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二十章 解答 はい、それが結局顛末です

 まだ存在する竜、自殺願望の塊でありながら人類をの最上位の呪い。絢爛たる人類史における最大の汚点になるであろう事は、間違いのないその存在は、もしかすると太陽の所為で兵器と変わるかもしれない存在だ。

 技術を上げればいつかはと、だがそれは後のヒーローに任せる事だ。

 ただ、ただ今は、現状を乗り越える事さえできれば構わない。これからだって人類に救いなんてない、竜が世界を滅ぼすんじゃない、人の所為で人が滅びるだけなのだ。これはその縮図、それに抗う者たちが、それが彼にとって唯一残せる何かなのだ。


 吼えるように演算が荒くなっていく。清流の如き彼の演算は、その膨大な魔力を御しながらあらゆる演算を組み立て続け、結果として奥を超えても足りない量の演算の誤差が、軋みを上げているのだろう。

 既に極色彩に染まりつつある世界、それは飽和現象なのだろう。本来なら発生した演算によってしか起きない代物なのだが、もはや制御する量も質も、どの竜すらも上回るものだ。龍を制して支配下に置き、人の技術を使い尽くす。


 もはやそれは、竜でもない、まして人でもない。

 だから彼はこうなっているのだが、なんとも世知辛い話だ。主語を抜いて語り続けるが、きっとこんな物だから彼らは怯えるのだ。

 自分達がこんな物だから、心臓の恐怖に負けてしまう。自分がそんな物だと、理解もしていない、だからなのだろう。


 呪い、何もかもが呪われているその生い立ちから、結末まで。

 彼らは呪いによって生まれ、呪いによって破滅するのか、いつか押し潰されるか。どちらかしかない存在だ。

 そして押し潰される決意をした彼らだけが、よりにもよってその渾名を受ける事になる。


 だがそう思われているのは現在ただ一人だけ。

 人類史上最上位に当たる大魔法使いの中でも、誰よりもその演算能力に優れた演算奏者である太陽だけ。

 なんと呪われた話だろうか、誰よりも呪いに抗う男だけが、そう呼ばれるのだ。分類としてではなく存在として、たしかにそう見えるかもしれない。

 いやそうとしか見えないのかもしれない。命を削り、己を削り、ついにはすべてを磨り減らすであろう太陽の様は、人類の殉職者と言っても過言ではないのだ。


 だがそう呼ばれる決意など何一つない。自分が出来る精一杯をしているだけに過ぎない。

 それを見る事が出来ないからこそ、誰もが彼の生き様を勘違いして賞賛する。そしてそれを恣意的にあるものたちが利用する。

 それが彼が残すこれからの未来に対する残滓、しかしそれを残せるのは僅かな存在だけだ。


 人間でもない、竜でもない、もうひとつの分類にいる彼らを人は英雄という。


 だが、なんでも言おう。

 人は人を救えない、そして人は元々救えない、ヒーローにあるのはエゴと独善だけ、決意と虚飾だけ、何度でもいい続けるしかないだろう。

 人は救えない、それはあらゆる意味で、誰一人救えない、そして存在自体が救えない。


 過去より未来、英雄と語られた者たちは所詮殺戮者だ。

 ヒーローは殺すだろう災害を、英雄は殺すだろう竜を、彼らの評価などただの殺戮者で十分だ。人はそんな物を賞賛する、まるで知性のあるに存在の思考ではないものを、偉業であろうがなんであろうが変わらない。


 所詮はそこにいる男だって人殺し。恋人を殺して竜殺しの賞賛を得た男だ。

 人は人を主観でしか見る事は出来ない。誰もがそんな人殺しを賞賛する、ヒーローであっても変わらない、お前たちも人殺しになれと拍手をする。

 それが人が望んだ英雄だ。

 お願いだから殺してください、そんな事を彼らは人に頼んでいる。


 こんな存在が救えるわけがない。だがそれでも救いたいと願う馬鹿がいる、だからこそ率先して殺すのだ。何度でも殺すのだ。どうあっても殺すのだ。

 それがヒーローの仕事だ。英雄の仕事だ。絶望になろうと変わらない、変わって欲しくもない、その事実を飲み込む事が出来ても変わらない。


 さあ、人類の皆さん声を上げて英雄にお願いしましょう。

 私達の代わりにいっぱい人を殺してくださいと、一生懸命にお願いしましょう。英雄に臨んだ事は、そういうモノだと自覚しましょう。

 所詮変わりません、殺人教唆も立派な人殺しです。


 なあ、英雄めんざいふをいっぱい用意するから、ひとごろしの代わりにいっぱい殺しておくれ。


 結局のところそれが本音に相違ない。

 こっちは殺したくないからお願いします。あなたはそれだけに特化した存在でしょうと、例えば戦国時代、口だけでその全てを治ることができたのなら、織田だろうと豊臣だろう徳川だろうと、ただの凡百にしかならない。

 それを自覚するべきだ。


 ただ暴力による、支配などはっきり言えば、どれもが知性の何たるかも理解できていない代物だ。

 これ自体は暴論だ、それが出来ないからこそ人は人であり、だからこそ救えない。

 最もだからこそ人は人らしいとも言える。そうでなければ意志等という言葉は浮かばない、人等とそれを呼ばない。

 なにより、今まで語った代物は、どうあっても禅問答の域を出ない理想論だ。出来ない事を声高く叫んでいるだけ、だが一度だけ考えてもらいたい。

 人を死地に追いやる意味を、人を鉄火場に投げ入れることを賞賛する意味を、それは他人に人殺しをさせる事にほかならない。覚えておくといい、人を戦場に出すとはつまり、人殺しを他人に強要する事実にほかならない事を、それはつまり自分も人殺しである事と、なんら変わらない事実だ。


 そんな事実を理解した上で、現状をなんと言うのだろう。

 その男の生き方なんてのは結局、そんな自業自得の事後処理だ。溜まった負債を晴らすのに最も都合がいい存在であるというだけ。

 ただ一人を現実というカンナで削り殺している状態を、こんな馬鹿らしい現状をなんと例えるのだろう。


 また一人を竜を殺し、のろいによってまた一つ失った男は、悲鳴のような声を上げながら地面に突っ伏す。刻まれる呪いの痕跡は、彼の首から下を喰らい尽くしていた。

 失う記憶と侵食する呪いに、もはや耐え切れぬのか、声を吐き出しながら血反吐をぶちまける。


 どこかで思う、人は死ぬべきだと。

 根絶させるに足る理由ばかりが存在すると。

 そしてお願いだから殺してくれと、一番浮かびたくない思考が浮かんで、奥歯を噛み締めるように現実に理性を引き戻す。

 ずれる感情の境界線に、間違いなく呪いが染み渡る。一体どれだけの記憶が削られたのか、痛覚さえもいつの間にか消え、その呪いの結果なのだろう視力さえ低下しているのが理解出来る。


 どれほどの補強を重ねても、視覚が消えるのは、それほど遅くないだろう。

 人としての感覚は、ほとんど全て消えつつある。そしてその思考さえも、呪いよりになっていくのが、誰よりも理解できていた。

 その決意さえも歪められる中で、竜はカッカッカと笑っている。その彼の無様が楽しいのか、それとも人類を最も殺すであろう竜の誕生が嬉しいのか、鱗は笑っていた。限界まであと一人、自分を殺したとて彼の限界はそこまで迫っている。


 間違いなく最後の一人を殺せば、彼は終わるだろう。そして呪いは確実に彼の思考を奪い去る。それはつまり史上における最悪の竜の誕生を意味している。

 竜王すら生ぬるい、大災害が目の前にある。だがそれに干渉する者はいなかった。本来なら呪詛を巻くはずの存在も、まだ距離してみれば百キロ以上離れた場所にいる。


 竜の戦いの余波を考えれば、これぐらいの事は妥当といえば妥当だ。

 平気で龍はそれを上回るのだから、だから現状を把握できていなくても仕方がないだろう。どれだけ映像があったとしても、太陽に起きている現象を正しく理解していたとしても、彼らに出来る事は何一つない。

 この領域にいられる者たちこそが、英雄として称えられるのだ。命を捨てる為ではなく、前に向いて歩ける者たちだけの領域、その場所で立ちすくむなら、ここにはたどり着けない。


「まて、まて、待て」


 しかし太陽は声を上げて立ち止まる、失う記憶は一体どれだけだ。覚えていたはずの顔は消え、生徒の声は忘れ、残っているのはもうただの春風という存在だけ。それだけは忘れたくないと、思い願う事の何が間違っているのか。

 だが彼は立ち止まる事は許されない、許されるはず等無いのに、動けなかった。


「嫌だ、それは、それだけは、これは俺の」


 大切なものだ、たったひとつ手放したくないものだ。

 その事に躊躇いが浮かぶことを誰が否定できるだろう。けれど、震えるように彼はまた瞳を竜に向ける、意思を竜に向ける、忘れる恐怖を思いながら彼は竜にまた立ち向かおうとする。


 なんでだよと、彼は呟いた。嫌がっても、諦めても、でも彼は動こうとする。

 理由はわかっていた、残っていた。そしてそれは太陽にとってはただ絶望に過ぎないのだ。


 それでも胸から押し出す声が、彼の諦めを許さない。

 恐怖さえも、絶望さえも、後悔さえも、何もかもが前に行けと彼を押し出す。絶対にそれだけはと太陽は嘆く、全てにおいて大切なことだから、彼という人格を作り上げる物だった。


 それでも、それを大切というのなら。


 その言葉は彼が絶望に負けることを許さない。どれだけの代償があったとしても、彼はその言葉を裏切れない。残るものなんて何もないのに、自分で彼は捨てるしかないのだ。

 分かっていても、失われるその声が、顔が、彼にとってどれだけ大切だったのか。


 踏み出す足は一歩一歩が、やけに静かに響く。

 歩き出すはずの一歩は、踏み出すたびに早く、早く、ただ走るようにいつの間にか駆け出す。 

 全ては彼の絶望につながると言うのに太陽は動くしかない。

 絶望するしかない、その声が嘘でない証明の為なら、彼は嘆くべきだ、叫ぶべきだ、絶望するべきだ、死ぬべきだ。


 だがそんな彼の態度に鱗の笑い声は消える。それは怒りにも似た絶叫、認めたくないのかもしれない。彼が踏み出せた事を、竜とは所詮負け犬だ呪いに負ける程度の心持ちだった存在に過ぎない。

 そんな存在だからこそ、呪いを与えられても人間で居続ける太陽が許せない。

 自分がこうなのだ、相手はもこうでなくては許せない。呪いの根源さえ、人に対する呪いだったのだ。


 太陽はその呪いに似ている。同じ魔力障害者であり、今も体を削られている存在。

 彼は諦めなかった最後まで、必死になって生きようとしている。何もかもがなくなるのを分かっていながら、必死になって走り出した。

 呪いは違う、お前たちも苦しめと呪った。よくもと恨んだ、そして太陽を妬んでいる。だが呪いはどれだけ呪っても太陽を殺せない。


 抗い続けるその存在に、置いてけぼりになった呪いが敵うはずがない。

 ただ彼を呪う事しか出来ない。自然と差し出された腕が、ただ憎悪を待とう鱗の心臓を吹き飛ばす、もはやそれしか呪いに許された行為はなかった。

 そして彼を呪う事しか出来ない。だがそれは、妬みを含んだ代物、彼の人としての最後の破片すら奪い去るものだ。


 縛られるように、太陽の動きは止まる。

 すべてが終わり、彼の全てが終わった。張り巡らされていた、線の全てが消え失せて、最後の大切な記憶も無くなり、ただ立ちすくむ太陽がいる。

 空白になった彼の全てに侵食するように呪いは現れ、彼を殺すようにすべてを奪うべく行動を開始した。


 それは仕方のない事だ。奪われるべくして彼は奪われる。

 だが忘れてはならない、大切なものは全て、彼の中にある。どれだけ竜になろうと、彼はヒーローなのだ。


 何度も問いかけてくれと思う。

 彼はヒーローですか? と、そして何度でも答えて見せようと思う。はいその通りですと。


 でなければ、太陽の人生の全てが無駄になる。彼はヒーローなのだ、ヒーローは死んだとしても諦めることを許されない。

 彼のバックアップとして残された最後の人としての一変が脳に全てをかけて一つの行動を実行させる。

 錆び付いたブリキのロボットを動かすように、太陽の腕が心臓に動いていき手を触れた。


 そして口がゆっくりと動く。震えるように大切なものに問いかけるように、口だけが動いた。


「春風、終わりにするぞ」


 鈴の音が響く、それはまるで歌うような、何かに答えるような音。

 その音に答えるように楔が割れて、地面に転がった。それが何を意味するのか、誰がわかるだろうか、ただ装甲は剥がされるべちゃりと太陽の体が溶け落ちた。

 ただ心臓だけがそこに転がって、鼓動をやめて地面を転がった。その心臓は、回収されるまでそこに転がり続けるだろう。


 ただ何もかもが一度終わる。絶望にあがいた男の結末は、ひどく不思議なものだった。

 最後に一度だけ失うことに恐怖した太陽は、何もなくなったはずなのに声を上げた。春風と大切だった人の名を呼んだ。

 それはまだ記憶が消えていなかったからなのかもしれない。けれど侵食した装甲は、太陽の記憶すら奪っていたのだ。


 だから名を呼べたのはきっと、たったひとつ残った何かなのだろう。

 ヒーローとしてではなく、それが人としての彼の死に様である。愛する人の名前を呼んで死ねた。

 それだけが太陽の人生において、最も正しい価値を示した言葉だ。


 ただ使われる道具のように生きた彼の人生に喝采が響く。

 彼の人生その終局には相応しい、ただ幸せなだけの声で幕は閉じた。

 

 


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