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人魚、ゴーストの事を知りたいと思う。

 一頻り泣いて、胸の内に抑え込んでいたものを爆発させたトウカは、少々バツの悪そうな顔をしている。

「やっちゃったなぁ」

 小声でそう呟くトウカ。

 彼は一つの決意を感情に任せて破棄してしまった。自分が人間であったとセイルには言わないと決めていたが、それを制する事も出来ずに暴露してしまった。内心、不安で一杯になってしまっている。これでセイルを怖がらせてしまうのではないか? と。

「何をやってしまったのですか? トウカ様?」

 トウカが人間だと知ったセイルは態度を変化させずに、トウカが何やら呟いたのをきちんと聞いて首を傾げる。因みに現在、二人は池に生えている木の枝に並んで腰を掛けている。

「え? あ、いや……」

 ここで蒸し返すのはどうだろうか? とも考えたトウカだが、意を決して聞く事にする。

「あの、セイルさん」

「はい」

 だが、いざ意を決したとしても訊きづらい事には変わりなく、少々どもってしまう。

「その、……怖くないんですか?」

「何がですか?」

 何が怖いのか見当がついていないセイルは訊き返し、トウカはやや目を伏せながら口にする。

「……僕の事」

「どうしてですか?」

 セイルは不思議そうに首を傾げ、その様子にトウカは少々毒気を抜かれるような思いをするが、直ぐ様首を振って一番言いにくい事を言葉にする。

「だって、僕は人だったんですよ? セイルさんを、襲った……のと同じだったんですよ?」

「そうですね」

「そうですねって……」

 あまりにもセイルに軽く返された事に、トウカは呆気にとられる。

「確かに、今も人間は怖いですし、恐ろしいとも思います」

 セイルは目を伏せ、自分の胸の内の感情を口にする。

「だったら、僕の事も」

「ですが」

 閉じた瞼を開け、セイルはトウカの眼を見て、逸らす事も無く、自分の胸の内を口にする。

「トウカ様はトウカ様です。いくら元人間だからと言っても、私はトウカ様を怖がったりしません」

 トウカはどうしてなのだろう、と疑問を顔で表し、それに対してセイルは優しく微笑みながら答えを口にする。

「私の為にと、身を挺してまで色々として下さったトウカ様を、どうしたら怖いと思えるのでしょうか? 私はトウカ様に感謝こそすれ、恐怖は抱きません」

 そして、トウカの手の上に自分の手をそっと重ねる。

「あ……」

 いきなり手をそえられて、頬を紅潮させ、気持ちが落ち着かなくなるトウカ。恐怖されると思っていたが、それが杞憂に終わって安心しているのだが、それと同時に、自身の胸がそわそわとしだしたのだ。

「あの、トウカ様」

「な、何ですか?」

「私、トウカ様が子供の頃のお話をお聞きしたいです」

「え?」

「駄目、でしょうか?」

「あっと……」

 ここは普通に頷くべきか、それともどうして自分の子供の頃の話を聞いてみたいのかを逆に質問し返した方がいいのか、と頭を悩まそうとしたところで、セイルが突然上を見る。

「どうやら、シーフェさんのようですね」

 そう言うと、そえていた手をそのまま握り、トウカを引くように上へと泳ぎ出す。トウカは連れられるがままに自分も泳ぐ。

「あの、どうしてシーフェさんが来たって分かったんですか?」

 何の合図も無かったので、疑問に思ったトウカはセイルに問うてみる。

「ノックの音が四回上から聞こえたからですよ」

 セイルはトウカの手を握っていない方の手で上を指差しながら答える。

「ノックの音……聞こえたんですか?」

「はい」

 自分は聞こえなかったのだが、とトウカは一瞬訝しそうにするが、それでもつい先日――一週間前にもトウカが聞こえなかっというネコグマの叫び声を聞き取れていたので、自分には聞こえなくともセイルには聞こえていたのだろう、と納得した。

「ぷはっ」

「ふわっ」

 先にセイルが、そして次にトウカが池から顔を出して隠し部屋の扉の方へと視線を向ける。

「……トウカくんか、目を覚まして何よりだよ」

 テーブルのような岩の上に腰を掛けているシーフェがそこにはおり、トウカの意識が回復したのを見てほっと一息吐く。

 が、シーフェの表情はかんばしいとは言えないものであった。

「シーフェさんがトウカ様をここまで運んで下さったのですよ」

「あ、そうだったんですか。御迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございます」

 トウカは池から出て、シーフェの前へと行き頭を下げる。

「取り敢えず、反省はしてるみたいだね」

 半眼になりながら、シーフェはやや棘が含んだ物言いをしてじっとトウカを見る。

「はい」

「全く、あれ程出口の方に行っちゃ駄目だって言ったのに。あの日、セイルちゃんがトウカくんの泣き声に反応しなきゃ手遅れだったんだよ」

「…………聞こえてたんですか?」

「セイルちゃんはね。あたしは聞こえなかったけど」

 出口と隠し部屋までの距離はかなりあり、それに扉が隔たっているので遠くの音は聞こえそうにないのだが、それをも聞き届けてしまうセイルの聴力に、トウカは脱帽するしかなかった。

「セイルちゃんがあたしを起こしてね。トウカくんがいないってのに気が付いて、急いで捜しに行ったさ。そして、トウカくんを見付けて風でここまで運んで来たって訳」

「そうだったんですか。って風?」

「そう。あたしは風の精霊だからね。風を操るくらい造作も無いよ」

 シーフェは右手を振り上げる。するとトウカの下から風が舞い上がり、彼の体を持ち上げる。風の強さはトウカが飛ぼうとしなくとも空中で静止するくらいの勢いがあるが、それでいてうるさくなく、周りに被害を与えない規模のものとなっている。

「便利ですね」

「便利だけど、あたしはまだ未熟者だから風を操ると疲れるよ」

 そう言って振り上げた右手をそっと元の位置に戻す。するとトウカを持ち上げていた風はぴたりと止み、自重によって落下しそうになったトウカは慌てて自らの力で宙へと浮かぶ。

「それはそうと、トウカくん」

「何ですか?」

 急に真剣な顔をしたシーフェにトウカは背筋を正す。

「ちょっと話をしないかい?」

「話?」

「そう、ここじゃない場所で」

 シーフェはそう言うと隠し部屋の扉を親指で指差す。どうやら外の方で話をしたいようだ。

「どうしてここじゃ駄目なんですか?」

「セイルちゃんには訊かれたくない。もしくは訊かせたくない話だからだよ」

 シーフェは池から顔を出しているセイルに視線を向ける。

「と言う訳だから、セイルちゃん。ほんの十数分の間だけだけどトウカくんを借りてくよ」

「あの、どうしても私は訊いては駄目なのでしょうか?」

 セイルとしては、なるべくトウカと一緒にいたいという気持ちがあるので、シーフェに遠慮がちに訊いてみる。

「駄目」

 しかし、シーフェはにべもなく断言する。

「そう、ですか」

 セイルは食い下がる事はしなかった。何処か納得は行かないがシーフェは本当に自分には訊かせられない話をしようとしているのだと言う事が否応なしに伝わってきた。

「御免ね、セイルちゃん。折角目を覚ましたトウカくんと一緒にいたいだろうけど、少しだけ待っててね」

 シーフェは少しだけ目を細め、納得して貰えるように柔らかい声音で諭す。

「……分かりました」

 セイルは仕方が無いと諦め、渋々ながら頷く。

「そう言う訳だから、行くよトウカくん」

「あ、はい」

 シーフェはトウカについて来るように促し、隠し部屋の扉を開けようとする。

「あ、そうだセイルちゃん」

 が、直ぐ様振り返ってセイルに話し掛ける。

「何でしょうか?」

「あたしたちが帰ってくる時はノックを五回するから。それ以外なら池の中に隠れてて」

「四回、ではなく五回ですか?」

「うん」

 セイルの声にシーフェは頷き返す。セイルの頭に疑問符が浮かぶ。今まで四回のノックで統一されていたのに、それに一回プラスするのが分からなかった。

「あの、何故でしょうか?」

「念の為、としか言いようがないかな」

 シーフェは茶を濁すように曖昧な答えしか口に出さない。

「まぁ、兎に角さ。帰って来た時には五回のノックをするから。じゃ~」

 そう言ってシーフェはセイルに手を振り隠し部屋の扉を開けて外へと出て行き、トウカもセイルに頭を下げてから後について行って扉を閉める。

「念の為、ですか」

 隠し部屋に取り残されたセイルは池の中へと再び潜っていく。シーフェがあのように言ったと言う事は、何かしらの危険が迫っているのかもしれないと思い、自分の身を守る為に池の底で白い砂に半分埋もれていた一メートル程に折れた木の枝を取って胸の前へと持っていく。

 注意を上に向けながらも、セイルは安堵している。

「本当に、よかったです」

 トウカが目を覚ました事に対して。

 トウカがこの隠し部屋に運び込まれた時は本当に危険な状態であった。いや、セイルが目の当たりにした時は、死んでいるのではないかと疑うくらいに全く動かなかったのだ。

 どうしてトウカがこのような状態になっているのかとシーフェに問い質すと、彼女は出口付近でやられていたのを発見した、としか言わなかった。誰に? 何に? とはセイルに告げなかった。

 トウカが誰にやられたのか、何にやられたのかを問う以前に、セイルはトウカが目を覚ますのかを顔を青ざめながらシーフェに確認を取った。シーフェはこのままだと危ないと言う旨をセイルに遠慮せずに口にする。

 セイルは、トウカが目を覚まさないと思うと、胸が張り裂けそうになり、目頭が熱くなり、視界が涙によってぼやけてしまった。

 シーフェは、そんなセイルに処置をすればトウカは目を覚ますかもしれないと言った。それはセイルにとってまさに希望の光だった。セイルはそれがどう言う処置かを直ぐに訊いた。

 精霊商会で販売されている特上の回復薬を呑ませ、そして絶対に安静にしていると言う事だった。回復薬は怪我を治す作用があり、特上のものは骨折をものの数分で治癒する効能がある。

 トウカは外傷はないが、それは見た目だけであり、外部から怪我を負わされたとシーフェは推測していた。なので、特上の回復薬を呑ませれば怪我も影響を失くせるかもしれないと考えた。

 それを訊き出したセイルは、直ぐにシーフェから特上の回復薬をこの隠し部屋で見付けた三叉と交換し、トウカに飲ませた。

 その後、絶対安静と言う事で陸上よりも負担が少ないだろうとして池の中でトウカを休ませた。

 セイルは、一週間ずっとトウカを抱き抱え、人魚の歌には不思議な力があると言うシーフェの言葉を思い出し、少しでも早く目を覚まして欲しいと願いながら彼の耳元で歌っていたのだ。

 回復薬と、セイルの歌の影響により、無事にトウカは目を覚ました。

 彼を抱えて歌っていた時も、このまま目が覚めないのではないかと何度も不安に思った。その度に、自分を心の中で叱咤し、自分自身にもトウカは目が覚めると言い聞かせた。

「……それにしても」

 セイルは舞い落ちるヒカリゴケを見ながら呟く。

「話、と言うのは本当に何なんでしょうか?」

 自分が訊いてはいけない内容だとは伝わってきた。しかし、だからと言ってどのような内容だか気にならないと言う訳ではない。

「……時が経てば、私が訊いても大丈夫なのでしょうか?」

 それとなく、訊いては駄目な理由を考えてはみるが、あまり思い浮かばなかった。思い浮かばないのなら、考えても仕方がないのだと悟り、軽く息を吐く。

「トウカ様」

 風の精霊に連れられて行ったゴーストの名前を口にする。

「早く、お話を聞きたいです」

 トウカの事をもっとよく知りたい。彼の胸の内を訊いたセイルは、そう思うようになった。今以上に彼の役に立つには、まずトウカの事を深く知らなければいけないと。なので、トウカの子供の頃の話を訊きたいと彼に言った。

 しかし、それは単に役に立ちたいからと言うだけではなく、純粋にセイル個人として訊いてみたいと思っている。どうして訊いてみたいのかが、セイルにはいまいちよく分からなかった。

「……でも、トウカ様にとっては話したくない事なのかもしれません」

 トウカの子供の頃の話とは、つまりは彼が人間であった頃の話なのだ。ゴーストになってしまった事で家族に会えなくなってしまった彼にとっては、家族との思い出話とさして変わらない内容を話すのは苦になるのではないだろうか?

 もし、そうなるのであれば、セイルは無理に訊こうとはしない。トウカの過去を知る事が出来ないのなら、トウカの今を、そしてこれから先を知っていけばいいのだと考える。過去の事実だけが、トウカを形作っている訳ではないのだから。

 そのような事を考えているとノック音が聞こえた。回数は五回。なので、トウカとシーフェの話が終わったのだろうと思い、護身用にと持っていた枝を置いて上へと向けて泳ぎ出す。

 ふと、中腹くらいまで泳いだ際にセイルの視界の端に煌めくもの入ってくる。それはトウカのフライパンであり、トウカが意識を失っていた際に彼の近くに置いておこうと思ったセイルが木の幹と枝の間に立て掛けておいたものだった。

 このままフライパンをここに置いたままだと、トウカが取りに潜るかもしれない。そう思ったセイルはトウカの手間を省かせようとフライパンを手に取り、泳ぎを再開させる。


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