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ゴースト、自分の死体が動いていると告げられる。

「……ふぅ、これで一先ずは安心かな」

 息を吐いたシーフェは手の甲で額の汗を拭おうとしたが、血にまみれていたので諦める。

「あの、セイルさんは大丈夫なんですか?」

 トウカは荒い息をあげているセイルの様子を窺いながら、シーフェに確認を取る。

「うん、命に別状はないかな。それでも絶対安静だけどね」

 タオルで手の血を拭いながらシーフェは荷車の荷台で眠っているセイルに視線を投げ掛ける。

 ある程度移動して、安全を確保してからシーフェはセイルの出血を抑える為に腕を癒着させた。セイルが暴れないようにと商品の一つである睡眠薬で眠らせてから傷口を消毒し、特上の回復薬を呑ませ、そして傷口にも垂らして千切れた腕を傷口同士合わせた。

 それでも、睡眠薬には麻痺成分は入っていなかったので、寝ていたとしても痛覚を刺激されたセイルは痛みで暴れた。シーフェは暴れるセイルを抑えながら、腕がくっつくまで押し当てた。

 回復薬を飲ませて十数分で傷口は癒着し、腕はくっついたのだが、断面が綺麗ではなかった為、まだ完全に癒着した訳ではなく、切断面同士が切り離される前の状態に戻ろうとうごめいている最中で、それが終わるまで動かないようにときつく包帯で左腕を固定をした。

 トウカは治療を手伝いたかったのだが、シーフェに必要ないと言われ、代わりに当たりを警戒するように言われたのでモンスターが来ないかどうかを見張っていた。

「よかった……」

 セイルが死ぬような事はないと聞いて、ほっと安堵の息を吐くトウカだが、直ぐにその顔は曇っていく。

「…………あの、シーフェさん」

「何かな?」

 大方何を訊かれるか予想していたシーフェは血を拭ったタオルを荷車の縁に掛けてトウカの方を見る。

「一体、何があったんですか?」

「そうだね。端的に言って、セイルちゃんは襲われたんだよ」

 トウカから視線を逸らして、駆け抜けて来た道の方をセイルは向きながら答える。

「何にですか?」

「モンスターにだよ」

 シーフェは苦虫をかみつぶしたかのような表情を作ると、嫌な汗を掻いて額にひっついているセイルの前髪を分ける。

「どちらかに来るかもとは思ってたけど、セイルちゃんの方にくるなんて」

「……ちょっと待って下さい」

 トウカは聞き捨てならない言葉がシーフェの口から漏れたのをしかと訊いた。

「ん?」

「今、来るかもとは思っていたって言いましたよね?」

「言ったよ」

 シーフェは目を伏せながらトウカの確認に対して是と答える。

「それって、モンスターの事ですか?」

「そう」

 淡々と答えるシーフェに対して、トウカは肩を震わせていく。

「つまり、危険が及ぶ可能性があるって分かってた事ですか?」

「そうだね」

「だったら!」

 目を伏せながら答えるシーフェにトウカは胸倉を掴みかかるような勢いで詰め寄る。

「どうしてセイルさんを一人にするような真似をしたんですかっ⁉」

「だから、それはセイルちゃんには訊かれたくなかったから」

「そうだとしても、その危険が去るまで待てなかったんですか⁉ 去ってから話をすれば、セイルさんが、こんな目に遭わずに済んだのにっ!」

「……待てなかったね。待てなかったから、あたしはトウカくんが目を覚まして直ぐに話そうと決めて、セイルちゃんにはノックを四回から五回に変更するって言って、注意を促したりしたんだよ」

 それに、とシーフェは伏せた目を開けて、トウカの方へと視線を向ける。

「セイルちゃんを一人にしたのだって、セイルちゃんの、そしてトウカくんの為だったんだよ」

「セイルさんと、……僕の為?」

 頷き、シーフェは言葉を続ける。

「そう。君が人間だったなんてセイルちゃんが知ったら、トウカくんと一緒にいたいと思ってるセイルちゃんは君を怖がるだろうし、トウカくんも、セイルちゃんに怖がられていい気はしないでしょ?」

「……シーフェさん」

 シーフェの配慮には、トウカとセイルの関係を壊したくないと言う親切心から出ている事が窺える。その親切心には頭が上がらないが、今となっては、その配慮は必要が無くなっていた。

「もう、知ってたんですよ」

「え?」

 トウカが漏らした言葉に、シーフェは耳を疑う。

「僕が目を覚ましてから、セイルさんに人だったって言っちゃったんです。でも、セイルさんは僕を怖がったりしませんでした……」

「……そう、だったんだ」

 ここでシーフェがダンジョンで知り合ったゴーストと人魚の為と思ってした行動が完全な裏目になったと知り、顔に陰を落とす。

「御免、本当にあたしは余計な事をしちゃったみたいだね」

 でも、とシーフェは首を横に振る。

「セイルちゃんがトウカくんが人間だったって知ったって分かってても、セイルちゃんの前では話そうとしなかったかな」

「それは」

 どうして? と訊く前に、シーフェが言葉を被せてくる。

「それもやっぱり、セイルちゃんの為で、トウカくんの為でもあるからだよ」

 先程と同じように、やはり親切心からの言葉である事がトウカに伝わった。

「トウカくん、さっき君に死んだって言ったよね」

「……言いましたね」

 いきなり死んだと言われて憤りを感じたトウカだが、少ない日数ながらもそれなりに会話をしていたシーフェが意地悪を目的として言ったのではない事が、ある程度冷静になった頭で理解した。なので、ただ頷くだけの反応を取った。

「あれね、ただ憶測だけで言った訳じゃないんだ。ちゃんとした理由があったから、トウカくんにきちんと伝えたかったんだ」

「理由、ですか?」

「うん。……それはね」

 シーフェは目を逸らす事無く、真っ直ぐにトウカの瞳を見ながら口を動かす。

「君の死体を見たからだよ」

「僕の…………死体?」

 一瞬、本当に一瞬だが、トウカは死体と言う意味を記憶から取りこぼしてしまう。死体、死体と頭の中で復唱させ、記憶の海を漂流した意味を掴み取り、思い出す。

「そう。トウカくんの、人間だった時の死体。今の君と全く同じ顔だったから」

「……嘘、ですよね?」

「嘘じゃないよ。トウカくんが意識を失って、人間が死んだ場所でね、トウカくんの死体を見たんだよ」

「有り得ないですよ! だって、もしシーフェさんの言ってる事が本当だとしたら、僕は自分の死体を見てないと可笑しい! でも、僕はあそこで自分の体を見ていません!」

 そう、そこが可笑しかったのだ。トウカは出口で泣き喚いた後に移動したが、そこでは人間の男としか遭遇しなかった。自分の死体なぞ人目も見ていない。なので、意地悪目的で言っているのではないと分かっていても、それを否定したいが為に声を荒げてしまう。

 肩で息をしているトウカの様子を予想していたらしいシーフェは、宥めるように問題な発言をする。

「それはそうだよ。君が意識を失った時に、トウカくんと人間の方へと死体が来たんだから」

「死体が、来た?」

 トウカはその言葉に虚を突かれて勢いが削がれ、訊き間違いかと思ってシーフェに訊き返す。

「それって、どう言う?」

「言葉通りの意味。死体が歩いて来たんだよ」

 しかし、トウカの訊き間違いではなく、シーフェはさも当然のように答える。

「そんな……死体が動く訳ないじゃないですか!」

 意味が分からないと言った風に憤るトウカだが、そんな彼に物怖じもせずにシーフェは首を横に振る。

「けど、実際に動いてたんだよ」

「でも!」

「説明するから、落ち着いて貰える?」

 トウカの肩に優しく手を置き、宥めるように軽く叩くシーフェ。トウカは、ここで憤っても一向に前へ進む事は出来ないと改め、渋々だが引き下がる。トウカが落ち着いたのを確認すると、シーフェは説明を始める。

「トウカくんの言った通り、死体が自分の意思で動く事はない。それはまず間違いないの。でもね、死体でも欲があればモンスターとなって動き出すんだよ」

「欲?」

「そう、強い欲。絶対に手に入れたい、取り戻したいと願う欲が強ければ強い程、ね」

「可笑しくないですか? 死体だったら、欲なんて持ってないでしょ」

「実は、そうでもないんだ」

 トウカのもっともな疑問にシーフェは首を横に振る。

「魂魄って言葉は知ってる?」

「いえ、知りません」

 そう、とシーフェは息を一つ吐き、荷台でうなされているように唸るセイルの頭を軽く撫でながら説明をする。

「魂魄ってのはね、魂と魄を一緒に言った単語なんだ。魂は心と意思を宿していて、魄は体を動かす機能と欲望を宿している。死ぬと魂は絶対に抜け出る。輪廻転生――生まれ変わるって場合は魂が生まれ落ちる予定の別の生き物の体へと入り込む事を言うんだよ」

 シーフェの説明はトウカには難しいものであるが、それでもトウカは今回ばかりは自分も関係しているとして、理解に及ばなくても理解しようと脳をフル回転させる。

「魂はそうだけどね、魄は違うんだ。魄は死ぬと体から抜け出て大気や土に溶ける場合が殆どだけど、極稀に死んだ後もずっと体内に残っている時があるんだ。そう言った場合に、欲に従って動き出すんだ。でね、その欲ってのが、自分の体に魂を戻す事なんだ」

「魂を、戻す……?」

「そう。自分の中の喪失感を埋める為に自分の魂だったものを食べて取り込む為に捜し彷徨うモンスター。それがゾンビ」

「……ゾンビ」

 トウカは訊いた事が無い、うごめく死体のモンスターの名前を反復する。

「トウカくんの死体――ゾンビのトウカくんはゴーストのトウカくんを食べて一緒になろうとしている」

 けどね、とシーフェは淡々と告げる。

「食べた所で魂は死体には還らないんだ。それでも、ゾンビは体内に取り込めばまた魂を宿す事が出来るって思って、無駄だと知らず、叶わないと知らずに食べようとするんだよ」

 自分が失った大切なものを取り戻す為に彷徨い、それが叶わないと言う事さえも知らなずに動く死体。トウカはシーフェの説明を訊き、哀れだと同情した。彼が同情したのは、自分も家族に会う事が叶わないと知っているからだ。

「そのゾンビがね、トウカくんを殺そうとした人間を殺したんだ。そしてその後にトウカくんを見て笑った。恐らく、自分の魂だったって分かったんだよ。トウカくんに手を伸ばす前に、あたしは風を使って君をゾンビから遠ざけた」

「そう、ですか。ありがとうございます」

 けど、同情したからと言っても、それによってどちらも救われない、自分が死ぬような事はどうしても避けたかったので、自分のゾンビから退避させてくれたシーフェには感謝をする。

「でね、そのゾンビがさっきセイルちゃんを襲ったんだよ」

「っ⁉」

 顔をしかめながらのシーフェの発言に、トウカは目を見開き、愕然とする。

「だからね、さっきトウカくんの顔を見て悲鳴を上げたんだ」

 先程の悲鳴の理由を知ったトウカは、そのまま得も知れない感覚に襲われると同時に、自分のゾンビに対する同情が薄れていくのを感じた。

「……どうして」

 トウカは悲痛とも取れる声音でシーフェに必死で問い掛ける。

「どうして僕の方に来なかったんですか⁉ ゾンビは魂を求めてるって言ってましたけど、僕じゃなくてセイルさんの方に⁉」

「それはね、魂は求めているけど、近くになきゃ感知出来ないからだよ。セイルちゃんの方に行ったのは……偶然なんだ」

「そんな……」

 偶然。ただそれだけの事でセイルの身に危険が及んでしまった事に対して、トウカは偶然を呪う。トウカは、その偶然で左腕をもがれてしまい、うなされている人魚へと視線を向ける。

「あと、ちょっと厄介な事があってね。あたしが君のゾンビを見た一週間前の状態とさっき見た状態じゃ、変わってたんだ」

 シーフェは一度天井を向いてから、頭を振ってトウカに視線を戻す。

「人間を殺した際に人間の肉を食べてたんだよね。それが引き金になって進化したんだみたい」

「死体でも、進化するんですか?」

 トウカは疑問を口にし、シーフェは首を縦に振る。

「ゾンビって言うモンスターになればね。ただの死体なら進化なんてしないし、そもそも動く事も無いよ。ゾンビは進化するとリビングデッドってモンスターになる」

「……リビング、デッド」

「リビングデッドは意思と心は持たない点は同じだけど、ゾンビと違って知恵がある。知恵がある分、動きが予測出来なくなっちゃってる」

 話を戻すけど、とシーフェは睡眠薬で未だに眠りについているセイルに視線を向ける。

「セイルちゃんだっていくらトウカくんが人間だったと知ってても、トウカくんの人間だった頃の体が動いてるのを知ったら、そしてそれを見たら恐怖を感じちゃうだろうし、トウカくんもそれを望まないだろうって思って。だから、あたしはセイルちゃんには訊かせたくなかったし、訊かれたくもなかったんだよ」

 シーフェは一度目をつぶると、堪えるように口を横に引っ張るように閉じ、そこから徐々に緩めて言葉を漏らしていく。

「けど、結果としてトウカくんのリビングデッドはセイルちゃんのいた隠し部屋に入って、傷付けて、セイルちゃんに恐怖を抱かせちゃった。……本当に、御免」

 シーフェは左腕を一度失ったセイルに対して、そしてセイルの恐怖の対象となってしまったトウカに対して頭を深く下げて謝罪した。眼の端からは透明な雫が流れる。


魄が体に残って動き出すのはキョンシーなのですが、ここではゾンビと言う事で。

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