終章 彼はヒーローですか?
彼の死後、災害は急速に減っていく。
それは魔力炉が消えた事にもよるが、同時に新たな装甲が完成した事も理由にあった。
対竜演算 竜殺し を刻みし装甲が現れたおかげで、竜に対する恐怖が消え、完全にリミッターを解放して戦えるようになった事が起因となっている。
その装甲は太陽の心臓を使って作られたものだ。
死ぬ最後まで抗い続けた太陽の心臓だ。呪いなんて存在するわけがなく、その代わりに随分と適合率自体は低かったが、その代わりにヒーローとなった者たちにとっては、ある意味希望とも言えるものだった。
そして彼は祭り上げられる。
史上最強のヒーローとして、偉大なる英雄として、戦いを拒絶した英雄として、あらゆる聖人をもして語られ続ける殉職者へと変貌する。
それが彼の死後の使われ方だ。それは命を経して戦った者に対する侮辱ではあったが、同時に彼が好きにしてくれと願った形だ。
災害は一度十年をかけて駆逐される、どこかにあった戦火の種火が燃え上がり、戦争が始まった。ヒーロー達はそのかの場な戦力から、戦うことを拒絶し、国際機関としての変化を始めていた頃のことだ。
魔力災害救済連盟として、その初代事務総長は幹久治、副事務総長明月三谷、同職山瀬清音、彼らは泥沼化する前に鎮圧するべく抑止力としての力を使い戦争を止める事になるが、彼らの介入前に、また悪夢は蘇った。
竜の復活である。呪われた話だが、兵器として竜を復活させたのだ。
だが操れる訳もなく、あたりに災害をバラ撒き世界に名を広めた国は、竜によって滅ぼされることになる。
そして同時に龍は自壊するように滅んでしまう。
これは制御不能になった時の対策として、用意されていた装甲自体が粗悪品だった事もあるが、もう一つ原因が存在したからだ。それが太陽が命を削って戦った竜と同じくするもの、同時に竜王と名を与えられることになる存在だ。
大陸竜王ユーラシア、後に世界の半分を壊滅させる竜であり、人類をまた滅亡の危機へと貶める存在だ。
そしてこの発生から二年、大陸竜王ユーラシアはある二人の存在によって滅ぼされる。
日野坂、そして水野という女性だった。
英雄竜殺しに認められし、二人の存在が新たな絶望を食い破る事になる。そうやって彼の系譜が人類を救い続けた。
ヒーローは続いていく、絶望からあがき続けるために、絶望の絶望は最後まで存在し続けた。
合格の声が聞こえなくなるまで永遠に。
***
その時、太陽は血反吐を吐きながら目の前の存在の心臓に手を当てていた。
すべての攻撃をそらしながら、体中を穴だらけにしつつ。心臓を貫いた竜の一撃が、彼の生命の殆どを奪い去っているのにも関わらず。
彼はその日に竜殺しを成し遂げる。それは酷く緩慢な時間、楔に手を添えて、侵食演算が楔を消していく。
それと同時に、竜は災害としての力を失い始めた。
「よかった、これでみんなを殺さないで済む」
彼女は言う。魔力障害によって崩れ落ちる体を受け止めながら。
太陽はそれを止めようと必死になって演算を組んでいた。お前が死ぬなら俺も死ぬと、必死に声を上げていたと思う。
生成機関の一部を破壊したのだ。彼とてそれをどうにかすることは多分できないだろう。
だから自分の代わりにと、必死になって春風を救おうとしていた。
視界に染まるのはきっと何もない死にゆく彼女の姿だけ。
涙を流しながら喜ぶ彼女の姿だけ。
「本当に約束を守るんだから敵わない。だから大好きだったんだけど、そのうえでまだ救うなんて考えるんだ。この業突張りめ、それは無理だよ」
「無理じゃ、無理であるわけがないだろう。俺は演算なら誰にだって負けない」
「だってね、私は死んでるんだよ。竜になるっていうのは、そういう事なんだ。ただ綺麗なしたいが出来るだけ、なんの意味もないんだ」
だからこのまま死ぬしかないんだと、春風は困った顔をしてしまう。
そんなこと太陽は望んでいない。嫌だと首を横に振るだけだ、子供のような駄々をこねる太陽を抱きしめる春風は、自分だって嫌だといいそうになる。
だが変えられない事なのだ。今だって心臓は動いていない、ただ呪いの残滓が彼女の意識を保たせているだけ。
もう遅くない内に自分は死ぬだろうと、いやでも分かるから望まない。希望は所詮絶望と変わらないのだからと、恨めしそうに思う。
「だからさ、さっきみたいに格好良くしてよ。私の知ってる太陽は、そんなに弱くないんだ。どんな事があったって頑張る男だろう、私が知ってる最高のヒーローなんだから」
「俺は死ぬんだよここで、お前と喧嘩して勝てた事なんて一度もないのを知ってるだろう。そんなヤツと戦って勝てるわけがないだろう」
「嘘吐き、死なない方法だって知っているくせに、私を使えば死なない事を知ってる癖に」
心臓に対しての損傷、それをどうにかする方法は確かにある。
そしてそれをすれば助かることも太陽は知っていた。だが黙って、そんな事はしないと、首を横に振る。
「駄目だ、するんだよ。君はするしかない、諦めちゃいけない生きる事を太陽が諦めたら、ヒーローはどこにいるんだい。私じゃ足りない、先輩でも足りない、太陽だけだよ最後までヒーローを続けられるのは」
「ふざけるな、俺はお前だけのヒーローなんだぞ、他のヒーローじゃない」
「だからだよ。私のヒーローは、こんなことじゃ負けないんだ。どんな事にも負けない、なんにだって負けないヒーローなんだから」
なんて、なんて酷い言葉だ。
ここまで取り乱して叫んだ太陽はいない。そしてここまで泣き叫んだ太陽もここだけだ。
大切な言葉それは、彼にとっては、何より大切な記憶だ。
どれだけ続けても、春風の体は崩れていく。
足の末端から、異臭を放ちながら死の匂いは、太陽の鼻腔を刺激していた。
その事を恥ずかしそうに言う。
「お漏らしじゃないからね」
「分かってる」
「ほら私って、もう一年近くお風呂に入ってないから汚いくて」
「分かってる」
「言うなよ。そこはさフォローとかするべきだよ」
「分かってる」
消えていく重み、それは春風の命が消えていくのを、理解させられる。
そして分かっていた事を実行するしかなかった。死にゆく彼女の言った言葉、それは全て大切なものだ。
「分かってる。分かったから、頼むから強がるな、ワガママを言ってくれよ。わかってるだろう、俺がMだってだから悦ばせてくれよ」
なのに出てきた言葉は、なんと間抜けな言葉だったろうか。
いつの間にか泣き出していた春風、ヒクつく言葉を無視して喉を震わせながら太陽に向けてぎこちなく笑う。
この場になって、この男はなんてことを言うんだと。
抑えきれなくなった感情は、震えながら声になる。
笑い声のような泣き声が太陽の耳から消えなくなる。大切なものの言葉が、ただ響いていた。
「っ、っじゃあ、じゃあさ、終わりはキスで、それでずっと抱きしめてて、それにそれにさ、それにね、最後まで私のヒーローでいて、誰のヒーローでもなくて、私だけのヒーローで、お願いだから世界で一番格好の悪くて、格好のいいヒーローでいてください。
ほら、ほら、返事の代わりに接吻とか抱擁とか、全部全部」
「そんなドSだとは思わなかった」
「へっへへへへ、そんなドMだと信じているからね」
合わさるシルエットと唇、どんどん軽くなる彼女の二十一グラムの重みが消えるまで、二人はずっとそうし続けていた。
男の大切な物なんてこんな物だ、それだけのために彼は生きてきた。
ただ彼女がヒーローと言ってくれたから、最後の最後までヒーローであり続けた。残るその心臓ですら、新たな装甲として使われる事を願って残しこれからも、彼女のヒーローであり続けるために。
心臓だけを残して消えた春風、太陽はその心臓を楔に変えて心臓に突き刺した。
呪いと融合しながら、その重さも全てが大切なものだ。彼女がいる限り、太陽はヒーローであり続ける。
「酷い女王様だ、どうやって心臓が治ったって、俺も残された時間なんて」
そこで彼の言葉も切れる、もはや体は限界だった。
ただ残した演算だけで彼は、これからその状態を保ち続けることになる。
あの竜殺しの日までの十余年間、彼女のヒーローであり続ける男は、必死に生きて消えていった。
ただ約束を守りながら、最後の一瞬までヒーローのまま。




