ゴースト、風の精霊に人魚の事を頼む。
かれこれ一時間ばかりは進んだだろうか。それでも一行は未だに出口には辿り着いていない。
「シーフェさん」
「何だい?」
「お願いがあります」
荷車を引いているトウカは前方を向きながら荷台に乗っているシーフェに頼み事をする。
「セイルさんを、家に送って下さい。僕だと怖がらせちゃうし、それ以前にここから出られないんで」
「……そう。トウカくんはこのダンジョンで生まれたゴーストなんだ」
ダンジョンから出られないと言うトウカの発言に、シーフェは彼の出自を予想する。
「そうですね。目を覚ましたらここにいたので」
トウカは苦笑いを浮かべながら肯定する。ダンジョンで生まれたモンスターはダンジョンから出る事は出来ない。それならば自分にセイルを送って欲しいと頼むのも頷ける、とシーフェは思う訳だが。簡単に了承する事も出来なかった。
「……でも、あたしは商会の仕事がある身なんだけどね。セイルちゃんの家がどの方向にあるか、そしてどのくらいの距離の移動になるか分からないから承諾しかねるんだよね」
シーフェは今も睡眠薬の影響で眠っているセイルの横に座ってトウカの引く荷車に乗って出口へと向かっているが、本来ならば露店を構えていなければいけない身分なのだ。
精霊商会から派遣された身としては、きちんと仕事をこなさなければ今後の生活にも響いて来てしまうのだ。なのでいくら知り合いの為とは言え、直ぐに首を縦に振る事が出来ないでいる。
「その間は僕がシーフェさんの代わりに露店にいる、じゃ駄目ですか?」
トウカもシーフェが店を開いている事は認知していたので、シーフェが困らないようにと言う考えも一応していた。
「いや、君だと人間に会ったが最後切り掛かられると思うけど」
「…………その可能性がありましたね」
だが、それも完全ではなかった。トウカはゴースト。いわゆるモンスターだ。ゴーストが店を開くなんてまず有り得ないし、商品として並べられている品はただ落ちているものとしか認識されずにモンスターを倒して拾ってしまおう、なんて事になりかねない。
なので、トウカがシーフェの代わりに店番をするのは得策ではないのだ。ならば他にどうすればいいのだろう? とトウカが頭の中で考えを巡らせているとシーフェは腕を組んでやや首を傾げる。
「それにしても、お願いってセイルちゃんを送って欲しいって方だったんだ」
「何だと思ったんですか?」
顔をシーフェの方へと向けて訊き返す。
「いやね、単にリビングデッドを倒すのを手伝って欲しいって言われるのかもと」
「そんな事頼みません」
シーフェの言葉にトウカは即座に首を横に振る。
「セイルさんに怪我を負わせたリビングデッドは僕自身がどうにかするべきなんです。何せ、僕の体だった訳ですし。他人の力は借りちゃいけないと思うので」
「そっか。自分一人で、ね」
でもね、とシーフェは組んでいた腕を解き、右の人差し指で軽くトウカの額をぐりぐりと押す。
「リビングデッドが発生したのはトウカくんの所為じゃないよ。トウカくんの死体が食べられずにいたのも偶然。綺麗な状態でいたのも偶然。魄が留まっていたのも偶然。全部偶然なんだよ。だから、そこまで一人で背負おうとしなくても」
「偶然でも」
トウカはシーフェの手首を掴んで、ゆっくりと額に押し当てられた指を離していく。そして、僅かにだけ上瞼を下げながら言葉を続ける。
「偶然でも、僕は一人でリビングデッドをどうにかします」
それはある種の決意の表れなのだろうが、シーフェにはどうも今のトウカは無理をしているように思えた。なので、こう問い掛けた。
「……責任、感じちゃってる?」
「…………はい」
首肯し荷車を一度停めて目を伏せる。
「僕が人間だった時に死ななければ、セイルさんに怪我を負わせる事なんてなかったんです」
「でもね、こう言っては何だけどトウカくんが死んでゴーストに生まれ変わった御蔭で、セイルちゃんは助かったんだよ」
シーフェは自分を責めてしまってるトウカに優しく声を掛ける。
「セイルちゃんに訊いたけど、トウカくんは怪我を負ってたセイルちゃんを介抱してあげたんでしょ? もし、トウカくんがいなければセイルちゃんはモンスターに食べられてたかもしれない」
そう、偶然は別に悪いばかりでもないのだ。偶然にもゴーストとなったトウカがセイルに出逢えたからこそ、セイルの命は繋ぎ止められた。直接それを見ていないとは言え、シーフェは不謹慎ながらもトウカはその点は誇ってもいいとさえ考えている。
責任を感じる必要はないとして、シーフェはトウカの頭に手を乗せて撫で始める。
「だから、一人でどうにかしようって躍起になるのは駄目だよ。少しくらいなら、あたしも手伝ってあげるから。ほら、あたしたちはもう知らない仲じゃないし」
「いえ、結構です」
しかし、トウカは頑なに首を縦に振ろうとしない。
「頭固いな~」
シーフェは撫でていた手を一旦引き、これ見よがしにと溜息を吐きながらトウカの頭に拳骨を軽く降らせる。
「いたっ」
痛みが伝わる程の威力ではなかったが、トウカはついそう口にしてしまう。
「で、あたしはどうすればいいのかな?」
「ですから、セイルさんを送って下さい」
「……どうしてもそれなんだ」
「どうしてもそれです」
頑なにセイルを送って欲しいとだけシーフェに頼むトウカに、彼女は諦め、息を吐く。
「……は~、分かったよ。トウカくんの意思を尊重する。あたしはセイルちゃんを家まで送ってく。それでOK?」
「はい」
トウカは力強く頷く。
「ここまではっきりと、か。でもね、流石にこれは少しの手伝いから外れてるからあたしからも要求するからね?」
「はい、構いません」
「即答か。あたしがどんな無茶振りを言ってもいいの?」
「僕だって無茶を承知で頼んだんですから、それくらいは当然かと」
肩目をつぶり、意味深な言葉を発したシーフェにトウカは躊躇う事は無かった。
「トウカくん、意外と肝が据わってるんだね」
「そうですか?」
「そうだと思うよ。精霊の無茶振りを知らないから言えるだけだと思うけど」
「精霊の無茶振り?」
「そう。あたしは精霊商会に属してるけど、全部が全部商会に入っている訳じゃないの」
シーフェはトウカに対して精霊の事を少しばかり説明していく。
「中には気ままにぶらり旅をしている精霊もいれば、人間とか知能のある生き物と契約を交わしてる精霊もいる」
「契約?」
一体どのような契約なのか分からなかったトウカはきょとんとしながらシーフェに訊き返す。
「うん、契約。大体が、精霊が力を貸す代わりに衣食住に困らないようにするってのが内容的に多いかな」
「衣食住ですか」
シーフェの言葉にいやに人間味のある契約内容だな、と思いながらも復唱するトウカ。そんな彼にシーフェは当たり前だとばかりに口を開く。
「精霊だって生きてるんだからね。食べもするし眠りもする。だから楽して暮らせるなら越した事はないよ」
けどね、とシーフェは若干苦い顔をする。
「人魚とかなら普通にそれで契約とか出来るんだけど、人間だと、ね~。完璧に契約を守ってくれる人間は極々僅かなんだよ」
「少ないんですか?」
「少ない少ない。だって一方的に力を借りたいって輩が大多数なんだもん。契約しても一週間もしないうちに精霊の方から契約破棄するくらいだよ」
まぁ、中にはきちんと契約守ってくれるいい人間もいるけど、と細くするシーフェにトウカは得も知れない表情をするしかなかった。
「……そうですか」
「それでも人間と契約する精霊が多いのは、ひとえに人間が勝手に呼び出してくるからなんだよ」
「そんな事出来るんですか?」
精霊とは自然の物に宿っている存在なので、人間がおいそれと呼び出せる筈はないと思っていたトウカはやや目を開きながらシーフェから答えを得ようとする。
「出来る出来る。召喚陣って言う強制的に精霊を呼び出す陣が多くはないけど世界の至る所にあってね。それを起動させて精霊と契約しようとする訳。しかも、その召喚陣で呼び出されたら一度は契約しないといけないって言う理不尽な仕様なんだよっ!」
シーフェは握り拳を作り、それを震わせる。額にはうっすらと青筋が浮かび上がっていた。明らかに怒っていた。
「シーフェさんも召喚陣? ってので呼び出された事があるんですか?」
そんなシーフェの様子に、訊きづらかったのだがトウカは一歩踏み出して彼女の過去に触れてみる事にした。
「あるよっ! 精霊商会に入る前に一回だけだけど。あたしを呼び出した奴なんて本当に絵に描いたように利己主義な奴でね! あたしが提示した契約条件をてんで無視しやがって一方的にあたしの力ばっか使ってたの!」
「それは酷いですね」
そこの曲がり角は左ねっ! と声を荒げながらのシーフェのナビゲートに従いながらも、トウカは彼女に同情する。
「でしょ⁉ 契約は最低でも一週間はやらなければいけないって面倒なルールがあったから一週間も我慢したよ! 一週間経ってこっちから一方的に破棄してやったよ! そしたらさ、あたしを呼び出した人間は何て言ってきたと思う⁉」
「さぁ?」
肩を竦めながら首を傾げるトウカにシーフェは次も左! と道順を示してから人間が口にした言葉を発する。
「勝手な事をするな、だって! だったら契約条件護れっての!」
「自業自得ですよね、それって」
トウカとしてはシーフェと契約をしたと言う人間にいい印象は湧いてこなかった。自己中心的な人物だな、とどちらかと言えば関わりたくない人種だろうと思った。
「そうなの! でもね、それでもその人間はしつこく再契約だって言ってきやがったからあたしは言ってやったわ! 今直ぐに一人でダンジョンの地下百層まで潜ってモンスター千匹倒して、神宝を手に入れてあたしに渡したら再契約していいって!」
「あの、神宝って何ですか?」
訊いた事も無い単語が発せられたので、素直に意味を知る為に訊くトウカ。
「ものすっごく、ものすっご~く手に入り辛い宝の事」
「宝?」
「ありゃ、そこから? ま~、簡単に言って売ったら結構な額のお金になるものってやつ」
やや勢いが削がれたシーフェは荒げられていた声は平常時に近付き、トウカに分かりやすく説明をする。
「そうなんですか。因みに、神宝を売ったらどのくらいのお金になるんですか?」
「人間で言えば、七代まで働かなくても生きていけるくらい」
「えっ⁉ そんなにするんですか⁉」
あまりの金額にトウカは目を見開いて顎が外れるのではと思う程に大きく口を開く。
「するする。で、当然そんな条件呑むくらいなら契約なんてしなくていいってあたしを見限ったよ。見限ったのはこっちだっつーの!」
シーフェはうがーっと天に向かって吠え立てる。
「だからあたしはもう二度と召喚されたくなかったから精霊商会に入ったんだよ。入るのに試験とかあって苦労したけど、入れば召喚されなくなる特殊なローブを貰えるから頑張ったさ」
「それが、今着てる奴ですか?」
トウカは最初にあった時からずっと着ているシーフェのローブを指差す。
「そうそう」
シーフェはぴっちりとしたローブを軽く引っ張って誇張する。成程、ただこれ以外に着るものが無いから何時もローブを羽織っていた訳ではのか、と納得したトウカだが、シーフェのちょっとした過去話に入る前の疑問を思い出して再度問い掛ける。
「……で、精霊の無茶振りってのは?」
トウカの問いにシーフェはあぁ、そう言えばそんなの説明しようとしてたっけ、と軽く笑いながら無茶振りについて話していく。
「再契約させない為の無理難題を吹っ掛けるって事。あたしのはさっき言った奴でまだ可愛い方だと思うよ? 中には世界統一しろだとか末代までの命を捧げ続けろとか一生飲まず食わずに生きていけとかって言う精霊もいるくらいだし」
「いえ、なんかシーフェさんが言った無茶振りとそう大差がない気がします」
つい手を横に振って否定するトウカに、シーフェは少しだけ頬を膨らませて眉根を寄せる。
「細かい事はいいの。ともかく、精霊の無茶振りってのはこんな感じの事を言うの。因みに、精霊の無茶振りって冗談じゃないからマジだから」
トウカは先程とは打って変わって自分に向けてくるシーフェの真っ直ぐに向けられた瞳と真顔に近い表情から、本心から精霊の無茶振りは冗談ではない事を悟る。
「……もしかして、シーフェさんは無茶振り言うつもりですか?」
「言わない言わない。言わないから安心して」
見るからにかなり不安がっているトウカにシーフェは軽く笑い掛けながら手を横に振るが、先程の言葉を訊いたトウカはどうもその笑みが何か含んでいるのではないか? と疑ってしまう。
そうしながらも、一行は出口へと向けて道を進んで行く。




