十九章 解答 それを彼の生徒が見たのなら
ひび割れるように響く魔力の輪転の音、ただ魔力を制御し無理矢理に、体の崩壊を止めている太陽は、それでもどうにもならない流血をすべての魔力で補う。同時に展開される、膨大な数の仮想演算は、ただ魔力を流すだけで、空間に何度も軋みを作り、歪みを展開させていく。
その全てが竜の息吹、なぜそれを使えるのだと呪い達は呻いた、決まっている。それがこの男の生きていく上での最大の絶望だったからだ。
「内緒だ内緒、お前らには教えてやらない」
最後まで彼はそういう言い続ける。
ひとつで大陸を切り裂く息吹は、反攻作戦で血反吐を吐いているヒーローたちに向けるわけにも行かない代物だ。狙う際には頭に地図を、標準を定めて吐き出す。
それだけで地図は塗り替えられるだろう、合計にして九つのその息吹は、日本という国を切り裂き、大気圏を突破する。
山が多いこの地域にあって、周りをくるりと見渡せば、ただそれだけで世界が変わる、発言しつつあった現象級の複合災害であってもなぎ払うその力は、息吹の竜を彷彿させても仕方ないだろう。
その程度の攻撃を受けるだけでは休眠で終わってしまうが、四匹は逃げ切れたようで、辞表以外のダメージはさほどない。強いて言うなら、現れつつあった災害が全て薙ぎ払われたぐらいだろう。
竜の戦いにおいて、災害等ものの数にはならない。
ただ吐き出す吐息ですべてが消える。これが竜王息吹だけに許された特権であった息吹の力、その破壊力とともにまだ余力を感じさせる最悪の竜は、限界を重ねてもまだ生きていた。
ただの演算行使で体を潰すような男だったのだ。いくら魔力で補強しようとも、竜の力は中途半端に人間である彼に、致命的なダメージを与え続けている。魔力障害の結果か、それとも竜化の結果か、彼の瞳は赤く染まり髪はゆっくりと白く染まる。
禿げ落ちていた以前と戦いと比べるなら、マシな症状ではあるが、体に異常をきたすようになれば、それがまして目に見えるレベルであるなら、人間の体は過酷なダメージを受けているのは間違いない。
その欠損を膨大な魔力で埋めているだけだが、こんな無茶がそう長く続くわけがない。
いくら魔力を無限に吐き出すといっても、完全な竜とは違い呪いによる補強すら入っていない人の体では、負担が違いすぎる。
心臓に電極を指して、常時電気ショックを浴びせている様な状況といえばわかるだろうか。そうやって無理やりに心臓に魔力を、引き出し続けるのは、本来そういう行為だ。
装甲はそのダメージに対する人形御供の意味合いもあるが、それがない彼は負担を体にかけるため血を吐き、痛みを叫ぶしかなかった。
しかしそんな状態にありながら、竜としての彼の潜在能力は、その理由の息吹を見ればわかる程度には高い。竜王と呼ばれた息吹ですらこうはいかなかっただろう、大魔法使いとしての演算能力の高さが、ここに来て最弱の謂れを切除する。
声が現れる、その能力から龍は名前を与えられる。竜王は龍にとって最も象徴的なドラゴンブレスから、だが太陽はそれとは違う。多頭、それが太陽の竜としての名である、首を分かち龍にありながら常に敵として存在し続ける、多頭の存在。
英雄に狩られるために存在する竜は、その大魔法使いとしての演算法と合わせてのちのそう語られる。
多頭と。
地を伏せ、ただ英雄に狩られる竜は、すべてを逃がさぬと二十キロ程度を囲う結界を作り上げる。それが岐阜に存在する暴走仕掛けていた魔力炉を食いつくし、発動させた一人の演算使いの最秘奥がひとつ、名を物質演算という。
それは全ての物質に即興で演算を刻み展開させる大演算の一つ。だがその結界は待機に存在するすべての物質に関して刻むものだ。太陽という演算能力があって初めて成立する、本来の使い方。
しかしながら、それは逃げるものを囲うものではない。
ただ戦いの余波を減らすものに過ぎないのだ。ただ九つの竜の息吹だけで、地形が変わる代物だ、ほかの攻撃でも当然のように山程度なら吹き飛ぶ。
他人を気にせず戦うには、それぐらいの事をしなければいけなかった。
背負う者がある身としては辛い話だ。
全力戦闘が持つのはあと何分か、自分の体の限界は、目の前だというのに、太陽ただ声を上げる。荒く吐き出す息は全て彼にとっての決意の証明。
口を開け、意思を作り、ただ最後の約束を果たそう。
それがどれほど無益なものでも、四匹の反撃はすべてが凄絶だ。毒を打ち込まれ、魔力を流し込まれ、体の限界を寿命の限界を押し付ける。
その中で彼の心臓をえぐり取ろうとする爪が、至近によってきたが、既に億を超えた仮想演算の一つがそれを感知し、侵食演算の展開された腕が一人目の竜を絶命させる。呪いと共に、吹き飛ばされた心臓は生きていた人間の命を消し去り、同時に魔力障害によって限界を向けていた体は全てと爛れ落ちて最後には蒸発して消え去る。
あまりに容易い竜の死、呪いの根源さえ断てば殺せる。
その間違いない事実を証明するように、太陽はたやすく旧ヒーロー及び東京都民を含める三千万人を殺戮してみせた竜は存在を消す。
それと同時だった、彼の装甲が右腕より侵食する。一瞬の増大は彼の右半身にまで至った。悲鳴じみた呻き声が、慚愧に耐えない声を溢れさせる。喉より痺れを切らすのは、絶望じみた後悔、這いよる自分に対して陵辱を繰り返す人間たちへの憎悪、それは間違いなく太陽が抱えたいた物の発露だ。
竜の呪いは容赦などない。彼は人として竜を倒したわけではないのだ。
同じ存在として、彼らを殺したに過ぎない。彼らは言い換えれば蠱毒の性質を持つ呪いの輩、なにより彼らの装甲全ては同じ呪いの上に成り立つものだ。
だからこそ、竜と言う呪いが彼に渡る。それはお前も同じだと告げている。だからこそ彼は死ぬのだ、いや死ぬ以外に彼が竜を辞める事等できない。
絶望を重ねるのは彼らの宿業、これが太陽の終焉燃え尽きた時には。きっと何も残りはしないそんな結末は、とうに分かっていた事だ。
だからこそ、呻き声を上げて彼は笑う。咽喉の何処かで、何かが引っ掛かったようなひっひっひという呼吸が、笑い声のように聞こえている。
「この程度か、俺一人相手に二人分で足りないか。どれだけあいつもこいつも意志薄弱なんだ。
ただの絶望だろうが、この程度の絶望だろうが、俺みたいな残骸一人に何も出来ないんだぞ、俺の生徒だって乗り越えてみせるこの程度、所詮絶望だろうが……」
俺たちは一体なんなんだと、吐き捨てるように呟く。
たった一人だけ、それに抗ってみせた竜がいた。だが、彼女もまた限界を迎えて太陽に殺されることを願った。
そんな顛末が、滋賀決戦。どれも、これも、ただ死ぬことばかりを考えた戦い。
自殺の道具にされている男は、ぎちりと不愉快を噛み締める。血の味ばかりする口から新鮮な地が溢れ出すが、気になる事もない。ただ、自分が道化のように思えてしまう、必死になって生きているその行為が、まるで馬鹿の所業にしか見えない。
復讐を果たしたなどと言う感慨など浮かぶわけもない。ここまで無駄な戦いをさせられて、自分の人生は終わるのだ。
歯痒さすら感じてしまう。
雨のように感じてしまう演算の砲撃でカラダを吹き飛ばされながら、思うのは呪いという名の存在に対する苛立ち。
彼とその存在の差だろう。似ていないその二つは、殺してくれと哀願する存在でしかないのだ。
そして次を殺そうと踏み出す、体の一部がさらに竜によって汚染されている為に、戦闘の効率が上がり、体の負荷が少々だが減衰しているが、それは彼が呪いにカラダを食われているという予兆にほかならない。
さらに精密になる演算の色彩は、山々に囲まれていた場所の全てを吹き飛ばす。清流飛騨川、馬瀬川はその存在を太陽が作り上げた演算の熱によって蒸発させ干上がらせ、水蒸気爆発によって地形は変わり、益田街道と呼ばれた道はもはや見る陰もない。
下呂温泉もその一つだろう。既に災害化している温泉地帯だが、その一体も全て含んで焦土とかしている。飛騨山脈の一部も既に飛騨平野とでも言ってるべき状態だ。
クレーター以外の凹凸が消えた場所で、三匹と一人は向かい合っていた。そこにいるすべてが笑っている、一人は不愉快に、賛美は喜悦に、そして憎んでいる、三匹は人を、一人は現状のくだらなさに。
死ねるという喜びを、竜はようやく噛み締めるように、近接用の演算を組み始めた。人の形から獣の様に形を変えていく。確かに効果的な演算だ、人間とは違いどこに心臓があるのかすらわからなくなる。
楔が肉の内に隠れれば、侵食演算を使いかつ直接干渉以外では破壊されないのだから、間違いなく有用な策ではあるが、一つだけ致命的な部分がある。変化に時間がかかりすぎることと、その間が無防備であること竜が連携を取れるならまだしも、彼らには思考はもう残っていない。
だから太陽が動けば、それで完結してしまう。瀑布の如き演算の攻撃だが、彼の体に負担をかける以外のダメージはない。太陽ももはや竜の一種だ、彼を殺すには心臓の楔を侵食演算による直接干渉か、時間による自滅を狙うしかない。
人としては間違いなく彼は終わってしまっただろう。だからこそ、踏み越えた先の一点を見逃さない。彼の体を食い破るように呪いはきっと、彼の体を喰らい尽くすだろうが、それでも躊躇い等持たない一歩は、異形と変貌する竜の楔を掴み、侵食演算による破壊を行う。
そしてまたひとりの龍が死んだ、生体演算の雄とされた尾の竜は、その崩れたカラダを地面に零しながら、世界から消えていく。ひどい異臭を感じながら、その匂いに過敏な反応をとることもない太陽。
一つだけこの時に分かったことがある。嗅覚が死んだと、それは呪いの侵食とともに人から逸脱していく様子なのだろう。そして目を瞑り開く、その時音が死んだ。
人の声さえ聞こえなくなっていく、世界の音さえ感じない。ごわつく何かの感覚が、振動だけを与えてくるが、もう彼には音は響いても届かない。骨振動によって響く筈の自分の声も、今は彼岸の彼方に消え去っている。
だから誰も聞かない声でつぶやく。自分にすら聞こえない音に、まるで誰かが答えてくれるかのように。
「ちょっとこれは寂しいな」
もはや自分の声さえどうだったか忘れていく。気付けば呪いの侵食は、激しさを増しているのだろう。両親の記憶が消えていた、それほど仲のいい関係ではなかったが、このまま行けばいつか大切な何かも奪われるだろう。
消えていく記憶は一体いくつだろうか。演算の記憶も奪われるのか、それとも何か別の記憶も、何より春風の記憶も、そうなったらどうなるのだろうと、考えてちょっとだが絶望を重ねる。
それでもいつものことだ、やることになんら変わりはない。
この発想は見習いたいところだが、困ったような素振りを見せないのは驚きではある。彼にとって何より大切なはずのその記憶にと、もしかしたらその部分すらそげ落ちているのかもしれない。
そして彼の体にさらに変容が起こる。感覚すら鈍った太陽は、体を食い破るように現れる装甲の発生に身を縮まらせる。そのあいだの攻撃など知ったことではない激痛が、現れてきたのだ。
先の侵食とはもはや別物、体ごと食い散らかす様な所業だった。
呪いの方も既に三人分、本来であるなら人が耐え切れる容量を遥かに超えている。抱えるには随分と思い量だが、それでも太陽は動くしかなかった。
この程度でと言おう。
こんなものが絶望であってはいけない、彼はそう思う。既に下半身までが呪いの犯されている。能力自体は上がっていくが、それに伴う代償は凄まじいの一言である。
それでも竜との戦いを彼は絶望とは言えなかった。こんなものは認めてはいけないと、ただ踏みつけるようにまた一歩を歩き、二歩目には駆け出す。どうあっても龍を殺すのであれば近接戦闘しかない。
負けるとは思わない、だが次の侵食がどこまで行くかと考えた時、少しだけ怖くなる。じわじわと自分を書き換える呪いは、ひどく気持ち悪い異物感を感じさせるが、今叫んだところで何かが変わるわけではない。
何よりその声は誰にも届かない。全く何時もの事だが、さらに演算に余裕が出来た太陽はさらに仮想演算を増やす、そして侵食演算を常時起動させる。一瞬の隙があれば食いつく、獣の様に、戦いを通じて戻っていく感覚に身を刻む。
なんとも困った戦い方だが、こう言う戦いがいつもだった。
その随分と血まみれの青春の日々に、ただ少しの感謝と郷愁を感じ、呪いの意思すら吐き出して、多頭と呼ばれる竜は自分を押し通す。
眼球を全て竜に向け、意識の全てを竜に向け、そうやって残ることもない最後の末端の決意までを、自身の破滅に向ける。
なに、彼にとっては何時もの事だ。自分の破滅なんてのは、それこそ日常茶飯事の自体に過ぎない。
ならこれまでも変わらない、これからも変わらない。
絶望の天敵は、絶望の絶望はここに確かに存在しているのだから。
鱗、顎、尾、爪、息吹、多頭
今更ですが、全てこの変換で見てもらうと嬉しいです。




