十六章 解答 その一歩目を今歩み始めました
自分の行動の意味がわからない限り、人は動くことをしては本来はいけない。
責任という言葉は、その行動に伸し掛ってる義務だ。
十代半ばの子供にそんな事を言ってもわからないと言うだろう。もしくは面倒くさいか、どちらでも構わない、彼女たちは既に化物だ。人蹂躙し尽くす災害を倒すと言うのは、それだけで責任を与えられるの変わらない。
力と言うのは総じてそんな物だ。
それを考える力もないものに与えれば、必ず諸刃となって持ち主を傷つけるだろう。しかしこれは教えて身に付ければいいものではない。
人間は、人間である限り、間違える。正しくあり続けることなんて、目の前の景色が永遠と勘違いしてるのと変わらない。
どれだけ素晴らしい願いも、その最低限の骨の部分がなければ意味はない。
改革、改革と、声高に叫ぶ政治家に信用が置けないのと同じ。口だけの行動が、骨の周りに身をまとわせること等絶対にない。
結局のところ、人間に救う価値がないと唱えて、何かしらの反論ができない存在は、その力に相応しい土台がないと言う事、煌びやかな言葉に誘われたのか、それとも他人の決意を素晴らしいと唱えたのか、なんにせよ力を振るうという意味を理解していなかったということだけは、間違いでは無いのだろう。
人を救うとは独善で無ければいけない、慈愛などいう言葉も全ては自己満足の中からしか出てくることはない。
歴史に賞賛されるような慈愛の人であっても、それは間違いなく変わらない事だ。善意の全ては、自己満足の一つに過ぎないのだから。上から下を見下ろすような、そう言う感情をもとにした代物だ。
そして一度その欺瞞に気付いてしまえば、無自覚の善意は酷く汚らわしい代物に見えてしまう。
なによりその行動で生じた犠牲は、己の善意との対比で心を折るに足る代物に変わる。さあ何を救えるヒーローと、問いかける言葉の意味に気づいた時、人は一体どちらを見ているだろうか。
わかっていることは、救うという意味は、自己満足であると理解するかどうかである。
ただそれだけの事、自身からの発露以外の感情が、納得を導くことなど絶対にない。だからこそ病だったのだ、人を救う価値がないという言葉が浮かぶヒーローたち。その全てが他社に依存した理想という名の建前だけだ。
ただ己の感情によって行動したはずの少女は、ただずっと頭に響く声に、何も浮かばなくなっていた。
授業に出ることもなく寮の一室で、日がな一日太陽の言った言葉を反復するだけだった。いったい誰を救うんだ、その一言によって押しつぶされた哀れなヒーローの卵は、自分の所為で竜と戦わせるまでに太陽を追い込んだことに絶望していた。
証拠を見せてみろと、声高く言っていた自分は、ようやく気付かされる。
こうなるからだ、こう追い詰められるのだ。次に災害と向かい合うとき、克服できなければ彼女は何もできずに殺されるだろう。
四肢の末端に至るすべてが動かない、正しいはずのその行為が、全て崩れ落ちていく。思い出すのさ災害を倒すという高揚感、人を助けているという自尊心、そしてその全てを台無しにする一言。
私は悪くない、ただ守りたいだけなのに、ああそうだろうともと、笑顔で否定するであろう太陽の表情。一体誰を救うのか、さあ教えてみせろヒーローと突きつける。
何をしたくて、何をされたくて、どう言う意味があって、決意という決意のその軸に何があると、誰を救いたくて何を救いたくないのか、そもそも人に命の選別ができる権利があるのか、すべての結論は分からないの一言だろう。
だが彼女の行った行為は間違いなく、太陽を殺す一撃であったのは間違いない。
人を救うという意思によって、自身は人を殺そうとした事実を受け入れるには、彼女の心は幼すぎる。開き直れるほどの余裕がある訳もなく、思い出したように泣き出すだけの機械となっていた。
指針となるべき教師は居らず、部屋の外では竜殺しの結末が流されるだけ。
あとひと月を過ぎれば侵攻作戦は開始される。前線には旧ヒーロー達まで派遣され、一大反攻作戦となるだろうことは間違いなかった。
また、その際に竜殺しは竜討伐を行う。はっきり言えば体のいい生贄だろうが、それを提案したのが、彼本人となれば話は別だ。更にそれに付随して、彼が死んだ場合は旧ヒーロー二十名ほどが、彼を囮として呪詛をばら撒くらしい。
それにより行動を阻み、休眠状態へと持っていくというのが、一応の作戦らしい。
だが、結局は一人を見殺しにして、自分たちが生き延びようとする策に過ぎない。更に一定のあいだ呪詛を打ち込むことによって、竜の監視と永続的な封印手段を模索すると言うのが大きな筋道だろう。
その為には、竜にとっての絶大な意味を持つ人間を使って総まとめに固定するのが、一番相応しいといえば相応しい行為ではある。
彼女は思うだけだ、自分の所為で先生は生贄にされる。
人を殺すのだ自分が、殺す理由は芯も通らぬヒロイズム、結果を見れば見るほど、彼女の心の病は悪化する。
全ての事柄が、彼女の心を潰す。ヒーローという名のエゴイズムは、災害という建前のために幾人もの人間を潰していく。仕方のない事だ、仕方のない事だ、それは本当に仕方のないことだ。
人が人を救えないのは全くもって仕方のないことだ。
自分も救えぬ存在が、人を救えるわけがない。そもそもが救えぬ存在なのかもしれないが、それを言っては角が立つだろうか。
「悩みに悩め」と、死体に成り果てる男は笑ったかもしれない。
少なくとも彼女たちには、まだ猶予があった。災害と戦うにはまだ未熟な彼女たちだ、悩めるなら今のうちに悩むべきだ。
それが許されるうちはいくらでも、だが諦める事だけは許されない。どれだけ悩んでも自己満足の結論を出すべきだ。
「私は決めましたよ」
そう言った友人がいた。彼女の姿を見てか、太陽の姿を見てか、ただ達観したようにつぶやいたその声に、ひどく安心してしまう自分がいたのも事実だ。間違いなく日野坂は、何かしら見出したのだろう。
それが彼女には歯がゆかった。自分はただ泥沼で足掻いていると言うのに、まるで自分を踏み越えて歩いていったかのような、ひとりぼっちにされたような孤独感。何より、自分が得られないものを手に入れていった事に対する嫉妬。
何もかもがうまく回らない。
全ての事柄が自分を縛っていく、その場から動けない停滞の自縛は、世界が一人を孤立させるような呪いにも見える。
助けてくださいと、きっと頭を下げても変わらない。ここに仮に太陽がいたってそれは変わらない。知るか自分で探せとでも言うだろう、決意などという言葉は、自分の心からでなければ、他人に諭されとしても変わらない。
選ぶしないのは自分自身、選択権があるのはただ一人、己という筋道を作るのは、どうあっても自分だけなのである。誰かに救ってくれと願った所で、ただの他人という言い訳が出来るだけだ。
言い訳をさせないために、後悔を残さないために、障害最大の敵に対して立ち向かうために、何一つの歪みも許さずに自分という個を持たなければ、全ては詭弁に変わってしまう。
友人はそれを見つけた、先生だってそうだろうと彼女は考える。
ただ歪みを見つけただけの少女は、悩みこそが発展への軌跡である事をまだ気付いていない。
時間がある限りはと、添え書きでもしておいてやるべきであろう。
「ねえ、どうして決める事が出来たの」
響いた音の言葉は、誰もいない部屋にはなんの意味もない。
ただ返す返答もなく彼女は思う。日野坂はいい、彼女は芯が強い、最後まで逃げずに立ち向かおうとしたところからもわかる。竜殺しと称された太陽は別だ、彼の心は傷だらけでないほうがおかしい。
最年少にしてヒーローになり、恋人の竜化を目の前で見る事から始まる惨劇は、最早一大悲劇に掲げられてもおかしくない生涯だ。
どこを切り取っても、絶望の組み飴だ。そのどこにあそこまで生きていける力が沸くというのだろう。
願いは無駄になり、望みは絶望に変わり、夢は自分で皆殺しにした。
彼は自分よりよっぽど、絶望している筈なのに、いつも飄々と生徒に混じって馬鹿ばかりをしていた。平然と仕事をサボるようなダメ人間だったが、先生と呼ぶことに不思議と違和感を抱くことはなかった。
なんで自分より絶望してくれないのか、泣き叫んでくれないのか、彼女はそう思ってしまう。そうすれば自分は逃げ出せる、恥も外聞もなく逃げ出せるのだ。
水野は繰り返す、なんでだと、なんで逃げ出してくれないのか、自分より可哀想な人がなんで逃げ出さないんだと、自分より弱い立場の人間がいるなら、それが救いとなる筈なのに、先生はそれを許さないんだと彼女の前に立ちはだかる。
逃がさないと、まるでそこに杭でも打つように、なんでと叫びたくなるほど、彼女の後ろには太陽がいた。
自分よりも逃げ出したい立場の男は、いつも逃げようとする彼女の後ろにいる。そんな事に疲れたような声で彼女は言うのだ。そんな太陽だからこそ、自分よりも破滅しているはずの人だからこそ。
きっと。
絶望の残骸を見せて踏みとどまらせるのだ。お前はこんな風にはなりたくないだろうと、笑って呼びかけるように、今際の際に立ってようやく分かるその言葉の意味は、ひどく自虐的な言葉であった。
「ずるい、けど卑怯だ。少しだけわかった気がする先生はきっと」
彼岸の際に立ってようやく分かる事があった。
あの人はと、そういえばファンと言っていた日野坂にも言えるかもしれない。彼女はそれに気づいてしまったのだろう。
「あの人はきっと、その絶望を乗り越えてなんかいない」
あれは標本なのだ、絶望にまみれた。あれが人の無様の集大成、綺麗事のが限りを尽くしたヒーローにおける大失敗作。
こう言うべきだろうか、あの男は決意に裏切られた残骸だ。夢破れて、何一つも残していない敗残者、望みの為に望みを砕いた、夢やぶれたヒーローだ。ずっと見せられていたのだ、太陽という英雄は結局は何も成し遂げる事の出来なかった者。
だからこそ誰よりも分かっていた。
どれだけ決意を重ねても折れるときは来る。自己の発露だろうとそれは変わらないだろう。だが立ち上がり続ける、残骸の筈の男は今も目の前で立ち続けていた。
希望がない世界かもしれないが、少しだけだが彼女は分かった気がした。決意とはきっと、あとの絶望を受け止めてなお歩くための杖の様な物なのだ。
人を救えない、だが救いたい。その願いが間違っているはずもない。
茶番じみた思いだ。きっと子供の思想だ。いつか身に降り掛かる刃にすらなるだろう。その決意自体がきっと絶望に変わるだろう。
ヒーローを続けると言うのは、きっとそういう事のなのだ。絶望にいつか打ち負かされるのが決まってしまっている。人が人を救えないのなら、ヒーローだって同じだ、その存在に救いがもたらされることなどありはしない。
「けれどそれは、きっと」
だからきっと、きっとと、そう思った時には彼女は部屋を飛び出してた。
吐き出したい感情があって、何もかもを出し尽くしたいと、日野坂の部屋に駆け出す。彼女だけなのだ、多分太陽という人物を真正面から見て決意したのは、あの絶望の博覧会で己の決意さえ裏切ったヒーローを見据えた存在は、だからこそ言うのは彼女しかいないと思った。
これから何度も後悔するだろう。己の自己満足という名の決意を、宣言して進む為に、水野という少女がヒーローになる為の最初の発露。
まだ朝焼け間近だというのに、ドンドンとうるさく鳴らされるノック。扉の奥から、ぬちょ、ほあた、けーと訳の分からない悲鳴が響くが、ノックをやめない迷惑行為は扉を開けられるまで続いた。
「ちょっと流石に、これはひどい迷惑行為だよ。タンスの角に小指をぶつける痛みを味あわせる演算の開発も、訴訟も辞さない……あれ、水野さんどうしたの、って言うか時間を考えて、ベッドから落ちて壁にぶつかりながらの暗夜行は、短距離でもデンジャラスだから」
だが悩み通しで開いた扉だ。運命でも聞いているような開放感を感じている彼女は、既に三徹目ということもあり、あらゆる意味で思考が吹き飛んでいた。
それこそ押し倒さんばかりに、日野坂の肩を掴んでじっと見る。
「決めた、私も決めたよ」
「取り敢えず、このままだったら私たちの間に、ちょっとありえない恋愛観を抱く人がいるから落ち着こう」
「決めたって言ってるでしょ」
そう言うと力が入ったのか、そのまま床に彼女を押し倒す。
五月蝿すぎる二人の所為で生徒たちは起きて、じっと二人を見ていた。助けてと、周りの視線を送るが、誰もが好奇の目で見るだけで助けようとはしない。
行くところまで行き着いてしまえと、支援を送るようだった。
いろいろと残念な混乱が広まる中。
さらに場を混迷に陥れる発言をする。内容を知らない人間には、なんとも意味深に聞こえる言葉は、あたりから声を奪って呼吸を止めさせた。
「絶望に、私は絶望になるよ。きっと希望にはなれないから」
そしてあたりに響く演説があった。
それは気高い、だがこの場においては告白にも聞こえるとても残念だが、間違ってはいない、きっと彼女にとっては最高の解答に、間違った拍手と歓声が共に響いた。
「きっとそれしかないんだ。私の決意はそうなるしかないと思う」
「そうなら好きにしたらいいかと思いますが、お願いですからこの状況で言わないでください」
絶対にみんな勘違いするからと叫んでみるが、誤解は深まる一方だった。
三徹目ということもあり、眠気でそのまま倒れる演説者は、そのまま日野坂に倒れる周りの黄色い歓声とともに、眠りこけた彼女はすべてを投げっぱなしで疲労を回復しようと動いていた。
これは違うのと必死に否定する日野坂だが、その頭の中で水野の言った言葉が引っかかる。絶望になる、それはヒーローとして彼女の決意だろう。
一体何の絶望だと、だがそれは何となく分かる事だった。それは奇しくも自分が決めた決意に似ていた。
絶望になる、日野坂もそう決意していたのだ。それが自身の解答だと、心から溢れるように歯車があった。
ずっと聴いていた太陽の言葉、希望なんて絶望と変わらない。きっとそれは事実なのだヒーローは希望にはなれない、それを揶揄していたのだろう。自身がそうであったように、ヒーローの全てがそうだったから。
ただきっと絶望の絶望になれる、絶望を真向かいに抗い続ける事だけしかきっとヒーローには出来ない。
それが本当のヒーローが持ち合わせるべき素質であり決意であるのだろう。
自己満足の決意は、きっと前に進もうとする絶叫でいい、歩き続ける悲鳴でいい、何を目にしても一歩を踏み出す惨劇でいい、でなければ人がヒーローに成るべきではない。
絶望に対して言ってやればいいのだ。ここにいるぞ、お前らを蹂躙する悪意はここにあると、宣言して進むしかない。ささやかな虫の声であったとしても、エゴと独善で言い張り続けるのだ。
ヒーローはここにいる、絶望の天敵はここいいる、人を救いたいと願うお前の敵はここに居るのだと、狼の様の吠え猛る。
抗う絶望はここにいる。そのために最後まで命を使うと。
きっとそれを聞けば、白金は笑うだろう。馬鹿が増えたと、愛すべき馬鹿達になった。なんて嬉しくて恐ろしいことなんだろう。
黒鉄の男はご愁傷様と言うのだろう。そうなってしまえば、その決意に殺されるまで、抗い続けるしかない。
絶望の絶望になるとは、そういう事で最も辛い選択なのだ。そして後悔しないための選択でもある。その命の最後になっても、どんなふうに使い潰されたとしても、絶望はきっと次の渡り、別に誰か心の中に延々と残る。
そうなり続けようとする為に足掻き続けるのだ。
それが少女たちの結論だ。もし死ぬ前に太陽に会えたのなら、晴れやかに二人は言うだろう。
だからきっとその時は、
「合格をくれますか先生、追試にならない解答だと思いますよ」
生き続ける残骸に彼女はそう呟いた。
きっと、二人して同じ決意だったとしても、一度言葉に出してしまえば分かる事だ。こうして自分の決意を持たなければ、考えた結果でなければ、きっと決意が折れてしまう事も。
けれど賞賛するべきだろう、間違いなくここに次世代のヒーローは存在していたのだから。
そして二人への誤解は解けずに広まった。




