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そう言われても隼人にはあまりピンと来ない話だった。自分の知らない人物を引き合いに出されても正直「はあ」としか言いようがない。実際隼人は「ふぅん」と言うだけだった。
決して舐めているわけではない。しかし後に隼人は分かることになる。『希少喰人』に一人でやり合えるといわれるリゼルハインの凄さを。『希少喰人』の凄まじい戦闘力を。
「――これでいいか?」
「いいじゃないか。よく似合ってるぞ」
袖を通せと促され、仕方なしにと黒衣を纏った隼人。褒められたにも拘わらず、その表情はどこかスッキリしたものではなかった。
「どうした? 浮かない顔をして」
「でもオレなんかでホントにいいのか? なんつーか、荷が重く感じるんだけど」
「なんだ、そんなことか。それほど深く考えるような物ではないから安心しろ。偶々、お前の前にリゼルハインが着ていただけであって、元々その黒衣は臨時や代行として将軍に就いてくれた者のためにと誂えたものだ。『将軍』という格以外に、ハヤトが思っている程重く価値のあるものではない」
「そうなのか? まあ、そうだとしても……こんなのを着せられた以上は――」
「それなりの結果を求めてると言うことだ。期待しているからな」
「だよなぁ……はぁ」
にっこりと笑うナスターシャに、隼人は溜め息が漏れた。ナスターシャはそれを見ても笑ったままだった。
「――さてと、こんなところか。どうだ? 何か他にも必要なら持って行っても構わないぞ?」
「……いや別にない。はぁ……そんじゃもう戻ってもいいのか?」
「そうだな……別にこれといってないし……ん、いいだろう。それじゃあ明日、今日と同じ時間でお前の部屋に迎えに行くが良いか? 一度街に下りてみようと思っているのだが」
「了解了解」短くそう言い残して隼人は部屋を出て行った。
一人部屋に残ったナスターシャ。
シンと静まり返った部屋で、ナスターシャはニーソを摘んで引っ張って離す。小さくパチンと音がした。今度はニーソと太股の間に指を差し入れグイーッと伸ばした。
「……こんなもののどこが良いのやら……ふふふ……男ってやつはつくづく変な生き物だ」
指を離した。またパチンと音がした。
クロサワハヤトか。かなわんやつだな、ホントに。ナスターシャは一人また「ふふふ」と笑っていた。
――そしてその日の晩。物事が大きく動き始める。悪い方向へ。




