人魚、頼み事をする。
……8月16日現在、日間ランキング総合32位、セカンド2位、そしてまさかの冒険1位を記録しました。
まことにありがとうございます。…………ですが、プレッシャー故に胃が痛くなりました。
ご期待にそえるように頑張ります。
トウカが見付けたと言う宝箱の中身を見たシーフェは目を見開いた。
何故なら、それはガラクタと言ってもいい程の金属の寄せ集めであったのだ。
ぎちぎちに寄せ集めて溶接やボルト、つがいで適当に接合してあるだけの金属は、どう言った用途に使われるのかが全く分からない。寄せ集めの癖に、高さは三メートルもあったので余計にそう思わざるを得なかった。
見方を変えれば前衛的なアートとでも表現出来るのだが、アートと評するには感性の異なる者でないと下せないのが現実だ。シーフェにはこれがガラクタとしか見えていない。
これならばトウカが何なのかが分からないと言った事は充分に理解出来るし、シーフェ自身も何を目的として作られたのかが理解出来なかった。
「トウカくんさ」
シーフェは隠し部屋の中にいるトウカに視線を投げ掛け、寄せ集めの金属ガラクタを指差して一応の確認を取る。
「これが、宝箱に入ってたの?」
「はい、入ってました」
トウカは首を縦に振り、苦笑いを浮かべている。トウカの隣に移動しているセイルは奇異の視線で金属の塊を見て、やや後退りをしている。どうやら彼女が受け付けないフォルムをしているようだ。
「僕が宝箱を開けた時には、最初細長く曲がりくねった金属が出てただけでした。それを引っ張ったらいきなり宝箱が爆発して、辺り一面に煙が蔓延、煙が晴れるとこれがあったんですよ」
宝箱が爆発した際に破片が……、とトウカはその爆発で傷を負っていた二の腕を擦る。急に至近距離で爆発したので防ぎようが無かったのだ。ゴーストなので直ぐに傷は治ったが、今でも地味に痛みが走っている。
因みに、怪我は全身に負い、一番程度が酷かった箇所が二の腕であった。
宝箱は一種の不思議道具である。それは内包する物よりも小さくとも箱の形が変化する事も無く収納していると言う点だ。
どうしてダンジョンの宝箱にはそのような能力があるのかは分かっていないが、その御蔭で、見た目からは中に何が入っているのかが全く分からず、確認の為に開ける作業をほぼ必ずと言っていい程に行われる。
「因みにトウカくん。君、これ何かに使うの?」
「いえ、全く」
シーフェの質問に渋る様子も見せずに即返答する。
宝箱から出して、それを引き摺りながらわざわざ隠し部屋の前まで持ってきたのはあくまでシーフェに買取を行って貰おうとしたからであって、決してトウカの生活にこのガラクタ自体が必要不可欠だったからではない。
「なら、買い取らせて貰ってもいいかな?」
「いいですよ。と言うか、いいんですか? こんなのでも」
「いいのいいの。これはこれで役に立つし」
トウカは申し訳なさそうな顔をするが、シーフェは軽快な笑みを浮かべて金属のガラクタをばしばしと叩く。
確かに、これは普通ならば何の役にも立たない、正真正銘のガラクタだろう。
だが、これは金属なのだ。金属なので一度溶かせば土の精霊が武具や防具等を作る為の材料となるので、決して役立たずではなかった。
「と言う訳で、買い取りを終えたから代金を……って、トウカくんの場合はお金じゃなくて商品との交換に直結するんだけど」
シーフェは金属のガラクタから視線を外して、露店を開いている場所まで移動する。トウカもその後に続き、セイルも懸命についていく。
「あの、これは一体何でしょうか?」
セイルは目の前に敷かれた布の上に乱雑に並べられたあらゆるものに視線を向けながら、トウカに質問する。
「あぁ、これはシーフェさんの露店だよ」
「露店?」
「そう、露店」
セイルが露店とは一体どう言うものなのか? と質問をする前に、腕を組んだシーフェがトウカに尋ねてしまう。
「で、何が欲しいの?」
「そうですね、まずは時計ですかね」
「時計ね」
「はい。やっぱり時間が分からないと、生活リズムが崩れると言うか、乱れると言うか」
トウカはまず時計を所望した。こうも空が見えないと時間の感覚が可笑しくなってしまうので、せめて時計で時間を確認出来るようにしたいのだ。
「そうだね。こんなのがお勧めかな」
シーフェは布の上に置かれた首に下げるタイプの懐中時計を進める。その懐中時計は手に収まる程のサイズであり、時針、分針、秒針の三つの針が備わっているので、より正確な時間の確認が可能となっている。
「トウカくんはここで色々しているようだから、手元で時間を確かめたいだろう。これなら首からぶら下げるだけでいいから両手が自由になる」
「へぇ、懐中時計ですか。……けど、これ通らないと思うんですけど」
トウカはシーフェから受け取った懐中時計をまじまじと見て率直な感想を漏らす。懐中時計の首に通す紐は輪が小さく、トウカの首回りよりやや大きいだけで、とても首に提げられるようなものではなかった。
「あ、それは大丈夫」
しかし、シーフェは何でもないと言った風に飄々と説明に入る。
「その紐は伸縮自在だから、引っ張れば引っ張った分だけ伸びるんだ」
試にシーフェが懐中時計の紐を掴み、自分の方へと引っ張る。すると、抵抗する事も無くみょいんと伸びたではないか。それにトウカは目を見開き、隣にいたセイルは目が点となった。
「土の精霊がダンシャクグモの糸を紡いで作った特別性なんだよ」
「ダンシャクグモって、あの手のひらサイズのひげが生えたような顔をしている蜘蛛の事ですよね?」
セイルの言葉にトウカは自身の記憶を探って情報を引き出す。ダンシャクグモは畑によく住んでいる蜘蛛のモンスターだ。畑の害虫目掛けて糸を飛ばして捕食をするのでモンスターでありながら益虫として農家では大切にされている。
「そうそう。そのダンシャクグモの糸は弾性に富んでいてね、それを土の精霊が力を籠め、かつ特殊な製法で紡ぐとこのような伸縮自在な紐が完成するのさ」
「凄いですね、精霊って」
「でしょ」
見た事が無いが土の精霊へと尊敬の念を送っているトウカの隣にいるセイルは興味津々と言った感じで目を輝かせ、懐中時計の紐をみょいんみょいんと引っ張っている。
「セイルちゃんも欲しい?」
「え? あ、その……」
シーフェの言葉にぱっと懐中時計の紐から手を放したセイルはしどろもどろになりながらも視線を懐中時計の紐に集中させる。
「いいよいいよ。セイルちゃんの分もまけとくからさ。恐がらせちゃったし、怒らせちゃったからね」
そう言うとシーフェは同じ懐中時計をもう一つ掴み取り、それをセイルに手渡す。
「あ…………」
セイルはそんなシーフェの心遣いに胸を痛める。恐がったのは勝手に誤解したからであるし、怒ったのだって、自分に非があると今では思っている。
トウカを恐ろしい人間と同列に扱って欲しくない。だからと言って、あそこまで憤る必要はなかっただろう。それに、シーフェ自身もあくまで人間みたいだ、で止まっており、トウカを人間そのものとして見ていなかった。
なのに、だ。それでもセイルはシーフェに、トウカに謝るように強要させてしまった。冷静になってから振り返れば、何とも出過ぎた真似をしてしまったのか、と後悔している。
「申し訳ありません……」
セイルは目を伏せ、先程の謝罪強要の事も含めて頭を下げる。
「気にしない気にしない」
シーフェは柔らかく笑いながら手を左右に振り、視線をトウカの方へと戻す。
「で、他には何が欲しいの?」
早速懐中時計を首に提げているトウカは隣で頭を下げたままの状態のセイルに声を投げ掛ける。
「セイルさんは何が欲しい?」
「え? 私ですか?」
いきなりの事で、少々肩をびくつかせてしまったセイルはトウカに困惑の視線を投じる。
「うん。ほら、セイルさんはずっと一人で待ってたんですから、これぐらいの事はさせて下さいよ」
トウカは純粋に好意からセイルに問うている。セイルは胸が暖かくなる感覚に陥るが、それと同時にこれぐらいの事と自分をやや卑下にしたトウカに心を痛める。
「そうだね。トウカくんがいいって言うんだから、セイルちゃん欲しいのを言ってよ。大概の物はあるからさ」
シーフェはトウカに同乗し、セイルをやや急かす。
「本当に、よろしいんですか?」
セイルはトウカとシーフェに視線を向け、問い掛ける。
「いいですよ」
「うんうん」
二人はほぼ同時に口を開いて頷く。その様子にセイルは遠慮しようとしてた心を無意識のうちに閉じ込めた。
「……私は」
セイルは手にしたか懐中時計をぎゅっと握りしめながら、真っ直ぐとシーフェの目を見て欲しい物を口にする。
「トウカ様と共に探索出来るようになるものが欲しいです」
これは我儘であっただろうとセイルは思っていた。何せ、二人の間でなされていた物々交換はトウカが見付けて来たものとシーフェの商品とで行われていたのだ。そこに、関係の無い自分が割り込んできていい筈がない、と。あまつさえ、交換の権利を有しているトウカが許していたとしてもだ。
自分勝手であろうと、セイルはトウカと一緒に探索がしたかったのだ。
トウカの負担を減らしたいが為に、トウカの役に立ちたいが為に、自分が本来しなければいけない事をする為に。
そして、トウカの近くにいたいが為に。
「お願いします」
セイルは何かを堪えるような表情を一瞬だけ見せたが、直ぐに隠してシーフェに頭を下げて頼み込む。
「あたしは構わないけど」
そんなセイルの姿勢を見て、シーフェはそれとなくトウカに視線を向ける。
「……いいよね、トウカくん?」
「えっと、僕としては危険な目に遭わせたくないので、遠慮したいんですけど」
しかし、トウカはセイルが同行する事を渋った。それはセイルが厄介者だからではなく、彼女に怪我を負わせたくないからだ。
「う~~ん、トウカくんの言ってる事は正しいとは思うけど、セイルちゃんこんなに必死なんだよ? それでも君は駄目って言うの?」
シーフェはこの場でセイルの味方であった。例え怖がられたとは言え、怒られたとは言え、セイルがトウカと一緒にいたいと言う気持ちが痛い程伝わってきたのだ。同性として、その意思は尊重したいとシーフェの心をくすぐった。
「別に駄目と言ってないんですけど」
トウカは頭を下げているセイルを見て、歯切れ悪く口にする。
「遠慮イコール駄目って事じゃない」
「それは……そうですけど…………」
シーフェの抜け目のない突っ込みに、トウカは押し黙る。
「あのね、トウカくん」
トウカの頭をがっちりと掴んだシーフェはややトーンを低くした声で更に告げる。
「確かに探索は危険が伴うだろうけど、それでも、安全な場所でずっと一人で待っているのは耐えられない事なんだよ。セイルちゃんはね、トウカくんと一緒にいたいんだよ。何が何でも、ね」
「…………」
トウカはシーフェの言葉に黙ったまま、視線をセイルから天井へと移し、セイルが自分と一緒にいたい理由を考え、一つの結論を導く。
しかしそれは、履き違いをしており、セイルの思っている事の一部しか当て嵌まっていなかった。
セイルは人間ではなかったとは言え、シーフェが隠し部屋に入ってきた際に恐怖して身を縮こまらせていた。隠し部屋と言えども、完全に安全ではないと身を持って知ってしまったので、出来うる事なら安全の為に他の誰かと一緒にいたいと思っているのではないか、と。
トウカは、セイルが自分の役に立ちたい、負担を減らしたい等と思っている事に気が付いていない。
あくまでも、セイルは一人になるのが怖いから、自分と一緒にいたいと強く願うようになったのだと誤解する。トウカとて、心身共に無事な状態でセイルを家族の下へと届けたいと思っているので、不安の種は極力取り除こうとも思っている。
なので、トウカはセイルが探索に同伴する事を許可しようと考えを改めた。
「……分かりました。シーフェさん、セイルさんが欲しいものを用意してくれますか?」
ついに折れたトウカの言質に、セイルは顔を上げる。
「トウカ様、いいのですか?」
先程まで渋っていたので、信じられずについセイルは彼に訊き返してしまう。
「うん。セイルさんの為にね」
「ありがとうございますっ」
ぱっと表情を輝かせて礼を述べるセイルの笑みに、トウカは照れくささを感じてしまい、顔を赤らめて顔を逸らす。
「はいはい、トウカくんはちょっと退いててね。じゃあ、今用意出来るのはこれとこれだね。セイルちゃん、好きなの選んで」
シーフェは場所的に邪魔になっていたトウカを端に退け、布の上に置かれた該当商品を二つ指差し、セイルにどちらがいいかを尋ねる。
「……これが欲しいです」
暫し悩んだ末に、セイルは二つの商品の内の一つへと近付く。
彼女が選んだ物とは――――。