安らぎの場所
戸越の言葉から昔のことを思い出し始める池上。
その悲しみの過去とは・・・。
僕は、戸越の言葉で、思い出したくない過去の記憶が蘇ってしまった。
幼少時は、風呂場に一人でひっそりとしていた記憶が残っている。
親の虐待から逃げるために、僕は風呂場に逃げていたのだった。
僕の両親は、とてもじゃないか見習えるよう立派な大人ではなかった。
父親は僕が幼い頃、家の金を全て持ち逃げしたらしい。
このため、僕は父親の顔は全くといっていいほど、覚えていない。
このことは、母親が暴力を僕に振るいながら話していたことだった。
「お前のくそ親父が金を持ち出したから、私が苦労するんだっ!!!
お前のくそ親父がっ!!!くそ親父がっ!!!」
母親は、一人ではやりきれない思いを晴らすため、取っ替え引っ替え男を家に連れ込んでいた。
そして、決まって、その男と一緒に僕に対して暴力を振るわれた。
僕は、この頃から霊体が見え始めていた。
この力のせいで、母親の怒りに狂った顔と重なるように、別の人間がいるのが分かっていた。
その顔があまりにも恐ろしくて、この頃の僕は風呂場に逃げるだけしか出来なかった。
「おい、こいつまた風呂場にいるぞっ!」
僕は風呂の扉を強く掴んで誰も入れないようにする。
風呂場に逃げるのは、何故かそこだけ安らぎがあったような気がしたからだった。
いや、実際に少しだけだけど小さな光が差しているのが分かっていた。
その光にすがれば、少しは安らぐことが出来た。
「このガキ、早く出てこいっ!」
「なかなか出てこないねぇ。」
「おらっ!」
中学生だった僕の力では、大きな大人の力にすぐに負けてしまう。
無理矢理、扉を開けられてしまった僕は、恐怖にうずくまってしまう。
「ガキッ!いつも逃げやがってっ!」
ただ震えているだけだった。
「おらっ!おらっ!」
何の躊躇もなく殴りつけられる。
「うぅ・・・、痛い・・・、痛い・・・よ・・・。」
「おらっ!おらっ!クカカカ!!」
母親が、連れてくる男達にも決まって、後ろにいるものの顔が見える。
「死ね、死ね、おらっ!」
こんな事が連日繰り返される・・・。
「今日も風呂場かよっ!」
今日も無理矢理、扉を開けられてしまう。
男に重なる顔のすごみと、その恐ろしい目を見た瞬間、僕は意識が無くなってしまった。
「キャアァァァッ!!!」
その声で我に返った僕の目の前に男が倒れていた。
「よ、良信、急に大人のような台詞を吐いて・・・。な、何をするんだいっ!」
「ぼ、僕じゃない・・・。」
それが、多重人格症状の"最初"だった。
暴力にじっと耐えていると、意識が無くなる、そんなことが何度か繰り返された。