四章 彼女は竜なのですか?
四章 彼女は竜なのですか?
さて人類が起こした奇跡の場所についてのちょっとした解説だ。
とは言ったものの、日本という国の本州、関東なんて呼ばれてる場所だ。
そこは人類の屠殺場と呼ばれていた。
かつては首都とも呼ばれた場所だが、八十二種複合災害ヒヅミを殺したヒーロー、旧カルテットの一番槍である松下日並が、竜化する事によって悪夢始まった。
竜となったそれは、蹂躙を始め首都と呼ばれたものは、二時間でその機能を停止し、同時にその当時住んでいた人類の九割は殺戮されている。
その当時の話だが、一割の人間を救う為に最強と呼ばれ、唯一竜と対等の戦えるとされていたヒーロー、息吹の装甲を持つ山瀬春風とあらゆる反対を押し切ってイップスワンと呼ばれたヒーローが派遣された。
この作戦事態は成功することになるが、悪夢の様に竜がまた生まれることになる。
そんな場所だったのだここは、男にとっての絶望だけが詰まった地、敗残者達の跡地なのだ。
ここには叫び声があふれている、一瞬で死んだ人々じゃない。ただ大切なものを失ったヒーローの叫び声が響いている。
細胞を紐のように解かれながら悲鳴を上げる春風を救うべく、ただ彼にだけ許された拳を振るう、ただ彼女を救うと決意した残骸が、竜に蹂躙されつくす。
世界最強は竜によって地に伏した。
敗者はただ食われる運命を待つ、装甲を解除され、体を魔力に分解されながら紐のようにブチブチと体を紐のように解かれて食われる。
体をゆっくりと裂かれながら悲鳴を上げることさえ出来ない春風は、ただ苦悶の悲鳴を白目を剥きながら吐き出すしかない。
そこはきっと絶望の寸劇だ。
観客なんてきっと死にぞこなった人々、そしてこれから殺されるだけの人々だ。
彼らもやはり絶望を見て、彼女の姿に希望は無く、その彼女を救うべく竜に挑むヒーローはあまりにも無残だ。
ここが人類の屠殺場、夢を残骸と変える悪夢の場所だ。
しかしやられるばかりのヒーローは竜を殴りつける。
この奇跡を誰が喜ばないだろう。竜に攻撃出来たヒーローなんてこの当時彼ぐらいだったのだ。
最弱と呼ばれたヒーローは、その足掻き続ける悲鳴をやめることは無い。
その一撃が彼女の体の分解を停止させるが、それで安堵してしまった彼の下半身は容易く吹き飛ばされてあたりの臓物の欠片たちを撒き散らす。
痛みさえも吹き飛び、ただ体に極北の風流れてくる。そこにあったはずの何もかもがなくなったのだ、そのままべちゃりと地面に転がり、あたりが彼の動きとともに血に染まった。
竜、竜と何度も声を吐き出しながら、問答無用の体の生成を行い立ち上がる。流石にここまで容易く体の欠損をどうにかしてみせるとは、竜の考えからでも逸脱しているのだろう。
よくその生成の激痛に耐えることが出来ると、それ以上に竜である彼はこういうのだ。
よりにもよって人間らしいヒーローに、お前人間かと。
その返答は当たり障りがないと言えばそうだが、当たり前と言う程度の返しだ。そもそも彼がヒーローとして災害と立ち向かうのなら、最初から激痛への覚悟はしておくべきだった。
魔力によって臓器ごと捻じ曲げられるような痛みを常に抱えながら戦うのだ。
いまさら下半身が吹き飛ぶ如きの軽傷で、意識を失っていいようなら、彼はとっくに災害に殺されている。
これから後のヒーローを合わせた中でも特殊すぎる経歴を持つ彼は、臓物が吹き飛ぶ程度では死んではいられない。最弱と呼ばれながら、竜と対面し戦うことを、許されるヒーローは彼ぐらいだろう。
体中を魔力で、切り刻むようにして戦うヒーローは、痛みで退くことは決してない。
魔力ごと体を食われ、体を生成し立ち上がる事すら出来ない。そんな彼女を、守れるのは彼だけだろう。痛みで止まらぬなら確実に殺す必要がある事を竜は理解すると、六七演算と呼ばれる魔法を作り上げる。
ただし量が桁違いだ、彼と彼女を囲うようにして三百億と言う雨が降り注ぐ。ただそれが振るだけできっと地形は変わり、死にぞこないは死体に変わる。
雨はまるで暴風のように響くだけ、異常な弾速が地面をえぐり破壊する音よりも激しく響いていた。
だがいまさらその程度が彼を殺すはずも無い。
元々だがイップスワンは、ヒーロー史上における最高の演算能力者だ。
と言うよりもそうでもなければ、片腕だけのヒーローなど許されるはずも無い。
そんなヒーローが開発した防御演算の中に侵食演算と言うものがある。それは魔力によっておきた現象に対する絶対防御と言ってもいい代物だ。
演算奏者の力量しだいであるが、そこに居る男は仮にもヒーロー、救う為に存在する唯一つを守れないほどおろかではないはずだ。
彼女を抱え、竜の下に魔力の断絶された道を作り上げる。演算によってくみ上げられた攻撃は、現実に塗り替えられ現象さえも消えうせた。
だが竜の魔力は膨大だ。そして竜もまた彼と同クラスの演算能力を保有する。彼の作り上げた道を容赦なく蹂躙しようと、さらに高位の演算が組まれ、中和の限界を容易く超える。
それがまるで悲鳴のように空間に泣き叫ぶ、目には見えない何かが悲鳴を上げているのだろう容易く彼の鼓膜が弾けた。
激しかった音まるで何も無くなった様に静かになる。だが肌で感じるその感触は、絶命の恐怖を感じさせるに足る代物だ。
しかしそれで止まっては彼は本当に死ぬ。抱えた彼女にこの攻撃によるダメージを与えない為に必死で演算を組むが、自分まではどうにもならないかもしれない。
それは音による悪意だ。
鼓膜なんぞ容赦なくはじけとんでも仕方ない、それをどうにか圧殺の一つ手前で止めているのは彼だからこそだ。
走りよるヒーローは竜にひたすらに直進するしかない。竜を殴りつけてでも演算をやめさせなければ、彼女の体自体が危うい。
最速で最も読みやすい攻撃を仕掛けるしかないが、竜という反則の塊の防御の上からすら圧殺するような演算を作り上げるしかないと言う現実によって打ちのめされる。
その選択しかないからこそ、それにかけて失敗しろと言わているようなものだ。
だが結果は愉快なことだ、竜の体の半分が彼によって持っていかれた。魔力によって体を構成している竜にとって半身を吹き飛ばされた程度で死ぬことは無いが、そこに居る男がただのヒーローではないのはもう間違いない。
最速の一撃に搦め手を持ってくる。
あたりに拡散した魔力を竜が取り込む習性を、先ほどまで見せられ続けたのだ。その魔力すべてに伝播するように、猛毒の呪詛を魔力に侵食させて彼は離脱する。
このとき竜に呪詛が効果あると言う事実が証明され、いけにえの足止めが開発されることになるが、それは後の話。彼はまだ確証もなく、攻撃が止まりうめき始めた竜を観測していた。
この程度で止まるとは思っていないが、効果があるのなら離脱も可能だと言う判断なのだろう。
そして竜殺しもまた、その光明を既に彼は見出していた。
だがそれはおきることは無い。彼が竜を殺すのはこれからまだ先のことだ、だからこそ終わりは悲劇でなくては許されるはずも無い。
一つ、竜について語ることがある。
日本に現状で存在している竜は、死んだ竜である息吹を加えて、顎、爪、鱗、尾の四体。
その中でも最強と呼ばれているのが息吹であり、最も特別な竜と言う位置づけをされていた。
竜があらゆる生物と違う場所、本来獣達が備えることが無い象徴であり、特異性の具現たる証明である息吹と言う名。
その特異性の証明として息吹がなしたものは、大陸切断である。それは同時に竜の中ですら際立つ異常として移るだろう、息吹は竜でありながら人以外も殺したのだ。
そんな世界最強の竜はこの日生まれた。
「ごめんね、私を殺してくれとお願いしておくよ」
その遺言は、地獄の響き共に吐き出される。
さらに戦闘が繰り返されること三時間、彼はあと一歩まで竜を追い詰めていた、反則まがいの地獄を潜り抜け。
竜すらも恐怖の咆哮をあげて、奇跡は成ると誰もが核心を覚えるほどに、竜への剣は今ここに練磨の限界を果たそうとしていたのだ。
だがそれはなされない。なぜなら唯一つの救いが、彼を地獄に叩き落すからだ。
彼女の声が響いたのは、彼の四肢を破壊しつくし、さらには体中に鉄のくいを突き刺した後だ。最初に変貌があったのは、空気だろうか、次に竜、ある種の魔力の動きを竜は感じ取り嬉しそうに笑い始めた。
竜になったから何が変わると言うものではない。何もかもが変わるが、それは人の形をやめないのだ。変貌にだから人は気づかない、ただ現実と言う重みが容赦なくそれを圧殺する。
だが竜は、息吹と言う名の竜は、愛した彼に攻撃を加えたあと、顎の竜にまで攻撃を加えて吹き飛ばした。
彼によって追い詰められていた竜にとってその攻撃は、予想外だったのだろう。防御演算すらくみ上げることも無く、そのまま吹き飛ばされてどこかに消えた。
それから現れるまでに十年程度の時間をかけなければならなくなる。
だがそれで彼と彼女の物語は終わらない。
竜となった春風は、もがくように体を震わせ泣き出した。嫌だと悲鳴を上げている、助けて太陽と、だが声をいくら出そうと、例え彼に意識があったとしても。
彼女がさえぎった物理的な現状は何一つ変えられない。
はじけていた鼓膜は再生していても、何一つ彼女の言葉は彼を動かすことは無い。
居や彼は足掻いてはいた、だがそれだけではどうしようもないだけ。
竜に使う為に用意していた魔力は彼の生命維持さえもままならなくさせるほどのダメージを与えている。元々人の身で竜に挑んだ無茶だ、とっくに体は限界を迎えていた。
喉さえも震えてくれず声さえも響かない。
響いた言葉はまったく意味が無いのだ。それを乗り越えるべく必死になって、足掻くがどうにもならない。
彼女を救いたくて必死になったヒーローは何一つ成し遂げることが、出来ない現実だけを見るしかなかった。伸ばす手も無く、ただ彼女が竜に成り果てる事実を見続けるしかない。
この場所において、きっと救いと言う言葉は何よりも遠いのだろう。
助けてと言う言葉が意味を成さず、希望と言う言葉が絶望の所詮類似品である以上、人を想う心が彼と彼女を絶望的なまでの最悪に貶める。
そして竜が生まれた日。本州と呼ばれた日本最大の陸地は、東京より佐渡島を結ぶ直線上に吐き出される竜の息吹が本州を切り裂いた。
幅にして二キロ程度の距離だけなら数百キロの攻撃は、日本という地図の形を変えるだけの意味があり、そして上州と呼ばれる竜や災害の楽園が誕生することになる。
そして竜は姿を消す。同時に彼は捨てられたように投げ捨てられ、嗚咽が響く。
せめて無様でもいいから言葉をかけたかった彼にとって、それはきっと仕方の無いことだったのだろう。
「最悪の目覚めだ畜生」
そうやって悪夢から目覚めても、結局残ったのは竜殺しという汚名と、彼女との約束ぐらい。
嫌な汗とともに涙まで出ている。そのことに少しの間、悶えてしまう二十過ぎの男の癖に未練がましいことこの上ないと。
だが吹っ切るつもりは無い。
いつか彼女以外の人に恋愛感情を抱くのかさえ彼はわからない。
久しぶりに見た彼女の姿が泣き顔だったと言う悪夢の内容に少々不機嫌なのだが、最後の最後まで泣かせていた自分の始末としてはお似合いかと、思い返して自爆する。
「あいつは笑顔が最高だったって言うのに」
最悪だとつぶやく。
そして時間を確認、遅刻は確定していたが、生徒達にとってはいつもどおり。
遅れていたときは、何をしろという指示だけはきちんとしている。そういうところだけはキチンとしているが、そもそもキチンと起きて仕事に行くのは普通だ。
ふと携帯を除いてみると、生徒から二十件近い着信があるのに、少々困った表情をしてみるが、返答すればもっと怒られるので見なかった事にしようと思いつつ。
出勤の準備を行う。
どうやって言い訳しようと考えながら、どう言い訳してもあの生徒達が許してくれそうに無いので、また新しい演算を教えてやるかとつぶやいてみる。
それで許してもらえるなら幸いだ。
当然それで許してもらえるわけも無く、また生徒達に文句を言われてしまうのだろうが、自業自得。
そういう日常を彼は頑張って生きていた。