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十三章 解答 そんな高尚なものでは断じてありません

 その演算法が確立された時、魔法だ新たな時代を迎えると言われた。

 だがそれは実際には、起こり得なかった事でもある。


 仮想脳演算


 当時十五歳の子供が、作り上げた伝説にすらなった演算法。

 あらゆるヒーローが、その演算によって、さらなる強さを手に入れる筈だった。

 しかし脳を一重、二十重と、重ねていく技術がなした事は、結果だけを言えば十二人の廃人を作り上げる事だけであったのも、また報われない事実だった。

 それにより、彼は魔法省に置いて、唯一無二の演算技術者の証明であり、過去の最強の証明でもあった、大魔法使いの称号を得ることになる。


 だがこれにより、若干十五歳の子供が、今の前線上層部(旧ヒーロー)が地獄と言った戦場へ送り出される事が決定した。

 これは本人からの出願であり、戦力を欲していた者達は、彼の装甲適合率も忘れて、二の句を告げずに少年の派遣を決定、反対意見一つ出る事なく受理される事となった。

 今思えがそれが、竜殺し始まりの時である。


 だが、その期待とは裏腹に、彼は災害武装である装甲を、纏う事が出来なかった。無理矢理の限定開放を行うのが、限界の有様であり、演算を使う度に、体を痛めつける有様であった。

 白金と対をなす存在、その筈であった人々の希望は打ち砕かれたといってもいい。


 その彼の名が、見直される事になるのは、これから三年後竜殺しの時である。

 それまで彼の名前を思い出すものは、この世界にはいなかった。

 しかしだ、誰もが望んだとすら言われる仮想脳演算。それは一体どういうものだったのだろう。


 ただ、脳を増やし、同時に演算を行う。


 言うだけならこれだけだ。だが人間の体は、一つの脳で有り余るだけの演算能力を持っている。

 そこに二つ三つと、同じ機能を持った脳を使うのなら、先にも語った通り破滅以外有り得ない。


 だが同時にこれは、可能であるなら革新的な技術であったのも間違いない。

 簡単に説明するなら、単純に演算の精度、そして発生数、そして同時に人体への負担が激しく上昇する。

 最後はともかく、その負担すら装甲はどうにかしてみせる、だからこそ革新的であった、今までの演算全てを過去のものにしか兼ねない技術だったのだ。


 だが廃人を生み出すような技術が使える訳がない。

 万人に使えない技術というのは、ただの役立たずの欠陥品と何が変わるだろうか。

 しかしそれは技術と考えた時だ。その性能と言うだけなら、人後に落ちる物では断じてない。


 しかしその技術をまともに使える筈の存在は、それを十全に使いこなすには、体がとうに限界を迎えている。

 対峙した装甲をまとうヒーローたち、約二十三名その全てが、リミッターを外されてないとは言え、敵にするには生身では、無茶がすぎる相手でもある。


 太陽と彼らでは、使用できる魔力の上限に、圧倒的な差がある。

 それこそ桁違いにだ。

 どう考えても圧倒的に不利なのは、装甲も使えない挙句に、体は限界の太陽だろう。


「おい同僚、どうせもう俺が竜殺しだって知ってるんだろう。

 鱗あたりと戦わせる気か、それとも顎か爪か尾か、装甲を纏えば時間制限なしなら殺せるだろうな。だがその後はどうにもならないぞ、抑止力を消すことになるんだ。

 そうなった時、ヒーローは何を救えるか教えてくれないか。リミッターを外した如きで、竜殺しになんかなれると思うなよ」

「最強の竜、息吹がいる」


 ぴたりとそれだけで男の空気が止まった。

 そして掠れた様笑う。あまりに力のない声に、一瞬だが風でも通り過ぎたと勘違いするほど枯れた声だった。


「先輩方は本当に、駄目だな。対竜演算何かに縋って、あんなもの存在しないってのに。仕方ない、本当に仕方ない、寝ている子を起こすつもりか、そんな調子だから災害に怯える事になる。

 気が変わった、その尊厳をへし折るだけでは足りないか。命ごとへし折ってやる」


 魚眼がぐるりと総勢二十数名を睨みつける。

 それはきっと生気すら感じさせないものだっただろう。


 そして次の瞬間、六千五百という、演算が同時に起動した。


 空間が裂ける音がする、それは演算の量が飽和し世界が悲鳴を上げている様子とされている。

 これほどの多重起動は、六十八種複合災害が行なえるとされる演算だ。

 本来の人間ではありえない演算量。どこまで演算を効率化させても、三百を超えることはない筈の演算は、その常識を覆して弾き出される。


 だが装甲を纏うヒーロー達がその程度の攻撃で死ぬのなら、苦労はいらない。前線を引いたとは言え、彼らとて歴戦の強者達だ。

 しかしだ、それを言うなら太陽だって同じ事なのだ。ヒーロー史上最悪と言われた、息吹の襲来した滋賀決戦までの約二年、自然災害たちすらなぎ倒しながら生き抜き、竜すらも打倒した男だ。

 その歳月が彼らを下回ることなどあり得るわけもない。


「それはないだろう、お前ら仮にもヒーローだろうが、こんな半死人に一人でも首取られるなんて、恥にも程があるぞ」


 深緑の装甲をまとった男の頭が、容易く吹き飛ばされていた。

 装甲は勝手に魔力を増幅し、体中に防護の演算を用意している。その防御精度は高く、少なくとも、ただの大魔法使いの作り上げた異常演算ならともかく、太陽の様な演算技術によっての演算程度ではどうにかならない。


 だが演算技術は、それ自体が演算の根幹を変える代物だ。

 いくらヒーローであったとしても、十万を超える演算を束ねて放たれれば、その装甲の単純防御演算すらも上回り吹き飛ばす事はそう難しい事ではない。

 彼の演算は、五十種の複合災害すらもなぎ払った実績がある。破壊力という一点においてなら、太陽の並列演算は、白金の輪転演算すら上回っていた。

 

 それは装甲を纏えない現在であったとしても、その吐き出せる魔力の限界域であるのなら、そう難しい事ではない。

 最弱というレッテルを貼られようとも、その本質は龍を殺した化物だ。

 敵対したヒーローたちは、きっと怯えただろう。太陽の本質は、狩る側に近いのだ。

 誰よりも白金の敵であるものを狩り殺していた男だ。

 装甲を纏わずとも、ただ並列演算さえあれば、彼らを皆殺しにすることもさしても難しくない、そう考えさせてしまう程には、彼のした行為は圧倒的であったのだ。


 しかし、それは体が万全であった時の話だ。


 限界域での大演算、それが魔力障害を及ぼしている男に、どんな負荷をかけるか、考えるまでもないだろう。

 重度の魔力障害、一体何をすればここまでおかしくなれるのかと思うような状態だ。地震で無理矢理に人の形に押さえ込んでいるだけ、そんな状態で枠をはみ出るような演算を使えば。


「やっぱもたないか、こりゃ戦いもないな。自滅がいい所か」


 自ずと崩壊が来るのは、分かりきっていた事だろう。



 べちゃりと地面に腕が転がった。

 ズルリと眼球が頭蓋からこぼれて神経でぶら下がっている。

 皮膚は剥がれて、内蔵が溢れ出し糞尿の異臭が溢れかえる。


 それを取り繕うように、無理矢理に演算を組み上げ人の形を作り上げる。

 血反吐をまき散らしながら、荒ぶる息で体に足りないものを積み上げて、見れる程度の形にまでは持っていった。

 目の前で見たものはそれを何だと思っただろう。

 竜の魔力を浴び、常に前線に立った結果がこれだ、魔力によって体を崩壊させ、不要な演算を行った事によって、たやすく体は限界を迎える。


 これが英雄と呼ばれた竜殺しの末路である。


「しかし俺も本当に殺しには事欠かないな。人殺しに、竜殺し、あげくにヒーロー殺しか、因果だな全く、取り敢えずそこに災害殺しも来るんだろうから四冠か、本当にお前らは馬鹿だよ」


 指折りで数える、どかの裏切り者張りに三悪以上を成し遂げているが、彼の業の深さなんてものは、罰として体に溢れている。

 人の姿を保っていられるだけで、それ以上何一つ成し遂げられない。震えるように吐き出される息が、尊大な言葉すら無視して、太陽の体の限界を告げていた。


「もう二・三人持っていきたいんだが、どうにもならんか、竜殺しといっても、これが限界か、最後の手段は竜に残しとかないとどうしようもない。難儀だと思わないか、恋人殺して必死に生きてるつもりなんだが、人生っはこうも上手くいかない」


 だが彼らの心を折るには十分だった。

 人の形を保つ化物、必死になって人であらんとする彼を見て、ヒーロー達はどう思うのだろうか。

 恐怖しか抱けないだろう。

 彼らは魔力障害の実例を見続けた者たちだ。重度ともなれば、人の形を保てるなどという高望みが出来る訳がない。

 ただそのまま、体の全てを滅ぼし死に絶えるのを待つだけ。その前に介錯してやるのが優しであるぐらいだ。


 皮膚や臓器、骨以外に至るすべてが溶け出す激痛に耐えて正気で生きていけるか。

 などと考えた時、九割の人間は狂うだろう。その激痛もの身が滅ぼすさますら彼は受け入れている。

 頑張って、血反吐が出るほど頑張って、その男はまだ生きている。


 人の恐怖すら操って、ここに竜と同じく最強の名を与えられるべき悪夢がいると、睥睨する視線によって相手を屈服させている。

 愚痴のように呟く言葉すら、彼らにとってはなにかの呪詛足り得るのだろうか。

 呼吸する仕草すら命懸けの男に、ヒーローたちは確実に怯えていた。竜を殺す事は、ただ命を食いつぶすだけでは許されない。


 一歩の移動で、足の皮膚がどろりと地べたを汚す、それをまた無理矢理に人の枠に押し込んで形を作ってまた一歩、同じことを何度も繰り返して、いつの間にか口からは血が溢れ出し、歯は一本残らず抜け落ちた、頭に生えていた髪などどこに行っただろう。

 それが人の生きている様かと、そんなことすら気にせず、彼は二人目のヒーローを殺した。恐怖ににじむ叫び声を上げながら、贖罪の悲鳴を空に響かせて、心臓を吹き飛ばされた。


 地面にベチャベチャと落ちる、皮膚の残骸がひどい異臭を放っていた。

 それは腐り落ちたものなか、最初からそういうものなのか、目の前に存在する竜殺しは、ただ己の体を地面に晒しながら、新たな体を作りながら動き続ける。

 

 ファンタジーなどで存在する、フレッシュゴーレムを、想像してもらえるといいかもしれない。太陽はまさにその様な物になっているのだ。

 崩れた肉が動き続ける、それだけで恐怖だが、それが激痛に悲鳴を上げず、人を殺す様を悪夢と呼ばず何と呼ぶだろう。心を抉られたヒーロー達は、彼にそうやって屠殺されていく。家畜のように、人を人とも扱わぬと言う様に、首を飛ばし心臓を抉り、十五の死体を太陽は重ねた。


 だがもはやそこが限界点だ、これ以上の殺戮を行えば、竜との戦いすらままならぬうちに

 、彼は力尽きてしまうだろう、それを認められる訳がない。

 その男の生きる目的は、そのままだ約束の為に生きる事だ。血反吐をはこうと必死に、自分が殺した人の分まで生き続ける事、一分一秒、どれだけでも長く生きる事だ。先ほどの戦いはすべて彼の寿命を縮めるものであったとしても、生き足掻くことを竜殺しはやめる事はない。


 それでも次の命を奪おうとする、ここで死ねないのと同じように、己のするべきことを履き違える男でもない。

 彼は先生と呼ばれる立場であった、竜殺しの後に太陽が、教師になったのは自分を増やさない為である。冷静に考えて、お前みたいな狂人、そう何人も出るわけがないと言いたいが、それは殆ど言い訳のようなもので、あまり死ぬ人間を見たくなかっただけの事だ。


 彼の生徒の生存率は高いと話した事があったと思う。

 それが彼の教育の焦点であったからだ。

 死ななければどうにかなる、ある意味では太陽の生きている理由でもある。それをせめてと考えたというのも、またひとつの事実ではあるのだ。


 だから、それは必然で起きたというしかない。

 彼は命を捨てる事が出来ない、どうあっても、それが自分の所為でこぼれ落ちるのなら余計に必死になって掬い取ろうとするだろう。

 そうだからこそ、彼はこれから起きる事を無抵抗に受け入れることになる。 


 どこからか悲鳴が聞こえた。

 いったい誰からだっただろうか、その惨劇を見て、太陽の姿を見て、一体何が起きたと人は思うだろうか。


 所詮人間見た目が七割以上の価値を誇る。

 肉が腐り落ちながら、人を殺す化物を、人類はなんとみなすだろうか。化物でしかないのだ太陽は、それは悪意もなかったと言える、そういった覚悟はなかった。

 ただ、人の善意ほど信用に値しないものも存在しない。利己があるべきだ、エゴがあるべきだ、そういった独善があって、初めて善意は決意となり得る。


 誰かが言った、ヒーローは何も救えないと。


 不意を突かれたように放たれた演算、それによってヒサシゲの腕は弾け飛び、足が吹き飛んだ。蘇生限界域での戦闘ももはや不可能だ、慣性に従ったまま地面に彼は転がる、グチャリと鈍い音を立てながら、立ち上がる事すら許されずに、演算の放火を受けた。


 そうだ、ヒーローは何も救えない、人間は誰も救えない、救っていると勘違いしているだけ、自己満足と言う陶酔を、金粉まみれの虚飾で彩っているだけに過ぎない。

 真を見る目もなく、偽を見る目もなく、ただ善意という言葉に彩られた、そんなものが人を救うわけがない。


 そこには骨がない、価値がない、意味がない。

 だからこそ、その絶望に抗おうとした男を攻撃できる。理不尽な暴力を肯定出来る。


 彼の体を貫き、その全ての行為を台無しにした存在がいた。


「大丈夫ですか」


 そう声を上げている。彼は笑った、ほら見ろと、何度も言っただろうと、ヒーローは誰も救えないんだ。

 なぜなら救う存在すらも、見る事が出来ない者が、いったい誰を救えるのだ。

 ゆっくりと演算の放火を浴びせる、存在に問いかける、声帯を無理矢理につくり、喉の奥辛必死になって声を上げる、だがそれはきっと意味のない響きなのだろう。

 だが演算を止めるにたる理由を作り上げる事でもあった。その声が響いたとき、人を救う為に立ち上がったヒーローの心は折られる。


 自分が一体何をしたのか理解させられるからだ。

 災害が呻いた。ヒーローよ教えてくれと、お前の答える理由は出来たのだろうと、だからお前は俺を攻撃したんだよなと、いつもの聞いた事のある声で、彼は声を上げる。


「なぁ、水野。お前はいったい誰を救うんだ」


 ヒーローの病に対して、受け止めることをしなかった生徒は、ただ災害と見まごう存在に、ヒーローらしく裁きの鉄槌を下したのだ。

 その意味すら知らず、声を聞いて彼女は全てを理解する。

 その病の重さを、その病の恐怖を、視線をそらすべきではない、呪いとも言うべきヒーローの宿業を彼女は理解させられる。


 ヒーローは誰も救えないのだ。

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