十八章 解答 はい、それ以外に考えられません
決戦予定地は岐阜の下呂市という場所だ。
理由は特にない、ただ彼がここでいいやと判断してヘリから降りただけだ。
知り合いたちとの別れも済まし、ただじっと戦いの時間を待つだけであった。
待つ事二時間程度だろうか、濃密な魔力を放つ存在が四体感じ取ることが出来た。もはや言うまでもなくそれが竜であるのは間違いない。
たった一人の竜に対する殺人権利を保有する存在。
竜王息吹を殺した化物であるヒーローに怯えるように、休眠状態であった竜すらも炙りだし、ただ一つの場所に呼び出す。
実際の話をしよう、たしかに鱗は優秀な司令塔だが、一つだけ疑問があった。
何故ほかの竜を使う事ができるのか。ずっと不思議だったのだ、所詮彼らはどうあっても災害であるのだと考えていた。
だが、彼らには理性があるのだ。まるで人間と同じように、一体一体に個性がある。
それこそ人間だ、だからこそ人殺しなどと太陽は揶揄したわけだが、そんな存在がただ鱗という存在に支持されただけで動くだろうかと、少しばかり悩む部分もあった。
それは生前の関係を考えれば当然だが、普段は敵対しているという話もある。ある程度の支配領域があるらしく、それを超えることを先ず竜達はせずに、沈黙を保っている。
彼らには人としての感性が残っているのにだ。
なのに、触れることもなく関わることもない。それなのに、狙ったように太陽の行動に関しては一律で動いている。
その意味が分からなかった。
「こりゃ仮説は確定か、どうにもおかしいと思ってた。なんであの人たちが、人を殺せるようになるのかと」
そもそもだ、疑問に思う者もいたと思う。
呪いによって作り上げられた心臓の楔、それはつまり人なのだ。だから疑問に思うことができる、では楔が何故災害化するのかと、不思議な話である。
確かに色々な細工はされているが、楔の全てはたったひとりの人間の心臓の系譜である。
たったひとりの人間を使った呪物。
それがヒーローの楔の本質であるのだ。
だからこそ彼は結論を下そうと思う。最も高かった可能性のそれは呪いだ、人類全てを呪うであろう、たったひとりの人間の呪いだ。
災害が生まれた日より始まる呪いなのだ。茨城臨海事件によって生まれた被害者、人類を呪うに足る悪意を持つ存在、死を許されず道具として使われ続けるたった一人の悪意。
大内杉乃ではない、それは八十三日間の地獄を味わい続けた、人類救済の呪いを作るヒーローの始端、彼の名前は篠原久は呪いの始原となる彼は、その際にまで己のすべて苦痛の原因である人類を呪ったのだ。
死ねと、お前らの所為で俺は、ただ都合のいい道具として殺されたのだと。
人を救う為、その詭弁はここに至って、ひとつの解決を見る。
つまり竜とは、こうなのかと、仮説だと思いたかった事実はここにあった。彼は嘘つきだ、誰に対しても本心を語らず平然と嘘をついてきた。
それはこの仮説があったからだ。なぜヒーローは誰もが同じように人類に絶望しているのだと、病気だといった、呪だといった、だがだ中には馬鹿みたいに信じた奴もいた。
白金はそういうヒーローだった。
だが彼女も諦めた、竜になったとたんだ。誰もがそうだった、信じていた事実から目を背けるように、なのに彼らは全てその望みを捨て去った。
なぜだろう、浮かぶ言葉の結論はこれだけだ。
「竜は人類が人類に捧げる悪意の呪いの災害化。つまり演算自体の変質、そしてヒーローの挫折病の根幹は、この呪いの付随効果か、体に人類に対する悪意を打ち込んでるんだ。そりゃ呪われるか」
笑える話だ、必死に生き延びようとした人類。だがその結論の為にあった道具は、人類を呪う悪意その物であった。
彼は常々言っていた事がある。それはこの仮説をもとにしたものであったが、だがここまで来ると悲惨の一言だ。この災害の始まる惨劇の始まりから現在に至る全ての地獄は、何もかもが人災であったと言う事にほかならない。
素晴らしきかな救い様のない人類、呪うべきかな人類、なんと哀れな存在だ人類。
誰かに問えば分かる事だ。だがなんと妥当な話だろうか、人類の全滅への可能性として最も現実的で、確実であるものを選べばわかる。
ただそれが現在進行形で起きているだけの事、人を滅ぼすのは確実に人間であるのは間違いない。
それが妥当なのだ。困った事にというか、当たり前のように、少なくとも現段階ですら人は人を滅ぼす事が出来るのだ。
この星の始まりから、ここまで狂った進化を遂げた化物はいない。
だがまさかそれがたった一人の人間の感情の残滓に過ぎないとは、竜という災害すら所詮は人の範疇から出るものではなく、分類上は所詮人災に過ぎない。
涙が出そうだった太陽は、自分が何度もエミュレートした最も可能性の高い仮説は、やはりそうだったのだろうと何故か確信してしまう。ある日突然の竜への変貌、ただ機能のように人類の殺戮を考える存在に変わるのだ。
そしてきっとだが、竜が竜に会う事が出来ないのは、きっとだが間違いなく、竜は竜と認識しないのだ、ただ人間と判断してしまう。
だからだったのだろう。眷属と呼ばれる存在が、結果的には竜に殺されるという内容も、眷属はただ心の折れたヒーローが、洗脳され自意識を失う道具になる現象のことを言う。だから使い捨てのように振る舞うのだと、そしてすべてが解きほぐされていく。
始端から終端までの結論すべてが人災で決着するこの悲劇。
もう一度だけ、生徒に問いただしたくなる。
「涙を通り越して笑いが出てくる。あいつらにもう一回聴きたくなる」
これでも抗えるかと、お前らの敵の意味はこれなんだと、酷く薄く笑いながらその事実を彼は認めるしかなかった。
だがもう決めたのなら、何一つ意味がない絶望だけだ。
何と因果な生き様なんだと思いながら、これ以外の生き方なんて、彼も彼女たちもこれから先考えられないだろう。
地べたを啜る絶望の因果は、人の馴れ初めと同じように、そして歩みと変わらず、死ぬまで続く。
抗えるのはどこまでだろうかと、自分の終端である竜を見ながら笑う。
「先輩、随分剣呑ですね。せっかく久しぶりのカルテットの出会いだというのに、今じゃこっちのほうがヒーロー歴が長いぐらいだ」
返される言葉もなく、四体の竜は走行を纏う。
その姿を俯瞰しながら、彼は呼吸をする。ただ大きく息を吸い吐くだけ、人を竜に変えるとされる装甲、それは人類の呪いだ。
だからひとは、ああなってしまったのだろう。ただ絶望を詰め込まれ、体を呪いに奪われ正規の機能を発揮してしまった。人が呪ったのは人で、ただその人が最後の望んだのは、ただ殺してくれだったのかもしれない、憎悪だったのかもしれないが、だが間違いなく呪いは人を殺す。
己をモルモットのように甚振った人類を、大義名分を掲げて自分を玩具にした人間を、ああ許されるわけがない、呪われるに足る、お前等の所為で俺はこうされるんだと、もう嫌だただ死ぬだけなのに何故殺してくれない。
ただ呪いを作り上げるために、自分をただ道具のように扱って。
だから竜の雄叫びが響く。それは旧高山本線、飛騨荻原駅近くにある既に打ち捨てられた町にただぼんやりと存在する諏訪神社より響く。
人間よ殺してやる、滅ぼしてやるという宣告。人類史上に残る核すら超越した人災の極地である竜は、声を上げる、悲鳴を上げる、殺してくれと嘆き叫ぶ。
己をたった一人殺せるであろう竜殺しに、自覚してしまえばするりと決着する内容だ。
この呪いとは、自分を殺せるものを探す呪いだ。そして殺せぬもをの恨む呪いだ。
だから仮説は成立する。
どいつもこいつも、たったひとりの人間を自殺の道具に使っているわけだ。
それはひどく腹立たしいことだった。太陽は生きている、血反吐をはこうと何が起きても、必死にただ絶望を前にしても、絶望の敵であると言い張るほどに、必死に生きていたのだ。
この呪いは奇しくも、彼と同じ重度魔力障害者の自殺願望とそれに伴う悪意だ。
それはつまり、もうひとりの太陽と言っても過言ではない。しかしそれを太陽は絶対に肯定しない、その生き方は彼自身が否定した代物だ。
弱かったから、竜と彼は違うのか、だからこそ彼は竜にはなれないのか。
だからこそ太陽は、装甲を纏えなかった。人としての心の在り方が、装甲の呪いを否定しつくし纏う事を拒絶させられた。それでも必要な力を手にするために、彼は動き続けるしかなかった。
しかしその努力がさらに装甲との適合率を下げる結果となる。
その生き様こそが、彼の努力を無駄にしていたといってもいいかもしれない。嫌だからこそ、白金の言葉を守れたのかもしれないが、今だからこそ彼は笑って言えるかもしれない。
何より染まりやすい白の色ではなく、最悪の適合率を刻んだがゆえの黒の色、それはきっと彼の精神が呪いにすら染まらなかった象徴なのだ。
だがその孤高の決意も今となっては何の意味があるだろうか。彼が勝てるはずがない、人類を呪う自殺因子は、それほどに弱くはない。
この戦いは資料として残される。竜殺しの切っ掛けを得るために、それは建前かもしれない、たったひとりの男の最後の戦いは、政治的利用をさせられるだろう。道具として使い潰されるのを承認した男だ、それぐらいの覚悟はある。
絶望はこの身に心に、大切なものは心臓に、それだけが彼の旅立ちの姿だ。それで荒野も砂漠も海だって超えてみせる。
「さて、とりあえず生きるための第一歩、死ぬだろうけど仕方ない」
イップスワン起動
竜を見ながら彼は呟く、黒鉄の腕がゆっくりと現れただそれだけで彼の口からは血が溢れ出した。
それはいつもの事だ、会話もしない先輩方は多分だが、長いあいだ呪いに晒され、人間としての思考は奪われているのだろうが、力は別だ、能力も別である。彼らは人の思考を持った呪い、ただ殺されることを望む自殺者だ。
ヒーローの戦いとはこんな物なのだ、いつもうまくいかない、納得ができない、何も解決できない、力が届かない、何一つ叶えられない。それはすべてが絶望に付随する代物、何もかもが上手く行く事がないヒーローの因果。
その道を断言しよう、全てが絶望だ。何一つ手に入らない、何一つとして満足の行く事など無い。ただ何かが残るだけだ、その絶望への歩みには、きっと何かが残るから、だがそれだけしか残らない。
唸り声を上げる魔力の駆動音、それは数えることすら無意味だ。
かつて百万超の複合災害と言うもはや神意とも言うべき、太平洋というのなの災害が存在した。人類それすら滅ぼしてみせたのだ、だが今回ばかりは勝手が違う、その全ての災害を無に帰した人災である竜。
その視界に浮かぶのは先程まで晴れていた筈の空一面に展開された、カルテットの複合演算そして大魔法である。それは現在のヒーローには存在しない、大魔法使いとしての側面を持つ旧ヒーローが操る固有演算、それを操り重ね、竜の威は展開される。
本来であるなら、クインテットとして作られた演算だが、今となってはなんの事もない。
ただそれは地獄の再現だと言われた、一つ一つが太陽の操る並列演算の上を行くというふざけた代物で、これを放たれればこの辺り一帯は一瞬にして更地に変わるだろう。
大陸すらも切り裂く存在たちだ、そしてその魔力によって災害が現れる。
だがもはや竜はその程度で終わるはずがない。その魔力だけではない、全て人類種の破壊のために存在する。
彼を殺すためにすべての手段を用いるのは明白だ。ただ魔力を流すだけで、あたりは災害へと変わろうとしている、そこにただ早いだけの演算が彼に向けて放たれていた。龍でなかったのなら、大した演算ではないがあいてはそれだ。
たやすく彼の足を吹き飛ばし、腕を散らせ、地面に縫い止めるぐらいのことはやってのける。戦線から離れていた所為もあり、勘が鈍っていたのもあるだろうが、彼自身ここまで簡単にやられるとは思っていなかった。
ただヒーローとして戦うだけでは足りない。そんな事は分かっていたが、座してあの演算を待つわけには行かない。
「やっぱり無理か、ここが死に時らしい。なら死んでもいい、なあそうだろう春風」
ならせめて太く生きようと、短い一生にただ歓喜の遠吠えを、響き放つのは暗雲たる空すらなぎ払うだけの猛りだ。
竜に告げよう、それは絶望だ、あらゆる絶望の中で最も光り輝く絶望だ。ただ当たり前に必死に生きるというその姿勢こそが、ただ眩く見えるヒーローという形。別に望んだものではないだろう、きっとそれは間違いない。
だが意識があったらなぜだと叫ぶだろう。
なんでお前だけと呪うだろう。
けれどこれが彼なのだ、エゴの限りを尽くして、ただ心に抱える一つだけで生き続ける絶望の天敵。
空を切り裂いた峻烈なる咆哮、それはどこかで見たことのある代物だ。一体どこでと問われれば、一つしか存在しないだろう。あの日だ、日本地図が書き換えられる事態となったあの日だ。
それはこう呼ばれた。
竜の息吹
すべての竜の頂点に立つ存在、竜王が放った代物だ。
複合演算の全てを吹き飛ばし、目の前で荒く息を吐きながら血まみれになっている男は、ただ煌々と目を光らせながら竜を睥睨する。
下によれと、その姿は黒い腕をした男に過ぎない。その傲慢とも思える態度の癖に、目に見える場所でちに濡れてない場所など存在しない。
血を纏いながら、その両目には理性すら見てとれた。溢れ出す瘴気がその事実を認めないとでも言うように黒く揺らめく。
彼はなんなのだと、空気が消える。呪いですら行動を辞める様な静寂は、少しのあいだ続いた。
この世界に対竜演算なんて存在しない。だと言うのに竜すら止める程のそれは変貌。
確かにそんなものは存在しない。だが竜に対抗する手段は存在するという話である。
それがこれだ、こんな方法しか存在しなかった。こんなどうしようもない方法しかなかったのだ。
竜化演算
この世界でただ一人だけの演算、彼という存在だけが成し遂げることの出来る
。竜と言う存在の制御、装甲への適合率が低かったからこそ可能とした演算。
そしてそれは、彼という人間の死が確定した時であった。




