祭り
普段は閑散としたこの神社も、さすがに祭りともなると賑いを見せる。色取り取りの屋台が祭りに花を添え、活気の良い香具師の声や子供達の笑い声が響き渡る。そんな中に私と彼女は身を置いていた。
かき氷、林檎飴、金平糖。甘い物ばかりを食べ歩きながら、彼女は輝く様な笑みを私に見せる。金魚柄の浴衣を纏って私の手を引き、祭の地を歩く彼女。傍からは姉妹くらいにしか思われないだろうな。それくらい私達の背には違いがある。年齢的には私の方が下なのだが。
「あ、次はあれが食べたい!」
財布事情が非常に苦しいのだが、彼女の笑顔に絆されて、ついつい買ってあげようと思う私は、そうとう甘い。苦笑を浮かべながら彼女が指し示した屋台へ。
「綿菓子ですか」
白くてふわふわの綿が、割り箸に集められていく。その様子を、彼女は目を輝かせながら見ている。私にとっては見慣れた光景も、外に出たことのない彼女にとっては物珍しいのだろう。
私は財布からなけなしの札を取り出した。
「すいません、二本下さい」
捻り鉢巻の親方から、二本の綿菓子と釣銭を受け取る。
「はい、どうぞ」
彼女に綿菓子を渡す。満面の笑顔で綿菓子を受け取り、それを口に運び、ぺろりと一舐め。そして満面の笑み。暫らくの間、昼は掛け蕎麦のみで我慢せねばなるまいが、彼女の笑顔を見れたのだから、それでも良い気がした。
「うん、美味しい!」
それは良かった。私も舐めてみる。甘い綿が舌に乗って私の中に溶けていく。そういえば、最後に綿菓子を食べたのは何時だったろうか。父が家を出て行く前の日だったか。父は普段滅多に見せぬ笑顔で私に綿菓子を買ってくれた。まだ小さかった私は綿菓子を全て食べきれず、半分以上を父に食べて貰ったものだった。それが、私の覚えている父との最後の思い出だ。
「麗?」
彼女が心配そうに私の顔を見上げている。どうやら、少しぼうっとしてしまった様だ。
「大丈夫?疲れた?ごめんね、はしゃぎすぎちゃって……」
しゅん、と萎れたかのような様子の彼女。
「謝る必要はありませんよ。ただまあ、疲れたのは事実ですね。あまり人込みの中を歩くのは好きじゃないもので」
「そっか。あ、麗、ちょっと屈んで」
「はい?」
私が屈んだ瞬間、彼女の舌が私の頬を舐めた。彼女の髪の香りが鼻を擽る。舌は暖かく、滑らかに私の肌を滑って行った。
「み、美月?」
「綿菓子、少し付いていたよ」
……嗚呼、不覚だ。私としたことが綿菓子を顔に付けていたなんて。顔が赤くなるのを感じる。それはたぶん、綿菓子を着けていた事への恥じらいよりも、きっと、彼女の舌が触れたことへの羞恥の方が大きいに違いない。そっと、舐められた箇所に触れる。まだほんのりと暖かく、少し濡れている。
「あ、麗!金魚掬いがあるよ!早く早く!」
彼女は無邪気な笑顔で私を見て、そして歩いていく。顔は赤いし、鼓動は速まってはいるけど、彼女を迷子にでもしたら大変だ。
「はい、すぐに行きます」
顔の微笑が止めないままに、私は彼女を追った。