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ゴースト、リビングデッドと相対する。

 トウカは完全に眠っていた。

 なので、リビングデッドが振り下ろしてきた吸魂鏡を避ける術は存在しなかった。

 ――かに見えた。

 偶然を呪う程に憎らしく思うようになってしまったトウカだが、今回はその偶然によって実質命を救われた。

「んん……」

 目を閉じて夢の世界に意識を飛ばしていたトウカは身動ぎをして頭を枕から離し、掛布団を引き寄せて体を丸めるような体勢を取った。

 一瞬でも速かったのなら、リビングデッドはトウカの頭を追い掛けて吸魂鏡を振り下ろしていた事だろう。

 一瞬でも遅かったのなら、トウカの頭は避けきれずに吸魂鏡の直撃を受けていた事だろう。

 全ては偶然。

 偶然によってトウカは九死に一生を得た。

 トウカの頭が置いてあった枕に吸魂鏡が吸い込まれるように振り落とされる。すると、枕は中に詰まった綿を撒き散らし、その下にあった敷布団も破れ、そして地面に穴が開いた。

 ドゴォッ! と言う音が隠し部屋に響き渡った。

 それを至近距離で耳にしてしまったトウカは文字通り飛び起きた。

「何何何っ⁉ 一体何が起こったの⁉ 地震⁉ 崩落⁉」

 眠気なぞは一瞬にして吹き飛んだトウカは瞬間的に布団を剥ぎ取って辺りを忙しなく見渡す。が、これと言った以上は見受けられなかったので、ついと視界に入れてなかった後方を確認する為に首を回す。

「へ?」

 間抜けな声を出してしまったトウカは、暫し何も考えられないでいた。そこにはリビングデッドがいたからだ。

 リビングデッドの方は気を失っていたゴーストのトウカに会った事があるので初対面ではないのだが、トウカの方は完全に初めて見るのだ。

 ふと、リビングデッドが振り下ろしていたフライパンを持ちあげ、それをトウカに向けて右から左へと振るってきた。

「っ⁉」

 一瞬で意識を現実に引き戻したトウカは咄嗟に身を屈めてそれをやり過ごし、布団の近くに待機させていた黒いフライパンを手に取って距離を取り、そこから天井へと向けて飛んで行く。

 兎に角、相手の攻撃に当たらないようにと天井付近で様子を窺う事にしたトウカは、改めて自分の死体から生まれたモンスターへと視線を向ける。

「本当に、僕なんだ」

 トウカの顔が険しくなり、頬に汗が一筋つぅっと流れる。

 その姿は、シーフェから訊いた通りなら生前の死体と言う事だが、目の前で片膝をつくような姿勢で立っているリビングデッドは死体とは到底思えなかったのだ。

 トウカは、そしてリビングデッドも知らないが彼の死因は頭部を角に強打した事によって頭蓋が陥没し、脳の損傷及び出血によってである。リビングデッドになる前のゾンビ状態であった生前のトウカの死体にはきちんと頭部に傷があり、陥没もしていた。

 ゾンビは既に死んだ肉体を動かしているにすぎないので、傷を負ってもそれを回復する事は出来ない。死んで直ぐの状態ならば血液も存在してはいるが循環はせず、拍動もしなければ呼吸もしない。

 だが、リビングデッドには傷らしい傷は一つも見受けられないでいる。

 それはリビングデッドが生ける屍であるからだ。ゾンビはうごめく死体。故に生はない。リビングデッドへと進化すると、死んだ体を有してはいるが、生きていた時と遜色ない程の肉体の回復能力を有するのだ。故に、進化した際に頭部の傷は治癒されたのだ。

 傷が一つもないリビングデッドは、虚ろな目をしている以外ではもう人間そのものだ。いや、元が人間の死体なので人間に見えなくては可笑しいのだが、それでも死体なのに青白くない肌、ふらつく事もせずに立つ事が出来ているバランス感、それらが死んでいるとは思えなくさせている。

 やはり、面と向かって人間であった頃の自分の姿を見ると、それだけで自分は本当に死んでしまっているのだと胸を貫かれるような衝撃に襲われたのだ。

 リビングデッドの恰好はぼろぼろになってはいるが、それはまさにトウカがこのダンジョンへと入って行った日に着ていた物そのものだった。靴は右足だけしか履かれていない。その理由は左足にトラバサミが噛みついており、動き出したゾンビが無理に動いて靴を犠牲にしたのだ。また、その際に左足にも傷を負ったのだが、それもまた回復されている。

「ト、ウカ」

 自分の物であった体を観察していると、トウカの耳にリビングデッドが発した声が入ってくる。それは恐らく自分の声なのだろうが、自分が発するものとは幾分か違うのだと感じてしまったトウカだが、それはかなり場違いな疑問だとして即座に払拭させる。

「ト、ウカ」

 リビングデッドは顔を上げて宙に浮かぶゴーストに視線を向けながらもう一度名前を呼ぶ。その口の端はやはり吊り上げられており、トウカはその表情が純粋に嫌だと思えた。生気や感情ない虚ろな瞳をしながら口だけ笑っているのが、気持ち悪くもあり、恐怖心を煽られた。それが自分の顔だとすると、余計にそう感じてしまったのだ。

「これ……僕の顔を見たセイルさんが悲鳴を上げた気持ちが分かるよ」

 こんな無機質な顔を見てしまったセイルに同情を向けつつ、手にした黒いフライパンをきつく握り締める。

 けれども、握った力が徐々に弱くなっていく。

 それを見て取ったのか、はたまたそうではないのか分からないが、リビングデッドが動き始める。

「トウ、カ」

「えっ?」

 天井付近を飛んでいたトウカだが、丁度目の前にリビングデッドの顔が現れたのだ。

 どうして? と言う問い掛けは、簡単な状況整理によって解が得られる。

 動き始めたリビングデッドは、まずは膝を折り曲げ、視線をトウカに向けたまま地を蹴って跳んだのだ。ただそれだけだ。

 しかし、それを一瞬でやってのけ、しかも五メートルはある高度を苦も無く詰めたのだ。筋力は人間を遥かに超越している。

 そして、リビングデッドは笑みを浮かべたまま、左手でトウカの肩を掴む。トウカの肩には僅かながら痛みが走る。

「捕……マ、エタ」

 そのまま自分の方へと引き寄せようとしたのだが、引いた手はトウカの体を寄せる事は無かった。

 心や意思があるのならば不思議そうな顔を浮かべたのだろうが、リビングデッドは笑みを作ったまま、重力に従って地面へと足を着けた。

 もう一度跳躍して、トウカの肩を掴んで引き寄せようとするも、やはり引き寄せる事は出来ずにそのまま地面へと戻ってしまう。

「これが、進化の影響なのかな?」

 トウカはリビングデッドに捕まれた方に視線を向けながらぽつりと呟く。

 進化した事に、トウカのモンスターとしての特性が上がったのだ。幽霊モンスターの特性は物理的な影響を受け付けなくする事。最下級の幽霊モンスターであるゴーストはそれがほぼ意味をなしていなかったが、進化した事により発揮するようになった。

 だが、それでも最上級の幽霊モンスターと比べれば完全ではないが、この特性によってリビングデッドに引き寄せられなかったのだ。いや、それでも少しばかりは引き寄せられたのだが、完全に引き寄せられる前にリビングデッドの手がトウカの肩をすり抜けたのだ。

 現在のトウカの状態であるならば、一気に衝撃を受ければまともにダメージが入るが、リビングデッドがしたような動作程度ならば、ゆっくりとではあるが掴んだ手がすり抜けていくのだ。

「これで、傷を負うって事の心配はしなくてもいいのかな?」

 と、悠長な考えをしているトウカへと向けて三度目となる跳躍をしたリビングデッドはまたもや彼に腕を伸ばす。

 しかし、今度は肩を掴む為ではない。

 リビングデッドは握り拳を作ると、右手に持った吸魂鏡共々そのままトウカの肩へと向けて振り下ろす。

 リビングデッドはゾンビと違って知能がある。なので、効かないと分かった行動をしないようにする学習くらいはするのだ。

「っ⁉」

 反射的にトウカは振り下ろされた吸魂を受け止めようと、そちらの軌道上に黒いフライパンを持っていく。ガキンッ! と甲高い音が響いたが、白と黒の同じ形状の武具は凹みもせず、そして割れもしなかった。

 吸魂鏡に一歩遅れて、リビングデッドの握り拳がトウカの右肩に振り落とされる。

「ぎっ⁉」

 物理的な影響を生半可に受け付けない身体故に、そしてその事を把握し切れていなかったトウカは拳の方は防がなかった。それが現在彼の肩に痛みを走らせる原因となってる。

 骨があれば砕けていたであろうリビングデッドの力で振り下ろされた拳が当たった肩の衝撃は全身にまでおよび、トウカは天井付近から地面へと叩き付けられる羽目になる。

「ぐっ!」

 背中を強か打ち付けたトウカは右腕の感覚が伝わってこない事に気付く。恐らく、あまりの衝撃に麻痺してしまったのだろうと予測をつけながら、激突と同時に落としてしまった黒いフライパンを体を半分捻って左手で掴む。

 それと同時に、捻った体を元に戻して顔を守るようにフライパンを眼前に構える。すると、重力によって落ちてきたリビングデッドが持っている吸魂鏡が打ちつけられた。

「トウ、カ」

 力の差は歴然としており、チャージボアやネコグマと言ったパワー系のモンスターを多く捕食してきたリビングデッドに、ホーンラビットやフリットサーディンと言ったスピード系のモンスターを多く捕食してきたゴーストが勝てる筈も無かった。

 まして、利き腕ではない手で相手の攻撃を防ぐ事自体が無茶であり、また体勢的にもトウカは仰向け、リビングデッドは前屈みの状態であり余裕を持って押し切られる結果となる。

「ぐぶぶっ」

 吸魂鏡に押される形で黒いフライパンがトウカの顔面を圧迫していってしまう。それにより、鼻が押し潰され、口が塞がれて呼吸が出来ない状況となってしまった。リビングデッドとは違い、本当の意味で生きているトウカは呼吸が出来なくなれば、その先に待ち受けているのは死だ。

「んぶぶぶっ」

 トウカはこの死に繋がる体勢から抜け出そうと顔を動かそうとするが、黒いフライパンと地面にきっちりとサンドされてしまい、動く事すら出来なくなっていた。

 ならば、と息苦しさを我慢しながらトウカは一本しかないが、この状況で唯一動ける足を使って打破しようと試みる。

 ただ、リビングデッドの足を払おうとするのは無理があった。リビングデッドの足はトウカの横腹の脇に踏み締められており、トウカの足ではどうしても届かない場所にあったのだ。

 なので、トウカは足をリビングデッドの首へと向けて打ち付けようと伸ばした。腰と背中を曲げ、足を浮かして打ち付ける。しかし、如何せん長さが足りずに腰の辺りを打つだけに留まってしまい、体勢を崩す事にはなり得なかった。

 トウカはそれでも懸命に足をばたつかせてリビングデッドの腰や背中を蹴るがリビングデッドは意にも介さずに吸魂鏡へと籠める力を緩めないでいる。

 もう駄目か、と思われた時、地面に亀裂が走った。

 リビングデッドの力により、地面が崩落を開始した。普通の地盤ならば崩壊はしなかったのだろうが、生憎とリビングデッドによる一方的な圧迫を受けていたトウカが仰向けとなっていた場所は、トウカの頭方向に数センチ向かうだけで池へと接触する場所であった。

 池に近い端であり、またそこだけが他に比べて薄かったので、リビングデッドの力を支えきる事は出来ずにトウカの腰よりも上の部分接触していた部分の地面が崩れ去って池の中へと落ちていく。

 当然、トウカもリビングデッドも沈んで行った。

「がぼっ!」

 顔面への圧迫感が消え去り、呼吸が出来るようになったトウカは即座に酸素を求めて肺へと送り込もうと吸い込む。これがゴーストだからよかったものを、もし人間のままであったならば大量の水が肺に入り込んでしまって溺れ死んでいた事だろう。ゴーストが水中でも呼吸が可能だから出来た芸当だ。

 酸素を充分に補給したトウカはふらつく頭と痛む顔面に鼻先を無視して水中を泳ぎ始める。潰れてしまった鼻はもう元通りに復元されていた。

 慌てて一緒に落ちたリビングデッドの姿を捜す。すると、瓦礫と一緒にそこへと向かって落ちていくを確認出来た。距離としては六メートル程離れた位置であった。

 リビングデッドは逆さまで頭から沈んでいき、そのままの姿勢で視線をトウカに向けると、口角を吊り上げたままの表情で呟く。

「一緒……ニ……ナ、ロウ」

 トウカがその言葉を訊きとるのと同時に、リビングデッドは手にした吸魂鏡を振り被り、トウカへと向けて投擲してきた。水の抵抗があり、大気中を突き進むよりは遅いのだろうが、それでもホーンラビットの突進並みの速度を誇っていた。

 まさかリビングデッドが投擲攻撃をするとは夢にも思わなかったトウカは、水の中を突き進んでくる吸魂鏡を防ぐ事が出来ずに顔面に直撃を受けてしまう。

 トウカの首は人間ならば決して曲がらない程に真後ろにまで反り返ってしまい、後頭部が背中に接触してしまう。トウカは意識を失くしてぐったりと力を失くし、両手をだらりとして直撃による衝撃を緩和出来ずにくるりと縦回転をする。

 そして、吸魂鏡の直撃を受けたトウカの魂は、鏡へと流れ込んでいく。


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