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十七章 解答 重病です


 時間は刻一刻と過ぎていく。あいだに話すことなどなく、ただ独房で本を読むだけ時間であった。だがその始まりは近づいていく。


 だが、その前に言っておく事があるだろう、死にゆく者の事についてだ。

 魔力とは本来体を害するような代物ではなかった。

 それは間違いない事実だ。その幻想が消えたのは、何時だっただろうか。ただあまりに過剰の濃度を受けると良薬だって劇薬なるのと同じだろう。

 だからこそ人は、魔力炉を作り上げた。実際には臨海した程度では、まだ魔力障害も軽度なものだ。しかしながら地脈との利用の所為で、龍穴に存在する魔力炉は膨大な量の魔力を噴出し、現在に至っている。


 軽度であっても戦うことが困難になる恐れもある代物で、軽度以上であれば間違いなく死を覚悟する障害だ。

 だと言うのに既に何年屍は生きているのだろうか。


 むしろどうやって生きているのだろうかと考えるべきなのだろうか。


 結論はむしろ出さないほうがいいのだろう。

 竜殺しの男は、いつもそうだ。何かに裏切られ、それでも何故か飄々としている様にすら見えるが、彼は全てを奪われた負け犬であることは事実だ。発狂して自殺するぐらい地獄に立っているはずなのだ。

 押し寄せる死の事実もそうだ、崩れる体も、何もかもが生きている理由が分からない。死んでしまえば楽になれる、誰だってそうだ、激痛に悶え苦しむことも、大事なものを奪った事実も、全ては死を選ぶには足る内容である。


 目の前にある絶望は、全て死で決着出来るものだ。

 安易だと言うだろうか、だが死ねば楽になる、苦しみたくはない、最後の一歩を踏み越える事が出来る権利を得ても、それはやはり生きていた。

 約束だった、決意だった、そんなものを並べても、疑問は沸くのだ何故この男は生きていたのだろうかと。


 その結論をもしかして出したのは、彼の生徒だったのかもしれない。

 必死に生きる事は、とても、とても辛いことなのだ。何もかも楽な方に逃げた方が、絶対に楽なのは間違いない。

 しかし彼は辛い方を選んでいた。狂っていると言われても仕方ない、死の淵で生きている癖に、鼻歌交じりにそこを歩いていくのだ。


 きっとそれが絶望であるという事なのだろう。

 抗うという事は、諦めないという事だ。絶望と付き合い続ける生き様は、彼にとっては後悔のない生き方というやつなのだろう。


「その上で聞きたいんだ太陽。生きることは辛くないのか」

「辛くない生き方なんて無いだろう。それも含めて生きるって事だ」


 自分を利用し尽くす男に、どうしても聞きたくなった。

 当たり前のように言う言葉は、随分と楽しげに聞こえたが、今から死ぬと言うのになんでそんなに余裕があるのかと、問いただしたくなるが、太陽はいつもの調子で内緒というだけだろう。

 歩くのにすら力を使いたくないのか、車椅子での出陣という格好のつかないものであるが、本人は楽しげですらあった。


「私を恨んでいるか」

「別に、恨んでいる奴はいるが、そいつも死んでるしな」


 今更特にと、頭を書くぐらいだ。

 何故かそれが酷く悔しい、好き放題してくれと、別に何もかもがどうでもいいと言っているような行動は、罪悪感を感じる身としてはどうしていいか分からなくなる。

 自分の悩みは、さほどの意味もないと言っているような態度は、流石に不愉快に感じても仕方ないだろうが、反論してもなんの意味もないことが分かっているから、余計に悔しく感じてしまう。


「別に恨む必要もないだろう。俺は外聞を気にする男じゃない、自分の事しか考えてないんだ。好きにしてくれ、大切なものは全部持っているからきにすんな」

「そう言うが、いやそれでいいなら別に構わない。恨んでくれた方が、こっちの気が楽なだけだ」

「そうやってやすい方に逃げてると、後悔するのはそっちだ。先輩なら先輩らしくしてくれ」


 意外とまともな事を言う太陽だが、その心の内では眠い程度の考えだった。

 それと同じく、終わりかと、不思議な安堵に包まれていた。

 だがアンドの意味はわかっている。自分はようやく死ねるのだと言う自覚の所為だろうが、流石に疲れているのか否定はしない。


「それにまだ死んだと決まったわけでもない」 


 それにまだこの男は、生きていく事を模索しようと考えているのだから、ここまで来ると一種の装置のようにすら感じてしまう。

 何を言っているのだと目を向く男の感情は仕方のない物だ。本人ですら死ぬと理解しているこの場で、語るのは更なる生への執着なのだ。神経ごと口でも縫い止められたか、声が出せなかった。


「いいだろう、生きる事をやめたら、それこそ何のために生きてるのか分からない」


 その表情を見て困ったように笑う。

 死の際に立とうとも、彼はこうだからこそ抗えているのだろう。最後まで立ち上がる意思は、孤高の決意でもある、ただ月面に立つ人の様に、何もかもが己を傷つける場所だ。

 そこに立って笑う事こそ、絶望という決意にきっとう相違はないだろう。


「そこで死ぬためでしょう」


 となりの独房から響いた声に彼は苦笑した。

 どうにも知り合う女性と言うのは、アクが強くて困ると、そう思いながら今までの過去が頭にすぎるように流れたが、一番アクが強いのはアレだったと、さらに苦笑する。


「いいだろう別に、人は死ぬ為に生きているのかもしれないが、その間際まで生きてるんだぞ、そこまで必死に生を模索するしかないだろうが、潰されんなよヒーロー」

「私が潰されるのは、竜になる時だけですよ。それ以外で、潰れる必要性を感じません」

「そうか、それならいい、じゃあ少しばかり後輩いびりばかりする先輩たちにあってくる。一人は殴る潰してやるけどな」


 彼女は太陽とも違うたぐいのヒーローだ。多分ただの仕事としか思っていない。

 使命や意志など必要ない、必要な給金さえ払って貰えればきっと何も文句を言わない。職業ヒーローとでも言うのだろうか、だがこう言う存在がいるのなら、きっとあとは任せられる。

 きっと彼女も最後には潰れるだろう。絶望はそれ程やすくない、行くかは必ず来るだろうが、それでもあとは続くと思った。


「一人ですか、冗談をあなたは全員を呪詛の封印なんか考えてない。必ず竜いえ人を殺すでしょう」


 滑稽だとでも言うように、彼の言葉を否定する。

 確信じみた断言は、これからの未来の一つを疑いもしない。


「どうだろうね、決意と事実は違うものだぞ。だが辞める理由にはならないな」

「ほら、何にも変わらない。ヒーローを代表して、最後にもう一度だけ聞いておきますよ、あなたはなぜ諦めない」


 しつこい言葉だ、何度言われただろうか。

 それは無理だ、諦めた方がいい。何度も聞かされた、そしてその全てが嘘であったことを世界に認めさせ続けた。


「別にいいか、前向いて歩いてたらそうなった」

「はあ、なんですそれは」

「それだけだ、先輩っさと行こう。あのアホも解除するんだろう、これ以上は時間の無駄だ」


 だからそれを呼吸のように繰り返すだけだ。

 確かに彼は一人だった、きっとそれは間違いない事実で、誰もそれを肯定する事しか出来ないだろう。

 車椅子で連れて行かれる人生のどこがと、周りが思っても彼だけは満足そうだ。


 後悔などない、有るのはただ全て心の中に、それだけで彼は生きている。

 ただ必死に生きている。


***


 同性愛者疑惑が広がる和歌山県某所、お似合いだよとフォローしてくれる友人たちばかりで軽く殺意が芽生えている日野坂は、頭を抱えながら廊下を足早に歩いていた。

 ごめんと頭を下げる友人は、一度悩みを抜ければ強いもので、十月十日もすれば噂なんてなくなるよと笑っていたが、それは妊娠だと言ってやりたいのを抑えて、早三ヶ月が過ぎていた。


 取り敢えず人の噂の一応の消失点である七十五日付近まで来たが、噂が消えたという情報はなく、男子生徒からは応援していると言われ、女子生徒からはやっぱりねと言われている状況だ。

 あのお気楽な友人、いや同輩というべきなのだろうか、もしかすると近いのは同類なのかもしれないが、なんにせよ彼女の言っていた十月十日が正解に近いのかもしれない。


 それはそれとして、今日は彼女の気も少しだけ昂ぶっている。

 なにしろ竜の封印と、首都奪還と言うよりは災害地域への橋頭堡の確保を主体とした。

 ここ十年では間違いなく最大の反攻作戦が開始されようとしていたのだ。だがそんな事は知っていたし、寧ろ彼女の感覚からすれば、恩師の一人を生贄に使う非人道的な作戦に過ぎないが、それしかないのだろう今のヒーローたちに残された作戦は。


 竜も限界、竜殺しも限界、だからこそ両方つを使って最大限の戦果を上げる必要がある。

 ここで竜を封じなければと、きっと反乱を企てた者たちは思ったのだろう。その犠牲となる男は、反乱の首謀者にされ仕方のないことなのだと、世間に植え付けた。

 だからこれを失敗すればきっと太陽は、英雄ではなく裏切り者に変わり、人類史上に汚名だけを残すことになるのだろう。


 そんな事になって欲しくはない。

 だがどうなるのかは、まだ始まってもいないのだ。講堂に集まられる生徒の流れに逆らわずに、これから始まる太陽の一大反攻作戦に対する演説が始められる所だ。

 もうすでに始まっているらしく、誰もが足早に行動に向かっている。機密事項の説明などの部分は、既に終わりあとは志気高めるだけの状況、そしてこの作戦が正しいものであるという大義名分を作るためと言う政治臭い話もあるが、うまくはいかないのだろうと日野坂は思っていた。


 先生という人はありとあらゆる意味で、他人の都合通りには動かない人間だ。

 確信とも言うべきものを抱えて、二度をほど頷いて私は正しいだろうと、自画自賛をしてみせる。


「ねえ、絶対にロクでもない演説を先生はするよね」

「間違いないでしょう。先生ですよ、あの先生が、まともにこんな事をするわけないじゃないですか」


 負の方面に対する実績の高さが、彼にとっては教え子の中でも、正しく太陽のヒーローの有様を受け継いでしまった生徒二人は頷き合う。

 それを考えると足早に歩いていた体が重くなる気がして、はあと疲れを重さを吐き出した。だからと言って何が変わるわけでもないが、気分を買える程度の力はある。重くなった体の一歩目に力を入れて、踏ん張るような一歩あるいて講堂に入る。


 だが思い出して欲しい、彼女たちがここに来てから講堂から派生する面倒事がいかに多かったかを、というかこの訓練校ではもはや確定した事象である。

 扉を明ける前から既に演説は始まっていたようで、少しのザワめきはあるが、扉の向こうは、随分と静かなものであった。


 二人して、先生も厳かに進めているんだと少しの関心をして、扉を開けたとき貼ってきた第一声は、いつもどおりの懐かしい声ではあったが、随分とそっけなく聞こえるものであった。


『演説で言うことなんて特にない。ただ、ヒーローたちに警告だけはしておくか。絶望と向き合う覚悟は出来ているのか』


 その言葉は、奇しくも二人の決意に似た言葉だった。

 ごくりと飲み込む唾液が酷く粘ついて感じる。そんな始まりであった。


『今現在存在するヒーロー、お前らは本当に絶望に向き合えるのか。これから兵器になる諸君、絶望に抗うことができるエゴは出来たのか』


 何度も糾弾するように、その声は何度も吐き出されていく。

 反論もなにもなく、ただ彼の声は公共の放送として流れている。戦いの前に士気を削るような発言に、本来の反乱首謀者である幹は、やめてくれと叫びそう感情を必死に抑えるがの精一杯であった。


『きっとこの言葉の真意はまだ理解もしてもらえないだろう。だが、忘れてはいけない、その絶望がいつか絶対にだ、君たちを殺しに来る。

 だからこそ覚えておくといい、絶望を前に君たちは抗えるようになっているのかい。

 そして抗うのをやめた時、周りの友人が、他人が、傷付けられる事に仕方ないと言えるようになれるかい』


 後にヒーロー糾弾文として残されることになる。

 戒めとしてのヒーローへの宣告は、何度も繰り返し繰り返し、絶望と向き合えるのかと脅すように繰り返していくものであった。


『だから一つだけだ、絶望に抗え、ヒーローは希望になんてなれない。救いになんてなれない、所詮できるのは最上級ですら人殺しだ。そんな存在に、救いはない希望はない、ただあるのは絶望だけだ』


 念を押すように何度も彼は突きつけていく。

 やめてくれとまた耳を塞ぐ者たちに、逃げるなと何度も言葉を重ねて、あらゆるヒーローの心を抉って、使い物にならないものを想像し尽くす。


『きっと幸せなんてない。そのうえで君たちに言う、苦しめ、徹底的に苦しめ、そして必死に生きていけ。

 こっちはこれがお仕舞いだ。竜と戦って死んでくる、だから君たちも存分に、苦しんで死んでくれ。因果な事に、それだけヒーローの仕事なんだよ』


 もう言葉はその演説に必要はなかっただろう。

 ただ彼は行動で全てを示すのだ。だからこれ以上の戯言は必要ない、分かることだけを言うなら、なんとも因果な永久就職先だと言う事だけだろう。

 ここは死ぬことでしか抜けら得ない残骸の墓場。絶望に抗い続ける為に存在する、誰も抜けられない地獄のような鉄火場。


「決意するんじゃなかった」

「私もそう思いますけど」


 因果な仕事だと、二人は向かい合って笑う。

 これはただの激励だ、これから戦い続ける者たちの心を折るくせに、太陽の言葉は一から十まで激励だったのだ。

 だから知らずの内に賛同者が、ヒーローたちが声を上げる。


 「応」と、戦うための決意を繋げるために、因果な商売なのは知っていた。これはからはお守りもいない命懸けだ、その為に必死になって恐怖に抗う彼らは、一つ目の絶望と戦っているのだろう。

 もう、逃げられないのだ。ヒーローは戦って、戦って、そして捨てられるように死んでいくのだろう。その最初の一人は、それで終わりの筈なのに、まだ壇上に立っていた


 誰もが不思議に思いながら、一度咳をして咽喉の調子を戻す。

 そして動いた口の動きに、二人の生徒は呆然として、ただ抱きついてその感情を表現する。待ちに待っていた言葉だから当然の事だ、そしてそれが太陽ができる最後の教師としての仕事であった。


 二人の喜びは地面水を降らせる。

 太陽の言葉は、それぐらいには二人に響いたのだろう。


「馬鹿だあの先生、普通ここで返信する。二月以上前の手紙の内容だよ」

「ただの嫌がらせでしょう。先生はそういうのが大好きですから」


 呆れた声と共に、顔をにやけさせて言葉を二人で口に出して伝え合った。


『最後に不謹慎ながら私通を、水野、日野坂、よくやった合格だ』


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