上
一部不快な表現等あるかと思いますが、ご容赦頂ければと思います。
ハァハァと息が上がって苦しい。
しかし足を止める事など出来ず、ただただ足を動かす。
そのつど胸が上下に揺れていて、こんな状況でなければガン見するほどにエロい。
どうしてこんなことになっているのか、自分でもわからなかった。
気付いたらどこぞと知らぬ森の中で、三人もの追い剥ぎに会っている。
しかも追いかけて来ている相手が手に持っているのは現代の日本にはそぐわぬ西洋風の剣。
「ねーちゃん待とうや!」
追い剥ぎの叫び声が閉鎖的な森の中に響き渡る。
返事などするつもりもする余裕もないが、そもそもねーちゃんとは誰なのだと聞いてやりたい。
だがそんなことを聞こうものなら、見たくない、聞きたくない、言いたくない、そんな現実を突き付けられそうで恐ろしい。
その理由は体、先ほどから揺れているふくよかな胸が示していた。
巨乳と言うほどでは無いだろうが、揺れる程度にはしっかりと存在をアピールしている。
なぜこんなものがついているのか。
昨日の夜はこんなものついていなかったし確かに男であった。
トイレに行ったときキッチリと確認した。
疑いようのない事実だ。
とはいっても悪魔の証明のようなもので、間違いないと言ったところで実は記憶が改ざんされています、なんて神をも恐れぬ所業を犯しているのであれば別だ。
まあそれも今のこの女になった体と、追い剥ぎに会っている現状を考えれば神なんてものがいるなら相当な嫌味ったらしい神であることは間違いないだろう。
いやもしかしたら夢かもしれない。
いや、これは夢だ。夢。
だから例えここで疲れて足がもつれ倒れても――
ああ、夢ってリアルだ。痛い。
むにょんと、囚人服を思わせる大き目のTシャツの上からお胸様がいやらしく潰れているのが見える。
今までで一番エロい。
鼻血が出ているがエロくて出てるのか、顔を思いっきり木の根っこに打ち付けて出たのか、もはや分からない。
涙が出そうになる。
「おねーちゃん、やっと観念したか」
「ったく、手間かけさせやがって」
追い付いてきたチビ、デブ、ガリの三人の男はヒヒヒ、と気持ち悪い笑い声をあげている。
様相は追い剥ぎと言うよりは山賊と言った方が良いだろう。
汚らしい服装に油ぎっとりのくさそうな髪の毛。
手には恐怖の象徴である、刃の若干かけている西洋風の剣。
「あの……何も持ってないんですけど……ほんとに……だから……」
恐る恐る声を上げる。
今日初めて出した声は細くか弱く高い、可愛らしい声で本当に自分の声なのだろうかと疑ってしまうが、今はそれどころではない。
身の潔白を証明する必要がある。
そう、今は何も持っていない。格好はTシャツと長ズボン。
昨晩寝たときの格好そのままで、財布や携帯電話も持っていない。
剥ぎ取れそうなものと言えば、せいぜい今着ている洋服、その程度だろう。
「いらねえよそんなもん」
「と言うのは……?」
「ヤボなこと言わせんじゃねえよ」
汚い笑い声が森に響く。
三人の視線は隠そうともせず、すぐに分かってしまうのが憎い。
胸と、そして足と足の間。
三人の手が視線の先へ向かって伸びてくる。
抗おうにも片手には剣、暴れたら逆に殺されてしまうかもしれない。
叫べばいいのだろうか、それとも普段は祈りもしない神に、おお神よ、と祈ればいいのだろうか。
思わず目を瞑る。
――そして。
……何もない。
と、同時に男三人の汚い悲鳴が響き渡る。
「ま、魔法!?」
「このクソガキがぁ!」
目を開けるとそこには、セミロングの金髪をサラサラと揺らし、薄いスカーフのようなものをヒラヒラと全身にはためかせた女の子が一人で追い剥ぎに立ち向かっていた。
それだけではない、女の子はまるで生き物のように火を操ってすらいたのだ。
正気か、と自分の目を疑う。
「なにこれ……」
右へ、左へ、女の子は曲芸のような身のこなしで三人の斬撃を綺麗に避ける。
その姿はまるで華麗な天女のようにも見え、瞬く間に三人の持っていた剣はまるで地面へ吸い込まれるかのように落ちていった。
「ク、クソ!」
「覚えてろよ!」
「ゆるさねーからな!」
そうこういう間に三人は完全に戦意を喪失し、それぞれベタベタな捨て台詞を吐いて去っていく。
くるり、と振り返った女の子は十五、六と言ったところだろうか。
少女と言っても差し支えない。
その顔はバランスよく整っており、どこか西洋の人の顔を感じさせるが、一方で日本人的な顔でもある。
ハーフと言うのがちょうどいいかもしれない。
「貴女、ここがどういうところかわかってるの!」
とつぜん怒鳴られてビクリと肩を震わせるが、怒鳴られても分からないものは分からないのだ。
何しろ気づいたら森の中に居て、グヘヘと気持ち悪い笑い声の男三人が剣を持って襲いかかってくるのだから逃げたのだ。
包み隠す事など何もない、ただそれだけ。
「え……と……」
「まさか……迷い子?」
困惑した表情が分かったのだろうか、少女は納得したような表情になって、ふぅ、とため息をつく。
その息を吸いたい。
「分かったわ。とりあえず来なさい。少しは面倒見てあげる」
と、手を差し伸べられるので手を取って立ち上がった。
ふんわりとして柔らかな手は女の子だなぁ、と言う気にさせてくれて何だか安心する。
「貴女、名前は?」
「名前……」
そういえば名前ってなんだっただろうか。
昨日パソコンを切ってベッドに這い上がって寝たのは覚えている、が名前は思い出せない。
「えと……」
「覚えてないの?」
「はい……」
困惑した表情になる少女。
しばらく黙っていると、ひらめいたようにポツリと呟く。
「……貴女、メイって名乗ってなさい」
「メイ……?」
「そ、メイ。良い名前じゃない? まあ迷だけどね」
「分かりました。えと貴女は?」
「私はローリー、よろしくね。メイ」
そういうとローリーはメイ、つまり俺の手を引いて森の中を歩いて行くのであった。
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ローリーに連れてこられた先は酒場だった。
ただしそこは、あまりにも現代日本からはかけ離れた西洋風木造建築物。
もちろん一軒だけであれば違和感はなかったかもしれない。
だが洋風の木造建築が立ち並び、道路はコンクリートでの舗装もされていない砂利道ともなれば、まるで中世へタイムスリップしてしまったかのように思えた。
そして――
「あの、ローリー? これはどう言うことで……?」
「言葉使いがダメ」
なぜだかスカートとヒラヒラとレースのついた服をローリーに着させられ、そう、さながらメイドのようなその服はぴったりとフィットし、鏡の前に立たせられていた。
見れば可愛らしい少し胸の大き目な十五、六歳といった年頃の少女が鏡に映っている。
顔は整っており、三人組が襲ってくるのも納得できるような姿であった。
きっと不可抗力だったのであろう。
「メイ、良い? ちょうど給仕が足りなかったの。だから貴女には給仕をやってもらうわ」
「はぁ……」
「分かりました、でしょ?」
「分かりました……」
俺の年齢はいくつだったか、確か二十いくばかを超えていたような気がするが霞がかかった様に思い出せない。
少女に注意されて来るとだんだんと辛く悲しい気持ちになる。
「ま、似合ってるし可愛いし、多少言葉使いがダメでもなんとかなるかな?」
うんうん、と満足げに頷くローリー。
「じゃメイ。下、行こうか」
「え、でも俺心の準備が……」
「俺? 私、でしょ?」
「う、ゴメンナサイ……」
眼力が強い。
ガヤガヤと賑わった下、つまり給仕として働くと言うことだ。
そもそも料理の種類とか、お酒の種類とか何も分かっていないのに大丈夫だろうか、後は給仕以外何をすればいいんだろうか。
説明は!?
などと言えればどれだけ良いであろう。
ココがどこだかも分からないし、何より助けられているので何も言えない。
日本、帰れるのだろうか。
下の階に降りると、すぐに呼ばれた。
ローリーに蹴飛ばされてパタパタと呼ばれたところへ走っていくと、そこにはオッサン四人が一杯どころか十杯くらい引っかけていた。
べろんべろんに酔っぱらったオッサンの一人が話しかけてくる。
「お、新人さんかい?」
「あ、はい。メイって言います」
「可愛いねー。とう」
「わっ」
とつぜんのスカートめくりに思わず声が出る。
ピンクの可愛らしいフィットしたパンツが一瞬だけ露わになってすぐにスカートの下に隠れた。
「ピンクだぞ! 見たかみんな!?」
「ああ、可愛いピンクだ」
「良いねー」
このクソ親父どもめ。
オーダーを取りに来たはずなのにまさかの酔っぱらいの相手。
どういうことだ、と思っていると、ローリーが注文した品だろうか、ピザを持って現れる。
「おさわり禁止! スカートめくりも禁止だよ!」
「おぉ、怖い。ローリーちゃんに燃やされちまう」
「あと、注文するならさっさとしな、メイも暇じゃないんだからね」
それだけ言い残し、ローリーは忙しそうに厨房の方へと戻っていく。
「んじゃー、メイちゃんと遊ぶのも名残惜しいが、ビール四杯!」
「ビール、四つ、分かりました」
たらたらと歩いてローリーに怒鳴られてはかなわない。
ひらひらと舞うスカートが心もとないと思いつつ走って厨房に行く。
「ローリー! ビール四つ!」
「はいよー」
聞いたローリーはビールを注いで渡してくる。
キンキン冷えた一杯目のビールを手渡される。
見たところ冷蔵庫なんて現代の利器は無いように見えるが、と思っているとローリーが冷気を操っているのだろう。
瞬く間にビールの周りに霜が張る。
山賊は魔法と言っていたが、魔法と言うものがあるってことだろうか。
そんなことを考えているとすぐに四杯、ビールが用意されてさっきのオッサン四人に持っていく。
「ビールです、どーぞ」
「おーう、サンキュー。メイちゃん」
げへげへと笑うオッサンは下心丸見え。
何しろスカートと太ももの間と胸しか見ていない。
男であった頃は良いものだ、と思っていたが実際女になって見られると不快である。
「メイちゃん! また走ってくれよ」
「走る……?」
「そうそう」
どう言うことだろうか、と思っているとまたすぐに呼ばれてしまったので返事をし、走って向かう。
「メイ! パンツ隠して!」
「へ?」
「走ったら見えてるの!」
ローリーの言葉にハッとする。
あのエロジジイどもそう言うことか。
エロジジイどもの方を見ると、あー、と惜しいような顔をしている。
イラっとして睨み付けてやると、おどけたような表情を見せて早く注文を取りに行け、とジェスチャーをする。
殴りかかってやりたいところだが、まさか店で暴動を起こすわけにもいかない。
どうすればいいのだろうか。
とりあえず注文は取りにいかねばならないし、もちろんタダ見させる気もなかったので走るのをやめ、早歩きで呼ばれた方向へと向かう事にする。
「ん、新入りか?」
着いた先で細身の顔立ちの整った男から、再び同じような質問をされる。
こちらは若くガタイのいい男と、少し細身の質問をしてきたイケメン男、そして栗色のボブカットの女の三人組だった。
とりあえず質問に答える。
「メイって言います」
「メイか、とりあえずピザ、クリームパスタ、それから酒を三つもってきてくれ」
「分かりました!」
「あ、あと」
と、栗色の女が続ける。
「ローリーにうちのパーティーに入らないか聞いてみてよ。酒場で働いてないときで良いからってさ」
「えと、分かりました」
「たぶん断られるけどね」
なら何故聞くのだ、と思いつつパンチラしないように歩いて厨房まで戻る。
タダ見させるくらいなら徴収してやりたい。
そうだ、あのオッサンたちには帰る前にお金をせびってみよう。
「ピザとクリームパスタとお酒三つって言ってました!」
「はぁ!? 酒って何よ!」
「えっと……」
ローリーに怒鳴られる。
これではパーティーに誘ってみるとかそれ以前の問題だ。
あ、と思う、だが敢えて誘ったのを伝えればわかるかもしれない。
何しろたぶん断られる、と言っていたのだから、常連に違いないだろう。
「あの、パーティーに誘ってみてくれって……」
「ああ、ロサーノたちね。じゃあこれでいっか」
ローリーが手早く何やらお酒を準備する。
一つはカラフルに彩られ、一つは透明、そして最後はフルーツが乗っててよく分からない。
「料理はもうちょっと待ってて。それからパーティーには入らないって言っといて」
「はい」
お盆に乗せ、こぼさぬよう気を付けながら運ぶ。
途中、エロジジイ四人組みの横を通ったがどうやら、今の興味は別のところに向かっているらしく熱心に話し込んでいる。
これなら帰りは少しくらい走ってもいいかも知れない。
「はーい、お待たせしましたー」
「おう」
「サンキュ」
「ありがと、メイ」
それぞれがそれぞれメイに御礼を言ってくれる。
何もお礼を言うことのモノでもない。
後は忘れぬうちに伝えるべきことがあった。
「あと、料理はもう少し後になりますって言うのと、パーティーには入らないそうです」
「そっか、でも諦めないからねー。ローリーは腕利きの魔法使いなのに、ちょっとくらい入ってくれれば良いのに!」
栗色の女が机の下で地団駄を踏んでいるのが分かる。
ローリーは腕利きの魔法使いであったか、なるほど道理で山賊たちを蹴散らせるだけの腕であると言うことだ。
ともあれいつまでも居ても厨房へと仕方ないので戻る。
ようやく一息つく、と思ったら今度はお会計。
べろんべろんに酔っぱらったエロジジイ四人組だ。
お会計と言うことでローリーに会計金額を聞くと銀貨三枚と銅貨十五枚、と言うよく分からない解答が帰ってきた。
銀貨? 銅貨?
円ではないのだろうか。
だがここは言われた通りやるしかない。
「銀貨三枚と銅貨十五枚です」
「あいよ」
そういうとチビハゲオヤジがアヤに銀の硬貨三枚と、茶色の硬貨十五枚を手渡す。
と一緒に、ぺったりと手を握りしめられる。
気持ち悪い、男と手をつなぐ趣味などない。
無理やり引っぺがし、そう、パンチラ代を請求しなければ。
「あと私に銀貨一枚です。パンツ代」
「おー、メイちゃん、もってくところは持ってくのかい?」
がっはっはと、四人が笑う。
「しょーがねえ、メイちゃん可愛いから良いだろう、ほれ」
ほい、と銀貨一枚を手渡され、その手の帰り道、再びスカートをめくられる。
「ちょっ」
「良いピンクだ! 今度はもっとエロい下着にしてくれよな! そしたらもっと払ってやるよ」
「おー、いいな。また見に来るから頼むぜ」
「あ、ありがとう……ございました……」
見世物じゃねーぞ、と思うがローリーを前に客をシバいて良いのだろうか。
そう思うが、自分の細い腕を見るとシバけるか怪しい。
やめておこう。
非常にやるせないし死滅しろと呪いをかけてみるがもちろん都合のいい事など起きるはずもない。
パンツは減るわけじゃないし、銀貨をと言うものを貰ったので今は我慢しよう。
「おい! 注文頼む!」
またか。
忙しいな、と思いつつもサボるわけにもいかない。
注文を取りに再び駆けるのであった。