突然の出来事
俺の名は・・・・いや、いい。今は名前なんて意味はない。
だが俺の思い出話を聞いて欲しい。
俺はいわゆる帰国子女って奴だ。
9歳までアメリカで移住して生活していた。
オヤジはいわゆる商社のサラリーマンで外国人スタッフだ。オフクロは日本人で同じ商社に勤めていたOLだ。
まあ、出来婚だから結婚しないとオヤジの体裁が悪いという面もあったんだろう。
そして、俺で生まれた。まあ、一応、戸籍は日本人にしてくれというじーちゃんの頼みを聞き入れて日本のじーちゃんの実家の地元の産婦人科で生んだそうだ。俺からすればアメリカで生まれてアメリカ人だろうが、日本で生まれて日本人だろうがどっちでもいい話だ。
そして生まれてすぐにオヤジの帰国に合わせて一家で移住することになった。
そんな俺はオヤジそっくりの青い眼と長い手足を持っていた。悪ガキだったが、犯罪には手を染めてはいない。もっとも喧嘩はそれなりの数こなしていた。もちろん素手だ。
銃もオヤジの方のじーちゃんの影響で何度も撃たせてもらった。いわゆる古風な西部開拓思想の持ち主で家族を護るのには銃が必要だ。そういう教育方針だった。だから小学校に上がってお祝いにもらったのは22口径のオートマチックハンドガンだった。
まずはコイツを使いこなしてみろという言葉を真に受けて、シューティングレンジで撃ちまくったものだ。
そうやって過ごしていたが、オヤジが交通事故死してしまった。どっかのマヌケが飲酒運転して突っ込んだそうだ。オフクロは仕方なく、日本への帰国を決めて、俺も仕方なく、日本に帰ってきた。
生活のための金はオヤジの保険金とそれなりの貯蓄していた遺産。裁判の結果、ぶんどることが出来た慰謝料でなんとかやっていけることになった。
日本の小学校ではかなり浮いていた。青い目の男、帰国子女。日本語よりも英語が得意、まあ、いじめてくるような奴はぶん殴ったが。
そんなこんなで俺も18歳になり、高校を卒業し、大学に通うために一人暮らしのためのアパートに部屋を借りた。
初めての一人暮らしだったが、そう不自由はなかった。
バイトもそれなりにこなし、勉学っていうレベルではないが、成績は中の下、英語関係はネイティブだから、テストになったら直ぐに問題の答えを書き込んで残りの試験時間をぼんやりすらしていた。
だが、俺にある日、一枚のカードとの出会いがあった。
ドナーカードというやつだ。そう、脳死したら移植していい場所を記すというアレだ。
季節は冬、大学の友人とカラオケで遊んでいたりして夜更しした翌日、それは襲ってきた。
冬の定番、インフルエンザってやつだ。そこで不意に目にとまったのはドナーカードだった。
俺は信仰心ってやつがあまりないらしく、せいぜい年末年始やクリスマスなどのイベント程度には参加しているという感じだった。
だから病院の受付にあったドナーカードを手に取ると、脳死段階でも移植していいということにしてサインしておいた。オヤジの交通事故死の影響もあったのだろうか。いつかは死ぬかもしれないとは思ってはいた。しかし・・・・まさか、そいつが役立つ時が来るとは思っていなかったが。
大学も2年目に入り、俺は20歳になった。ドナーカードは財布の中に運転免許と一緒に入れている。
今日は彼女とデートの日だ。学園祭の時に知り合い、意気投合して、メルアドを交換。そこから何度かデートをして、親しくなり、少し強引に誘ったが、彼女も興味あったらしく、数回目のデートの後にラブホテルで関係をもった。
処女だった彼女は痛がったから、童貞だった俺も可能な限り、優しく求めていった。
当然、まだ大学生なのに出来婚なんて冗談ではないので避妊はきちんと行った。
まあ、男の悲しい性というべきか、そのデートの後から、彼女ともっと親密な関係を持てないか、そんな邪な欲望を持っているのは否定しない。
夏の定番の蝉の声。梅雨の晴れ間というべき蒸し暑い中、俺はデパートなどの複合施設に近い駅で電車から降りた。
今日は残念というべきか普通のデートの予定だ。
彼女の親父さんはまだ会ったことはないが、厳しい人らしく、今日は何かの用事があるらしく、夜には帰るように言われているそうだ。
それでもデートは楽しいものだ。
今日の予定は彼女のお薦めの映画だ。話題のドラマの後日談という劇場版だ。
だが、それを見ることはもう出来なくなった。突然、地震が起きた。
デザインをメインに考えられた駅構内には三階から駅を見下ろせる吹き抜けがあった。
震度はかなり強いらしく天井にヒビが入り、天井に吊られていた外装のパネルが落ちてきた。
まずいと思い、逃げ込もうとした先は吹き抜けの先にある駅の改札だったが、間に合わなかった。
天井に吊られていた電車の到着を知らせる大型電光掲示板が外れ、俺に向かって落ちてきた。
落ちるそれの動きはスローモーションにみえる。しかし俺の身体もスローモーションにしか動けず、落下してくるそれを回避することは出来なかった。
掲示板は床に落ちた衝撃でバウンドし、逃げようと足掻いた俺の後頭部目掛けてぶつかってきた。
頭の骨は砕け、脳にも衝撃を与えてきた。
多くのみんなは頭を抱えて伏せながら天井のボードの破片を浴びる、ガラスの破片が刺さって大量の出血を喰らうなどで重傷程度で済んでいたようだが・・・。肝心の俺は無様に床に倒れたまま、頭から血を流し、動かそうとしても動かない身体に力を入れようとしていたが、それは無意味となっていった。
一切の力が身体に伝わらなかった。手、腕、足、立ち上がり、歩いて行きたい。そういう願うもそれは叶わなかった。目に映るのは頭から流れる地が床に広がる。そればかりだった。
辺りでは救急車を呼べとか、医者はいないか!とか騒いでいたが、血は止まらず、俺の意識も薄れてきた・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
震災から数日間、俺は昏睡状態だった・・・。ベッドの上で横たわり、身動き一つできず、心電図と人工呼吸器の作動音が部屋に規則的に聞こえても、一向に目覚めることはなかった。
何度か彼女も見舞いに来てくれたが、目は覚まさなかった。
そして何度目の見舞いの時に突然、脳波が低下していき、俺の脳波はフラットとなった。脳が死んだ。機能しなくなった。そう、俺は今、機械的な補助だけで生きているだけという状態となった。そしてドナーカードの意思に従い、2度の脳死判定と共に脳死と認められ、法的には死んだことになった。
そう、かつての名前はもはや関係ない。今の俺の名前はドナー、臓器を提供する存在だ。
彼女も泣いてくれたし、オフクロも辛そうに悲しんでいた。
親孝行ができなかったことと彼女と結婚とか出来なかったことは悲しいが、まあ、運命だ。死ぬときはいつだって死ぬ。
幼くして流行り病で死ぬものもいれば、暴君な癖に長生きな独裁者もいる。世界は不平等という意味では平等だ。チャンスという言葉は同時に失敗と成功を秘めている。成功するもの、失敗するもの。まさに不平等だ。そう言う意味では死はいつかは必ず訪れる唯一絶対の平等な理だろう。
脳死判定の結果はオフクロに伝えられ、その結果をオフクロは受け入れた。そしてドナーカードを見せられ、移植にも同意してくれた。
俺の身体はバラバラに切り取られた。角膜、心臓、肺、腎臓、肝臓・・・・使える臓器は全て取り出され、俺の肉体は空虚なものとなった。そして臓器は日本の各地へと運ばれていった。
そうそう、臓器にはかつての持ち主の個性や性格、技能が宿るという話を聞いたことはないかな?
臓器移植を受けた人間は性格が変わったり趣味を持ったりするという話だ。
もしかしたら、そういう話が俺の臓器で行われるかもしれない。そう思えば、俺の臓器を受け取った人は俺の生まれ変わりと言えるだろうか。
どんな人が受け取るのかは今の俺にはわからないし、オフクロにも分からない。個人情報保護というものだ。
移植コーディネータに問い合せても絶対答えてくれない情報だ。
ある意味、些細なきっかけで変身を遂げたと言えるかもしれない人々。何気なく手にとったドナーカード、そこに記した俺の名前、そして不意にやってきた俺の死。
人生とは如何に生きて、如何にして死んだか。それが人の生き様の価値を決めるのだろう。
そう言う意味では俺の死は数人の人を長く生きていくきっかけにはなった。
この先、どう生きるのかは、その人たちの運命次第だろう。願わくは幸多い人生であることを祈っておく。
そろそろ・・・お別れの時間だ。目の前に光り輝く扉と天使の姿が見えてきた。悪いが先にヴァルハラに行ってくる。運がよければ、数十年先。運が悪ければ明日にでも転生してくれるかな。
それまで気長に向こうで待っておくか、転生とやらの順番を待つことにしよう。
では、俺の思い出話に付き合ってくれた人たち、良い人生を過ごしてくれ。俺の分も一生懸命、悔いのないように。




