十一章 解答 強いて言うならむいていません
十一章 解答 強いて言うならむいていません
大魔法使い、それは人類の歴史に名を残す程の技術と成果を、そして能力を持った演算奏者のことである。
ある程度の分類はあるが、竜殺しとされる彼がそれに任命されたのは、仮想脳演算と言う演算技術を証明し実行して見せたのがその理由だろう。
この演算は大雑把に言ってしまえば、人間の脳を増やして、一人でいくつもの演算を同時に処理する技術だ。
これは今まで思考の分割などで、演算速度を上げていた魔法使い達において、画期的な演算法ではあった。演算が遅いなら、脳を増やして計算させてしまえばいい、なんていう考えは、この世界の魔法使い達においては、これはコロンブスの卵の様な発想だったらしいのだが、これの演算が問題だったのだ。
頭を増やして演算すればいいと言うが、船頭多くして船山を登るという諺もある。簡単に言えば、体に存在する魔力の神経回路が混線し、ひどい時には暴走を起こしてしまう。
もともとが一つの体に、一つの脳と言うのが人類の体は鉄則なのだ。その法則を捻じ曲げてしまえば、こういう事もおきないわけが無い。
だがそれを成し遂げてしまった彼は、人類の規格外とされる大魔法使いに認定される。そして結局この演算は、彼以外には使うことすら許されない、禁術となってしまう。
それしてこれがさらに、彼と装甲の関係を致命的なまでに、貶めてしまう事となる原因であった。装甲とはその魔力神経に寄生し必要に応じて形を変えるが、彼の演算では神経に対して混線が発生し、全身に纏うはずの装甲すら片腕どまりの欠陥品と変えてしまった。
もっともだが、彼がその装甲自体、人類史上稀に見る不適合率を誇ったと言うのも原因ではあるだろう。
片腕だけのヒーローは、ヒーローになる為に足掻いた男は、その力がゆえに、欠陥ヒーローとなってしまった。
それ以前であれば装甲すら纏えなかったのだから、ましになったと言うべきなのかもしれない。
そんな彼ではあるが、いやそんな評価だからこそ、ヒーロー達の中で評価は辛辣だ。彼らからしてみれば、無駄な演算を作り上げてしまった魔法使いとしても二流扱いをされたことすらある。
しかし彼らは少しばかり勘違いもしていた。
確かに彼はヒーローとしては三流だ。その心の中に抱えるものもすべて、だが断じて弱いわけではない、複合災害 十三体 自然災害 九十 生物災害 六百七十 そのアサルトレコードを見れば、本来であれば誰もが目をむく代物なのだ。
現在複合災害を殺せるヒーローは、たった二人であることを考えれば、あの当時最弱と呼ばれた彼が、断じて弱いわけではないことは分かりやすいだろう。
だが人は風説に流され、見た目と言うフィルターをかける。結果として本人がどういうものか、と言う現実から視界をそらしてしまう。当時の人間達にヒーローになることを無理矢理認めさせるような男が弱いわけが無いのだ。
だからこそこの結果は必然としておきてしまった。
竜を殺した男は、自分を人殺しとのたまう。その証明はあまりに陰惨であったと言えるだろう。
彼が現れておきるそれは、あまりにも、悲惨であったと。
示し合わせたように、反乱と連動する学校の教師の何人かは、行動を開始していた。賛同しない何人かの教師を無力化し、粛々と準備を行っていた。
ヒーローであった彼らの心の中に存在する、闇が泥のように現れているのだろう。絶望を知って、彼らは動き出してしまっていた。
だが生徒はそうは行かない、まだ未熟な者たちもいる。担任の教師に呼応するように動く生徒も相当数いた。そして担任自体が生徒を奈落に落としたクラスは、そういう反乱のことなど知る由もない。
そんなものだから、現在目の前で起きている現実がよく分からない。
昨日までの日常が今日変わっていた。
人が暴走するのが当たり前のように、数人の怪我人を出して、理解していない生徒達は集会場で監視をつけられ監禁されていた。
そこには当然太陽の生徒達もいる、彼らは移り変わる情勢の激しさに、何一つついていけない。そしてそれをフォローしてくれるはずの担任は、思いっきり遅刻していた。
「うわー状況についていけないにも程があるよ」
投げやりになって声を出す水野は、素直に今の状況を吐き出してみるが、なんかいろいろしずんているクラスメイト達は反応してくれない。
もともと楽観的な性格をしているせいもあるだろうが、実は最も担任に似た性格の彼女は、なるようるになるかと勝手に開き直ってしまっている。
真面目な生徒である日野坂はそうは行かないのだろう、自分の現実がすべて崩れる様に、何もかもが終わったような表情をしている。
「ねー親友、今の状況に対して説明とかさ、なんか言うことあるなら教えてよ」
「何でそんなに気楽に物をいえるんですか、今の状況どう考えたってろくな事にはならないんですよ」
「だって、もうあんな問題に悩むの疲れてこない、それにあれもこれも、私たちじゃどうにもなりそうにないし」
悩むだけ無駄なら、開き直っちゃえばいいじゃんと容易くいえるその心は、ある意味では称賛に値するが、この問題に関してただけ言えば、彼女の行為は不正解だ。
逃げても追いかけて来るそれに、明確な答えを出さなければいつかそれが心を縛る。だがこうやってその問題に大して開き直ればいいやって答えられるだけの根性があるなら、彼女のこれからに不安を感じるものはいないだろう。
彼女達の担任以外は、その心の強さに称賛さえ与えてしまうかもしれない。
だからこそ、日野坂は気づかず彼女を羨ましく思ってしまうが、それじゃあ駄目なこともあるのだ。
「その楽天家ぶりは少しばかり羨ましいですけど、私はそうはいかないんです。だって逃げていい問題じゃないんです」
その性根ともいうべき部分が彼女は強い、真面目である日野坂は、その問題に逃げることは無く真正面から向き合ってしまう。
それが今の現在の状況と合わさり絶望的な感情を纏わせるが、それでも向き合い続けるのだから、ある意味では肝が据わっているとすらいえるだろう。
そんな友人の言葉に目を丸くして驚く水野は、確かに一理あるなーと納得もするが、逆に甲も真面目だと心配にすらなってくる。
「けど、そう真正面から向かい続けたらいつか潰されるよ」
「ヒーローになるなら仕方がないじゃないですか、開き直ったってどうせついて回るストーカーですよ、そうやって気づかない内に殺されるのは私はごめんです」
「確かにそうかもしれないけどさ、私達は先生じゃないんだよ。あんなに達観できないでしょう」
だが日野坂には分かっていた、今この反乱を企てた人間達すべてが、そうやってヒーローであり、人類はその尽くが救う価値がないと、感じそのことに絶望してしまったヒーロー達。
今のままでは彼女達の進む道はあれなのだ。
「でも、私はああはなりたくない」
最初の発生とされる茨城県の柴犬騒動からもう二十年を超える、あの九月三十日から人類は絶滅の道を歩んでいる。
それから数年して企業や政府、それに大魔法使いなどあらゆる存在が、人材をかき集めて作り上げた装甲、そして現れたヒーローと言う存在。その結末の一つがこれであるのだ、絶望に足掻いているだけかもしれない、だが彼らはヒーローとしてはもう終わってしまっている。
竜に勝てない現実と、勝利できるかもしれない可能性、そして人類を救うと言う気高い理想、そしてそれが救う価値もないかもしれないと言う現実、そうやってヒーロー達は壊れていった。
その気高い理想は人の身には余る純潔ぶりだ、それを貫くなど正気の沙汰ではない。
だがそうやって生きてきた彼らは、現実との誤差で潰れてしまった。
「見てくださいよ、先生達も彼らも、みんながみんな、泣きそうな顔をしてるじゃないですか」
「この結果は誰も望んでいないって事だよね。何より気づいて目をそらしたままだと、ああなるって言う見本市が開催中って事」
ただ彼女ははうなずいた、自分の担任が答えだけは出せと言った理由はそれだと。
お前達の未来がそこにあるからだと、目の前の人々は宣告してくる。
人に絶望したものが竜になるのなら、その未来はこれからつながるのだろう。だからこそ世界最強は、いつかヒーローは竜の元に集うなんて言ってのけたのだろう。
「確かにああはなりたくないけど」
「ただ今のままじゃどうにもならないでしょう。だって結論なんて浮かばないんです、先生はそもそもスタートラインが違うから、参考にもならないですし」
「ほれた女のためにヒーローになった。だもんね、どう考えても愛が重すぎるけど、それも失敗したんだよね」
あれと、一瞬だがひどい違和感を感じた。
それは日野坂も同様だったらしく、二人して視線を合わせて目を丸くしていた。一人じゃなかったからこそ、その違和感は針の穴のはずだったのに、グローリーホールのような穴へと変わってしまう。
「じゃあ先生は、どうやって」
水野は呟く、どうやってと、どうしてと、含む言葉に疑問が混じり色が濃くなるだけなっていく。
それにつなげるようにもう一人がその疑問を形に変えた。
「どうやって、立ち直ったの」
そうあの男は人生の指針をすべて失っているはずなのだ、だと言うのに彼らのようになるわけでもなく、やる気がないようではあるが、足掻いているようにさえ見えた。
それと同時だ、疑問の発露があったとしても、それをねじ伏せるように何かが起きる。遅刻した男の堂々とした出勤があった。
この時校門を付近を見る機会があったら、過半数の生徒は呆然としたか、恐怖に顔をゆがめただろう、それとも興奮しただろうか。
当たり前のように、出勤した男は、日常のように校門付近にいた人々を魔力の槍のようなもので串刺しにしていった。
「おはよう諸君、何をやって遊んでいるんだい。今は授業中だろう」
なんとも気の抜けた挨拶だ。それを言うならお前は遅刻だと言い返したいが、残念ながらそうやっていうには、彼らも後ろ暗いところが多すぎる。
「さぼりは厳禁だぞ、お仕置きをしないといけなくなる」
そういいながら彼が作り上げたのは、先ほどと同じく座標指定型演算 形式 針 なんていわれる演算だ。
見た目だけなら悲惨な光景だが、もともとこれは暴徒鎮圧用の演算であり、拘束能力に優れている演算であり、殺傷能力は実は無い。痛みはあるがそれぐらいで、殺すには足りない。
「少しは反省したか生徒も教師も」
笑い声が響いても、違和感しか漂わない。
その演算は見た目がひどく悪い、一瞬で作り上げられる陰惨な光景は、視覚的には無残の一言だろう。
実戦を知らないものたちはこれだけで戦意をそうしつくしてくれる。そして実戦を知る者たちには、実力と言うものの違いを見せ付けてくれる。
常識外れの多重演算、世界でただ一人だけが使える大欠陥魔法は、本来の人類の限界を容易く超越して、ワラキアの英雄を連想させた。
生徒達だろうが歯牙にもかけない冷徹な行為は、爆発的な悲鳴となって、恐慌を起こす。
それをとめようにも生徒と教師ではそもそも数が違う。当たり前のように人を殺したように見えるヒーローに恐怖を抱いたのだろう。
まだ心も確かじゃない子供達だ、本当の意味での死に直面すれば、心は死にたくないと願ってしまう、串刺しにされて死ぬ、と言う明確な表現で成り立ったそれは、深く彼らの心に恐怖を刻み付けてしまった。
「勝てないなら逃げる至極まっとうな選択肢だ。俺もよく使ったものだよ」
これからのヒーローを尽く駄目にしていくその行為は、見ていて清々しささえ感じてしまうが、後の未来には大迷惑だ。
こうやって暴れる彼だが、彼が装甲を纏うことは出来ない。そんな事をすればその場で絶命しかねない。だが相手は纏うことが出来る、これだけ派手にすれば、どうしようもないことはわかっていたが、少しでも生徒をはずしておきたかったのだろう。
手加減が効かなくなれば、生徒程度の使い手なら殺してしまいかねない。
奇襲と言う手も考えたのだろうが、それでは何の意味も無いのだ。彼がここでするべきなのは、竜殺しというのがどういうものかを刻み付けること。
断じてそれ以上ではない、何より生徒総数が六百を超える場所だ、人の目が多すぎてどうしようもないのだ。
「決壊させたと思ったのに、思った以上に対応が早いから元は優秀なヒーローだったんだろうけど」
だが装甲を彼らが纏えば彼に勝ち目など無い。
胸の剣を押さえて、彼はここでそれを使うことが出来ずに歯噛みする。
「ま、潰れるようじゃあヒーローとしては産廃扱いだ」
しかし彼は引かない、ヒーローから逃げたもの達に、逃げると言う選択をすることは、彼と言う人間の根幹に関わる。
なによりその男は絶望をひっくり返すだけの何かを備えているのだ。きっと誰もが不可能だと言うその戦いに、勝利してそこにいる。
「そんな凡俗に負けるようだと、ちょっと洒落にもならない」
装甲を纏えないヒーローは、複数のヒーロー達と相対することになる。
世界最弱と侮るものが少なくなる中、一つ二つと演算機能を増やしていく。ただ勝利の伏線でも練るように。
「何より俺はもうちょい生きないといけないから、お前らのプライド根こそぎへし折らせてもらうぞ」
それはまるで日常を過ごす様に自然体で、当たり前を告げるように彼は語りかけた。
そうやって生きていくことが、彼にとって必死な生き方なのかもしれない。