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十五章 解答 尊敬できる人です

十五章 解答 尊敬できる人です


「明月あれは本当か、太陽の事が本当なのか」


 太陽と同じく独房に入れられている明月に、幹はゆっくりとした様子で話しかけている。

 喋り方は余裕を見せているが、その顔色は生彩に欠けている。それに心労が体に来ているのか、歩き方すら少しおぼつかない様子だ。

 そんな状態の相手をじっと見ながら、明月は困ってしまい溜息を吐く。


 独房に閉じ込められている疲労と共に、いろいろな疲れを吐き出してみるが、それ以上にのしかかる後輩の精神的攻撃に、疲れが取れる気配がない。

 折角、趣味の読書に興じながら、つかの間の安息を得ていたというのに、なんとも面倒なことをしてくれると、内心舌打ちをしていた。そして否応なしに現実を思い出させてくれる、自分に逃げ馬など存在しない事実を、そして敬語ながらに皮肉を言う後輩の強烈なイヤミを感じずにはいられない。


 そっちとこっちは共犯だ。

 竜との戦いより二年、ようやく意識を取り戻した後輩は、あらゆる物が壊れていた。重度魔力障害によって、細胞分裂は停止し体は形を保てずドロドロと溶けていく。だがそれでも何が功を奏したのか、その状態を守りながら彼は生きていた。

 意識を取り戻す頃には、元の姿に戻っていたが、二年の歳月は死ぬ瀬戸際で並列演算を行いながら、治療法を作り上げたというだけなのだから、あの後輩がどれだけの演算に対しての化物ぶりを発揮しているかわかるというものだ。


 だが、それが事実ならばもうひとつ恐ろしいことが浮かぶ。つまり彼は己の体が破滅する中、その身に晒される地獄のような苦痛を感じながら、自分を治療し続けたいという事だ。

 誰もが殺してくれと願う苦痛を二年間、耐え続けて不完全ながらにその治療を成功させた。その理由を問い正してみれば「約束なんで」と軽口を叩く始末。


 戦慄していたといっても過言じゃない。

 お前はそこまで出来る約束をしたのかと、自分と比べた時ひどい列島感に苛まれた。彼は最初の竜 鱗 の婚約者だ。

 そしてカルテットと呼ばれたチームのリーダーであった。とは言ってもその当時は別の名で呼ばれていたが、カルテットの前身とも言うべきチームを作った男だ。


 カルテットいやクインテットというべきか。その中で最強の矛と言われていた明月は、白金が現れる前の地獄、北方戦線において軽度ながら魔力障害を発生させ、魔力の扱う臓器が使い物にならなくなる事態に追い込まれた。

 それにより前線を離脱、現在は太陽が作り出した治療法のおかげで、戦えるようにまでなっているが、前世代のヒーローが戦える機会などもうない。


 そして治療の機会が訪れた時、内心だが太陽を恨んでいたのも事実だ。

 なんでお前は、もっと早くにと、そしてそこまでしてなんでと、浮かぶ感情が混濁して罵声じみた物を履いたこともあった。

 もし装甲という代物が生まれなければ、間違いなく人類史上に残る演算巧者だっただろう。いやもはやどちらでもいい事か、人類史が続く限り彼は英雄として称えられるだろう。


 もう望まずとも、歴史に名をこすことに関しては、間違いない偉業を成し遂げている。本人は望みもしない事だが、そういうものは呪いだ。

 素晴らしき英雄、気高き意思、そして人類への献身、美麗字句を並べてこれから殺されゆく存在を華美に彩る。


「あいつの資料を見たんだろう。暗号になってて分かりづらかっただろう。まともな人間なら喧嘩を売ってると言っても過言じゃない内容だ」


 そう彼を追い込んだ男に、彼もまた畢竟ひっきょうとも言うべき表情をする。

 なんといったらいいかわからない、ただ太陽の事を表現するにはまさにと行った表情であったのは間違いない。

 追い込まれていた男は、その表情に百種以上の複合災害と出会ったような戦慄を感じる。


「あれだけセクハラまがいの論文が、装甲に関しての論文だって知れたら、さぞ愉快だろうな。まさか胸に関しての理由が、装甲の楔等とは思わないだろ、知っているのは俺ぐらいだ」

「その論文があれか、あいつはどこまで嘘をつく。白銀すらも煙に巻いて、竜とは本当にアレなのか、あまりにも正気じゃない、本当の意味での呪いかあれが」

「そうだよ、白銀に何を言ったか知らないが、そうだあれは呪いだ。そしてそれを知られれば、俺たちがどういう扱いを受けるかもわかるだろう。黙っているしかない、だがある意味ではお前がいてくれて助かったよ。

 こっちはそこまでの配慮ができない、これからあいつがいなくなって、対人類用戦略を考える上で、お前がいなければ何も達せられない」


 ヒーローを守るヒーロー、龍を守るヒーロー、対竜演算など作れるわけがない。

 それはつまり、既に寄生した装甲の楔を破壊する手立てだ。そしてそれを行えばヒーローは死ぬとわかっていれば、誰が作れるだろうかそんな虐殺用演算を。

 太陽の論文には、最終手段としてその方法を封印していた。つまり竜殺しは人殺し、もっと言うなら仲間殺し、人類を守ると決意したヒーローたちには、あまりにも無体すぎる内容なのだ。


 それを騙していても、バレてしまうと事実。

 なにより竜はいつかまた生まれる。その事実がある以上、ここで全ての竜を倒しても現状は変わらない。

 

「ヒーローは誰も救えないか、なんとも皮肉な言葉だが、裏がこれか、地獄だな」

「この世が地獄でなかった時があるか、革命まで起こしたんだお前は、もう逃げられない。仲間を殺すための演算を作るか、隠したままでいるか、それとも別の解決法を作り出すか、どうあってもろくな死に方は出来ないだろうがね」

「それはあいつもお前も一緒だろう。一体何が正しいんだ、あいつに殺されたヒーローもそうだ、理想に食いつぶされるとはこの事か、これを抱えて生きる事になるのか、そしてあいつは逃げ切り」


 逃げ切っちゃいないよと、明月は言う。

 逃げきれる訳がない、そう言わせるわけには行かない。人類が、ヒーローが生かされているのは、彼の活躍があってこそだ。

 だがからこそ彼は恐ろしいのかもしれない。

 何しろそうやって人類を守っている筈なのに、彼は人に救う価値などないと言っている訳だ。では一体何のためにと、それを口する事はないだろう。偶然の結果に過ぎない、なにより別に守りたいものがない訳でもない。


 彼が恐ろしいのは、その壊れたような精神性だ。

 どこまでも足掻いてみせる、だが結局自己への完結だけだ。そしてそれを全ての人間に押し付ける、自分も生きているんだ、たやすく死ぬことなど許さない。

 生きていればどうにかなるから、それだけを指針にした男の精神は、傍から見れば気高いものなのかもしれないが、その生き様はどうあってもまともとは言い難い。


「あいつは凄い奴だが、ちょっとついて行けない奴だよ。元々が無茶苦茶な奴だ、それにあいつはただ忠実に白金の言葉を守っているだけだ。ただ約束という繋がりだけだ、それだけが生きがいなんだよ。正直に言って、惚れてた女を自分で殺すなんて言うのは、考える以上に地獄だ。

 生きていたくない程には、最悪の出来事だぞ。美咲を殺すなんて考えて、自殺したくならないわけもないがな」


 だが自分は殺すだろうとも思った。

 あれは例外だ、きっと泣き叫びながら約束を持ったのだ。そして次の約束の為に足掻いている。

 感情さえ交えず、どれだけ大切であったとしても、真実を知ってしまえば、それが最愛の表現になる。生きたままに狂わされたヒーローを救うにはそれしかない。


 それができなかった男はどう苦しんだのだろう。そしてどう決意したのだろう。


「乗り越えずに引きずるってのもどうかと思うがな」

「何を言いたいんだ。だが事実なんだな、太陽のやつは嘘吐き過ぎる、何が正しいのだあいつは」

「馬鹿かお前は、あいつを殺すくせに、今更先輩ヅラするなよ。ヒーローを救う為に、お前はヒーローを犠牲にするんだ、事実をもらえるなんてそれこそ正気か。お前は、あいつや俺と同じ人殺しで、仲間殺しだ、つまりはご同輩という訳だよ。

 そんな人間なんだお前は、理想のために現実を歩むなら、その矛盾を永劫に抱え続ける必要がある」


 殺意すらに滲んだ言葉。本来なら太陽は、少なくとも二度ほどの年は越せただろう。

 それを使い潰す決意をしたのは、目の前の男だ。その事実を忘れさせるほど、明月は優しくなどない。

 目の奥に隠すこともない罵倒を宿したまま、責めるどころか否定するなら殺すと言わんばかりに、目の前の男を睨みつけている。


 独房から指を突き刺すように、幹に向けられた指先は、まるで標本針の様に現実という場所に、おまは人殺しだと突きつけるように、縫い止めてしまう。

 呼吸を忘れるようなその感覚に、心臓が奇声を上げるように跳ねる。


「現実なんていつもそうだっただろう。理想を語ったところで、俺たちがするのは開拓時代バリの差別だ、いっそ人間と戦争を起こしたほうが早いぐらいのな」

「そんな事が出来るか、それこそそういう状況を作る必要がある。つまりは、現状維持を保ち続ける限という事だろう。どれだけこっちが望まなくても、災害を殺しつくす訳にはいかない」

「それがどういうことか、言うまでもないか、お前が最も臨もなかったことを続けるのさ」


 ヒーローを使い捨てにする。ヒーローを無駄にする。後一歩を消し去る。

 そして災害を殺さない。竜を殺さない。ヒーローを続けるには、ヒーローであり続ける必要がある。

 その原因を保ち続ける調整をしなくてはならない。


 人の声望をそうやって保ち続ける必要がある。


「それが一番ましな解決法だと、そんな事があるものか」

「なら人類と戦争をするか、無理だろう。そんな事を誰も認めない、同士討ちなんて何のための戦いだ」

「最善はまだある、それがないなら作り出す。それが私の義務だ」


 だが、幹はそれを認めるわけにはいかないだろう。

 何のために起こした反乱だ。竜殺しを使い、幾人かの殺人も認めて、そして仲間を何人も失った戦いだ。

 過半数と言うか、被害の全てが太陽であるのだが、まったくもって悪夢だろう。


「気高いね、それを他人にしいるか。お前それは残酷すぎるだろう」

「救えるのなら、助けられるのなら」

「それでも構わないか、既にお前はそれを諦めただろう。だから太陽すら使い潰すだろう。その時点でお前は現実に食われてるのさ」


 かぶりを振る幹を見ながら、頑張るものだと頷く。

 素晴らしい理想だ、それを諦めない精神性の素晴らしさは、正直に言えば賞賛に値する。かつて自分もこうだったのに、いつ間違えたのかと明月は思わなくもない。

 だが、それが正しいわけではなく、同時に自分が正しい訳でもない事を知っている。


 こんな問題はハッキリとした結論なんて出ない、結果だけが物を言う。

 そして結果を作るための犠牲、代償でもいいが、そう言うものは存在するのだ。

 どんな行動にも代償があって結果がある。代償のない結果はない、人は生きているだけで時間を消費する。全ての事は代償なくして存在しない。


「それでお前は望む結果の為に、どれだけの対価を払うんだ。どうせ人間、いや生命なんてのは、清くも正しくも、殺戮者に過ぎないんだ。今更聖人ぶることはない」

「なら、ならお前に、それは思いつくのか。私が望む結論の為に必要な代償が、そしてその筋道が」


 彼は肯定した。

 まるで肩の荷が降りたと言わんばかりに、綺麗な微笑みだ。同時にその言葉は、ひどく反吐の出るものであったのも間違いない。

 明月の口から出されたのは、ただの彼の代わりだった。


「あるだろう。お前は竜殺しを手に入れたんだ、英雄を使え、あいつを使い潰せ、俺もそのつもりだった。だがお前は俺の代わりにしてくれるんだろう、あいつの全てを使い尽くせ。

 あいつは文句も言わない、死んだあとのことなんて好きにすればいい。お前の都合のいい英雄にしてしまえ、人類を守るための献身の極みなんてどうだ。そのために竜と戦い命を使い尽くす。

 美談だろう。あれを英雄にしろ、そしてそれを使ってヒーローの地位を上げる。戦争の道具にさせないよう、英雄を使ってヒーローを救え」


 幹の表情はゆっくりと引き攣っていく。

 確かに、彼は太陽のことをあまり好んでいない。だがそれでもだ、明月の言葉は怖気が走った。


「ヒーローのためにあいつを使い潰せ、徹底的にだ。人格なんか捨ててしまえ、あれは高潔な人類の奉仕者だ。そう喧伝しつくせ、利用しろ、良心が咎めようが何を使用が変わらない。

 あれを聖人に変えつくせ。最高だろう、こんな皮肉があるか、こんな悪意があるか、お前が進むべき道はこれだ。感謝してるんだぞ俺は、本来なら俺がするつもりだったことだ、こんな最悪を俺がする予定だった」


 狂ってしまう、あまりにもその言葉は残酷すぎるのだ。

 これはもはや存在の殺人だ、生きていた人間の全てを侮辱しつくす。個人への最大の侮辱である。

 ヒーローいや英雄というべきか、どちらも変わりはしない事だが、この世界の区別だけはしておくべきだろう。それは死んでこそ使い道があるのだ、英雄をつくるというのはつまり人として扱わない事だ。

 信仰を作るように賛美しろ、彼の気高さを真似しろ、そのほうが都合がいいから。


「これが俺が考えた。あいつの都合のいい殺し方だ。ひとつの宗教をつくれ、ヒーローを戦争の道具にしない為に、あいつの全てを賛美させろ。素晴らしいだろう、これがお前と俺の立ち位置だ」


 ああ素晴らしき世界よ、なんと素晴らしに人を用意してくれたのだろう。

 彼は救ってるれる、ヒーローを人の手から救ってるれる存在だ。

 だから犠牲にしましょう。命を尽くして死んでもらいましょう。


 だってそのほうが都合がいいのですから。


「はは、なんて酷い悪夢だ。お前は狂ってるよ明月」

「そして次はお前が狂う番だよ。ヒーローを救うヒーロー、アイツを竜に宛てがって殺すつもりだったんだ、悪夢などと言うなよ。お前の身から出た錆だ」

「あいつの提案でもあったが、わかったそれが最善か、それで最善か、ここまでの仕打ちをするのが私の義務……」


 英雄を作りましょう、丹念に、丹精込めて。

 私の立ちに都合のいい英雄を、一生懸命に、そして死んでもらいましょう。


 そのほうが都合がいいのですから。


「本当に、そこまで、そこまでするのが。いや、逃げられないかこればかりは、責任とはそういう事だろう。人殺しというのはそういう事か、しかしここまで言ったんだお前も逃げられると思うな」

「だろうな、なら俺はお前の相談役でいいのか。しかし二人してあいつを殺戮し尽くすのが、これからの努力と思うと、なんとも泣ける話だ」

「義務なのだろう、お前は罪悪感で悶えていろ。私はそれほどでもない、嫌いだったしな。嫌悪感は覚えるが、考えても見れば元々使い潰す予定だった。だが明月お前はそれでいいんだな」


 そして英雄に近い人は、泣いてください。

 何より苦しんでください。彼が死んだ事実を悼んでください。


 そのほうが都合がいいのですから。


「とっくに、決めていた事だ。今更言うことなんてない」


 そして精一杯利用してください。


 その方が英雄には、都合がいいのですから。

転載終了、これ以降はコツコツと執筆していきます。今年中に終わると嬉しいですね。ちなみにあと五章で終了です。

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