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二章 彼は英雄なのですか?

 さほど優れた話ではないが、かつて一度だけイップスワンと呼ばれたヒーローは、ブラウン管の前に姿を現れている。

 そのとき彼が話した言葉は、すべてカットされ役に立たなかったのだが、その記憶された媒体自体は今も残っている。


 災害を悪だという奴らは、それすべてが自分の生活の責任に過ぎないことを忘れすぎだ。

 ヒーローはその生活の尻拭いに過ぎない。

 いい加減に災害を悪というのはやめたほうがいい、災害で人が死ぬのは全て自業自得だ。

 今まで生活の恩恵を預かりながら、否定なんていう代物をするのは、いくらなんでもひどい怠慢だろう。


 そんな事をいいながらヒーローを俺はやってるわけだ。最弱とか罵られたり、不完全体と呼ばれたり。

 だが俺は別に人間の為にヒーローをやってるわけじゃない、惚れた女がヒーローをやってるからそいつを守るためにヒーローなんて馬鹿な真似に命をかけているんだ。


 俺は赤の他人のために、命をかけるような聖人じゃないからな。そういうのは他のヒーローに任せているんだよ。


 こんな問題発言をしていたヒーローは、後にその理由を自ら殺してしまう。それと同時に英雄と呼ばれるようになるのだが、それを知っているものは少ない。


「あーあいつら普通教師を追い掛け回すか」


 授業も終わり仕事もそれなりに終わらせた彼は、自宅のソファーに体をあずけならがぶつくさと文句を言っていた。

 あのあと授業が終わるまで彼は追いかけられ、それで上司に怒られたりしたのだ。

 だがあの変人どもを、こっちに回したあいつらにだけは言われたくないと、舌打ちをしながら出していた発泡酒をあおる。


 喉越しさわやかと銘打っていたそれは、値段相応の味を発揮しているが、疲れをとるような特殊効果はなく、アルコールの快感ではなく、それ以上の疲れをため息として吐き出させる。


 あれ以来彼はそれなりに生徒を実戦に吐き出していって、中には災害に殺された者たちもいる。血気にはやって竜と戦おうとして返り討ちにあった馬鹿もいた。


 少なくとも現状では、竜は手を出さなければ攻撃しては来ない。

 息吹がそもそもおかしかったのだ、自分に殺されるためだけに、ヒーローを皆殺しにするようなサイコ馬鹿だった。


 そんな女に惚れていたのが彼なのだが、あいつも言っていたが、女の趣味が悪いらしい。


「いまさら同感だよ」


 あの時は、同意しなかったが、いまさらになってそう思えてくる。

 当然のように、彼女の死は、彼にトラウマとして刻まれている。なによりあの時の戦いで、彼はヒーローとして死んでいる。

 

 かつて心臓に打ち込んだ無制限開放とされる初期の剣、現在の剣と違いリミッターすらついていない竜を呼ぶ魔剣といっても差し支えないだろう。

 しかしその分、今のヒーロー達よりも戦闘能力だけで言えば、上になってしまう。だがその竜という危険性から、初期の剣を持つヒーロー達は、尽く引退を迫られることなっている。

 時折ではあるが、対応不能の災害の時に前線に出るぐらいだ。


 不用意にその力を振るえば、新たな竜が出てくるかもしれない。そんなリスクは誰もごめんだ。

 そういったわけで竜殺しの彼も引退させられたわけだが、彼の場合は話が別で、これ以上の装甲起動は命を本当に削るのである。


 二十六にして体はボロボロで、竜殺し直後はそのまま死亡するんじゃないかとさえ言われていた。

 もう戦うことすら難しい体になっているのだ。


「しかし先輩達の抑止力か、あっちの馬鹿じゃないから、俺が使い物にならない事ぐらいわかってるくせに」


 胸を押さえてみる、そこには装甲の基点とな剣が打ち込まれている。心臓に根を張り一度植えつければ二度と抜き去ることが出来ないヒーローの証明。

 だが彼にとっては卑怯者の証明で、敗北の証でもあった。


「ま、次はどうしようもないか」


 気分がどんどん滅入って来るのを、酒で散らそうと考えてみるが、酒というのは、どうでもいい時には体を酩酊に誘う癖に、こういう時はきちんとしなさいとサドっ気を発揮してくれる。

 死ぬほどいらない気遣いだが、それでも考え続けるぐらいしか彼には出来なかった。


 そんな思考を散らしてくれたのは、電話が深夜に鳴り響いたおかげだろう。

 失礼極まりないと思いつつも、いまの思考迷宮状態の自分にとっては救いだった。

 けたたましく鳴り響く電子音の響きは、泥沼だった考えを忘れさせるほどにはうるさかった。


「太陽、久しぶりだな」

「明月先輩ですか、えーと七年ぶりでしたっけ」

「三日ぶりだろうが馬鹿、顎が現れた。あいつが成り果てた関東の旧首都で再確認だってよ」


 それを言って自分にどうしろというのだ。

 本格的にヒーロー最弱という名にふさわしい状況にまでなっているというのに、何が出来るというのか。


「頑張ってくださいとしかいえませんよ。流石にカルテットは俺の領分じゃなく、先輩の領分だ」

「せっかく息吹が撃退したはずの竜なんだぞ。お前にも思うところがあるかと思っただけさヒーロー」

「その所為で竜になったんですけどね。白銀が台無しになる可能性が少しまずいか、竜殺しのこつでも教えてやればいいんですか」


 死なずに殺せしかいえませんけど。

 それ以上に竜の思想に飲まれることの方が恐ろしいか、そう皮肉めいて笑った姿はぞっとするほど酷薄でそんな時思い出すのは彼女の言葉だ。


 いつかヒーローはあらゆる意味で竜に負けるのではないかと、そして新たな竜はいつか生まれてしまう。


「無駄なんじゃないかとは思いますけどね」

「息吹が言ってたんだったな。ヒーローはお前以外は全員、竜に引き連れられると」

「春風がですけど、そうですよ。竜とヒーローは表裏一体、あんな災害の地獄の中にいるんだ、そういう思考を持たない方がおかしい」


 目の前にいる災害は人間が生み出したという事実を彼らは常に正面に向けているのだ。

 人の所為で生み出された存在に、そのあまりの異常性に彼らはこう思ってしまうのだ。人は本当に救うべき価値があるのかと。


「否定できないが、そんな事を言う事でもないだろう」


 彼の言葉に反論して返された言葉は意外と辛らつだ。

 あくまで事実をのうのうと語るように、まるで朗読しているような錯覚さえ感じさせてしまう。

 それほど当たり前の様に、現実を語った。


「言っておきますけど、俺もあなたもその一人だ。ヒーローだった奴らが思わないわけがない、そして結論もとっくに出ている、あんなの救う価値もないってね」

「じゃあ何でお前はそっちにいるんだよ竜殺し」

「こっちの方が性にあってるだけ、こっちはこっちで、救いたい価値もありますからね」


 確かに救う価値はないかもしれないが、救いたい程度の価値がないわけでもない。

 彼にとってはそれで十分なのだろう。

 その言葉に驚いたのは明月だ。息を飲み込むようにして驚きを隠そうとするが、荒くなった声は押し込んだ驚きを隠せそうもなかった。


「一番人間を嫌ってそうな奴が言う台詞かそれ」

「いや別に嫌いじゃないですよ。それにね俺も先輩も人間でしょう、自分達の尻拭いをするだけで、そんな当たり前のことが出来ない奴にはなりたくないですからね」

「お前な、今の瞬間のヒーローが抱えていた一生の命題を終わらせたぞ」


 その疑問にあたって、ヒーローをやめた者達が確かに存在するというのに、人間嫌いになって隠匿したものもいるというのに、自分の尻拭いと言われれば、それは仕方のない話なのだろう。


「それに俺がヒーローになった動機はあいつだけですからね。最初から人間になんて何の期待もしていません。希望なんて抱くだけ無駄な絶望ですよ」

「またそれか、ヒーローは人に期待しすぎているって事か。ま、人体改造まで受けて守ろうとするやからばっかりだから当然か、真剣に考えすぎると」

「好きにすればいいとは思うんですが、みんな思いつめすぎるんですよ。自分がスーパーマンになったと勘違いしすぎです。人間が単純に力が強くなっただけ、その程度の話でなんで」


 幻想抱く意味がないんですよどちらも。

 自分も同じ存在なんですから。それに期待とか希望ってのは常に逆の言葉とワンセットであるべきなんです。

 じゃないと絶望が過ぎると、吐き捨ててその事自体を皮肉るように問いかける。


「そう思いませんか」


 後輩だったものはすごくひねくれている。

 昔もこんなもんだった気がするが、けれん味が出てきた所為か、無駄に威圧的で聞いている側の心臓に悪い。


「ま、いい、とりあえず伝えたぞ。あいつと話があるならどうにかしてやるからさっさと決めろよ。あとはそろそろ、色々ときな臭くなってきた、幹あたりがやばい気がするからお前も気をつけろよ」


 だがあえて問いを返さない。

 彼の言葉には思うところがあるのだ。そういう疑問を一言で解消することなどできるはずもない。


 これ以上彼とこんな会話をしていれば、自分自身の常識が揺らぎそうで恐ろしくさえ感じる。

 逃げるようにその話題を避けながら、気まずい感情を隠すこともなく声を上げた。


「あの人か、真面目なのはいいけど、それが過ぎると身を滅ぼすっていうのに。それを聞いても、俺にはどうにも出来ませんよ。あっちは俺が嫌いでどうしようもないでしょうし」

「そうか、わかったよ」

「それに竜のことなんて、口にしないでくださいよ。知ってるでしょう」


 俺はそれほど穏便でもないですしと、まるで挑発するように呟いた。

 今の言葉は聞けば聞くほど、気味の悪い言葉にさえ聞こえる。その体でまた竜に挑むつもりととらえられかねない一言だ。


 そうなれば竜殺しは間違いなく死ぬのだろう。

 だからこそ彼は一瞬で体が冷えつく。


「おいちょっとまて、今の言葉はどういうことだ」

「言葉のままの意味ですよ」


 奇跡は二度起こらない、二度起こせるなら三度起こせて必然に変えなくてはいけない。


 そしていま竜への抑止力である彼が死ぬことは、日本という国の終わりを意味している。

 合衆国や連合国が災害よって致命的なダメージを負ったように、竜が現れると言うのはそういうことだ。


 人をねじ伏せる現実の壁である竜、その災害唯一の壁はすでにぼろぼろで動けば壊れてしまうような代物だ。


 そのことを問いただそうと必死になるが彼は飄々としたもので。


「ま、そういう事なんで、会いませんよ竜には。それと白銀には言っておいてくださいよ、奴らと戦うなら、対竜演算だけはやめろってある程度ダメージを与えたら逃げろって」


 そうやって時間を稼いで戦力をつけるしか、人類が竜に勝つすべはない。


「一人で竜には勝てない。今は時間稼ぎのしか出来ません。理解しているとは思うけど一応お願いします災害対策本部長殿」


 ぷつんとそうやって彼の電話は途切れた。

 これからまたすぐに、かけなおされても困るので、線を抜いてかけ直され内容に注意する


 明日になったら家の前に良そうだがそれはそれ、いい加減にアルコールの奴が自己主張を始めてきて、まぶたが重くなってきていた。


「あー、あいつの所為で俺の人生ずたずただよ。死んだら意地でも来世で結ばれてやる。覚悟してろよ春風」


 ベッドに倒れこむと、そのまま意識が真っ黒に塗り替えられていく。

 眠い眠いと自己主張を重ねながら、指の動きさえ緩慢になって、意識に帳が落ちていった。


 竜に対する対抗策竜殺し。しかし彼は、ヒーローとしては役立たずで、もう一度戦えば死ぬのではないかと、いうほどボロボロなヒーローだった。

 いろんな考えを飲み込み、眠っている間に考えを吹き飛ばす。


 どうせやることなんて変わらない。

 いつものように、彼は頑張って生きていくのだ。

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