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隼人は木箱から服を取り出すと広げてみた。
シャツだ。それを、側にあるテーブルに置くと次を取り出す。袖の長いインナーシャツのようだ。次は、ズボンだ。そして、靴、ベルトと――一通り箱から出してテーブルに並べてみるが、この世界の服は材質的には若干の厚みを感じるが、隼人の世界にある服と殆ど同じに見えた。
「これ、着て良いんだよな?」
アルベセウスが小さく頷く。
隼人は試合用のトランクスの上からズボンを履くと、インナー、シャツ、と袖を通していく。驚くほどのジャストフィット。色合い、シルエットと、シンプルかつクールな感じで隼人は中々気に入った様子。それが自然と口を突いて出た。
「良いな。これ、オレの好きな感じだわ」
「気に入ってもらえて何よりだ」
「ところで、その被り物は着けたままなのか? 何か、外せない理由でもあるのか? もし無いのなら外してほしいのだが? お前の素顔というものを見てみたいのだが」
「これ? いや別に理由なんて無いけど。只のパフォーマンス用よ」
ナスターシャの要望に、隼人は覆面に手を掛けるとあっさりと脱いだ。
「こんな感じ」
隼人は乱れた髪を手ぐしで直す。隼人の髪は日本人らしく黒髪だった。
ナスターシャは目をパチクリとした。
「お、驚いたな……黒髪とは」
「驚く? 何でよ?」
「キミは……ハヤトとか言ったな。もしかして、ハヤトはハイエルフなのか?」
「ハイエルフ? なんだそれ。普通の人間に決まってるだろ。あ、それと先に言っておくけど、オレこの世界の人間じゃないから」
隼人はそう言うとテーブルの上に座った。
「この世界の人間ではない? どういうことだ?」
アルベセウスはナスターシャに視線を向ける。ナスターシャは少し困った表情で口を開いた。
「うむ。私もまだ信じられないことなのだが、この……ハヤトはこの世界ではない他の世界、ニホンとかいう国から『竜神ラルファ』に召喚されてやってきたみたいでな」
「ニホン? 初めて耳にする国だな。そして『竜神』に喚ばれた、と」
「嘘じゃねーからな」
「うむ……何と言って良いものか……」
隼人は嘆息を漏らす。
とりあえず、隼人は自分の身に起こったことを喋ることにした。
名前は黒澤隼人。二十歳。格闘家として生計を立ててること。自分のいた部屋から出たらこの世界に来ていたこと。隼人の世界には『魔法』なんてものは存在しないこと。馬は空を飛ばないこと。
「そういや、ラルファだっけ。オレにこんなこと言ってからどっか行ったんだよな」
隼人が、この世界で『最強』になること。
隼人が『最強』になることで、このプリマヴェーラは救われる。
『最強』になることで隼人自身も救われること。
「この世界を救う? それは一体どういうことだ?」
「それは知らねーよ。ただ、そう言ってたって話。それと、『最強』『最強』って連呼されたけどさ。『最強』ってことは一番ってことだろ? 一番になることになんか意味があるの?」