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ゴースト、フライパンを手に入れる。

 ダンジョン。

 世界に数十ヵ所点在するそこは夢とロマンを追い求める者が好んで潜る場所である。

 自然発生したとは到底思えない広がる迷宮を進み、地下深くへと潜っていく空間であるそこは、決して人間が造り上げたものではない。

 人が手を加えた形跡がないが、ダンジョン内には宝箱が存在し、中には財宝や武器の類いが内包されている。この宝箱は一度中身を取ると箱が消失し、同じ階層の何処かに別の宝箱が出現する摩訶不思議な仕様となっている。

 ダンジョンに潜る者は、日々宝箱を開けて中身を換金する生活を送っている。宝箱の財宝や武器は人が作るものよりも高性能であったり、希少価値のあるものである。

 故に、一山当てたい者はダンジョンで宝箱を捜し出し、その中身を地上へと持ち帰り、商人や貴族、はてはオークションで売り捌いて働かずに一生を過ごそうと夢見ていたりする者もいる。

 また、ダンジョンに出現するモンスターの類いもいい小遣い稼ぎとなる。地上にもモンスターは出現するが、地上のモンスターよりもダンジョンの低階層に出現するモンスターの方が同種でも弱い。

 つまり、モンスター相手の戦闘で死のリスクを極力軽減させながら、モンスターの肉、骨、毛皮等を手に入れ、それを売る事で金銭を得る事が出来る。しかも、地上よりも弱くとも素材の質は変わらないので正規の値段で売れる所も旨味がある。

 しかし、そんなダンジョンでも、決して甘い汁だけを啜れる空間ではない。

 宝箱の財宝や武器で高性能や希少価値のあるものは封入率が低く、神宝と呼ばれる売れば七代まで働かずとも暮らせると言われている財宝や、神器と呼ばれるとてつもない威力と能力を備えた武器の封入率は京分の一とも言われており、神宝や神器を手に入れた者はそれこそ歴史書に二人が記載されているだけだ。

 それらを狙わずとも苦も無く生活を送れる程の金を得る為には、宝箱の中身だけで賄うとしたら最低ランクの財宝と武器を百は手に入れなければならないので、運が無いとかなり骨を折る作業をする事となる。

 また、宝箱の中身には法則性があり、地下深くに行く程、ランクが上位のものが封入される確率が上がっていくと言うものだ。

 なので、より希少性の高いものを手に入れようとすれば、下の階層へと繋がる階段を見付けて下りた先で宝箱を見付ける方が効率的にはいい。

 しかし、それによりモンスターの強さが上がってしまうと言う回避しようのない難点がある。

 ダンジョンモンスターは地下五階を越えた辺りから、地上の同種モンスターと同等の強さを誇るようになり、地下十階層以降では完全に強弱関係が逆転する。

 つまり、希少な宝を追い求めるには、それ相応の危険を覚悟しなければならない事に庵る。

 また、ダンジョンには様々な罠が仕掛けられており、その範囲と個数はやはり下の階層へ行く毎に増していくので、モンスターとの遭遇以上に不意に発動させてしまう罠で命を落としてしまう者が多々いる。

 故に、ダンジョンの地下深くに挑む者は腕に覚えのある者と相場が決まっている。

 力弱きものは不相応の場所であるが、地下五階までの低階層ならば探索可能であり、細々とモンスターの素材や宝箱の中身を換金して生活している者が多数であるが、そこでダンジョンモンスターと戦い、モンスターの素材や手に入れた財宝で得た金銭で装備を整えたりして自らの力を高め、更に深い階層へと挑む者もいる。

 何が言いたいかと言えば、最初から力が強い者だけがダンジョンを行き来している訳ではないのだ。夢とロマンを追い求める者だけが行き来している訳でも無い。

 どうしても職が見つからない者、現職に嫌気が差した者、国に追われている者等、ダンジョンに潜る理由は十人十色であるが、ほぼ共通しているのは生活する為に必要な金を得る為である。

 それ以外の理由はやはり夢とロマンを追い求める者が持っていおり、神宝、神器を見付けて歴史に名を残す為であったりする。

 しかし、時には前述した理由以外でダンジョンに入る者もいる。

 いや、正確には迷い込む者もいる、か。

 ダンジョンは世界に数十ヶ所点在しているからこそ、未だに地図に記されていない発見されていないダンジョンも存在する。

 そう言ったダンジョンに知らず知らずのうちに入り込んでしまう者がいるのが現状だ。入り込んだ者が生きて出てくれば、そこにダンジョンがあると国に申し出て地図に記載される事になるが、もし入り込んだ先で死んでしまえば、そこにダンジョンがあると誰にも告げる事が出来ず、地図に載らぬままの状態を維持する事になる。

 さて、そんな地図に載っていないあるダンジョンの地下一階での事である。

「あだだだだだだだだだだだだだだだっ! 食い込んでるっ! 僕の足に歯が食い込んでるっ!」

 一体のゴーストが、トラバサミに足を食われている。

 幽霊モンスターであるゴーストだが、残念ながら実体が存在する為に罠にこうして引っ掛かってしまっている。

 いや、幽霊モンスターには物理的な影響を受け付けない特性を持っているのだが、それはクラスが上がる毎に増していくのだ。

 ゴーストは幽霊モンスターの中でも最下級のランクを誇っており、特性の効果も最底辺である。故に、普通に物理的な影響を受ける。

 このゴースト、実は元はダンジョンに迷い込んだ人間であった。

 トウカと言う名であり、歳は十五で少し離れた農村に住んでいた少年であり、山菜を採取する為に山へと入り、その過程でダンジョンの入口を見付け、そうとも知らずに中で茸でも見付けて持って帰ろうと思ってしまい、中へと入った。

 彼は入り込んだダンジョンで短い生を終え、どういう因果か生前の記憶を保持したままダンジョンモンスターであるゴーストとして新たな生を得た。

 トウカはダンジョンモンスターに襲われて為す術もなく肉体を引き裂かれ、血を流し、骨をしゃぶられ、内臓を食まれて死んだ……のではない。

 入って三十分、ダンジョンモンスターに遭遇はしなかったが運悪くトラバサミに足を取られ、体勢を崩して勢いよく倒れた先にとても固く角の立った壁に頭を強打して昇天してしまった次第である。

 そんな間抜けな――しかしダンジョンでは決して有り得なくない死に方をしたトウカはほんの三十秒前にゴーストとして生まれ変わった。生まれ変わった場所が最悪だったが。

 何故なら、生まれ落ちた場所にトラバサミが設置されており、移動しようとした瞬間にそれが作動して足に食いついてしまったのだ。

 彼の体は薄い水色をした半透明であり、上半身の形は生前と同じである。少々華奢な体躯であり、少々はねっけのある短髪にくりっとした眼、小さ目の口に鼻が保護欲をそそる小動物的な印象を与えてくる。

 そんなトウカの下半身は生前とは異なっている。言うなれば、これぞ幽霊と言うべき姿であり、足が存在しない。いや、存在するのだが足の関節はなく、指もない。一つだけ生えているそれは尾ひれの無い人魚に近い形状をしており、宙に浮いて足をひらひらとはためかせて移動する。

 空中浮遊が出来るのに、何故トラバサミに掛かっているのかと言う問いは、生まれ落ちた際に地面に俯せで倒れていたからである。そこから上体を起こし、辺りを見渡して移動しようと無意識に浮かぼうとした瞬間に足をトラバサミのセンサーに当ててしまい、ばっくりと食われてしまった次第である。

「何でこんな所にトラバサミがって僕の足が無くなってる!? いや一つになってる!? 着てた服は何処に行ったの!? それに体が青くて半透明なんですけど!?」

 そして、漸く自分がゴーストとして生まれ変わった事に、いや、自分の体の変化に気付くトウカである。まだ自分がゴーストに生まれ変わった事とは知らないでいる。

「一体僕の体に何が起きてるのか分からないけどいだだだだだだだだだだだだだっ!」

 パニックにはなっているが、それは自分の体の変化よりもトラバサミによる痛みで引き起こされている。トウカは一刻も早くトラバサミから逃れる為に上体を屈ませ、両手でトラバサミの左右の顎を掴み、力任せに開かせようとする。

「あだだだだだだだだだだだだっ! 手のひらにも食い込むっ! 指にも食い込むっ!」

 当然の帰結であった。しかし、トウカにとっての救いはいくらトラバサミが食い込んだとしても血が流れ出ない事だろう。

 最下級ランクであっても幽霊モンスターであるゴーストに血は通っていない。故にいくら傷つけられようとも血は流れず、失血死する心配は皆無である。が、いくら出血しないからと言っても痛みは普通に訪れるのだが。

「ふ・ん・ぬぅぅうううううううううううううううううううううううううううう!」

 目尻に透明な雫を溜め込み始めたトウカは手と足に食い込むトラバサミによって与えられる痛みを歯を食い縛って堪え、歯を噛み締めて力一杯トラバサミの顎を左右に引き、抜け出そうと試みる。もし血管が存在していれば額に浮き上がっていた事だろう。

 そんなトウカの試みは成功する。トラバサミが開き、足一つが抜け出せる程の隙間を作る事に成功したトウカは即座に足を引き抜き、両手をさっと引いてトラバサミからの脱出に成功する。

「よっしゃぁぁああああああああっ! 人間様を舐めんなぁぁああああああああああ!」

 左手を右腕を曲げて作った力こぶに当て、ダンジョン内に響き渡る程の大声を上げて脱出に喜ぶトウカ。そして意思の存在しないトラバサミ相手に勝ち誇るのであった。そしてもうトウカは人間ではなくゴーストなのだが、本人はまだ気付いていない。

 が、喜ぶのは早計であった。

「ってあららららららららららららららららら!?」

 抜け出した時に勢いを殺せず、トウカから見て後方へと空中を縦回転しながら突き進んでしまっている。ゴーストの移動方法は空中浮遊であるので、勢いをつけ過ぎれば制御を失ってしまう。

 ゴースト生が長い者であれば制御に慣れ、空中で縦回転するような事は無くなるが、生まれて間もないゴーストはまだ制御に不慣れで、少々の事でも縦回転が起きてしまう。

 いわゆる、空中縦回転移動はゴーストであれば生きていく上で避ける事も出来ずに誰もが通る道であるのだ。

「ぶっ!?」

 例に漏れずゴーストあるあるの事態に陥ったトウカは数十メートル程回転移動すると、頭を下にした状態で壁に顔面からぶつかり、そのまま重力に従って落ちた。

「ごっ!?」

 そして、トウカは頭を何か固い物の角にぶつけてしまい、暫しぶつけた箇所を両手で押さえて地面でのた打ち回る羽目になるのは傍から見れば間抜けで憐憫を誘う光景である。

「うぅ〜〜〜〜、何なんだよ、一体……」

 涙をぼろぼろと流す生後三分のゴーストであるトウカは自分の頭をぶつけた物体へと視線を向ける。それは無駄に凝った装飾が施された箱――所謂宝箱であった。

「……何、これ? 箱?」

 人間であった頃は今日この日までダンジョンに入った事は無く、宝箱なぞ見た事が無かったのでトウカが自分の頭をぶつけた箱が宝箱とは分からずに、涙目ながら首をひねり、両腕を組んで疑問符を空中でダンスさせる。

「…………………………とりあえず、開けてみよう」

 十秒程黙考したトウカは、家で自分の小物を入れていた箱に形状が酷似しているので開く事が出来るだろうと思い、中を確認しようと箱の蓋の脇を掴み、押し上げる。蓋を開け終えたトウカは恐る恐ると言った感じで中を覗き込む。

「…………ん?」

 中身を確認したトウカは眉根を寄せながらそれに手を伸ばし、掴んで箱から出して自分の眼前へと持っていく。

 金属で出来たそれは決して武器と呼べるものではなく、かと言って財宝と呼ばれる程に美麗なものでもない。しかし、トウカにとってそれはとても馴染みのあるものであった。

「……フライパン?」

 自宅の台所でよくトウカの母親が毎朝毎晩火の上で振るっているフライパンそのものであった。金属製の柄の先に付随している丸くてそれなりの深さだが、鍋よりは浅いそれは正にフライパンである。トウカはそれを掲げて底の部分を見たり、くるっと回してみたり軽く叩いてみたりする。

「何で、フライパンが入ってるんだ? って、何時の間にか箱消えてるし」

 ダンジョンの宝箱の仕組みも分からないトウカは更に疑問を積もらせ、頭がパンクしそうになる。

「……まぁ、いいや」

 パンクする前に考える事を放棄したトウカは入っていた宝箱が消失した為に中に戻す事も出来なくなったフライパンを持って空中浮遊して移動する事にした。

 だが、はたとトウカは動きを止める。

「……って」

 そして、一拍置く。

「だから僕の体に一体何が起きたんだぁぁああああああああああああああああ!?」

 浮遊していた事に気付き、そして自分の体の構造が変化してしまっている事を思い出したトウカは天井を仰ぎ、両手で頭を抱えて大音声で叫ぶのであった。



 この物語は、ゴーストとして生まれ変わった少年トウカが、フライパン片手にダンジョンで生活していく物語である。




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