第五記 失われた日常《記憶》
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「アトラス。 今日からお前は、俺たちの家族だ!」
「……ありがとう、ございます」
「もう安心していい。……孤児院でひどい扱いを受けて、やっとのことで逃げ出して、妹抱えて森を彷徨い歩いてって……大変だったな」
「俺たちのこと、拾ってくれて、本当に助かりました。心配までしてくれて……」
「なぁに。一番心配していたのは俺じゃない。この子だよ」
「……!! ありがとうな、****」
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少年は、文字通り跳ね起きた。
そして、見慣れない部屋に戸惑う。
木製の家。
部屋から受けた印象は、そんなところだ。
壁、床、自分が寝ているベッド、隣にある机、椅子。
全てが温かみのある木で出来ていた。
木製じゃないのは、窓と、机にある、金属でできた水差しぐらいだろう。
自分の体は、清潔な衣服に包まれていて、何となく心地よい。
しかし、自分の体を包んでいるのは衣服だけではなかった。
包帯があちこちに巻かれているのだ。
擦り傷もいろんなところに見える。
自分の身に、何が起こったのだろう。
少年は、何も覚えていなかった。
「う……」
頭痛がひどい。
思わず頭にやった手は、またも包帯にふれた。
キオクソウシツ。
少年は唐突に理解した。
自分は、本当に何も覚えてない。
ふと、たった今まで見ていた夢を不思議に思った。
耳に残っている優しい男の声。
どんな人だったっけ。
それに、俺は最後に、何を言いかけたのだろう。
アトラス。
俺は、そう呼ばれていた。
名前も覚えていなかったけれど、ひとつ言えること。
きっと、あの夢は唯一の記憶。
俺は、アトラス。
今より小さいときに、誰かに助けられた。
アトラスは、もう一度部屋を見回して、確信する。
たぶん、俺は今も、助けられている……。
伸びをしながらベッドを降り、机に歩み寄った。
水差しの隣にある、一着のローブ。
つややかな緑がまぶしい。
あちこちに描かれている幾何学模様に、なんとなく見覚えがある……。
……ような気がする。
アトラスは、ゆっくりローブにそでを通した。




