第一記 日常の終わり
それは、突然起きた。
ドドーン!
ものすごい轟音と地面からの衝撃。
その町では、開かれていた市場が一瞬でわめきと喧騒の場となった。
あちこちの店が崩れ、柱が倒れ、家の屋根が剥がれ落ちた。
人がお互いにぶつかり合い、血を流し、そして叫んだ。
「ああ!アグリス様、どうかお守りください!」
「おい、マターの守護地は安全のはずじゃなかったのか!?」
「娘がいないんです!だれか、知りませんか」
「こっちにけが人がいる!誰か手を貸してくれー!」
城から走り出てきた兵士が、王の命のもと、国民を誘導し始めた。
「みな落ち着くのだ!案ずるな、マター様がお守りくださる」
「王が城を解放されるとのこと。至急避難せよ!」
地の揺れが収まったことに気付いた者たちが、落ちつきを取り戻していった。
国民は徐々に列を作り、城へと向かった。
そんな中、人をかき分け、人の波とは反対方向に走り抜ける少年がいた。
乱れる息と共にアッシュグリーンの髪が揺れる。
「おじさん、さっきの地震の震源地は!?」
近くにいた宿屋のおやじに噛みつくように問いかけた。
不安と焦燥で、知性をたたえた翠の瞳には涙があふれていた。
宿屋のおやじは彼をよく知っていたので、焦燥の意味に気付き、胸を詰まらせた。
「ルニエン村……と聞いた」
少年は弾かれたように駆け出した。
喉の奥が焼けつくような不快感がこみ上げてきたが、気づかぬふりをした。
「おい!今行くのは危険だ!エルー!戻れーー!」
親父の声を振り切って少年は町の外に出た。
少年……エルは、ルニエン村の出身だった。
エルは、三日前に村を出て、必要なものを買うために城下町「トネーメル」
に来ていた。
二週間に一度の買い出し日。
十三歳になった男子が村の代表として交代で買い出しに行く村の伝統。
村で取れた羊毛、チーズ、牛乳などを売り、代わりに食器や衣服などを買って
帰る重要な仕事だ。
行き来で半日かかるため、いつも宿屋に一泊してから戻る。
常連ということで、エルと宿屋の親父は親しい間柄だった。
いつも通りの一日だったはずなのに、突然災厄に見舞われてしまった。
この国は、神……マターの一人が住んでいた。
火山やプレートなど地をつかさどるマター、アグリス・マター
彼が守護地としているこの地で、災害、しかも地震というものが起こるなど、
決してあってはならないことだった。
数日前、村の長が会合を開いていた。
「アグリス様の力が弱まっている」と……。
(だからって、なんでこんな……)
爪が食い込むこぶしをさらに握りしめたエルの足が、ようやく止まった。
「ルニエン村にようこそ」
そう書かれた看板が地に落ち、ばらばらに割れていた。
エルの膝が、土にたたきつけられる。
「あ……」
そこに、村と呼べるものは存在していなかった。
あちこちにある板と瓦の残骸は、家の骸……?
小さな子供たちと一緒にいつも遊んだ丘は、どこだろう。
あのぱっくり地割れしている土の塊が、そうなんだろうか。
いつも妹が乗って遊んでいた木馬が、真っ赤に染まって壊れているのを見たとき、エルの心は決壊した。
「うああああああああああああああああああああああああああっ」
こぶしをたたきつけた地面に血がしたたり落ちる。
顔に流れる液体にも気づかない。
雨が、降ってきた。
幽鬼のような足取りで、エルが住んでいた家の前にたどり着いた。
家を形作っていたはずの木材をどかし、何かを探し始める。
碧光がチカッときらめいた。
山の鉱石から削り出した小箱。
村一番の石工が、エルの誕生日に作ってくれた。
村のみんなから祝福されて、本当に幸せだった。
もうあの時には戻れない。
「……皮肉なものだな。お前だけ、壊れず残っているなんて」
エルはそうつぶやいて、小箱を開いた。
母が作ってくれた、お守りの腕輪が入れてあった。
エメラルドが埋め込まれたシンプルな銀細工。
そっと腕に通してみる。
腕輪はぴったりとおさまった。
体の一部になったようで、なんだかどうしようもなく泣きたくなった。
ご指摘により、何か所か修正しました。
ありがとうございました。