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八章 それは人災ですか?

 八章 それは人災ですか?


 人は死ぬべきだと言ったヒーローたちがいる。

 竜となった者達であるが、彼らはそろいもそろって人類のために殉教し、そして竜になってその思考を一変させる。

 それはなぜだろうと考えた者もいたが、結論がたやすく出るはずもない、それ以前に研究対象に対して干渉が出来ないのだから研究自体が頓挫している。


 わかっている事と言えば竜とは、人を殺すために存在する機構である。

 それは暫定的なものながら、彼らが人間の敵であり、一定以上の実力を持ったヒーロー以外は殺されるだけと言う事実は消えない。

 対話は不可能であり、殺すか殺されるか、それだけしか竜との間には存在しない。


 そして人類は竜を殺せず、たった一人の竜殺しもまた役に立たない。

 かろうじて均衡を保っているのは、その竜殺しのおかげといえばそうだが、先日の魔力炉暴走により岐阜近辺の情勢の悪化、さらには魔力の濃度が上がることにより、上位の複合現象災害の発生の懸念。

 着実に忍び寄る滅亡の足音は、前線にいるものなら誰でも感じている内容だろう。


「人類は滅亡するでしょうねそう遅くない内に」


 それをさらりと言い切る人類最強。

 一瞬で講堂内は冷たく染まって、誰もがあいた口がふさがらなかっただろう。人類滅亡宣言が、最も竜に近いはずのヒーローから吐き出されたのだ。

 基本的に彼女自体は人類に興味のないヒーローと言う、極めて非常識なヒーローの一人だ。


 質問とかそういう事じゃない。講義が始まるや否やの言葉であり、誰一人口を開く間もない事だった。

 それを聞いていた太陽は、さすがに驚いたのは目を丸くしている。

 結局全校生徒の前での講義となったのはいいが、楽しみにしていた生徒達の気勢を削ぐ一撃はまさに、電光石火の荒業であったのは間違いない。


 その電撃戦じみた攻撃に、ごくわずかの人間を残してあいた口がふさがらない状況だ。


 だが同時に太陽は、それでいいのかも知れないとも思う。暢気に竜殺しなどといっている状況はとっくに過ぎている。かつての教育体系をいまだに残している、和歌山だからこそ、実は現実とのギャップがあるのかもしれない。

 ここは仮にも人類の未来の砦の一つ。ここには魔力炉が存在しないせいもあり、災害の発生率は極めて稀、訓練用に災害を生成する場所がある程度だ。


 前線からあまり離れていない場所であると言うのに、あまりにも災害との接点が少ない。

 いっそ大陸のように常に災害にさらされていれば、話は別なのだろうが、竜に比べればそれも対処できる範囲である事を考えれば、日本と言う国は致命的な状況なのだろう。

 後のヒーローたちに容赦なく晒される現実は、彼らの危機感を煽り立てると同時に、竜に怯えたなどと揶揄されていた教師の言葉が事実である証明であった。


 彼はそれを気にしたこともなく、ただ彼女の講義をほかの教師たちと、同じ席で聞いている。

 事実の再確認に近いながら、災害で絶望する前に更なる絶望を、知っておくのもありかと、プラスの方向で考えていた。


「竜に勝てる存在は竜だけ、例外はあるけれど、あれは例外、存在する対竜演算さえも、装甲のリミッターを開放した自爆に過ぎない」


 私たちは近い未来に竜に殺される。

 人類は殺され尽くすのだ、竜だけじゃない災害によって、本来の現実はそこにある。

 どうあってもヒーローは竜に勝てない。では竜殺しは、そんな質問が出てくるかもしれないが、彼らにだってわかっている竜殺しを成し遂げたヒーローが、無事でいる筈がない。

 そんな事は当たり前の話なのだ。


 本来なら竜殺し自体が、竜になってもおかしくない。

 そういう戦いを生き残ったとしても、戦える体である可能性なんて僅かだ。そこまで幻想を見ることができるほど、白銀の言葉を聞いて、出来るほど愚かな生徒はさすがにいない。


 ただ途方もない現実は、終わりの距離の近さを漠然とした物から、確固たる物に変えてしまっている。

 だから生徒たちは、喋る事もできずに凍りついた。あえて生徒達に語らなかった事だが、他人に遠慮などしない性格をしている白銀が、そんな優しさがある筈もなく。

 言葉を聞いた、生徒たちは一様に顔を青くさせて俯いている、まさに葬式の後のような始末だ。


「今現在人類は竜に対してまともな対抗策がない。現状はそう言う事です。そして私や仙人などのヒーロー以外複合自然災害にすら対抗する術がないと言うのが現状です」


 まさに現場のお話と言うやつだ。

 聞きたくもない事実ばかりが、ずらずらと出てくる。だからこそ前世代のヒーローたちは破格だったと言えるだろう、彼らは少なくとも複合災害とは戦うことはできたのだ。

 現在はリミッターがかけられたせいもあるが、量は揃えられた物の質に関しては下がってしまっている。


 そもそもリミッターを解除されずに、上位の災害を殺せる戦力を持つ彼女や仙人がおかしいのだ。だからこそ彼女も何度か、リミッターを解除してくれと上層部に掛け合っているほど自体は切迫している。


「竜と戦えるのは私の本音を言わせてもらえるのなら、前世代のヒーローだけです」


 その事実を当たり前のように、彼女は当然のように絶望を繰り返し語る。

 英雄譚にさえならない災害との戦いではなく、人類が生み出して殺され続ける自業自得の名で語られる純粋培養の絶望譚を、ただそれだけを懇々と語る。


「ただそれは竜を増やすかもしれない。今以上の最悪があるかもしれない、結局現在進行形の緩やかな自殺を待つだけですね。はっきり言って、ここにいる全員がヒーローになったとしても竜を殺せる可能性は絶望的な程、ゼロに近いです」


 本来なら言い切りたいゼロの可能性を、たった一人の男がゼロとは言わせない。

 睨む様に一度、竜殺しに視線を合わせて外す。


「そして何より最悪なのは、これが全部自業自得と言うこと、知らないとはいえ魔力をあたりに撒き散らし、自分達が災害を作り上げてしまったこと、全部が全部自業自得で、どうしようもないほど今まで起きた事は人災と言うこと」


 こうやって人類が追い立てられているものひとえに人災。

 それをこうやって堂々と語るヒーローも珍しいが、これから彼女と同じ存在になる彼らにとって永劫の命題に変わるそれを彼女は今突きつけた。

 その上でヒーローになれるのかと、まだ未熟な精神を抱えた彼らにそれを問う。


 人類が救う価値のある存在かと、災害を生み出し、竜に変わり、ありとあらゆる生態系を破滅させたそれに、本当に救う価値があるのかと。


「さて、君達はそれに対してどういう結論を導き出すのか教えてほしい」


 こんなものは死にたくないからと言えばいい、それも一つの結論だ。

 本来なら出せるはずの結論、だがヒーローに変わる彼らは、それが出せずに終わる者たちが多い。

 なぜか、そういう教育を受け続けたからに過ぎない。

 ここにいる装甲の持ち主たちは、揃いも揃って人類の兵器製作工場の商品に過ぎないのだ。

 その製造過程で、彼らは人を守ると言うことが常識に変わってしまっている。


 常識は当たり前のように崩せるものじゃない、それはそれだけで世界となりえるほどに、強大な力だ。

 いまヒーローである彼女はこう聞いているのと同じなのだ。


 人を殺してはいけませんか?


 自己を考えて、相手を考えて、理性的に考えて、生物的に考えて、何より今までの人生を考えて、当然殺してもいいですなどと答える狂人はそうはいまい。

 彼女はそう言う事を彼らに問うている。今までの人生と言うものを連ねた結果である常識、それをたやすく返られるのならそんな物は常識とは言わない。


 ただしんと静まった講堂で、性格悪いなこいつと太陽だけが思ってけだるそうだ。

 太陽と白銀はどうにもその辺りだけは似たもの同士なので、無駄に通じ合っているのだろう、人間に対する幻想なんてさっさと捨てろと、ヒーローの卵たちに突きつけるのだ。


 それが出来なくてもどこかで折り合いをつける結論を出してみろと。


「ま、それは聞きたくもないんだけど。ただいまの結論だけは出しておいたほうがいい、魔力障害並みにヒーローの職業病だからね」


 どこかでヒーローの心を食いつぶす魔力障害よりも悲惨な病だ。

 だが竜はその現実を容赦なく突きつける化け物でもある。彼女が今やった行為は、ある意味では相当に強烈なショック療法だ。

 予防注射に近いが、いざ突きつけられるよりはましだろう。泥沼になる可能性を減らせる。


 最もそれ以前に欠陥品が出る可能性もあるが、竜殺しの寿命を知り彼女自身も手段を選ばなくなっているのだろう。

 心の潰れるヒーローなんて、これからの戦いに不要にしかならない。


 だが一瞬にして絶望的な空気が漂う中、一人の生徒が手を上げていた。

 常識を砕いたとか、そう言う事ではないのだろう。強く結んだ視線が酷く場違いに感じる。


「人が人を救うことに理由を求める事自体がおかしいのではないですか」


 そう当たり前の事と言い切った生徒は、自分の教え子だった。

 よく彼に授業をちゃんとしてくれと言っていた。竜殺しの教え子の中でも随分と優秀といわれているが、その思考を聞いたとき、ああこれはまた随分と酷いものだと笑ってしまいそうになった。


「人は人を救うなんて事はありえません」


 だと言うのにあっさりと出てくる言葉は、完全な否定。

 人類の献身者とさえ言われるヒーローの発言とは思えないだろう。だが彼女にとってそれはあまりにも奇跡の所業だ。

 彼にとっては絶望と言う名の所業よりも陰惨な悲劇だろう。

 希望以上に悲劇的な言葉はないと信仰している男だ。絶望と言う言葉のほうがまだ救われる、それを証明するようにたやすくヒーローは切り捨てた。


「ましてやただの破壊兵器に何が救えると言うのです」


 悲惨すぎる、そういってもいいだろう。

 彼らは何のためにヒーローと言われているのか、理不尽を打倒し人類を守る、だがその頂点に立つ存在はそのヒーローの意味すら否定する。


「人を救うつもりになっているだけ、どこまでも自己満足の心の補填。それに人間は自分を救うことも出来やしないんですよ」


 それは講義と言うには、あまりにも絶望的な内容。人は人を救えない、勝手に救われて、救われたと思い込む事しか出来ない。

 個人すら救えるなどというのは奇跡だ、奇跡どころが不可能という言葉を断言するためのその証明であると彼女は浪々と語り。


「そんな私達がいったい何を救うのか教えてほしいところです」


 ヒーローになる彼らの心を折る。

 なぜ彼女はここで彼らの未来を台無しにする事を考えたのだろう。それをわかっている男は男で、舟をこぎ始めているが、もうどうでもいい内容なのだろうか。

 ここまで彼女は追い詰める必要もなかったのではないかと、ほかの教師たちからの刺さる視線さえ無視して、容赦なく言葉連ねていった。


「私たちは、ただ死なないために必死になっているだけ。滅びないために足掻いているだけに過ぎない。人類なんて大層なお題目は、最低限自分を救えるようになってから言えばいい代物に過ぎません」


 地に付かない大層な理由なんて、人間が持ちえる大望ではない。

 自分達が英雄や、物語の主人公と勘違いでもしているのかと、その言葉には嘲笑さえも混じっている。

 

「でも、それでも」


 吐き出すように彼女は必死な声を上げる。

 泣き出しそうに潤んだ声は、多分その壊れた世界を取り繕うのと同じように、その常識が間違いではないと言い張りたいのだろう。

 それに彼女の願いは正しく、その願いは間違ったものではない。


 ただ人間には出来ないと否定しているだけの代物だ。


「それでも人は人を救えない。竜殺しだってそうだったんです、あの偉業を成し遂げた英雄でさえも」


 この世界の全てを否定するような言葉が放たれた。

 その瞬間、流石に空気も時間も人も何もかもが止まる。不可能を成し遂げたそれさえも出来なかったと、不可能成し遂げても出来ないことはあるのだ。


「あなたはいったいその姿を見て何を救うというのでしょうか。傑作であろうと失敗作であろうと、人は誰も救えず、思い込みが人を救ってると勘違いしているだけと」


 なによりも。


「人に救う価値があると本気で思っているのですかあなた達は」


 それこそが永遠の命題、ヒーローが抱える障害の苦しみの話。

 ここで起きたすべての事実、この世界で始まったその人類の終わり、そのすべてが自業自得であり、すべて繁栄の代償として払ってきた代価の結果。


「今まで起きた災害のすべては、結局人のせいと言うだけなのに」


 最強は呆れた様に語る。絶望を事実のように語る。

 誰かが口に出しても消されていた言葉が、ゆっくりと確実に響いて残る。


「確かに災害でしょう、人災って言うあまりにもくだらない。今世界で起きているのはその結果ですよ」


 彼女の言葉の結末は一つしかないのだ。

 誰もが止めたかった、一人を除いて止めたかった、それを聞いてしまえば、現実はあまりにも冷酷すぎる。

 本営や政府が用意した情報操作の結末は、これからの心を折ってしまうだろう。


「人が滅ぶのなんて人の所為、笑えますよねそれを必死に人類を守ると言って、原因を忘れ去っているのですから」


 その言葉に何一つの響きもなく。

 ただ彼らの心に染み付いてしまう。人に救う価値なんかないと言う事実を、目の前にいる最強ですらそれは変わらない。

 それに対してどこで折り合いつけられるか、それが彼らにとっての命題だ。卒業すれば否応無しに彼らは災害と戦うことになって、心が折れれば死ぬだけのこと、実力が足りなくても同じことだ。


 そんな空気をあえて作っておきながら、彼女は楽しげに笑って、


「さて、とりあえず言いたいことは言い終わりました。さて災害についての質問はあるでしょうか」


 場違いな言葉を発していた。

 通夜のような空気にしておきながら、すさまじいほどの明るく、まるで彼らの絶望が面白いと思うように。


 性格最悪のヒーローは絶望を突きつけ、質問ないかなー、ある人は手を上げてねーと、その空気の中楽しげな声を響かせていた。

 大笑いしそうな感情を抑えながら、もう一度奇跡の体現者を彼女は見てみるが、完全に寝入っているようで、ほかの教師が揺さぶって彼を起こそうとしている。


 誰一人手を上げられず、仕方ないので帰りますと、彼女が言うまでの約五分間。結局彼が目を覚ますことも、ヒーローの卵たちに心の傷が簡単に治ることも、一切なかった。

 後に生徒が彼に、白銀の言ったことは本当かと言う質問に対して。


「お前らそんなことも知らないのか」


 と、さらに生徒を絶望させたのだが、それは後日談のようなものだ。

 結局彼におきたことも、世界におきたことも総じて、人の責任であり知っていようが知るまいが、繁栄の代償がこれだったと言うだけの事。

 生きている人間はこの代償を払う以外の選択肢を持たない。

 死ねば払わず逃げることも可能かもしれないが、人はたやすく死にたくない。


 そんな人災で終わりつつある世界で、誰もが滅亡を肌で感じ始めたこの時代で、彼はあくびをしながら救えなかった過去を引きずり、失敗したままの人生を取り繕うように必死に頑張って生きている。

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