が聞こえたような気がした。
僕は何とかするっ!
そう約束したんだっ!
自分自身の決意を再確認した。
それにしても、のどかだ。
あの刑務所のような病院に比べたら、この自由はとてもありがたかった。
「おい、いたぞっ!」
「手間掛けさせやがって。」
「捕まえろっ!!!」
僕は電車の椅子から慌てて、走って逃げる。
相手は三人・・・?五人・・・?
分からない・・・。
急いでも足が回らない。
重い身体は、運動不足だからなんだろうか・・・。
このままでは捕まる・・・。
ごめん、香織さん・・・。
せっかくあなたが助けてくれたのに・・・。
(おい、起きなっ!着いたよっ!!!)
「えっ?!」
クタクタになった僕は、いつの間にか眠っていた。
余り乗客もいない静かな電車で、僕は冷や汗を掻いていた。
ゆ、夢・・・。
「次は、大田駅。大田駅。」
電車のアナウンスが、僕の目的地を知らせた。
「つ、着いた・・・?」
そこは人があまり降りないような小さな駅だった。
駅前には小さな喫茶店と、コンビニがあるだけ、遙か遠くまで町並みは続いていて遠くには山が見えた。
南の方には海が見える。
海は見えるが、海水浴は出来ないようで、工場や造船所があるだけのようだった。
駅を使う人は少なくて、移動するには車を使う人が多いのだろう。
駅なら人の往来も多くあると思っていたので、このさみしいような駅に驚いていた。
だけど、人が少ないということが逆に僕を安心させた。
「あとは、この場所に向かうだけだ。で、でもどこに行けば・・・。」
周りを見渡すと、交番があったので、また小さな勇気を振り絞る。
「うん?この場所か。そうだな。ここからなら・・・。」
「あ、ありがとうございました。」
そう言うと、僕はうつむき加減でいそいそと、交番を出て行った。
「何だか急いでいるなぁ・・・。」
「お、おい、お前、そこはこの前・・・。」
「あ、そうだった・・・!彼は大丈夫かな・・・。」
僕は会話したことに緊張した余り、そそくさと外に出ていってしまう。
だから、警察官達がこんな会話をしていることに気づかなかった。
警察官は、地図を見せながら説明してくれたので、その地図を覚えることが出来た。
ゆっくりと頭の中の地図と現在地を合わせて、その場所に向かう。
「ここを左に曲がり、道なりに行って、T字路を右に曲がって公園が見えれば、その向かいが施設と・・・。
あっ・・・。」
僕は、その何もない空間に唖然とした。
確かに建物があったと思わせるような大きな"空き地"だった。
「この場所で合っているのか・・・?」
確信が持てない。
だが、公園の向かい側と教えられた場所・・・。
「お、おい、君っ!ハァ・・・、ハァ・・・。」
さっきの警察官が僕を追いかけてきていた。
急いで追いかけてきたようだった。
「こ、この場所だけど、昔は確かに児童養護施設だったんだけど、経営が成り立たなくなってしまって、
ついこの間、無くなってしまったんだよ・・・。ハァ・・・、ハァ・・・。」
「・・・そ、そんな・・・。」
「き、君はどこから来たんだい?ハァ・・・。」
「えっ?」
「ここの施設に、どんな用事だったのかなぁと。」
「い、いや、その・・・。」
「誰かに会いに来たのかな?」
「・・・。」
「君・・・、失礼かもしれないけど、もしかして身寄りが無いのかな?」
「その・・・。」
僕は後ずさりしながら、しどろもどろ話していた。
「あ、あの・・・、だ、大丈夫ですからっ・・・!」
何が大丈夫なのか、自分でも分からない・・・。
だけど、僕は急いでその場を立ち去ってしまう。
もしかしたら、また病院に戻ることになるかもしれないと思うと、逃げるしかなった・・・。
「あっ!おい、き、君っ!」
警官の言葉を振り切り僕は急いで走った。