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「ふぅん。あまりピンとこないけど、まあ、かなり強いってことだろ?」
「かなり、だと? ふっ、笑わせてくれる。今のお前では全くと言って良いほど勝ち目のない相手なんだがな」
隼人の表情が一瞬にして不快なものに変わった。
「おい、今なんつった?」
「ん? 何がだ?」
「今だよ。お前、今『勝ち目がない』とか言わなかったか?」
「あぁ、そんなことか。本当の事を言ったまでだが?」
隼人の不快指数がピンと跳ね上がった。
「はあ? 何が本当の事だぁ? お前、オレのこと知ってんのかよ?」
「知らぬ」
「じゃあ、勝手に『勝ち目がねえ』とか決めつけてんじぇねーよ」
ナスターシャは鼻を鳴らした。それにより隼人の不快指数がまた上がった。
「やれやれ、お前は『紋章憑き』のことを何も分かっていないからな」
「こっちもやれやれだ。お前、オレのことを舐めすぎだわ」
隼人はナスターシャを真似るように鼻を鳴らして言った。
これにはナスターシャも眉をピクリと動かし一瞬立ち止まるが、すぐに歩き出した。
不穏な空気を醸し出しながら城の通路を歩く二人の姿に、衛兵達は皆戸惑いの表情を見せつつ敬礼する。そして二人が通り過ぎた後には、「あ、あの被りモノした男、一体何者だ!? ナスターシャ様と対等に話してたぞ」と、隼人に対しての話題を口にする者達ばかりで溢れかえっていった。
「――良いだろう」
「何が?」
「お前がそこまで言うのなら、特別に一つ『進撃』を組んでやろう」
隼人の表情が一瞬にして晴れた。
「え? マジで!?」
「相手はマウロノではないがな。こちらでお前に相応しい相手を私が用意してやる。相応しい相手をな」
「おうおう、とりあえず試合が出来りゃあもう誰でも良いよ。あ、でもなぁ……オレの強さが分かるような相手にしてくれよな。弱いヤツ相手にしてもつまらんし、見てる側も白けるからな」
「それは大丈夫だ。楽しみにしていろ。『私も』楽しみにしている」
そう言って不敵な笑みを隼人に返したナスターシャは足を止めた。
目の前には大きな扉。その両脇には鉄仮面を着け黒甲冑に身を包んだ大柄な衛兵が槍を携え立っていた。二人の衛兵はナスターシャに敬礼すると鉄仮面の奥からジロッと隼人を睨む。隼人に対して明かな不審を抱いていたがそれ以上の詮索は無く、衛兵は無言で扉を開く。
ナスターシャはそれに頷くと、隼人と共に部屋へと入っていった。
部屋の中へと入ったナスターシャと隼人。入った瞬間、隼人は小さく「すげっ」と言う言葉が自然と出ていた。天井に届くほどの高さの本棚が壁面一杯に設置され、本棚に入りきらない、どれもが辞書並みに分厚い本がこれまた天井に届きそうなくらい、山のように乱雑に積み重ねられていた。
「相変わらずの散らかりようだな。いい加減少しは整理しようとは思わないのか?」
「必要ない。私にとってこれが一番落ち着く」
部屋の一番奥。部屋の入り口を背にするように設置されたソファ越しに、若い男性の声が返ってきた。
「ふん。まあそんなことはどうでも良い。そんなことよりもアルベセウス。お前に聞きたいことがある」
「聞きたいこと。ああ、アレか? ヴァティスガロとの『隷属戦』のことか?」
「そうだ。相手がマウロノと聞いたが、それは本当なのか? 本当だとすれば、なぜ受けるようなことをお前は許したのだ。リレイアでは勝てぬ事は分かっているだろう? そもそもなぜヴァティスガロの者がこの国に来ているのか?」
「――まず、マウロノとリレイアの『隷属戦』は本当の事だ。そして、なぜ受け入れたのか、だが。当初は違っていたのだ。当初の目的はお前だ。マウロノは相手にナスターシャ、お前を指名してきたのだ」
「なんだと? 私に?」
「そうだ」
その声と共にソファから立ち上がったアルベセウスと呼ばれる男性は、手に持った本をパタンと閉じソファに投げ捨てると、代わりに背もたれに掛けてあった黒を基調としたコートを手に取り着し、ナスターシャ達の方へと向き直った。