下
「あの……どうなさったんですか?」
「……話しかけないで」
「でも……」
「メイちゃん」
私は店長の方を見るとフルフルと首を振っていました。
今日も私は馬車馬のように働き、パーティーみんなの宿泊費をねん出するため出勤をしています。
昨晩のこともあって私の気分も若干下がり気味だったのですが、酒場について、いつもと違う様子の女の子がカウンターに座っているのを見ると、なんだか私が悩んでいたのがちっぽけに思えてしまうほどでした。
なので、話しかけてみたのですが……店長に止められては仕方がありません。
私は再び給仕のお仕事に戻り、忙しく駆けまわります。
しかし――いつまでたっても突っ伏せて泣き続ける女の子のことがやっぱりどうしても気になって、店が静かになってきたころ再び話しかけて見るのでした。
「あの……私で良ければ話聞きます。やっぱり放っておけないです」
放っては置けません。
これはローリーから教わった大事なことでした。
一人ぼっちは悲しい事なのです。
「……貴女、私のことどう思う?」
「え……?」
私から話しかけたとは言え、泣いて突っ伏していた女の子が、まさか突然質問をしてくるとは思いもしませんでした。
この場合はどう答えれば良いのでしょうか。
どう、思う、とは。
哲学的な話になりそうで、私はつなぎの言葉を口にしてしまいます。
「えと……」
「答えられないの? やっぱり私は重いダメな女なの?」
「そんなことは……」
と思わず口にしますと正直に言えば重いです。
それもめちゃくちゃ重いでしょう。
たぶんロサーヌと図りにかけたらロサーヌはどっかに飛んで行ってしまうくらい重いと思います。
でもそんなことを言うわけにも行きません。
きっと何かあって、そういう質問をしているに違いないのですから。
「そんなことないですよ? 私はとっても魅力的だと思います!」
「……どこが?」
……どこが。
どこでしょう?
私が聞きたいですが、うーん。
と、私は気づきました。
いいところ。私良い人です。
「えと……髪の毛すごく綺麗でサラサラです!」
「内面はないの……?」
そろそろ厳しくなってきました。
ちらり、と店長を見ると、ぐっとガッツポーズをとっています。
ううん……つまりやれと言うことですね。
「えと……」
とは言え初対面の女の子、しかも内面の良いところと言われてもポンと出てくるはずもありません。
優しいと言えば良いでしょうか?
それとも可愛らしい?
はたまた、泣いている姿は可憐?
……最後は違いますね。
「やっぱり……」
「あ……待ってください!」
ただ一言残して、女の子は去っていきます。
どうしましょう。
食い逃げです。
私は店長を見ます。
いけ、と指示が。
そうですよね、余計なことをしたばかりに食い逃げですから。
私は渋々追いかけることになり、そのまま外に出ます。
すると、まだそう遠くには行ってはいないようで女の子を追いかけます。
必死で追いかけます。
ですが、私の体も女なので、体力にも差がなくて、全然追い付けません。
街から出て、森の中を爆進する女の子。
そしてそれを追う私。
うーん、なんでしょうかこの構図。
って言うか、冒険者として一か月ほど歩いていたので、森の中も慣れたものだと思っていたのですが、甘かったようです。
ひらひらとしたレースがいたるところで木の枝に引っ掛かってピリピリと破けていきます。
これは女の子を捕まえたとしても店長とは会えないかもしれません。
怒っている姿が想像できます。
たぶんクビです。
残念ですとっても。
棒読みじゃないので勘違いしないように。
そして森を抜けた先、女の子が立ち止まりました。
理由はまるで夜空に映る星のようにキラキラと光る石と、その先に居たのは――いくつもの奇異の生命体でした。
この街に来るまでに聞いたことがあります。
冒険者としてのノウハウも何もない私が居るからでしょう。ロサーヌはこの街に来るまでは魔物が出ないルートを選んでいると言っていました。
けれども冒険者の宿命として、そして冒険者の標的の一つとして必ず相手にしなければならない奇異の存在。
――魔物。
女の子は叫びもせず、まるでその魔物が彼女を襲い絶命させることを受け入れているようでした。
そして魔物の牙が女の子に向かいます。
魔物を止めることも出来ず、もちろん止める力などもなく、私は目をそむけました。
その時でした。
「ヴェロニカ!」
男の子の声が名前を呼びます。
ついつい目をそむけていたハズの私でしたが声が聞こえたと思うと横着なもので、そちらの方を見てしまいます。
「アベル……!」
女の子が男の子の方を見て、驚いて、けれども少しさみしそうな顔をしていまいす。
「ヴェロニカ! 早くこっちに!」
アベルとはこの男の子のことでしょう。
女の子――ヴェロニカを呼びます。
けれども、その願いが叶うことはありませんでした。
目を背けたくなる光景が、私の前で繰り広げられます。
女の子、ヴェロニカは魔物に無残に切り裂かれ、鮮血が真っ赤なキラキラと光る宝石のように流れ落ちていきます。
男の子、アベルが崩れ落ち、その場で力なく膝をつきます。
このままでは二人とも――
「ふー、何とか間に合ったか?」
「へ?」
思わずおバカな声が口から漏れてしまいました。
どこかで聞いた声の後に、女性と男性の声が続きます。
「そうみたいね」
「まったく、良いカンだったぜぇ、ロサーヌ」
振り返ると、そこにはロサーヌ、ララ、そしてルペルトが居ました。
間に合ったか、とはどう言うことなのでしょう。
「後は俺たちに任せな」
ぽん、とロサーヌは私の頭に手を乗せて――
そしてそこからは流れるようでした。
月の光が舞台の上のように天然のスポットを作り、キラキラと光る石たちがまるで空の上で踊っているかのように、ロサーヌが魔物を斬り捨てます。
ロサーヌの背後はルペルトが拳で魔物を吹き飛ばし、ララが正確に矢で射ぬいて、それはまるで美しいミュージカルを見ているようなそんな気分になれます。
「メイちゃん! ヴェロニカちゃんをお願い!」
ララのその言葉にハッとします。
そうです。私にはやることがあったのでした。
魔物が徐々に倒れて行く中、私はヴェロニカと、そしてアベルの元へと駆けます。
「ヴェロニカ……何故だ……」
「……アベル……なぜ……来たの……」
「なにを言っているんだ!」
「……それは私の言葉よ……貴方は……この土地の領主の子……私は一介の農民なのに……」
「だからどうしたと言うんだ! なぜ俺の元から消えたんだ!」
「気付かなかったの……?」
アベルは黙ってしまいます。
そして私も黙ります。
……これはロミオとジュリエットでしょうか。
「重い……ダメな女だと……私はいつも言われ続けたの……そのうちにだんだん……アベル、貴方の行動ひとつ一つに私が足かせになってるんじゃないかって……」
「誰だ! 誰がそんなことを!」
ヴェロニカは血の気を失い、顔が青く白くなり、死が近づいているのが見えます。
それでも、ヴェロニカは笑ったのです。
「もう……遅いの……アベル……でも……来てくれてありがとう……」
「ヴェロニカ!」
私はヴェロニカに近づきます。
「アベルさん、少しヴェロニカさんをお借りします」
「な、お前は誰だ!」
アベルは私をどかそうとしますが、そういう訳にもいきません。
私はそれでも必死でヴェロニカのそばに居て、アベルに言いました。
「私に任せてください」
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「あの……」
「どうしたの、メイちゃん」
私たちは街を後にして、馬車が通り幾人もの人が踏み均した街道を歩いています。
声をかけると、ララが振り返って私の方を見ました。
「あれって魔力結晶って言うやつだったんですよね?」
「そうだな」
質問にはロサーヌが振り向きもせず答えます。
「結構高く売れるんですよね?」
「ああ」
ルペルトが頷く。
「……なんで教えてくれなかったんですか……」
「冒険者とは常に苦労するもんなんだぜ?」
ルペルトさん、よく分からないです。
そんな暴論を振りかざすのはやめてください。
私はもっと楽に旅をしたいのです。
「つまり次の街でも私は働かないといけないってことですよね……」
「そうだねー、メイちゃんは次の街ではどんな衣装になるのかなぁ。楽しみだよ」
「……ララさん楽しみにしないでください……」
私は一攫千金のチャンスをみすみす逃すことになったのでした。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「ねぇ、アベル?」
「なんだ?」
ヴェロニカが語り掛け、アベルはそれに答える。
朝――その光を浴びた魔力結晶がキラキラと光り、森の中の宝石のように周囲の木々を照らす。
「なぜ、私の場所が分かったの?」
「あの冒険者たちが教えてくれたんだ」
ヴェロニカは不思議そうに首を傾ける。
「キミが魔力の結晶が眠る森へ向かったってね」
「どうして……」
「さぁ、この魔力結晶の土地はヴィルトール家が管理しているって知ってたのかな……よく分からないけどね。とはいっても最近は魔物が蔓延はびこるようになっていて、放置されていたんだけど……」
ふ、とアベルが笑い続ける。
「もしかしたらあの冒険者たちはそれも知ってたのかもな」
「どういうこと?」
アベルは全てを悟ったように、呆れたような顔。
一方で不思議そうな顔をしているヴェロニカ。
彼女が意味を知るのは、メイが聖女と呼ばれるようになる、ずっとずっと先の話――
続きは要望があれば……と言うことで……。