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幕間 人間、ゴーストを殺そうとする。

「はっ……はっ……」

 顔を引き攣らせている男は間隔の長い浅い呼吸を繰り返しながら、自分の背中に落ちたゴーストに視線を向ける。ゴーストとは言え実体があるので重さが存在し、それが男を圧迫して更に気持ちを落ち着かせなくしている。

 しかし、それもわずか数秒で終わりを告げる。

「はっ……はっ……」

 一向に動く気配を見せないゴーストに、あまりにも力無くだらりとなっている腕、拍動の感じない妙に重く感じる存在に男は安心した。いや、それでも細心の注意はしているのだが、もうこれ以上は絶対に動かないだろうと思っている。

 なにせ、あれだけ切り付けたのだ。それで生きているのが可笑しいくらいに、だ。だがゴーストはフライパンで攻撃をしてきた。けれど、それは窮鼠猫を噛むような所業でしかない。実際、反応速度には目を見張ったが、それでも一時的なものでしかない。

「はぁ……はぁ、くそがぁ!」

 男はゴーストに感じていた恐怖を怒りへと変え、憤りながら背中のゴーストを払い除け、無理矢理立って眩む視界をものともせずに蹴り飛ばし、壁にぶち当てる。

「ゴースト、風情が、人間様に、楯突くんじゃ、ねぇ!」

 下級のモンスターであるゴーストに苦戦し、あまつさえ上級の武器を壊され、殺されると恐怖してしまった事に男は腸が煮えくり返るような思いに支配され、力任せにゴーストに次々と蹴りを入れまくる。ゴーストは為す術もなくそれを受け入れてしまっている。

 特に、彼が怒りを覚えているのは上級武器を壊された事だろう。男がそれを手に入れるまでに幾多の危険を乗り越えた末に手に入れた品だ。男の実力から、これと同等かそれ以上の剣を手に入れる事は運が無い限り現時点ではほぼ不可能だ。

「てめぇの所為で! てめぇの所為で!」

 荒い息を上げながら男はゴーストの後頭部を踏みつけ、そのままぐりぐりと地面に押し付ける。

 ふと、男の視線はゴーストからフライパンへと移る。

 ゴーストを踏みつけながら、くらむ思考を無理矢理抑え込んでそれを手にする。

 男の瞳に更なる怒りが燃え上がる。こんなふざけたもので自慢の剣が折られたと思うと、余計に腹が立ち、壊してしまおうと言う黒い衝動が湧いてきたのだ。右手で持ったフライパンを力任せに近くにある岩へと叩き付ける。

 すると、岩が粉々に砕け散った。男はその威力に驚き、岩を砕いたフライパンに目をやる。フライパンは拉げるどころか傷一つついていなかった。

 一瞬呆けた顔をするが、壊れなかった事に対して即座に怒りで顔を真っ赤にして今度はフライパンを踏みつけているゴーストへと振り下ろす。

 怒りを込めて。

 しかし、フライパンはゴーストに当たる事は無かった。

「……あ?」

 男はしっかりと腕を振り切ったのだ。なので、ゴーストにフライパンが命中しなければ可笑しいのだ。なのに、ゴーストにはフライパンではないものが命中した。

 それは、どろっとした赤い液体である。

 どうしてそんな物がゴーストに降りかかるのか? と怒っていながらも疑問に思った男はフライパンを持っている右手へと視線を向ける。

 男はフライパンを持っていなかった。いや、正確にはフライパンを持っていただろう右腕が肘から先を失っていたのだ。肘は血管や筋の千切れた箇所を無様に外気に晒している。

「あ?」

 分からない。そのような表情をした男の左肩に何かが置かれる。そして、如何ともしがたい激痛が走り出す。

「あぎゃぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉」

 男は口を大きく開き、目も見開き、痛む箇所を押さえようと右手で掴もうとするが、その右腕は既になく、千切れた部分が接触し、そこから麻痺していたであろう右腕の痛みまでもが走り出す。

 そして、荒れ狂う痛みの中で男は気付いてしまった。自分の左腕は、完全に無くなっている事を。痛みはあるが、それは肩からだ。そこから先には痛みはおろか感覚自体が存在しない。

 恐る恐るそちらに目を向けると、やはりと言えばいいか、男の左腕は影も形も無く消失してしまっていた。

「何で⁉ 何でだぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉」

 血の噴き出る右腕と左肩に訳が分からなくなり、そのままよろよろと、本能が逃げろと告げるのでダンジョンの奥へと歩む。もう、男の頭の中からはゴーストに対する怒りは微塵も残さず消え失せていた。

 そして、本能とは別の欲求により、後ろを振り向いてしまう。

「あ、ああぁぁああああああああ……」

 そこには、無表情で自分の腕であった箇所に歯を立て、肉を引き千切って咀嚼をしているものがいた。口元を鮮血で染め上げ、虚ろな瞳はただただ男の目の前の宙空へと向けられていたが、それがとてつもなく冷たく、そして逆に射抜くような錯覚を男は覚えてしまう。

「何だよお前……っ? 来るなっ、こっちに来るなぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

 男の顔は再び恐怖に彩られ、半狂乱になりながらもおぼつかない足取りでその場を後にする為に足を必死になって動かす。

 だが。

「ひぐっ⁉」

 逃げようとした男の頭は何かに固定され、その場で無理矢理に縫いとめられる。

「放せ! 放ぜぎぃぃいいいいいいいああいあはあいああいおうい⁉」

 そして、男の頭を起点に首が強制的に回されていく。必死に抵抗しても力では敵う事無く、為されるがままになっている。可動範囲を超えた首はごきごきと音を鳴らし、真後ろへと向くようになる。

「うおいおあえうおあうおいうあいいえおあぺっ」

 男の首が真後ろにいき、自分の首を捻じ曲げた何かを最後に見て、男は絶命した。

 その何かは男が絶命しても、首を回す手を止めずにそのまま回し続け、胴体と分断させる。

 頭だけとなった男の首からは血が滴り落ち、延髄が垂れさがり、虚ろな目と顔には恐怖が固定されている。胴体も首から鮮血を拭き出し、力無く前のめりになって地面に倒れ伏す。

 それを何かは興味なさげに見ており、咀嚼していた腕をそこらに投げ捨てる。

 男を殺したのは、先日ネコグマを殺したのと同じである。

 その何かは、そのまま興味を失ってこの場から立ち去ろうとはしなかった。何かの眼には、身じろぎ一つしない、いや、呼吸すらしているのかどうか怪しいゴーストへと向けられている。

 今まで無表情であった何かの顔に変化が訪れる。口元を横に引き伸ばし、口角をやや上に持ち上げる。虚ろな目はそのままだが、一歩、また一歩とゴーストへと近付く。

 腕を伸ばし、ゴーストに触れようとする。

 すると、いきなり一陣の風が舞い込んできた。何かはその風の勢いにやられて体勢を崩し、尻餅をしてしまうが視線だけはゴーストへと向けられていた。

 そのゴーストは宙へと浮き、ダンジョンの奥へと向かって行く。それはゴーストの意思によるものではなく、舞い込んできた風がゴーストの体を持ち上げ、奥へと運んで行ったのだ。

 異質な風は、ゴーストが扱っていたフライパンも柄を掴んでいる千切れた男の腕を払い除けてゴーストと同様に運んで行く。

 何かは、それをただただじっと見ているだけだ。

 その口元は笑ったまま、曇りガラスのように生気を感じさせない目を風に運ばれるゴーストへと向けて。

 ふと、その何かの体に変化が生じた。

 人間を食した事で、手に入れた情報を元に進化が始まったのだ。

 その何かはカテゴリーとしてはモンスターだ。何かはここ数日で遭遇したダンジョンモンスターをあらかた食していた。それが原因で、トウカが隠し部屋を見付けるまでモンスターに遭遇する事も無く、その後もあまり出会う事が無かったのだ。

 自分の体に起きている変化を自覚している様子を全く見せない何かは、もう既に見えなくなったゴーストが運ばれた方向へと向けて口を動かす。

「……ミ……ツ、ケ……タ…………」

 人間を食した影響により、知性が向上され、言語も発する事が出来るようになった何かは、見付けた、と口にする。

 その言葉はダンジョンの壁や天井に反響する事も無く、直ぐ様空気に溶けて消えてしまう。


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